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自作の“彼女”を現実世界に連れ出してみた

 西暦21XX年。多分それくらいの話。


 僕は、描いたものが現実世界に飛び出して友達になってくれるという道具を手に入れた。


 鉛筆よりペンで描いた方が良いと言われているが、僕は絵の具で彼女を描いた。


 髪のうねり方や、眉毛の形、身体中の曲線などは細部まで凝った。そして理想とする彼女が完成した。


 白く、艶やかで、柔らかく、美しい。


 絵を描いた紙の上から特殊な光をあて、あとは出てくるまで二十分ほど待つだけで良いため、その間僕は昼食をとることにした。


 紙を机の上にそっと置き、僕はキッチンへ移動する。


 二センチほどの正方形を口に放り込み、噛んで飲み込んだ。これはどこかの国の木の実の味らしい。甘さがちょうどよくて香りも良いので僕はこの味が好きなのだ。


 ガラスのコップに注いだ薄桃色の飲み物を口に含み、飲んだあと、彼女の待つ作業部屋へと戻る。


 ついに、僕の彼女と会える。


 僕は胸を高鳴らせて木製の扉を開けた。


「!!」


 その光景に僕は時間が止まったような気がした。


 椅子にちょこんと座り、小さく口を開けた天使のような少女を視界に確認した。


 机の上の紙からは彼女が居なくなっており、光のつぶのようなものがいくつかついていた。

 そのつぶは彼女にもくっついていた。

 彼女が僕に気がつき、髪がゆれるとつぶは吹き飛ばされ、キランと音が鳴って消えた。


 彼女がいる……。


 間違いない、目の前にいるのは僕の描いた彼女だ。


 座り方も何もかも絵のままだった。

 服や髪は全体的に白く、長い髪にはウェーブがかかっていて美しい。

 きっと性格も穏やかで優しく、悲しいことがあった時にはその胸であたたかく包み込んでくれることだろう。


 僕は嬉しさや興奮が顔にそのまま出そうになり、ぐっと堪える。


 っと、まずは自己紹介といくか……。


 目尻と口角を上げ精一杯の笑顔を作り、口を開いた。


「やあ、僕はヨt……」


「ねえ、アタシのこと作ったヒト、知ってる?」


 名乗ろうとすると態度の大きな高い声が割って入った。

 僕は、彼女を迎えるための笑顔を作ったまま固まる。


「ねえ、聞いてる?」


「は、ハイッ……!」


 いつの間にか彼女の顔が目の前にあった。

 彼女は椅子から降りて僕の方へ近づいて来ていたのだ。


 彼女の話し方などはもっと穏やかな、品のあるものを想像していたために驚いてしまった。


 しかし顔は理想の通りだったため安心した。

 海のような瑠璃(るり)色の瞳の中には星の形が見えた。そこに映る僕の顔も。


 ……なんか顔近すぎないかい?


 彼女は僕をムムム……と見つめている。


 え、なにこれ……? いったいいつまで見つめているつもりなんだ。

 (いにしえ)の書物に、七秒見つめると恋に落ちるとあるが、今はすでにそれを超えてしまっているだろう。


 僕はというと、美しい彼女の顔をずっと見ていたいという気持ちがいくらかあるため自分からは目を逸らせないでいた。


 すると流石に照れてしまったのか、彼女は頬を膨らませながら目を逸らし、二歩下がった。


 はあ……。

 一体何だったのだろうか。


 僕は今の間、ちゃんと瞬きをしていたか分からない。

 そして顔が熱くて仕方がない。

 おそらく顔が赤くなっているだろうから、それを隠すために片手で顔の下半分を覆うようにして尋ねた。


「えっと、今のは……?」


「えっ? な、なんでもないっ! あっ、じゃなくて! アタシを作ったヒトは?」


 そういえばその話だった。

 もちろん、彼女を作ったのはこの僕だ。優しい彼女を想像しながら細部まで丁寧に描いた。


 しかし尋ね方からなんとなく製作者(僕)に怒りを抱いている気もするが、ここは正直に作ったのは僕であると伝えよう。僕が真実を伝えようとすると、先に彼女が口を開いた。


「ねえ、もし作ったヒトを知ってるなら、お願い」


 彼女は、リボンの散りばめられたヒラヒラのワンピースのスカートの裾を掴み、声を大きくして言った。


「どうしてこんなに恥ずかしい見た目にしたんだって、その人に言って欲しいの!」


「………え」


「だって、このお洋服のスカートなんてとっても短くて、ヒラヒラで、身長もとっても低くて、なのにここはなんか……」


 彼女は最後の方だけもごもごと話し、自身の鎖骨より下の、特徴的な膨らみに視線を落とした。


 僕はまたもや一瞬固まった。

 そして……


 可愛い……ッ!!


 僕はとても歓喜した。


 想像していた可愛さとは少し違ったが、これもまた良い……。


 僕は今ばかりは幸せに溶けた顔を誤魔化すことが出来なかったが、彼女も下を向いているので心配はいらなかった。


 しかし、彼女はどうやら自身の姿を恥ずかしがっているらしい。彼女を作ったのは無論僕であるが、真実を伝えると嫌われてしまうかもしれないな。だが、それでもかまわない……!


 僕は口を開いた。


「そうか、それはすまなかった」


「え……?」


 落ち着いた調子の僕の声に、恥ずかしそうに俯いていた彼女は顔を上げた。


 僕は冷静な面持ちで彼女と向かい合った。


「僕がキミを作ったんだ」


 言った。


「え……?」


 彼女はまだ理解できていないような、ぽやんとした顔で僕を見ていてる。そんな彼女に僕はさらに打ち明ける。


「僕の彼女になってもらうため、キミの姿を作り出し、連れてきた。だが、僕のせいで気を悪くしてしまったのなら謝ろう。本当に、すまなかった」


 すべて伝えた。

 これでいい。

 さあ、煮るなり焼くなり……


 僕は深く頭を下げた。


「ほんとう、なの……?」


 あら……?


 彼女の反応は思っていたものとは少し違った。てっきりビンタでもされるものかと思っていた。声色は決して怒っているものとは違った。


「ああ」


 僕が頷くと、彼女は照れたように一度俯いて、また顔を上げて僕を見た。


「そっか、あなただったんだ……」


 その彼女の表情からは、いったいどういう気持ちでそれを言っているのかは読み取れなかった。


「というか別に嫌だったわけじゃないの。この見た目のこと」


「あえ、そうだったのかい?」


 僕は目を丸くした。


「ただ、どんな人が作ったんだろうって思って……」


 僕より頭ひとつ分は小さい彼女は、背伸びをしたような大人っぽい表情でふふふと笑った。


 あ……。


 彼女の初めて見る笑顔は、なんだか想像していたよりもずっと破壊力があった。


 しかし、真実を伝えても、僕は彼女に嫌われないで済んだらしい。


 そういうことなら、彼女に言葉にして伝えようではないか。


 僕は真っ直ぐに彼女を見た。


「キミに、言いたいことがあるんだ。いいかい?」


「……うん」


 彼女はなにかを悟ったようにこくりと頷く。


 そして僕は言う。


「僕の、お嫁さんになってください」


「あう、いいけど…………、あれ?」


「ん? なんか間違えたか」


 僕は少し頭が混乱していたせいか、なにか別の言葉を言ってしまった気がした。




 その後、僕たちは二人で暮らしている。


「ヨクト、飲み物はこれでいいかい?」


「うん、あ、ちょっとまって、こっちの!」


「そうか、じゃあ僕もこれにする」


  僕たちは家の丸テーブルで一緒に食事をとっていた。


「もぐもぐ、うまい……」


「ねえヨタ、これ本当美味しいのね」


「ああ、僕もこの味が一番好きなんだ。今度一緒に買いに行こうか」


「うん! あ、アタシ新しいお洋服も欲しいな〜」


「ああ、だが今度のはあまり高すぎないもので頼む……」



 僕は彼女にヨクトという名前を贈った。


 彼女は、最初こそ想像していたのとは少しと違ったが、実際のところは優しいところや可愛らしいところが多いと思う。それにこれから見えてくる部分もあるだろう。


 それにしても絵を描いただけでここまで会話やらができるというのは不思議だ。それどころか、彼女は人間と同様に体を動かし、食事をし、生きているのだがな。


 ひとつ言えることは、今の賑やかな毎日がものすごく楽しいということだ。

読んでくれてありがとう!

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