009.《リピート》
うーん、まだ顎が痛い。あの先輩本当に容赦無かったな。
友達作りという名の人脈作りに躍起になっている教室を脱出した僕は、そんなことを考えながら近くのベンチに腰掛けた。聖属性の先生が配備されている治療室みたいな場所もあるらしいけど、時間が惜しいので後で行こう。
すぐに教室を抜け出したのは、友達作りの流れに乗るのが面倒だったというのもあるが、もうひとつ。先程学園長が言っていた「何か疑問に思ったこと、知りたいことなんかがあったら、僕を呼んでみるといいよ」という言葉を実践するためだ。
「学園長先生」
呟いた瞬間、《アラート》が脳内に強烈に響く。
勢いよく立ち上がり周囲警戒。
誰も居ない。おかしなことも無さそうだ。
わからない。わからないならとにかく遅く。
「《ディレ──」
言い終わる前に、つつーっと、背筋をなぞられた。
ぞわっとした感覚に反射的に仰け反る。声も出る。
「うひゃあっ!」
「あっはは! いい反応するねぇ君!」
素早く立ち直り振り返ると、そこには先程壇上に映っていた少年と同じ風貌をした……学園長がいつの間にかそこに立っていた。
「……いきなり何するんですか」
「いやぁ、僕ってイタズラ好きなんだよね。空属性がイタズラ好きってタチ悪いよね」
自分で言うなよ。っていうか学園長ってそういう感じの人なのか。呼んだのちょっと後悔してきた。
「で、どしたのこんなすぐに呼び出して。友達作れなかったの?」
「いや、友達は別にいいので」
「えー、だめだよーちゃんと友達作らなきゃ。学生の本分は仲間作りだよー青春だよー」
いいっつってんだろが。軽く睨むように抗議の視線を送る。
「はいはい。で、なんのよう?」
「時属性について聞きたかったんです」
時属性は特異属性の中でも特に珍しい。使い手は極小数で、それすらも歴史書などに名前やその偉業が載る程度で、現在も活動している時属性魔法使いの名前は出てこない。
だから、時属性の魔法について師事してくれるものはおらず、僕はほとんど独学で魔法を覚えた。歴史書に載っている数少ない僕でも扱える時魔法を、その文から読み取れる効果になるように何度も何度も繰り返し使ってみて、ようやく自分のものにする。そんなことを続けてきた。
時には、自分で時属性の魔法を作り上げたりもした。
でも、歴史の生き証人である空の大魔道士ともあれば、実際に時属性の魔法を見たこともあるだろう。
時属性の魔法を作るにあたって、どういう考え方をすればいいのかを知りたかったんだ。
今作りかけの“繰り返す魔法”もあまり上手くいかないし。
「そういうのはリーベルトくんに聞いた方が良いと思うんだけど……まぁ彼は気難しいからねぇ。僕に聞いたのは正解かもだよ」
リーベルト先生──“風の大魔道士”ならば、時属性にも精通しているだろう。そちらにも今後話を聞きに行くつもりだ。
「んー、例えばー」
そう言って、学園長が指をぱちんと弾く。すると、瞬きのうちに、少し離れた場所にある木へと一瞬のうちに移動してしまった。そしてこちらまで歩いてくる。
「こうやって僕があっちからこっちまで歩くでしょ? その間のことを「時」って言うんだよ」
「まあ、それは分かります」
「じゃあもうちょっと。君はどういう風に歩く?」
「どういう風……?」
ってどういうことだろう。歩くことについてあまり意識したことがなかった。普通に足を前に出す、みたいなことか?
「そうそう。まず、足を上げるでしょ。んで、足を前に出す。そして降ろす。ほんとは手の動きとかもっと色々あるけど、大体それが“歩く”ってことだよ」
学園長が分かりやすくコマ割りのようにカクカクと歩いてみせる。
「その動きの連続性を『どれだけ崩すか』が時属性魔法の基本だと思うよ。僕はね」
「連続性……」
なんとなく言っている意味はわかる。が、なんとなくだけなので学園長に先を促す。
「これは空属性ならではの考えだと思うんだけど、空間をたくさん、それこそ数え切れないほどに繋げたのが時なんだよ」
学園長が《スペース》と唱えると、頭上から紙の束が降ってくる。それを器用に糸で縛り、《フィクス》と唱える。恐らく空属性基礎魔法と空間固定魔法だろう。
「これね。この紙一枚一枚が空間、んで、これを繋げたのが時」
学園長が紙束をパラパラと捲る。紙には1枚1枚に小さな絵が描かれていて、捲る度に少しずつ絵が変わっていく。それはまるで絵が動いてるかのようだった。要はパラパラ漫画だ。
「これを逆からにしたりー、飛ばしてみたりー、あとは止めたり。こういうのはもうあるよね、君は使えないけど」
ひと言余計だ。そして魔力量の少なさには気づかれてるか。
「まー、これだけが時魔法じゃないと思うけど、後は自分で考えてね。僕じゃ分かんないから。あ、これあげるよ」
学園長は持っていた紙束を渡してくれた。空間固定が掛かった貴重なものだけど……いいんだろうか。いいんだろうな。
「ありがとうございます。とても参考になりました」
「それはよかった。んじゃ、精進するんだよ! あと友達も作んなきゃだめだよ!」
そう言い残して、学園長は文字通り消えてしまった。“どこにでもいるけどどこにもいない”か。確かにその通りだった。
◇
「もー、クオンどこ行ってたの。みんな帰っちゃったよ」
「俺ですら友達ができたんだから、君ならもっと沢山友達ができたはずなのに、勿体ないよ」
教材を取りに教室に戻ると、グリとフルールがまだ居た。僕を待っていたのだろうか。そんなことはないか。
「別に友達作るために入学した訳じゃないですし、僕はやることがいっぱいあるんですよ」
「む〜、やることってなにさ」
……うーん。まぁ、言ってもいいか。
「新しい魔法の開発です。大会まで時間が無いので」
「え! クオンそんなことできるの!」
「す、すごい……天才じゃないか」
基本属性とは違って、時属性はまだまだ未知の属性だし、歴史上の時属性達はみんな大規模魔法を好むから、魔力の消費が少なくても使える魔法が少なく、新しい魔法を生み出す余地があるってだけなんだけど……ってなんで言い訳してんだろ。
まぁ、褒められて悪い気はしない。
「そうですね。僕天才なので」
「すごいな〜。そういうことならあたし達も手伝うけど?」
「うん、僕も実際にどんなことをするのか見てみたいな」
結構です、と断ろうとしたが、少し考える。
これまで僕は1人で魔法開発をしてきた。雑談としてルポゼに開発結果を共有したりはしていたけど、基本僕以外の意見を耳に入れることはあまり無かった。
だからこそ、ここらで新しい風を入れてみるのも悪くないかもしれない。多角的な視点で物事を考えれば、魔法に対するイメージもより固まるというものだろう。
それに……言い方が悪いけど、“実験台”になってくれる人はいた方がいい。
「ええ、是非お願いします」
せっかくだから、二人の好意に甘えよう。
という訳で、昨日も訪れた予選会場の森内にある広場へと向かうことにした。多分あそこが1番適してるだろう。
◇
「なんというか……大変なんだね、魔法を作るって」
フルールが関心したようにしきりに頷く。
僕が魔法を作る際は、ひたすらに起こしたい現象をイメージし、考えた魔法名を発音しながら魔力を押し出し続ける。
起こしたい現象が起こるためのイメージが完璧にできあがって初めて、魔法という現象として世に顕現するのだ。
そして、1度誰かの手によって顕現さえしてしまえば、後は魔法名と魔力さえ問題が無ければ魔法は発動する。もっとも、発動するだけで、イメージが伴わなければ意味もなく魔力を消費したり、酷い時は暴発してしまうんだけど。
一にも二にも、魔法にはイメージが大事なんだ。
「ていうかさ、さっきからずっと同じことばっかしてない?」
「全部ちょっとずつ違いますよ。こういうのはトライアンドエラー、つまり繰り返し繰り返しが大事なんですよ。できるまでやればできるんですから」
まだ日が高い時間に始めたにも関わらず、既に日は落ちかけている。まぁ、ここ1年くらいずっと試行錯誤してきたし、今日すぐに完成するとは思っていない。
でも、あと少しっていう感覚はあるんだよな。学園長先生の言葉をイメージの参考にして、あともう一押し何かあれば。
「……フルールに聞きたいんですけど、相手に魔法掛ける時って、どんなことをイメージしてます?」
「ど、どんなことって……難しいなぁ。うーん、『この魔法であってたらいいなぁ』とか、かなぁ。ほら、邪属性って相手の気持ちをちゃんと理解してないと適した魔法が使えないじゃないかい?」
邪属性。相手の気持ちに寄り添う魔法。
フルールの言葉に、はっと閃く。
イメージを固め、そして発動準備に入る。
「グリ、ちょっとそこの木に向かって攻撃魔法使ってもらってもいいですか。あ、終わっても手はそのままでお願いします」
「え、うん。……《エナジーボール》!」
グリが右手を前に出し、そこから金色の塊を放つ。
その放出直後にタイミングを合わせて……ここだ!
「──《リピート》!」
「うわぁっ!?」
グリの手から、グリの意志とは関係なく、もう1発の《エナジーボール》が放出される。
そのボールは最初のものと同じ軌道を描き、同じ木の同じ箇所に着弾した。
「で、できた……」
“繰り返す魔法”、名付けて《リピート》。動作や現象、魔法などを、“対象の力を元にして後押し”するように再度行わせる、時属性の新しい魔法だ。
ただ漫然と繰り返すイメージをするのではなく、相手がどんな手段と力を用いてどんな現象を起こすのかを強くイメージし、それが“もう1度”行われる様を思い描いた結果、《リピート》を顕現するに至ることができたのだ。
以前フルールが言っていた、“相手がその感情に至りそうな時に、そっと後押しするように同じ系統の魔法を使うといい”という言葉がまさに今のイメージにぴったりだった。
「すご〜い! なにこれ魔力が勝手に引き出された!!」
こっちも結構な魔力を消費したが、相手に魔法の無駄打ちをさせることで無理やり魔力を消費させられるのは強い。相手がより高位の魔法を使う時にこそ、《リピート》は真価を発揮するだろう。
もちろん、そのためには僕自身がありとあらゆる魔法を頭に入れる必要があるのだけれど。
ともあれ、成功した。
長い間試行錯誤を続けてきたことが、今遂に実った。
その事実に胸が踊り、気分が好調する。
「やった! これがあれば、かなり幅が広がるぞ!!」
思わず二人の手を取りぶんぶんと上下に振る。二人も嬉しそうな表情で、僕のなすがままに腕を振られ続けてくれた。
しばらくそうしていたが、すぐに冷静さを取り戻し、今度は急に恥ずかしくなる。
柄にも無くはしゃいでしまった。
顔が赤くなるのを感じながら、二人の手を離して姿勢を整えた。あー恥ずかし。
「こ、こほん。今日は僕の私事に付き合ってくれてありがとうございました。埋め合わせは後日必ずしますので」
なんだか堅苦しい言葉選びになってしまった。これじゃまるで大人の仕事付き合いだ。変にぎこちない。
「え〜、いいよそんなの。友達じゃん」
「そうだぞクオン君。俺だって二人に勉強を教えてもらったじゃないか」
だからかな。そんな二人の言葉が、すっと胸に入ってきた。
はっと二人の顔を見れば、2人とも僕以上に嬉しそうな顔で、僕のことを祝ってくれているようだった。
……そうか。そうなんだ。
そういう、打算なしの付き合いをするのが、“友達”なんだな。
僕は、今日初めて友達と呼べる存在ができた気がした。




