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11 その夜、私は


その夜の晩は、私は図書館に行くのをやめた。体調が回復していなかったのもあるし、衝撃の事実に未だ頭が混乱していたのもある。今ルカ王子からの手紙にどう返事していいか分からないし、レオン王子みたいに幽霊を探している人が他にいないとは限らない。そんな人に出会った時対処できる自信がなかった。


ごろりと寝返りを打ち、部屋の隅にいるリリーに視線を送る。昼間に倒れてしまった私を心配したリリーは、隣にある使用人部屋ではなく私の部屋の片隅で椅子に座って夜を過ごしていた。


灯りはもう消したので部屋の中は暗く、リリーの表情は見えない。もしかしたら、もう眠ってしまったのかもしれない。


「ねえ、リリー。もう寝た?」


そっと、声をかける。影が動く気配がした。


「起きてますよ、エルザ様。どうされました?どこか痛みます?」


「いいえ、どこも痛いところはないわ。ねえリリー、少し聞いてくれるかしら」


そう言うと、リリーは立ち上がり、そっと私が寝そべるベッドの縁まで距離を詰めた。隠れていた表情が、窓から差し込む月明かりに照らされ浮かび上がる。


「はい、エルザ様」


柔らかく微笑んだ彼女を見上げて、私はぽつり、と呟くように言った。


「......私が噂の幽霊だって言ったら、信じる?」


その声はひどく小さいものだったけれど、リリーの耳にはしっかりと届いたようだった。リリーは驚いたように目を見開き、けれどそのあと、微笑んだ。


「やっぱり。そうだと思いました」


「ど、どうして!?」


今度はこちらが驚く番だった。目を見開き思わずベッドから飛び上がる私に、リリーはくすりと笑う。悪戯っ子のような笑みだった。


「エルザ様。貴女の隣の部屋にいつも控えている私が、貴女が夜中にこっそり部屋を抜け出してどこかへ行っていることに気づかないとでも?」


そんな彼女の言葉に、私は間抜けな顔で口をぱくぱくさせることしかできなかった。気づかれていたのか。


「最初に噂を聞いたとき、まさか、と思いました。そして今朝、レオン王子が噂の幽霊と会って話をしたと言う話を聞いて、確信しました」


「え......どうして」


「今朝のエルザ様、すごく嬉しそうでしたから」


「......、そう」


そんなことまでバレていたのか。リリーになんでも見透されているような気がして、ひどく恥ずかしかった。......けれど、それと共に、嬉しかった。


「言いたくなければ言わなくて結構です。......どうして、夜中に部屋を抜け出しているのですか?部屋を抜け出して、いったいどこに」


ずっと聞きたかったのだろう。そう切り出したとき、リリーの瞳は大きく揺れていた。その瞳に映る私はどんな表情をしているのだろう。


どうして。どうして、か。あのね、リリー。私、私ね、私は、私は、『私』は......!


「私は、エルザ・バートレットじゃないの」


気がつけば、そんなことをこぼしていた。まずい、と思ったけれど、止められなかった。


「それは、どういう」


「確かに、この体はエルザ・バートレットよ。けれど『私』は違うの。エルザは悪役令嬢だけど、『私』は違う。だから今、すごく寂しいの。私は嫌がらせなんてしてないのに、みんな私のことを嫌っているから」


仕方のないことなんだけど、と笑おうとして、けれど笑えなかった。そのかわりに、頬を涙が滑り落ちる。


「夜中に部屋を抜け出しているのはね、図書館に行っていたの。実は私ね、未来を知ってるのよ。半年後の卒業式で、私はソフィアとレオン王子にソフィアへの嫌がらせの数々を暴露され、身分剥奪と国外追放を言い渡される。その時のために、こうして毎晩図書館に通って、情報を集めているのよ」


驚いた?とリリーの顔を見上げると、彼女は顔をしかめ、どこかが痛そうな顔をしていた。


「......信じ、られない?」


信じなくてもいいわ、と笑う。だって仕方のないことだ。こんな夢物語みたいなこと、聴いてくれただけでもありがたい。誰かに知ってもらえるだけで、私はこんなにも救われる。誰かに聞いてもらえるだけで、こんなにも心は軽くなる。


そんな私を、リリーはいきなり抱きしめた。あまりの勢いに私はリリーと共にベッドに倒れ、涙の破片が空を舞う。


「いいえ、いいえ、信じます!信じますとも......!」


その声は涙で潤んでいた。ぎゅうっと、力強く抱きしめられる。そんな彼女の背中にそろそろと手を回して、そうっと抱きしめ返した。


「ありがとう、リリー」


しばらく、私たちはそうやって抱き合っていた。







「どうして、私にそんなことを教えてくれたんですか?エルザ様の大切な秘密なんでしょう」


「どうしてかしら。気がついたら話してたのよね」


そう言いながら、リリーの瞳を覗き込む。相変わらず彼女は優しい瞳をしていた。そしてその瞳が、どこか見覚えのあるような気がした。


どこで見たんだろう。しばらく頭をひねっていた私の脳裏に、一つの光景が浮かんで消えていった。


——◼️◼️


『私』の名を呼ぶ、優しい声。


「......そうか、そうだわ」


お姉ちゃん。お姉ちゃんだ。


「リリーがね、私のお姉ちゃんに似ているのよ」


見た目は似ても似つかない。それでも、その優しい瞳が、前世のお姉ちゃんと重なったのだ。


そんな私の言葉が予想外だったのだろう、リリーは目を丸くして、それからまた、優しい瞳を細めて笑った。










「では、私のことも姉と呼んでくださって構わないですよ?」


「......それは、遠慮しておくわ」


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