初
キツネに導かれるまま進んでいくと普段の登下校の道に戻っていた。先程までの違和感はなく、拍子抜けするほどすんなりと神社の階段下に辿り着いていた。
強張っていた体から力が抜けかけ、ずり落ちたスクールバッグを両手で持ち直した。
もう、視えていることも聴こえていることもバレているのだ。腹をくくり、近くにいるキツネに頭を下げる。
「助かりました。ありがとうございます」
「いや」
こちらの都合もある、と言いながら仮面の中で小さく笑う低い声がした。
「猫の小路に誘われるとは、余程面白いヒトなのだな」
わたしは普通の高校生だ。
最近の、このキツネのほうがかなり面白い生き物――生き物でいいのだろうか――をしている。
定位置らしい鳥居にまだ戻らないようなので、好奇心から聞いてみたくなった。
「おっと。俺のことは長生きしすぎた狐とでも思ってくれ」
詮索は許されなかった。
だが、聞きたいことはキツネ自身以外にもある。
「さっきの、猫のこみちって何ですか?」
「化け猫が獲物を誘い込む手口の一つだ。何となくいつもと違う路に見えていただろう?」
「見えた、ような。変だなとは思いました」
気付いたことを伝えると三本の尻尾が嬉しそうに根元から揺れ動いた。クツクツと喉を鳴らして本格的に笑いだしている。
「違和感に気付く、それが既におかしなことだ。他のニンゲンであれば気付く前に餌になっているからな」
仮面の端から覗く口角は立派な耳に向かってにんまりと引き上がっていた。
隙間から覗き込むような瞳と視線が遭い、その金色の中で瞳孔は獲物を見つけたように開いたままだった。これはこれで危険なのでは、と息が詰まる。
「まぁ、何であれヒトが不用意に行ける場所ではない。もちろんヒトが帰ることも出来ない。今後はもう少し注意することだな」
伸びてきた掌に、反射的に体が後退った。だが、ローファーの踵が石段にぶつかってしまい逃げられない。
心臓が痛いほど緊張する。折角逃げられたのにキツネからは逃げられないのか。震え始めた身体を抱き締めるようにバッグを抱き上げた。
恐怖に目を閉じたと同時に、もふりと頭頂を撫でられた。二度、三度と毛皮が当たる感触と肉球部分らしき固そうな質感にこれは宥められたのかとそろりと目を開けた。
視界に映ったものは登下校の道路で、慌てて後ろを振り返っても階段と鳥居しか見えない。普段、鳥居の片側にうっすらと見えるはずのキツネは、いなかった。
一気に脱力した腕からスクールバックが落ちてしまった。普段よりも幾らか暗くなった道に、ドサリと大きな音を立てた。
――正しく、狐に化かされたような呆気なさだった。
初の会話です。
こんな進みの遅い話を誰が読むのだろうと思いつつ、自己満足の部分が大半なのでどなたかに刺されば御の字です。