グラン・ギニョール
「なぁ、おい、探偵!お前っつ!何のためにここにいるんだよ、なぁ、おい!」
ミチル叔父さんが探偵の首をつかみ、叫ぶ。
おじさんの目が血走っている。
「…落ち着いてください」
「お前そもそも何なんだよ怪しすぎんだよ!」
探偵の目は冷酷に光っていた。邪魔をするな、とでも言いたげな。
次の瞬間、ミチル叔父さんは地面には転がっていた。
「やりすぎだ、シャガン。」
和十が探偵を睨む。
探偵はぱんぱんと服の埃を払い、そして俺らに言った。
「僕から言えることは二つです。
その一、閉じ込められました。山道が崩れたそうです。修復は明後日までかかります。」
「はぁ!?」
カネコ叔母さんがヒステリックに叫んだ。
「タイミング悪すぎでしょ?!」
「そうとは限りません。…雨で崖道が脆くなっていましたし、爆弾でもあれば破壊は簡単です.」
「爆弾?!んな非常識なことあるのか?」
俺の疑問に対し、探偵は
「知りませんか?アルミニウムや畑の肥料からでも爆弾は作れるんです。」
探偵が続けた。
「二つ目。犯人が分かりました。」
全員が目を見開いた。和十が探偵を睨んだ。
「まだ言うなって言ったろ?バレるじゃん。」
「ワト、いいから黙ってて。」
「はぁ?!」
俺たちの心を見透かす目で探偵が俺達を見る.
本気だ。
それを肌で感じた。
謎の探偵は手を胸の前に置き、一礼した。
「謎解きは、明日の朝にでもしましょう。あ、安心して眠っていただいて結構です。殺人は起きませんから。」
自信満々といったような探偵に、みんなが訝しげな目を向けた。
探偵はそれさえも想定していましたよと言うように頷いた。
「それでは、また明日の朝お会いしましょう。」
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「君はどう思う?」
ミチル叔父さんが言う。
「どう言う意味?」
「…あの探偵、信用ならないような気がするんだ」
「…俺は…」
俺は黙ったまま、手の平を眺めた。
軽く握り、開く。握る。開く。
そうやってしばらく時間を稼いでいた。
「…分かんね。」
でも結局、結論はそれだけだった.
「…探偵ってさ、疑われやすいし、あいつが犯罪したんなら態々目立つことする意味がねぇ。」
「…まあ、そうだよね。」
ミチル叔父さんが僅かに微笑む。
ミチル叔父さんがこの一瞬で随分老けたように見えた。
「なぁ。」
おじさんのその声の響きはなにかを期待するようだった。
「あいつさ、死体じゃなくて、人形、とかじゃないかな?偽物だよ、あれ。」
「…暗くて死体はよく見えなかったけど、地面の血溜まりは生き物のものだよ。鉄の匂いがしたから。」
「…ああ。…分かってる.分かってるさ。」
いたたまれなくて、俺は視線を窓に向けた。
赤いカーテンがかかっている窓。
俺たちでは、あの樹の上の死体を下ろすことはできなかった.高すぎるのだ。
…それは、逆に言うと、「犯人の手口がわからない」。不可能犯罪だ。
花菱さん曰く、この屋敷には壊れた脚立しかないとのこと。
「…どうやって、成人男性を…?」
俺の浮かない表情から同じことを考えたらしい、おじさんがぽつりと言う。
「樹に登れないかな?」
俺が目を向けると、叔父さんは慌てたように身振り手振りで、
「こう、縄で固定して、登って…」
「は?」
テーブルの反対側から苛立った声が聞こえた。
和十だ。
「じゃおじさん、大人一人担いで桜の樹登れるんだ?成年男性の平均体重、60キロは超えてるよ?」
ミチル叔父さんが黙り込む。和十が追撃をかけた。
「それにあんなに枝があるのに?人一人抱えて全部の枝を避けられるんだ?おっかしいな〜。」
「和十、やめろ。」
俺は言った。
「…子供は寝ろ.」
和十は立ち上がった。
その瞳が一瞬、何かの感情をたたえて揺れた。
俺の見間違いだろうか。
「犯人はどうやって木の上に。…そもそも何故?」
俺は考えた。
答えは出そうになかった。
カーテンの隙間から覗く夜は、まだまだ続きそうだった。