俺は
ヒトとの接触を極力避けて山で生きること数十年、開発が進み山を追われるようにして木立を移り住むこと数十年。そして、神社を塒にして数十年。
俺は、いわゆる妖怪の類になっていた。狐の妖怪、妖狐だ。色の抜けた白い毛並に、いつの間にか尾は三本に増えていた。
今までの生で培った気配消去のおかげか、それとも妖狐だからか、元々参拝客の少ない神社だったからか。町内だというのに、この社でも俺は誰にも見つかっていなかった。それこそ、神主一家にすら見られたことがない。
だが、それを覆したヒトがいた。
春先から近くの高校に通い始めたらしい、女子高生だ。
そのヒトは、俺が階段で鳥居を背もたれに座っていると必ず目が合うのだ。俺ではなく俺を透かして向こうに見えるダレカに挨拶しているのだろうかとも思ったが、背後は鳥居の石柱があるだけだ。
気のせいかと思ったが、明らかに俺を直視して会釈すること数回。
俺は、あの女子高生が俺を視ることができるのだと認めた。
観る対象だったヒトに見らているというのは、少し、居心地悪いような気がした。
だが、そう悪いものでもなかった。
ふと思いつき、あの女子高生が帰宅するだろう時間を見計らって階段の一番下に降りてみた。
通り過ぎる誰もがこちらを見ることもなく通り過ぎ、俺はそれらを気配だけで感知して空を見上げた。
曇天の下、どこかでは雨が降っているようで大気にはいつもより土の匂いが強かった。
とて、とて、と軽くも確かに鳴っていた足音が、数歩向こうで止まった。
嗅ぎ慣れた匂いにそちらを向く。件の女子高生が、目を見開き、口を大きく開いてこちらを見ていた。
くつり、と狐面の中で笑ってみる。一歩、後退された。
「コン」
化かすように。一声掛ける。
「!?」
肩を揺らして驚いた彼女が、通り過ぎる別のヒトに不思議な顔をされた。そう、俺の姿はこの女子高生にしか見えない。彼女はそれに気付き、羞恥に顔を赤くした。
初めて変化して彼女の前に立ってみたが、思った以上の反応に、もっと反応が見たくなった。
気分が良くなった俺は、尾を揺らしながら今度は高らかに笑ってみせた。
上機嫌のまま天を向いた耳は、彼女の息を呑む音を拾った。
おもしろい、もっとだ。
もっと、俺を、たのしませてくれ。
ゆっくりと、彼女ですら視ることのできないくらいに気配を消していく。
彼女は一歩も動けずに何度も瞬きしながら心臓に手を置いている様を、彼女が動き出すまでじっくりと眺めていた。
即興小説トレーニングのお題「俺は狐」で書いたものです。
お題を見てぱっと書いたわりには気に入っている話です。