02 攻略対象
とはいったものの、私は図書館に行く時間が取れずに困っていた。
「エルザ様、本日もお綺麗ですわね!」
「あ、ありがとう......」
「エルザ様、来週うちで私の誕生日パーティーをやるんですの。ぜひ来てくださりませんか?」
「ええ、ぜひ行かせていただくわ」
「エルザ様、私新しいドレスを買ったんですの!」
「まあ、よく似合ってるわよ」
...といった具合に、取り巻きの女の子たちが私から離れてくれないのだ。いついかなる時でも私の周りには取り巻きがいて、1人で図書館に行く時間がない。
最悪取り巻きの女の子たちと図書館に行くかとも考えたが、超ド級の箱入り娘である私がいきなり国外のことを調べ始めたら変に思われるだろう。どうして、と聞かれた時に理由を答えられるはずもない。半年後に国外追放される予定だからそれに備えて計画を練っているんです、だなんて。
「......エルザ様、ソフィア・グリーンです」
どうしたものかと考え込んでいると、いきなり取り巻きの1人にそう囁かれて、私は思考を浮上させた。
彼女が指差す先を見る。そこには確かに、1人で廊下を歩くソフィアの姿があった。本を数冊両手に抱え、重いのだろうか、よたよた歩いている。
今までのエルザならきっと、今すぐソフィアに駆け寄ってあの本をはたき落としていただろう。そして「庶民の汚らしい手で学園の本を扱わないでいただけます?」くらいは言ったかもしれない。......改めて考えてみるとめちゃめちゃ嫌なやつよねエルザ。
取り巻きたちは今日も私がそうすると思ったのだろう、さっそくかつかつと足音を立てながらソフィアへと向かおうとする。
「待ちなさい」
そう声をかけると、彼女たちは止められると思っていなかったのだろう、不思議そうに私を見た。
「エルザ様?」
「今日はそんな気分ではないわ。やめておきましょう」
そう言って踵を返した私に、取り巻きの女の子たちは慌てて後を追ってきた。
ちらりと、視線をソフィアに向ける。重そうな本を抱えてよたよたしていた彼女は、偶然出会ったレオン王子に話しかけられていた。ソフィアの代わりに本を持とうとするレオン王子に、ソフィアは王子にそんなことをさせるわけにはいかないと慌てて阻止しようとしている。
なるほど。
どうやらソフィア・グリーンの攻略対象は、レオン王子のようだ。
言い忘れていたが、この乙女ゲームには攻略対象の男が4人出てくる。
1人目はレオン・スペンサー。
輝く金の髪に王族の証である煌めく紅の瞳を持つ彼は、この国の第1王子であり、次期国王である。幼い頃から最上級の教育を受けてきたため、頭も良く武芸も得意であり全てのことがそつなくできる。しかし平穏な日々に退屈しており、王子様とは思えないほど好奇心旺盛な面があった。身分を隠して1人で街に出ることもしばしばある、なかなかにやんちゃな王子である。
きっと、ソフィアの攻略対象は彼なのだろう。卒業式の半年前といえばもうだいぶいい雰囲気になっている頃のはずである。
2人目はフレッド・ジョーンズ。
燃えるような赤い短髪に、鋼色の鋭い瞳。彼はその強さから、学生の身でありながら国の精鋭部隊である騎士団に所属しているれっきとした軍人である。また、彼はレオン王子の幼馴染であり、その縁でレオン王子の護衛としてこの学園で学生生活を送っている。今まで武芸一辺倒で育ってきたため勉学はそれほど得意ではなく、ソフィアに勉強を教えてもらうイベントなんかも発生する。
3人目はルカ・スペンサー。
輝く銀の髪を三つ編みにし、これまた王族の証である煌めく紅の瞳。この国の第2王子であり、レオン王子の弟である。王族の兄弟というとギスギスした関係のイメージがあるが、ルカ王子はレオン王子を兄として慕っているいわゆる超ド級のブラコン。レオン王子の攻略ルートの際、彼に勝負を挑まれ勝たないとレオン王子の相手として認めてもらえないという、ブラコンイベントも発生する。図書委員をしており、兄と本にしか興味がないため彼を攻略するのは一番難しいとまで言われていた。
4人目はオスカー・エバンズ。
黒髪に青水晶の瞳を持つ、ソフィアがまだ庶民だった頃の幼なじみである。実はソフィアの村の領主の息子だったのだが、それを隠してソフィアとはよく遊んでいた。彼は幼なじみであるソフィアを妹のように思っており、そのため貴族となったソフィアが心配でこの学園に転入してくる。頭が良く学園では生徒会長を務めており、性格は冷静沈着。しかしソフィアの前ではデレる場面も多い。
以上4人が、この乙女ゲームの攻略対象であった。
この世界が乙女ゲームの世界であると昨日認めたはずなのに、やっぱりどこかで信じきれていたかったのだろう。着実にハッピーエンドへと向かっている様子のソフィアとレオン王子を見て、私に湧いてくるのは焦りだった。
取り巻きがどうとか言ってられない。
なんとしてでも、図書館で国外追放後の計画を練らなくては!
そう決意した私であった。