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竜族王女・刻を越えない

作者: 漢汁

高梨・大地に立つもご一緒にお読みください

 深い闇のなか、辺りを見渡してみる。

 周囲は真っ暗だ。それはそうだ、今は夜なのだから。上空には、星が無数に輝いている。強く光るもの、小さく光るもの、それらが密集して、川の流れのように続いていろものもある。

 それらのなかで、特に大きく輝くものがある。この世の人は、それを月と名付けている。

 そしてもう一つ、光り輝くものが夜空に浮かぶ。月以外の大きな光だ。この世界には、月は一つしか存在しない。ならば、これは一体何なのだろうか?


「うーむ、灯火トーチの射程、間違ったかのぅ」

「今頃市井は大騒ぎで御座いましょう」


 光の正体は、ゼクスサウザンドマウンテンと人々から呼ばれる、山頂は約7000mと人類はまだたどり着けておらず、正確な高さが不明な山。その標高6466mに建造された城、ゼクスサウザンド城の4階にある部屋、そのバルコニーから放たれた魔法の光であった。

「今頃『UFOを見た』とか『あれは異世界からの侵略者だ』だとか『あれは彗星かなぁー』とでも言っているのであろう」

 そう愉快そうにケラケラ笑う少女。

「非常に迷惑なことですな」

 所謂執事服を着ている口髭が似合う、白髪混じりのオールバックの髪型の男性は、眼鏡のふちを弄りながら発言する。

「良いではないか、たまにはこういう愉快な事件を作ってやるのも、退屈な世に必要なのじゃ」

 少しふんぞり返る、白銀の髪と白いドレスが目立つ少女は言う。

「明日が楽しみじゃのう、新聞や記録映像が世界中に出回るだろう」

 機嫌が良いのか、頭に生えている角、そして長い耳がいつもよりも凜としているような気がしたと、執事は後に証言している。

「いつものこと、その一言で片づけられるのがオチかと」

「な、何じゃとー!」

 ありえない、何かの間違いではないのか? と言いたそうな少々驚いた表情をして、少女は執事に向かって振り向く。

「アルティメリア様、今はそれどころではないのです」

「どういうことじゃ? 新型コロコロウイルスの件か?」

「それもありますが……」

「ならば、もうそろそろ皆忘れたころじゃ、年を越す前に『トシ・コシ・ダー』と叫ぼうかとしていたのを父上にバレたのかぇ?」

「迷惑なのでおやめください。そして竜族であって竜の骨では御座いませんので」

「ぬぅ……だとすると、思い浮かぶのは、そなたの私室に『アル○ニアンの侍女』を置いてやろうと思ったことかのぅ」

「人のお姿で、今から空を自由に飛びたいと思ったことは御座いませんか?」

「じょ、冗談じゃ!」

 竜族ならば、ドラゴンに変身というか、そもそもドラゴンが人型になっている訳ではあるが。人の姿でスカイダイビングして地面に墜落したら、死にはしないが死ぬほど痛い。アルティメリア自身が試したのだから。

「アルティメリア様、現実逃避はそろそろお止めください」

「わかっておる。しかしもう少しだけ、先っぽだけでも良いから」

「さっさとあの灯火トーチを消しやがって下さい」

「――ヲイ、今何と申した!?」

 ラウンド・ワン・ファイッ!!


 *


「ゼーッ! ゼーッ! ……何故に妾がこのクソシジイに」

「100年早いのです」

 竜王女に対して鉄山靠は酷い。

「くっ、そのうちにメガネと口元にホクロつけて復讐してやるのじゃ」

 そのような機会は永遠にない。

「お戯れはその辺でよろしいかと。明日は北方の大国である、ウラジミール・ドラグノフ大統領との会談が予定されております。お早めにお休み下さい」

「嫌じゃ!! 父上はともかく、何故、どうして妾まで出ねばならぬのだ」

「アルティメリア様は我ら竜族の第二王女で御座います故」

「ならば第一王女の姉上が行けば良いことではないか!?」

 ちなみに第三王女も居る。生後36年であり、まだ魔力も乏しく人の姿にはなれない……と、本人は嘘ついてる。

「オルタナティブ様は、先日空のハンターの男に対し『わ、この勇者イケボ!!』と襲いかかったところ、返り討ちにされた挙げ句、尾を少々切断されてしまい、結果鬱状態となっており、離れに引きこもっております」

「ばっかじゃねーの!!」

 もともと頭の残念な姉上だと思っていたが、コレほどとは……尻尾はそのうちに復活するだろう。

「そもそも、フロストベアーに跨がり、標高6000m超えまで来る化け物に会いとうない」

「そこは耐えて頂きたいものです。3日間滞在予定ですが、我ら竜族にとっては30分程度の時間でございます」

 それはそうだが、その時間が濃厚過ぎて疲れる。ウラジミールは特殊な部隊に所属し、紆余曲折した後大統領となったという。そして、顔が怖い。


 アルティメリアは思った。面倒事は避けるべきである。明日は過酷な日となるだろう。

 楽しいことが好きな彼女は、そろそろこのような退屈な日々に飽きていた。

 先週は、西の大国家のプラトーン大統領との会談があった。姉上は東方の国へ新兵器の威力偵察という名目で欠席しやがった。ストレス発散のために、大統領の頭髪をいじくり回そうかと思ったほどだ。

 その頃から、彼女はある計画を考えるようになった。

 国家の一大事になりかねない、危険なようで、あまり危険ではないが、地味に嫌がらせをするには十分なものだ。


「……わかった。今宵はこの辺にしておき、妾は休むとしよう」

「わかって下さいましたか」

 執事の声は、少々ではあるが、安心したかのような感じがした。

「それではアルティメリア様、お休みなさいませ」

 深くお辞儀をし、執事は退出する。

 アルティメリアもバルコニーから自室に戻り、ベッドへと潜り――込まなかった。

 その代わりに、ベッドの下から自分と同じ大きさに近い、綿の入った布袋。ただし、その袋には肌色多めの絵柄が描かれてしまっている。

 自分の代わりに、このHENTAI抱き枕を布団に入れておく。

 胸部辺りだけ、綿がギュウギュウ詰めにしたりと、少々、いや、かなり盛っている。

「これで良かろう。客観的に見ると、妾の寝ている姿は美しいものじゃな」

 幻想だ。朝になると、布団を蹴飛ばし、涎を垂らすのではなく、ファイヤーブレスが漏れたのか、枕を焦がす。

「準備はコレくらいで良いか」

 再びベッドの下を漁り始めた。そして取り出したものは、紙を丸めた2m程の長さの筒。


「転送スクロール!!」


 だみ声で、色々大量にモノが入りそうなポケットから道具を取り出す時のロボットのように、天井に向けスクロールを突き出す。

「クックックッ……このあらかじめ転移の魔法陣が書かれたスクロールを使用すれば、妾が異世界へ転移、その逆で異世界から電気街に生息するというバイトのメイドでも、勇者になり損ねた一般人でも召還可能じゃ」

 小声で誰に説明しているのかは不明だが、そう良いながらスクロールを広げていく。

「制作時間20分で、使用容量は4人まで。詰まらぬモノを作ってしまった……コレなら素直に床に書いておけば楽じゃったのに」

 執事や侍女に痕跡がバレたら困ったことになるので、紙にしておいたのだけど。

 そうこう言ってるうちに、筒状のスクロールは展開され、2x2mの広さになった。

「さて、妾のロッドは持ってる、転送スクロールの予備は持った。携行食はペロリーメイト位でよいか。水は魔法で飲み放題じゃからのう」

 準備を終えると、アルティメリアはスクロールの上へと進もうとするが、大事なものを忘れていることを思い出した。

「おっと、書き置きを見える位置に……と。転移用に使用する使い捨ての魔導具が無いと発動と証拠隠滅できぬからのぅ」

 化粧台に書き置きの封書を置く。

 次に、そのとなりに置いてあった魔導具を取る。見た目は誰がどう見ても……爪楊枝である。

「よし、では早速出発するかのぅ」

 アルティメリアは再びスクロールの上に乗ると、左手に持った爪楊枝を高く挙げ、右手を魔法陣に向ける。

 転移の前に、どこへ行こうかと、予めイメージする。

とりあえず、平和で文化的で清潔な所が良いと思った。

 ただ、残念だったのは、秋葉原・地下アイドル・ギータという単語が、もう数日前に調べたっきりなのに、頭に残ってしまっていたこと。


『インテグラード、ディオスティグマディ・ディオグランツェ』

自分でもよくわからない呪文を唱えると、音もなく魔法陣が光り出す。

 そして、目の前に見たことのあるようで、無いような、そんな光景が広がっていく。

 それが自分の周囲、360°その光景に包まれた瞬間、ふわりと身体が浮かんだ。

「おお、成功じゃ!! 藁半紙を張り合わせて作った即席魔法陣でもここまでとは」

 成功確率は五分五分、もしくは失敗すると予想していたところ、上手くいったのでアルティメリアは喜びの表情を浮かべた。

「それでは旅立つとしよう。どうせならば格好の良いセリフで行きたいものじゃ。うーんそうじゃのう……」

 宙に浮かびながらセリフを考え始める。

「『行きまーす!』違うのぅ、『出るぞ!!』赤いヤツが出そうじゃ。『ゲットレディ?』しっくりくるのだが、色々負けそうな感じがするような気がするのは何故じゃ?」

 この瞬間、アルティメリアは世界の半分を敵に回した。

「ええぃ、もう面倒じゃ。始めーる」

 そう言いつつ、爪楊枝の形をした魔導具を、魔法陣に投げる。

 それは、魔法陣に吸い込まれていった。魔導具が吸い込まれ切った瞬間、光は一層強くなった。


 ――そして、アルティメリアは一気に周囲の景色に吸い込まれるように、消えていった。


 翌朝、侍女がアルティメリアを起こしに部屋へと入ると、明らかに一部分だけ大きく強調されたベッドの上の布を見て、アルティメリアが逃げたことが発覚することとなる。

 布団も捲ることもなく、である。どれだけ盛ったのやら……胸を。

 この件に関しては、大した騒ぎにもならず『ああ何時ものことか』で処理された。


 後日、戻って来たアルティメリアの両手には、泥抜きされ締め済みの大量のザリガニがバケツに入っていた。

とりあえず、ごめんなさい。

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