第二の殺人。
「よく眠れそう。」
和十は呟き、ばふっとベッドに倒れ込んだ。
「謝岩、寝ないの?」
「僕はちょっと、まだね.」
謝岩は、揺り椅子に腰掛け、和十に微笑みかける。
「…ふーん。じゃ、おやすみ。」
和十は掛け布団を上まで引き上げた。
明かりを消す前に、謝岩が和十に呟いた。
「何があっても、絶対に布団の中にいて。絶対に、動くな。」
「りょーかい。」
ぱちっ、と部屋の明かりが消えた。
暗闇の中、謝岩の視線の先で、扉がぎぎっ、と不自然に軋んだ。
ばぎゃっ!と施錠機構の壊れる音、そして…
「!!」
謝岩が目を見開いた。
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「うわぁああああっ!!!!」
「…っ?!」
隣にいた花菱さんと、顔を見合わせた。
少年の…和十の声。
あの桜の樹が甦える。
桃色の地面、赤い血溜まり。
何かあったのかもしれない、そう思わせる、絶叫。
「…花菱さん、そこを動かないでください!俺は、和十のこと、見てきます!」
「ええ。」
花菱さんがそう返すのを待たずに、俺は走り出した。
開け放った扉の先、広がっていたのはあの、赤い色。鉄の匂い。窓ガラスが割れて、床に散乱している。風にバタバタと揺れるカーテン。
…和十の、絶叫。
「ソウ!ねぇ、ソウってば!ソウ!!!」
青年の身体を揺する和十。青年の胸には短刀が突き刺さっていて、青年の身体の下から、ゆっくりと血が広がっていく。
「何だ、どうし…うわぁっ?!」
ミチル叔父さんが後退って、尻餅をつく.
医者を…いや、間に合わない。
多少は医療の心得がある、医大生だからこそ、わかる。分かってしまった。
この出血量は…
「ミチル叔父さん、和十を別室へ連れてってください。俺は……助けられないか、診てみます。」
「…あ、ああ!」
泣き叫ぶ和十をミチル叔父さんが引き摺るようにして別室に移動させる。
俺は探偵に近寄った。
探偵が、薄らと目を開けた。
腹を抑えていた、血に塗れた腕をこちらに伸ばす。そして、何かを言いかけて…
ぱたっ、とその腕が血溜まりに没した。
探偵の身体が一度、小さく痙攣した。
慌てて腕を取り、脈拍をとった。
…脈拍はなかった。
「…くそっ!」
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「謝岩さんは?」
俺は首を横に振った。
「…ダメだった。…あの出血量じゃ…」
ミチル叔父さんが顔を曇らせる。
カネコ叔母さんがガタガタと震えだした。
「何なのよ…やだ、もう…帰りたい…」
ミチル叔父さんが俺を見て言った。
「…君は和十君のことを見ていてくれないか…俺はこいつを見ておく。二人の精神状態的には多分、誰かがついておいた方がいいし、アリバイにもなるだろう。」
俺は頷いた。
「…その前に、一つだけいいか?
叔父さん達、さっきまで何してた?」
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「和十?いるなら開けろ。」
和十が閉じこもった部屋の前で俺は声をかけ続けていた。和十は頑なに扉を開けようとしない。様子を見ていた花菱さんが、
「一旦、ミチル様とカネコ様の様子を見てきます」
そう言って叔父さんたちのいる部屋に戻ってしまった。
それから十分、俺は声をかけ続けた。
がちゃっ、と金属が擦れる音がして、薄く扉が開いた。和十だ。
部屋の中は真っ暗で、和十の顔は青白く、目のふちだけが赤くなっていた。
俺が部屋に入って直ぐ、和十は鍵を閉め直した。和十の視線に促されて俺はソファに座る。
和十は俺の目の前の机に腰掛ける。
「和十、あのな」
「五月蝿い、言わなくていい」
和十が叫ぶ。ぎゅっ、と彼が拳に力を入れたのが分かった。それから、和十は吐息と共につぶやいた。
「…分かってるし。」
和十の瞳から、一粒雫が落ちて、みるみるそれは量を増して、和十は静かに泣き出した。
堪えるような、くぐもった嗚咽。
それは少なくとも、和十のような子供が出せる声ではなかった。
魂を振り絞るような慟哭。
俺は黙って、和十が泣き止むのを待っていた。
しばらくして、和十が顔を上げた。
その瞳の奥に、闇がわだかまっていた。
どこまでも闇く、絶望を宿したその光に、俺はたじほいだ。和十の目が俺を掴んで離さない。
「…絶対に犯人、見つける。」
「……。」
「協力して。」
俺は頷いた。