あの日、見たこと
あの日私は叔母様の別荘で開かれたお茶会に招かれておりました。
いつものようにバラ園に囲まれながら叔母様との会話を楽しみ、内容は世間話や学校での出来事など私の身近にあった些細な事ではありましたが、それを叔母様は面白そうに聞いてくださいました。
私は楽しそうに相槌を打ってくださる優しい叔母様が大好きで、いつも叔母様が開催するお茶会には足を運んでおりました。
空が紅に染まってきたので、私は寂しい想いではありましたが叔母様に別れを告げると、いつものように門を出て帰り道へと足を進めました。
そしてその帰路で私はあの方々と遭遇することとなったのです。
私は初めできるだけ目を合わせないように通り過ぎるつもりでいたのですが、彼らの一人が私の行く手を遮ると、気が付けば周りを数人に囲まれるという形に陥ってしまいました。
助けを呼ぼうにも辺りは路地裏であり、人影は彼ら以外にありません。
その時、私は彼らに嵌められたのだと理解しました。
彼らはあらかじめ私がここを通ることを知っていたのです。
随伴者のいない王族である私は彼らにとって格好の餌だったのです、
この時の私は彼らの言葉に対して何一つ対抗手段を持ち合わせておりませんでした。
誰の助けもなければ、このまま私は彼らに連れ去られていたことでしょう。
しかしこのような絶望的な状況にも関わらず、私がそうならずに済んだのは、偏にある人にこの窮地を救われたからなのです。
その人は襲撃者たちの前に立つと、凛々しくもか弱い少女を助けるべく戦いを挑みました。
残念ながらその時の私は恐怖に打ちひしがれており、彼の容貌をはっきりとは覚えておりません。
しかし彼が男性であったことは間違いありません。
彼は回想迷宮を彼らの前に広げると、次の瞬間、白い冷気を帯びた霧が辺りを包み込みました。
それは数分の出来事だったように思われます。
その間、私を襲っていた男たちの声が無くなり、一人道端に取り残されたような気分になりました。
白い霧が晴れると、そこには彼しか立っておらず数人いた男たちの姿は一人もいませんでした。
私は何が起こったのか分かりませんでしたが、私を襲っていた方々が消息不明となった原因が彼の回想迷宮に関係しているということだけは理解できました。
対称の場所を移転させたのか、はたまた回想迷宮の中へと閉じ込めたのか。
その真相は闇の中ではありますが、彼はこの窮地をものの数分で解決して見せたのです。
私は何もなかったかのように振舞う彼の姿に憧憬の念を覚えずにはいられませんでした。
その後彼は何も言わずにその場を去ろうとしました。
私は咄嗟に彼の背中に向け感謝の言葉を告げました。
彼にはどれだけ感謝してもしきれません。
少なくとも彼が何か困っていることがあるなら、微力ながらこの恩を返させていただきたいと思っておりました。
しかし彼は私の言葉に返答することもなく、颯爽とこの場を去っていったのです。
今思えば名前だけでも聞ければよかったと、つくづく反省しております。
その後、私は駆けつけた国家司書官に保護され、事件の一部始終を事細かく彼らにお話しいたしました。
しかし私はその時、【黒い回想迷宮】のことを彼らに告げませんでした。
それは恥ずかしながら直観によるものなのではありますが、なぜだか口外してはいけないようなそんな気がしたのです。
数時間に及んだ質疑応答のあと、私は屋敷に戻り、自室にて私が最も信頼のおける人物であるセツナに【黒い回想迷宮】のことについて相談しました。
王宮司書官である彼女であれば多少なりとも【黒い回想迷宮】について、知っていることがあるのではないかと思ったのです
しかし私の意に反し、彼女から告げられたのは「殿下、私から申し上げられることは何もありません」の一言で、それ以上のことは何一つ語りませんでした。
私は初めて彼女の困惑した表情を見て、それ以上追及することはしませんでした。
これまでにも見えない壁に触れたことがありましたが、今回の件もその類のものであると、この時、私は理解しました。
いつもであれば、私は目を瞑り、それ以上前へと進むことはしないのですが、今回は命の恩を救っていただいたこともあり、彼にもう一度会って直接お礼を申し上げたいと思っておりました。
そして私は【黒い回想迷宮】について、独自に調査することを決意したのです。