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桜色の罪  作者: 小菅銀吉
2/10

「何も起こらない」なんて、あり得ない。

「長谷川長次郎」

この名前は誰しもが聞いたことのある名前だろう。

「あの」大手家電メーカーの社長兼取締役。

彼が一代で成長させたその会社は彼に使いきれないほどの多大な富をもたらした。


…そう、「使いきれないほど」。


そして、その祖父が先月死んだ。

遺産総額、およそ十億円。

彼には妻がいない。そして、俺の父を含めた子供が数人。


後はどうなるか。九九を覚えるより答えるのは簡単だ。


「遺産をめぐる相続争い」


そして、その話し合いを行う場所として選ばれたのが、生前祖父が一人の使用人と共に暮らしていた、館。その名も「桜花館おうかかん」。

名前の由来は四月に咲く桜が綺麗だかららしい。


「あー。行きたくねぇえええ。」

桜花館の入り口、扉の前で逡巡する。

親父が風邪引いたから代わりに行けとはあんまりじゃないか?なんかさ、遺産って響きからしてドロドロしてるし、親父たちの仲、あんまり良くねぇし、帰っていいかな?

一縷の希望をかけて後ろを振り返る。

ぶううぅん、と音を立ててタクシーの黒い車体が遠ざかっていった。

背後にはそのかわり、先ほどの仏頂面の少年が立っていて、

「おじさん、バッカじゃねーの?」

と吐き捨てて、さっさと扉を開けようとして…それから振り返って、言った。

「おじさん、後で協力してね?」

「え?」

「死にたくなかったら。」

有無を言わさぬその口調に、思わず頷くと、少年が今度こそ扉の向こうに行ってしまった。


「どう言うことだ…?」

俺はもう一度ため息をついて、後ろを振り返る。

館の名前の由来にまでなった満開の桜の樹。さわさわと優しく枝を揺らし、花を散らせている。ぼんやりした青い春の空に、その景色はとても美しく見えた。

平和的なその光景に、非現実感が少しだけ薄れた気がした。

改めて扉に手をかけ、俺はその重い扉を開いた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その館は、立派だった。小説でしかお目にかかれないような高い天井、壁には風景画、床はほとんどが毛の長い絨毯に覆われている。靴も脱がない洋風スタイルだったので、絨毯に足を取られて転びそうだ。

「皆様お揃いのようで。」

和服姿のお婆さんがそう呼びかけ、深々とお辞儀する。

「わたくしはここで以前働いておりました、花菱キエと申します。今回、皆さまで長谷川様の遺産についての話し合いをされるとのこと、長谷川様からのご遺言がございます。」

ざわっ、と広間がわいた。

「ご遺言はこうでございます。

『儂はすでに誰に遺産を渡すかは決めている。

だが、それには渡す相手がきちんと他の人と話し合い、納得せねばならぬ。それまで、その履行はしない。』」


不思議な遺言だ。渡す相手が誰かも分からないのに

話し合え、納得しろ、だなんて。


案の定、周りからは悲鳴ともつかぬような喚き声が聞こえてきた。

「こんなのだれかわからないじゃないか!」

「あの花菱って人が継ぐと決まってるからお茶を濁してるだけなんじゃないの!」


にわかに騒がしくなった遺産争いの席で、なぜか一人、静かに座っている人がいた.

年は俺よりいくつか上、と言う感じだ。

それなのに、…俺には「そいつ」が異様に見えた。


その青年は笑って…ぱんっ!と手を叩いた。

大きな音ではなかったのに、それだけで全員がそいつの方を見た。

青年は皆が自分に注目していることを確認して、そして静かに言葉を紡いだ。

「皆さん、静粛に。初めまして、僕は探偵の

シャガンソウ、と申します。「謝る」に「岩」で謝岩。あと、後ろに居るのが僕の助手、村木和十です。

僕達二人はこの遺産争いに何の関係もありません。では何故ここに居るのか。…それは、依頼されたからです。

その人に。」


その人は、真っ直ぐ俺を指した。

「?!」

少年が唇に人差し指をあてニッと笑んだ。

『おじさん、後で協力してね?』

死にたくなかったら、そう言った少年を思い出した。

少年の無邪気な笑顔がなぜか怖くなった。

俺はカクカクと頷いた。

「…ああ。」

探偵を名乗った青年が俺の言葉のあとを継いだ。

「彼は怖くなったんですよ。ここで殺人が起こるんじゃないか、ってね。」

青年が蠱惑的に微笑んだ。


その時、俺は気づいた。

気づいてしまった、と言うべきか.


ホームズ(探偵)ワトソン(その仲間)が揃っていて、『何も起こらない』なんて、あり得ない」

ってことに。


確信した。

どんな形であれ、事件は起きる、と。

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