序章、或いは破滅の前兆。
「その探偵は、『名探偵』である。」
その探偵にあった人は皆、そう言う。
年齢も、性別すらも不明なその探偵について、わかっていることはただ一つ。
「彼(もしくは彼女)は、絶対に推理を外さない」
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窓の外の景色が後ろに流れていく。
俺は、ただぼんやりとそれを眺めていた。
太陽の光が黒いタクシーの車体に跳ね踊る。
開けた窓から春風が入り、俺と、途中から乗ってきた同乗者の少年の髪を揺らした。
誰も、何も、喋らない。タクシーの走る駆動音が車内に虚しく響く。
その時、少年が、イラついた声で俺に言った。
「おじさん、寒いんだけど?」
茶色に染めた髪を弄びながら少年が舌打ちする。
十二、三といったところか。
親に髪を染めるのは反対されなかったのだろうか。
幼い少年の顔立ちに茶髪はアンバランスだ。
「さっさと閉めろよ」
…にしてもコイツ、言葉遣い考えろよ、腹立つな。
「ごめん、今すぐ閉めるよ。」
スイッチを押した。
うぃぃいん、と音を立てて上がっていく窓。
窓と車体で切り取られた景色の中に、チラリと鮮やかな桃色のかたまりが見えた。
「あ。」
と声を上げると、運転手が微笑む。
「あそこですよ。」
少年があっそ、と言ってそっぽを向いた.
俺はそうする代わりにため息をついた。
このタクシーが地獄へ向かっているような気がしてならない。
まあ、実際に向かっているのはただの寂れた山の中の屋敷だが。
はじまりは、祖父の死だった。