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あの日

 この世界には誰もが自分の回想迷宮を持っている。

 回想迷宮、それは自分の力もであり、価値を示すもの。

 人は誰しも様々な人生を歩む。

 成長する過程で力や技術、そして時には胸焦がれるほどの恋など、人はこの世界であらゆるものを経験していく。

 回想迷宮とはそうして経験した出来事や手に入れた物を一冊の本としてまとめたものだ。

 一冊の本といったものの、ただ読むだけの本ではない。

 回想迷宮はそれ自体が迷宮ダンジョンとしての機能を持っており、それを手にしたものはその本に記載されている事柄を疑似体験することが出来る。

 だが回想迷宮と言っても種類は様々存在し、人が空想した世界を主体としたファンタジー系や青春時代に重きを置いた恋愛ものなど、多岐に渡る。

 迷宮回想は人の人生を一冊の本にまとめたもの。

 その書き手が一番印象とする世界を描いていく。

 しかし回想迷宮には特別な力があり、それは本の中で疑似体験したものを現実世界でも体験することできるというもの。

 例えば騎士道の本を読んだとする。

 するとその本を読み終えた者つまりは回想迷宮から出た者はその知識を得るだけではなく、実際に現実世界でもその中で扱われた剣技や報酬などを使うことが出来るのだ。

 恋愛ものを読んだ者は魅力的な雰囲気を醸し出せたり、相手の心を揺さぶる能力を使うこともできる。

 そのため一見すると回想迷宮は魅力的なものだが、その反面危険な一面も併せ持っている。

 ゆえに多大な影響力を持つ本の中には禁書指定の本もあり、閲覧自体を国が規制していたりもする。

 中でも最も危険視されている禁書があり、、世間ではそれを『クリア者のいな回想迷宮』と呼んで恐れていた。


 ー


 それは偶然人通りの少ない住宅街の裏道を進んでいた時のことだった。


「おいおい、べっつぴんのお嬢ちゃんよぉ。ちょっと一緒に遊ばないかって言ってるだけじゃん。お堅くならなくてもいいじゃん」

「やめてください、私にからまないでください」


 嫌らしい笑みを浮かべながら、見たところ30代あたりと思われる男数人が一人の少女を取り囲んでいた。

 彼女の着ている服が制服であることからして、どこかの学校の生徒だと思われる。

 どうやらここにいる男たちは一人のか弱そうな少女を見つけ絶好の獲物だとばかりに襲っているらしい。


「きれいな白い髪してんじゃん。名前なんていうの」


 男の一人が少女の長くて白い髪を手に触りながら彼女の耳元で囁いた。

 言われた彼女はというと、ただ涙目になりながら顔を赤らめじっとその場で我慢したままだ。

 これでは彼らに連れ去られるのも時間の問題だった。

 この光景はいつもの至って普通の出来事。

 だから俺にとってそれはどうでもいいことで、彼女を助けようという気にはならない。

 そもそもこの人気の少ない場所に一人でいること自体不注意にもほどがある。

 こうなっては致し方無く、弱肉強食の無慈悲な世界を体験するいい機会だと思って処理するのが賢明だ。

 そう思いながら俺は彼らの横を通り過ぎようとした。

 何もなければ、それで終わるはずだった。

 そうただその場に居合わせてしまった通りすがりの通行人として。


「おい、お前」


 少女を取り囲んでいた男の一人が俺の肩を持ち、歩みを止める。


「気持ち悪い目つきしやがって、俺たちになんかようでもあるんか?ああ?」


 男は不機嫌そうにがんを飛ばしつつ、強い口調で言った。


「っ」


 俺はよくないことにそれに対して舌打ちしてしまった。

 我ながらもう少しこの場をやり過ごすためにうまい対処の仕方があったと思うが、この時の自分は心の奥底で昂っていた感情に流されてしまったのかもしれない。

 だがこうなっては事態が好転することは、経験上まず無いだろう。


「お前、やんのか?俺たちを相手にして。痛いだけじゃすまされねぇぞ」


 男はそういうと、今度は愉快そうな笑みを浮かべながら俺の肩を掴む手の力を強めた。

 やれやれ、このまま何もせずに済ませていればよかったものを。

 俺は肩を掴む男の後ろにいる数人を見る。

 その中にはなまった肩の凝りを解すような仕草をしている者もいれば、体のどこかに隠しておいたナイフのような刃物を楽しそうになぶっている者もいた。

 数はこの肩を掴んでいる人間を合わせて5人。


「5人か」

「ああ?」


 男は不機嫌そうに俺をみたが、俺の頭の先からつま先まで見下ろした後、どうやら正義感を気取った哀れな少年だと思ったのか。

 今度は声を上げて笑い始めた。

 薄汚いハエのことはどうでもいいが、こうも近くにいられては煩わしいと思えてくる。


「おじさん、こう言っては失礼かと思いますが、俺を見なかったことにしてください。二度は言いません」

「ああ?なんていったんだ。小さくて聞こえなかったぞ。もっと大きな声でもう一回行ってみろや。ああ?」


 男は揶揄うそぶりを見せながら、声高にそして尊大に俺を罵ってきた。

 男の後ろにはこれが目に入るかと言わんばかりにやたらと刃物を振り回す男がいる。

 どうやら彼らは俺の提案に応じるつもりは端から持ち合わせていないようだ。

 いいだろう、そう思った俺は静かに一冊の本をその男の目の前に顕現させる。


「・・・」


 場は突如静寂に包まれた。

 少女は少し戸惑っている様子だが、どうやらこの場に起こっていることを理解していないようだ。

 目の前に現れた一冊の黒い本。

 外見上は何かの獣の皮で出来たと思われる黒い本だ。


「黒い回想迷宮だと・・・」

「おいまじかよ、こいつやばいぞ。ガイア、ここはいったんずらかろう」


 赤いバンダナを頭に巻いた男の一人がガイアに退去を促す。

 どうやらこの人間はこの回想迷宮のことに少し知識があるらしい。

 同時に俺は彼らが闇社会に属する人間であることを悟った。

 それもこの回想迷宮を知る者はそう多くないからだ。


「これを見た以上、お前たちを生かしておく必要はなくなった。この際だ、少し遊ぼう」


 俺は彼らにそういうと回想迷宮を手に取った。

 すると男たちは各々、焦るように自身の回想迷宮を出しページをめくり始めた。

 だが彼らの試みは遅く、俺は朗読へと取り掛かる。


「これから始まる物語は僕が幼いころに北の国を訪れた時の出来事である」


 辺りは降雪の激しい白い世界に突如変わった。

 目の前は辺り一面広大な雪原が広がる。

 あまりの寒さに男たちは震えながらそれぞれ身を屈め始めた。

 各々手には武器を携えており、それはどれも回想迷宮から取り出されたもので、弓に剣、ハンマーと多種だ。

 男たちのリーダーと思われるガイアはメンバー全員に防寒着となるものを出すよう命令する。

 命令されたうちの一人でレザー服を着ていた男は熊の毛が使用されているであろう防寒具を自身の回想迷宮から取り出すとそれをそれぞれ4人に配った。

 ここには俺と5人の男たちを除いて他にいない。

 あの場に居合わせた少女は俺の回想迷宮に招待しなかった。

 本来であればこの本が見られたのだから、この者たちと一緒に処理するところだが、あそこで呆然としているような人間だ。

 今後俺に害が及ぶこともかかわることもないだろうと思い、放置することにした。


「おい、薄汚いハエども。これではお得意の煩わしさも発揮できないだろ」

「何だと貴様。この俺にケンカを売ったこと後悔させてやる。こんな迷宮、すぐに突破してお前の顔をボコボコにしてやるよ」


 男たちは俺を視認することは出来ない。

 それはこの世界が俺の回想迷宮だからで、自身の回想迷宮内では作者は語り手として、この世界で起こる出来事を見るしかない。

 だから朗読するのは少し退屈だと思わなくもないが、これに関しては考えても仕方のないことだ。


 ガイアは太い腕を軽くたたくと次に上空に向かって人差し指を向ける。

 俺に指差したのだろうが、あいにく俺はお前たちの目の前だ。

 フフ。

 思わず微笑してしまう。


「ガイア、あいつ、もしかかすると・・・」

「うるせぇ、なわけあるか。こんなガキがあれなわけねぇだろ。戯言をほざく時間があるならここを抜け出す方法を考えろ」


 バンダナの男は唇を青くしながらおびえながら辺りを見回す。

 そろそろかな。

 俺はそうおもいつつ、後ろを振り返った。


「グルルル・・・」


 そこには一体の白き古城の守護者、白き竜が姿を現せる。

 その竜は大きさにして高さは彼らの10倍以上もあり、白く冷たい吐息を何本も生えた大きな牙の間から潜らせ、青く光を放つ眼が彼らを視界にとらえる。


「うそだろ、俺たちが勝てる相手じゃねぇ・・・」


 次の瞬間、あまりの出来事に呆然と立ち尽くすだけの彼らを竜の口から放たれた白いと息が襲った。


 俺は彼らの最期を見届けることなく、現実世界へと帰還した。

 これはただの不運が重なってしまった些細な事故だ。

 だから興味もないし、それについて特に思うこともない。

 だがこういった出来事は今後起きてほしくないものだ。

 時間は有限なのだから。


 現実に帰還した俺は目の前で腰が抜け、その場に座り込んでいる少女を見た。

 どうやら彼女はまだ何がここで起きたのか理解していない様子で、驚いた様子で俺を見ている。

 この人間がどういった身分なのかは分からないが、このままここに放置して置いたとしても支障がないだろう。

 このあとここには回想迷宮が使われた痕跡が残っているため、国家司書官が介入してくるだろうがこの様子では多くを語ることはないだろう。

 それでも今後起こるであろうことを想像すると、少し肩の荷が重くなる。

 俺はため息をつきながらも、この場を去ろうとした。


「助けてくださりありがとうございました」


 俺の後ろで少女の声が聞こえる。

 だが俺は歩みを止めることはなかった。

 そもそも俺は彼女を助けたわけでもない。

 だから礼を言われる覚えは初めからどこにも存在しないのだ。

 この時、俺はここで彼女を助けてしまったことを後悔する日が来るとは思っていなかった。

 今思えば、久々に聞いた感謝の言葉が心の奥底で眠っていた感情を呼び起こしたのかもしれない。

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