03 図書館
お昼がだめなら夜に行けばいいのよ!
そんなマリーアントワネット的思考にたどり着いた私は、まずは図書館の鍵を手に入れることにした。図書館には希少な本もたくさん所蔵されているため、夜になると厳重な鍵がかかっている。その鍵は先生たちがおのおの一つずつ持っており、それを借りるのは容易ではない。しかしやるしかないのだ、私の未来のために。私は覚悟を決めて、私の担任であるオリビア先生に話しかけた。
「先生。私に図書館の鍵を貸してはくれませんか?」
面と向かってオリビア先生にそうお願いをすると、さすがの先生も渋い顔をした。いかに公爵令嬢である私エルザ・バートレットからの頼みとはいえそう簡単に頷ける内容ではないからだろう。
「どうして鍵が必要なのですか?」
あーまあ聞かれるよね。
迷ったけれど、私はここは素直に答えることにした。
「調べたいことがあるのですが、他の生徒に知られるわけにはいかない、秘密の調べ物なのです。ですから、夜中にこっそり図書館に入れないかと」
そんな私の言葉に、オリビア先生は「そういうことなら」と快く鍵を貸してくれた。正直に答えたとは言えそんなにすんなり鍵を渡してくれるとは思っていなかったので、最悪窓ガラスでも割るかと画策していた私は驚きのあまり目を瞬かせた。
そんな私の驚きを察したのか、オリビア先生は眼鏡をくいっとあげると笑った。レンズの奥、優しい緑色の瞳が細められる。
「バートレット様は優等生ですから、何を調べたいのか詳しくは聞きません。私は貴女のことを信頼しているのですよ」
「あ、ありがとうございます・・・・・・!」
そうだ。エルザ・バートレットは影で主人公をいじめてはいたけれど、外面は完璧な優等生であり高潔な公爵令嬢なのだった。......考えれば考えるほど最悪な悪役令嬢だな、私。
ともかく、図書館の鍵を無事手に入れられたのは嬉しい。私はオリビア先生に深々とお辞儀をすると、その鍵を受け取った。今まではその信頼に応えられているとは言い難い悪役令嬢だったけれど、これからはその信頼に応えられるよう頑張ります。
そして、夜も更け学園が静まりかえった頃。私はこそこそとカンテラ片手に部屋から抜け出した。もし誰かに見つかっても顔が見られないように、闇と同じ色のローブを深く被る。
学園の敷地はとても広い。その広さは王宮に匹敵するほどだ。
正門をくぐるとそこには手入れの行き届いた花畑が広がっており、その真ん中に敷き詰められたレンガの道を歩くとやがて真っ白な校舎が目に入ってくる。学園の校舎の隣には学生寮が併設されており、学園の生徒は王子様であろうとみなそこで暮らしている。そして、私のお目当ての場所、図書館。それは学生寮とは反対側の校舎の横に併設されていた。
つまり、図書館に行こうと思ったら校舎内を突っ切るか庭を遠回りしないといけない。
校舎にはこれまた厳重な鍵がかかっていたので、私は最短ルートを諦めて遠回りをすることにした。
「うー......夜の学園は謎の雰囲気があるわね...」
まあ端的に言うと怖い。
前世から、私はホラーというものがあまり得意ではなかった。前世の私には姉がいたのだが、彼女はホラー映画が大好きで、私にホラー映画を無理やり見せては怖いと泣く私を見て楽しんでいた。私より悪役令嬢が似合う女だった、お姉ちゃんは。間違いない。
......でも、優しいところもある、いいお姉ちゃんだった。
「会いたいなあ...」
しみじみとそう呟く。いけないいけない、少し感傷的になってしまった。
カンテラの小さな灯りを頼りに、足音を立てないよう慎重に庭を歩いていく。やがて、大きな図書館へとたどり着いた。
学園の図書館は学園が設立された頃から変わらぬ姿のままそこにあるらしく、何度か建て直された校舎とは違ってはっきり言ってぼろい。本来綺麗な色だったのだろうレンガは煤けているし、蔦が何重にも絡まって怖い雰囲気を倍増させていた。
扉にそっと鍵を差し込み、右に回す。かちゃり、と鍵が開いた音がしたのを確認して、私はそっと、図書館へと続く扉を押した。
ぎいいいい、という音とともに扉が開く。
目の前に広がる光景に、私は息を飲んだ。
「すごい......!」
さすが国内屈指の蔵書数と言うべきか。
円形の館内の壁の一面を埋め尽くしている本棚は高い天井に向かってそびえ立っていて、見る者を圧倒させる。本棚には所狭しとぎゅうぎゅうに本が詰められていて、お目当ての本を探すのが大変であることを察した私は苦笑いをこぼすしかなかった。