13 嵐のような来訪者
ローブを目深に被り、カンテラを片手に持つ。足音を立てないようにして部屋を抜け出し、夜の庭へと足を踏み入れ、図書館を目指す。
幽霊ショックから数日後。私は、いつも通りの夜を取り戻していた。
リリーにすべてを暴露し、泣いて抱き合ったあの夜。私はあの後、リリーと一緒に今後どうするかを考えた。......そしてその結果、今までと変わらず夜に密かに図書館を訪れ、国外追放後の計画を練ることにした。学園内の様子を見るに、学園の生徒たちは幽霊の噂を楽しんではいるものの探そうとまでしているのはレオン王子くらいのものだと分かったからだ。
そしてその予想通り、私は図書館通いを再開してから誰にも会うことはなかった。
......今日までは。
すっかり手慣れた様子で図書館へと続く扉の鍵を開けると、きいい、と扉を開く。図書館の中を私はすっかり把握していて、目をつぶってでも目当ての本棚まで行けるようになっていた。
目当ての本棚の前で足を止めると、カンテラで本棚を照らす。これまたいつも通り、ルカ王子からの手紙がそこには貼られていた。
封筒を手に取り、中に入れられた便箋を取り出す。さて、今日はいったいどんな内容なのだろうか。前回の手紙は、敬愛する兄レオン王子が今度誕生日を迎えるのでプレゼントの内容を悩んでいる、といった可愛らしい内容だった。その手紙に私は、ルカ王子がオススメの本を贈ってはいかがですかと返事したのだ。ということは今回は、それについての返事?それとも新たな相談?
内容についての想像を膨らませながら、便箋を開く。果たして、そこに書かれていたものは、想像していた内容のどれでもなかった。——いや、正確に言うならば、なにも書かれていなかったのだ。
「え」
思わず、言葉をこぼす。何度目を凝らして見ても、便箋は白紙で文字の一つも浮かんではこない。
どういうことだろう。私が首をひねるのと、パチっという音とともに図書館内の電気が点くのは同時だった。
いきなり多量の光が目に飛び込んできて、私は眩しさに目を瞑る。
「こんばんは、幽霊さん」
私しかいないはずの図書館で、私のものではない低い、柔らかい男性の声が響く。
閉じたまぶたの向こう。その姿は見えなかったけれど、声だけでそれが誰であるかはすぐにわかった。
恐る恐る、目を開く。いつから私の背後にいたのだろう。光を反射し輝く銀髪は後ろで三つ編みに結われ、兄と同じ紅の瞳は理知的に煌めいている。
手紙の主、ルカ王子が、そこに立っていた。
「ルカ、王子。どうして」
「兄さんが貴女に会ったと聞きまして。それなら僕も一度、貴女に会って見たいと思ってこうして参った次第です」
にこりと、ルカ王子が紅の瞳を細めて微笑む。彼とは手紙のやり取りをしてきたけれど、こうして面と向かって会うのは初めてだった。その笑顔の裏になにか裏があるような気がして、私はぎゅっとローブの裾を握りしめる。
レオン王子と違い、私はルカ王子に関してはあまりデータを持っていない。攻略することなく前世を終えてしまったからだ。だから、私は彼の言葉が果たして真実か見抜くことができない。
レオン王子は好奇心旺盛な人だ。だから、幽霊の噂を聞いて探しにきたのだと言われた時、私はそれをすんなりと信じることができた。でも、ルカ王子は?彼は幽霊の噂を聞いてわざわざ探しに来るような人なのだろうか。
警戒しなくては。私がエルザ・バートレットだと、バレるわけにはいかない。
ルカ王子をじっと見つめていると、彼はそんな私の視線など意に介さずゆっくりと私との距離を詰めてきた。まずい。後ずさろうとするも、すぐに後ろの本棚にぶつかる。
追い詰められた。
どくどくと、心臓の音がうるさい。ルカ王子が近づいてくる。どうすればいい。どうすれば。
突然、ルカ王子の紅の瞳と視線があった。
次の瞬間、私は体を抱え込むようにしてうずくまった。背筋を、氷塊が滑り落ちる。
目が合った。
顔を、見られた?
——私がエルザ・バートレットだと、バレた?
どうしよう、どうすれば。頭の中でぐるぐると言葉が回る。沈黙が痛い。ルカ王子の視線が私に向けられているのがわかる。
「なん、でしょう」
もう逃げられない、そんな思いでなんとか声を絞り出す。そんな私の頭に、ルカ王子がそっと触れたのがローブ越しにわかった。それも一瞬のことですぐに離れてしまったけれど、その手つきが存外優しいものだったので、私はローブの下で目を丸くする。
「先日はプレゼントの相談に乗っていただいて、ありがとうございました」
「............は?」
「貴女、兄さんに僕のオススメの本を贈ったらいいと助言してくださったでしょう。おかげで、兄さんもとても喜んでくれました。僕も、兄さんと本の話をしたのは初めてで、とても楽しかったです。貴女のおかげです」
頭の上から降ってくる声が紡ぐ予想外の展開に、ローブの下で目を丸くする。そして一つ、安堵の息を履いた。どうやら、私がエルザだとバレたわけではなさそうだ。
「今日はそのお礼が言いたかったんです。貴女の夜の時間を邪魔してしまって申し訳ありません」
「......い、いいえ、全然」
あっけにとられていた私がなんとかそう絞り出すと、ルカ王子の気配が遠のいていくのがわかった。恐る恐る顔をあげると、彼は庭へと続く扉へと向かっていた。その背中で、銀色の三つ編みが揺れる。
本当に礼だけを言いにきたのか、他になにかあるのではないかと警戒しながらその後ろ姿を見ていたけれど、予想に反して彼はそのまま帰っていった。最後に「では、おやすみなさい」と私に一礼をして。
閉められた扉を見つめながら、私は苦笑した。いきなりやってきてすぐさま帰っていった、まるで嵐のような人だったな。
誰だ、あの笑顔に裏があるとか言ったのは。
.....私か。




