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桜色の罪  作者: 小菅銀吉
3/10

第一の殺人

「じゃあ僕はあまり関係ないので、外の空気でも吸ってきますね.」

などと言って探偵は何処かに行ってしまった。


残ったのは、俺の親戚とあの少年、それから花菱と名乗ったあの老女だけだ。


「あー。…。」

目の前に座る叔父の一人がコホンと咳払いする.

いかにもサラリーマンですといった風なスーツ姿に、赤いネクタイ。優しげな顔立ち。

記憶の糸を必死に手繰る。

俺は叔父との付き合いがないに等しい。最後にあったのは俺が多分、小学生とかだったはず。

「タケミチ叔父さん…であってるよね?」

俺の言葉に、叔父は軽く口の端を持ち上げた。

「ああ。久しぶりだな、お前は今学生か?」

「うん。医大生。おじさんは?」

「俺は今、畜産関係の仕事をしてる。牛とか豚とか。結構可愛いぞ、今度見においで。」

「いつか、そうさせてもらうな。」

「そんで、こっちがカネコ叔母さん」

カネコ叔母さんは赤いマニキュアに、ハイヒール。

髪の毛も丁寧にセットされている。

シンプルながらもどれも高価なように見える。

女のお洒落って大変だな、俺はいつもジーパンにパーカーだ。

「…ええ。」

「で、こっちがミチル叔父さん。」

ミチル叔父さんは作業服っぽい服を着ている。

首にかけた白タオルでときどき汗を拭っている.

「ちゃんと覚えててくれたようで何より.お前はタカノリんとこの坊主だな?」

タカノリは俺の親父だ。頷く。

「…そうか。」

簡単な挨拶をおえ、視線が少年に向かう。

少年は軽く舌打ちをして(どうやらクセらしい)

名乗る.

「…村木和十むらきわと。謝岩ソウの、探偵助手。」

それ以上名乗る気は無さそうだった。

子供だし放っておこうと叔父達も決めたのか、少年の方を見ることを避けていた。

「…んで、親父の遺産はどうなるんだ?」

タケミチ叔父さんが切り出した。

「…父さんはもう決めてるって言ってたわ。」

カネコ叔母さんが髪の毛をいじりながら言う。

その指には真っ赤なルビーの指輪が輝いていた。

「…でも私、お金が欲しいのよ。子供がそろそろ大学なの。」

「それを言うなら俺だって!」

ミチル叔父さんが被せるように言う。

「もうすぐ二人目が生まれるんだ!」

子供のことだろうか.俺の従姉妹にあたるんだろう。

「…そうか。お前は?」

タケミチ叔父さんが俺の方を見る。

「…俺は別に、親父の代わりだし、親父はどうでもいいって。」

俺は大学に通っているが、それは奨学金とバイトでやりくりしている。うちの家は「大学からは自分でどうにかしろ」と言う教育方針だ。


それから暫く、侃侃諤諤議論が続き、皆が疲れていた。いつの間にか、時計の針は午前二時を指していた。花菱さんが淹れてくれた珈琲がいつの間にか温くなっていた。

「…そろそろ、寝ませんか?.うっ…」

そう俺が切り出すと、みんなが殺気だった目でコチラを睨んだ。

しかし、その視線も次第にそれていき、皆が地面を見た。

「そうだな。」

議長役を務めていたタケミチ叔父さんが吐息と共にそう言った。

「続きは明日にしよう。」

「布団の準備はできておりますよ」

そう花菱さんが言った。

「因みに探偵さんはもう寝ていらっしゃいます。」


「…あいつ本当に探偵なの…?」

カネコ叔母さんが苛立ったように言い、持っていたマグカップを机にたたきつけた。

いじり続けてボサボサに乱れた髪と暗めの電灯がカネコ叔母さんを幽鬼のように見せていて、ちょっと怖い。割れたグラスが散乱し、入っていた中身でテーブルが汚れる。

「わたくしが片付けておきますよ。」

俺の視線から感情を読んだのか,花菱さんが困ったような微笑みを浮かべた。


グラスの片付けを終えた花菱さんに連れられて、自分の部屋に案内された.

豪華な部屋だ。カーペットは毛足が長く、シミ一つない。シワひとつないベッドに、壁にかけられた風景画。ベッドの端に腰掛けた。瞬間、思い出したようにどっと疲れがやってきた.瞼が重くなる。


その時、俺が目を閉じなければよかったのかもしれない。あるいは、誰かを見張っていれば。


でも俺は、それに抗えなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

どんどんと、何かの叩かれる音。

それが意識を覚醒させた。

時計の針は午前八時半を指していた。

結構眠ってしまったらしい。

「あっ、はい!」

猛烈に嫌な予感を抱えながら扉を開ける。


村木和十が立っていた。

寝不足なのか、目の下に隈を作っている。

和十は不機嫌そうな声音で、ただ一言だけ言った.

「…来い。」


何が起きたかわからないままに和十に袖を引かれて外に出た.

あの大きな桜の木がそよそよと夜の風に靡いていた。

地面には、桜の花が一面に散りばめられていた。

桜の花がついた枝が、何本か無理矢理折られて地面に散乱していて、そこに小さな水溜まりができていた。


…紅い色の。


上からぽたっ、と落ちる赤い水滴。


ぽたっ、ぽた、ぽた。

暗い夜。ざわめく森。雫の落ちる音が妙に誇張されて聞こえる.


桜の木の前にへたり込んでいるカネコ叔母さんと、目を見開いているミチル叔父さん。そして、あの探偵の青年。


…タケミチ叔父さんが、いない。


彼らの視線の先は、桜の大木の先端に向いている。


俺も、目を向けた。

見るなと頭が叫んでいた。

見るな。見ない方が良い。

でも、目が勝手に、上へ、上へのぼっていく。

そして、「それ」が見えた。


「……ぅ…ぁ…ぁああっっ!!!」


絶叫。

実際には喉の奥から引きつれたような音が漏れただけだったが、それは俺の意識にはなかった。


桜の樹の上に、ぼろ切れのように、人影が太い枝にぶら下がっていた。背広の色を染めかえるような赤。

胸の辺りのシャツが僅かに引き攣れるように破れていて,そこから茶色い枝の先端が見えた。

仰向けで、顔は見えなかったが、誰だかわかった。

わかってしまった。

「彼」が動く気配はない。


ぐったりと垂れた指の先からしたたった血が、桜を赤く、紅く染めた.


「タケミチ…?」

誰かが、ぽつりと言った。

その言葉に答えるべき人が喋ることはなかった。


「桜は、人の血を吸っているから赤い」

その都市伝説を裏付けるような、赤。

 

妖しく、美しく、儚い桜の花が散る。

真夜中の紺色の空に舞う。

桜の樹は、何も言わない。

「生贄」をその枝にかけたまま。


俺たちは、呆けたようにぼうっと突っ立っていた。

誰も、何も、言わなかった。

探偵だけが鋭い眼で、何かに考えを巡らせていた。

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