010.時属性の落ちこぼれ
長年構想と研究を続けていた《リピート》を習得することができて柄にも無くはしゃいでしまった僕だったが、今日が僕の1番の関門になることは間違いないだろう。
「これより魔法の実技に入る。つってもまぁ基礎的な部分からだがな」
座学メインだった午前の授業を終え、午後の授業。テイラー先生が生徒の前に立ち。頭をボリボリと掻きながらそう言った。相変わらず覇気のない声だ。
「この学園に入学したんなら、流石に基礎魔法は使えると思う。だから、そこは飛ばして、今日は形成魔法について教えるぞ」
基礎魔法は文字通りその属性の基礎の基礎にあたる魔法の総称だ。そのほとんどが“その属性の現象を発生させる”魔法で、例えば、火属性であれば火を発生させる《ファイア》、気属性であれば気、つまり活力を発生させる《エナジー》がそれに該当する。
そして形成魔法。名前は知っているし、何度も見たことはある。先輩が使っていた《メタルアロー》とか、グリが使っていた《エナジーボール》などのことだ。要は既存の魔法に対して、その形状のみを変えたものを“形成魔法”と呼称する。
「とりあえず今日は《ボール》系の形成魔法を使えるようになってもらう。……まぁ全員使えるよな。使えるなら俺に見せて、合格したらその後は自由時間でいいぞ。俺の目の届く範囲で好きにしろー」
自由時間の言葉に反応し、皆嬉しそうな表情で次々と列に並んでいく。そうして、僕を除いた全ての人がテイラー先生の前に列をなした。
「あれ、クオン行かないの?」
グリに呼びかけられる。グリも昨日を使っていた訳だし、当然すぐに終えるだろう。
ため息が零れる。
「実は……形成魔法使えないんですよ、僕」
だってだよ、時魔法を形成するなんて聞いたことも無い。そもそも時をボール状にするってなんなんだ。意味わからん。なんにもイメージできない。やってはみるけど、別に発動もしない。
他の生徒がどんどん基礎魔法のボール化を進める中、ひとり取り残される僕。普通に焦っていた。
「よおし、あらかたできてるな。できてないものは……」
テイラー先生と目が合う。
「お前は……クオンか。時属性の」
「はい、時属性のクオンです。さっぱりできません。ご教授ください」
「教授っつってもなぁ……」
頬を掻きながら先生が困った顔をする。
まぁ、みんな出来てるもんなぁ。周囲からくすくすといった笑い声が聞こえてくる。やめてくれ。自由に過ごしててくれ。こっち見んな。
「とりあえず基礎魔法は使えるだろ?」
「うーん、まぁ、はい」
使ってみろ、と促されるままに右手を皿のように前に出す。
「《タイム》」
魔法を唱えるが、特に何も起きない。音も無ければ形も無い。時属性の水色の魔力が手のひらから少し放出されるのみだった。
「ん? 今使ったのか?」
「はい。……でもこれどういう効果の魔法なのか分からないんですよね。文献にも載ってないですし」
そう、何を隠そうこの基礎魔法、どんな魔法なのかさっぱり分からないのだ。歴史書や文献などにも、名前はあるが効果が書かれていない。
他の基礎魔法と同じであるならば、“時を発生させる魔法”ってことになる訳なんだけど……やはり意味が分からない。時が増えるってことなら、加速魔法の《アクセル》と同じ様なものじゃないか。そういう訳でも無さそうだし。
という訳で、一応使えはするが、効果がわからなければイメージもできず、どうにもならない。学園長にも聞いてはみたが、他の時魔法使いも使っているところを見たことがないと言われた。
「うーむ。まぁ、別に基礎魔法じゃなくてもいいんだが……」
「他も試してはいるんですけど、どうも“時の形を変える”っていうイメージができなくてですね」
例えば地属性。“土の形を変える”、とかなら分かりやすい。粘土でも捏ねてる様をイメージすれば形成は容易だろう。
邪属性なんかは気持ちという形のない概念だけど、心を形作るものと考えればイメージはできる。要は胸がムカムカするような“嫌な気持ち”を凝縮させるイメージを持てばいい。
だけど、時はそうは行かない。時を止める、戻すなんかは分かっても、時の形を変えるってなんだ?
学園長にもらったパラパラ漫画で言えば、捲っている状態の紙束を丸めるとか、そういうイメージになるのか。でもそれは空属性の範疇なんじゃないか。なんて、混乱してしまう。
要は、僕は基礎ができてないのだ。もっと言えば、「基礎だけできてない」。
効果の分からない基礎魔法、時の形を変えるという意味のわからないことを要求してくる形成魔法。どちらもイメージのしようがない。
「うーむ。形成魔法は流石にできてないと不味いんだがなぁ」
だよなぁ。考えこむテイラー先生に呼応するように僕も考える。
今まではなんとなく他の魔法で代用したり応用したりしていたのだが、今回ばかりは学業を学ぶ過程で必要な項目だ。逃げることはできない。
だからこそ、これができなきゃ成績上位なんて夢のまた夢。大会出場を果たすことはできないだろう。
……どうしよう。本当に。
正直に言うと、わかんないものはわかんないんだから、基礎周りの成績はダメでも来年以降で頑張ろうと思っていたんだ。
ルポゼの呪いに余裕があって、4年の猶予があるならばそれで良かったかもしれない。でも、結局のところ、僕達に残された時間は後1年もない。
「あー、そうだなぁ。学園長に聞いてみるとか」
「聞いてみたんですけど、分からないそうでした」
「そうか……ならやっぱり自分でなんとかするしかねぇよな……時属性かぁ」
特異属性は、珍しいが故に体系化があまりなされていない。その弊害は、どこまでもついてまわるということだった。
とりあえずは数日の猶予を貰ったので、それまでに使えるようになれば成績を落としたりはしないで貰えるらしい。素直にありがたい。
「クオン、どうだった?」
「だめですね。さっぱりわかりません」
駆け寄ってきたグリにそう零す。
「こう、ギュンギュルーってやったら丸くならないかなぁ」
「変な擬音使われてもわかんないですよ……はぁ」
グリがクルクルと両手を回しながら《エナジーボール》と唱えてみせるのを、僕は羨ましいなぁという気持ちで見つめていた。
……よし、落ち込んでいても仕方がない。今できることをやろう。
「ところでフルールは?」
「あっちでなんか剣の練習に付き合わされてるよ」
お貴族様は色々と大変だね〜とグリが言う。
見れば、どうやらフルールよりも少し位が高い貴族に剣を教えているらしい。まぁ、本人が満更でもない顔をしてるし大丈夫だろう。
「じゃあまぁ、グリでいいか」
「じゃあって、酷いな〜もう」
わざとらしくぷりぷりと怒ってみせるグリを軽くスルーする。
「実戦練習に付き合ってくれません? 《リピート》を組み込んだ戦術を色々考えたので試してみたいんですよ」
「おお、そういうことならあたしにまかせて!」
さっきまでの表情はどこへやら。パッと笑顔になったグリがテイラー先生を呼びに行く。どうやら審判を頼むようだ。
「お前、形成魔法の方は大丈夫なのか?」
「まぁ、焦っても仕方ないので」
それもそうだな、と先生が興味なさげに呟く。
「ふぁ〜」
欠伸したよこの人。ほんとに教師か?
呆れながらも、僕とグリは少し距離を開けて向かい合わせに立ち、構える。
「それじゃあ、始め」
気の抜けた声で、開戦の合図が為される。
「《アクセル・アレグロ》」
「《オーラ・ブースト》!!」
初手魔法は自身への強化魔法を使用するのが一般的だ。もちろん、それを逆手に取って攻撃魔法で一気にキメたりなど、戦略は様々だけど。
こちらはいつもの加速魔法。グリは気属性の十八番、身体強化魔法だ。
気属性は“気”という活力の源とも言えるようなものを扱う属性で、その使い方は多岐に渡る。
アカデミックドレスの裏地のポケットからサッと小石を取り出し、グリに目掛けてぶん投げる。
「《バリア》!」
グリは気を固めた半透明の膜を前面に貼り、小石を弾く。
速度はこちらが上だけど、反射速度は向こうが上だ。加えて、グリは速度以外にも全体的に身体能力が上がっているはずなので全く油断はできない。
「《アクセル・アッチェレランド》」
今度は小石に魔法を使いながら投擲。投げた小石はだんだん加速していき、最終的には3倍程の速度になってグリへと迫っていった。
「《バリ──あいたぁ!」
グリは徐々に速くなる小石に《バリア》の発動タイミングが合わなかったようで、額に小石をぶつける。
「う〜、アクセルってただ速くなるだけじゃないの?」
「まぁ、色々ありますよ。《ディレイ・ラルゴ》」
まとめて数個ほど大きめの石を掴み、今度は《ディレイ・ラルゴ》を発動。
小石が酷くゆったりと空中に撒かれる。
「え、なにこれ……熱っ!」
ゆっくりと移動する石に触れたグリ。その指先からチッと摩擦音が鳴った。
「触らない方がいいですよ。本気で投げましたし」
《アクセル》、《ディレイ》は時を速くするだけで、その現象自体が変わることは無い。慣性もそのままだし、ゆっくりした動きに見えても正面から当たりにいったら普通に石がぶち当たった時と同じ衝撃に襲われることになる。
まぁ所詮石だから、身体強化したグリなら突っ込んでもさほど痛くないだろうけど、避けられそうなら避けたいのが人間の心理だ。
そして石に気を取られている間に死角に入る。あの時の借りだ。今度はこっちが不意打ちしてやる。
──《アラート》。
「《ショック・発勁》!!」
「うおおぉ!?」
死角からの突撃をした僕に正確に狙いを付けたグリの掌底が迫る。
咄嗟に身体を捻って避ける。
……危なかった。加速してなかったら避けることはできなかったと思う。
「ふふーん、あたしにも不意打ちは効かないよ!」
得意げにグリが言う。
……気配察知の常時発動魔法か。厄介なもの使ってるな。
だったら。
「《ディレイ・レント》」
地面を蹴り上げて砂埃を巻く。それに対して《ラルゴ》よりは魔力消費の低い《レント》を掛ける。
「じゃま!」
グリがその砂埃を振り払おうとするが、まるでその場に粘り着いたように、ゆっくりとしか動かない。遅くしているのだから当然だ。
「《フェルマータ》」
更にグリが砂埃に負け目を瞑ったその瞬間に、《フェルマータ》でグリの“瞬き”の終わり際を引き伸ばす。すぐに抵抗されるが、少しでも隙が付ければいい。
その隙に背後に回り込む。当然気配察知があるから気づかれてはいるだろうが……気づいても対処出来ないだろ。
「《リピート・トレース》」
「うぇ!?」
グリが、何も無い所に掌底を放つ。そこは、先程僕が不意打ちを仕掛け、カウンターされた場所。つまり、グリは先と全く同じ動きをした。
《リピート》のアレンジ、《リピート・トレース》。《リピート》が魔法を再度発動させるものなら、《トレース》は動作を再度行わせる魔法だ。決まれば大きく隙を作れる。
これには流石にグリも対応できないだろう。
……なんだ。
グリの闘志が消えてない。
「《エナジーブラスト》!!」
突き出したままの掌底から、気が放出される。
それをブースターとして、背後に居た僕に背中から突撃した。
「くっ、《ディレイ》!」
「《オーラ・アジリティ》!」
僕が遅くするのを見越して速度上昇魔法を重ねがけするグリ。
だがそれは加速魔法《》とは違う。足場が無ければ踏ん張れず、地面を蹴らなくては効果は発揮されない。
グリがにやりと嗤う。
「《バリア》!」
グリの足元に《バリア》が出現。なんだそりゃ。
驚くまもなく、《バリア》を蹴ったグリの背中にぶち当たり吹っ飛ぶ。
これは、これはまずいぞ。
空中でくるりと身を翻し、地面を踏み鳴らすように両足をどっしりと打ち付けるグリ。
対して、こちらは空中。
グリの突撃でバランスも悪い。
グリの拳が強く握られる。
狙いはもちろん、僕だ。
避けられない。
自分に《ディレイ》掛けてタイミングをズラすか。
いや、見えてるなら即興で合わせるくらいはするだろう。
だめだ間に合わ──
「ちぇすとー!!」
地面を蹴る轟音。
腹部への衝撃。
更なる浮遊感。
遅れてくる気持ち悪さ。
内臓が混ぜられるような感覚。
全てが痛みとなって僕に襲いかかろうとするその時。
背中を強かに打ち付ける。
あーもう、どこもかしこも痛い。
声も出ないくらいに腹が痛い。
辛うじて息をするのがやっとだ。
「よし、勝者……グリ」
今名前思い出す時間あったな。どうでもいいことを考えて気を紛らわせる。
グリが駆け寄って《リカバリー》を掛けてくれる。テイラー先生は聖属性のクラスメイトを呼んでくれた。《ヒール》による治療をしてくれる。
ルポゼだと一瞬で治るのにな……なんて失礼なことを考えながら数分。
なんとか呼吸を整えて声が出せるようになった。クラスメイトには御礼を言った。
そしてグリ。
「はぁ……今度こそほんとに殴られましたね……まだなんとなく痛い」
「今度こそって、アレまだ怒ってるの?」
いやずっと根に持つぞ僕は。性格の悪さはルポゼのお墨付きだ。
「ですがまぁ、負けました。強かったです」
これで、勝率で言ったら僕、グリ、フルールが全員一勝一敗で並んだな。まるで三竦みだ。
「気属性の戦い方がまた理解出来たような気がします」
「あたしも、なんかよく分かんなかったけど勉強になったよ」
まさか足から魔法を使うなんて。《バリア》を足場に使うのは一般的なんだろうか。あとで聞いておこう。
「それにしても、なんでそれ着てるのかと思ってたけど、武器を隠し持つためだったんだね」
「ええまぁ」
僕は、着込んでいたアカデミックドレスの砂埃を手で払う。
アカデミックドレスは入学前に配られたもので、式典以外で着用の義務はないとのことだったが、色々と隠しやすいのでずっと着込んでいる。
でもまぁ。
「こう、学生してるなーって気分になりません?」
「そうかな。そうかも」
普通にこの格好が気に入ったからってのもある。僕はアピールするようにくるくると回って見せた。
◇
授業も終わり、僕は帰路に……つかずにとある場所に向かっていた。グリとフルールも付いて来たがっていたが、邪魔なので丁重にお断りした。
目的地に到着し、ノックを3回。
とくに反応がなかったのでドアを開ける。
そこは、貴重な魔法紙が乱雑に置かれ、様々な学術書が収納された棚が大量に設置されていた。
「何の用だ?」
「入部希望です」
リーベルト先生の居る、魔法陣学部だ。
今回の1行まとめ:クオンは魔法の基礎がなってないことが判明した。グリにも負けた。
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