10 幽霊の正体
勢いよく、医務室の扉が開かれた。飛び込んできたのは、見知った顔。
「エルザ様!大丈夫ですか、倒れたって......エルザ様?」
心配そうに私な顔を覗き込んだリリーは、なんの反応も返さない私の額に手を当て「熱はなさそうですけど......」と唸った。エルザ様ー?と耳元で私の名を呼んだリリーに、ようやく意識が浮上する。
「......ああ、リリー」
「エルザ様!どうされたんですか、ぼうっとして。やはりまだ体調は芳しくないですか?」
「いいえ、少し衝撃的なことを知ってしまって......あら、オスカー様は?」
私の隣にいたはずの彼の姿が、いつのまにかなくなっていた。首をかしげる私に、リリーは怪訝そうな顔をしながら教えてくれる。
「オスカー様ならさっき廊下ですれ違いましたよ!」
「そう」
オスカー様が医務室から出て行ったことに気づかなかった。けれどそれも仕方ないのかもしれない、それほどまでに私の頭は混乱していた。
——......噂の幽霊だ。レオン王子が毎晩探しているらしい。昨晩会ったのだと、今朝興奮気味に報告された
——......ルカ王子も、噂の幽霊と文通しているらしい
オスカー様からそれを聞いてから今までの記憶がない。
「落ち着け......落ち着くのよ私......」
一つ、深呼吸をする。
少し整理してみよう。レオン王子が昨晩幽霊に会ったというのは分かる。私が幽霊だと名乗ったからだ。彼は私が幽霊だと信じ、オスカー様にその話をしたのだろう。それは分かる。
問題は、その後だ。
私はルカ王子と文通をしている。それは確かだ。けれど記憶を遡ってみても、レオン王子の時とは違い私が幽霊であるとは一言も名乗っていない。そもそも、文通を始めたときはまだ幽霊の噂を聞いていなかったのだから間違いない。
いやでも待て、オスカー様は、ルカ王子が幽霊と文通しているのだと言っていた。もしかしたら、ルカ王子は私以外の人ともにも文通をしているのかもしらない。そう、例えば、本物の幽霊とか。
「ねえ、リリー。貴女に聞きたいことがあるの」
そう声をかけると、リリーはテキパキと作業をしていた手を止めて私を見た。
「はい、なんですか?」
「前に貴女が言っていた、学園の幽霊の噂。詳しく教えてちょうだい」
そんな私の言葉に、リリーは「お安い御用ですよ!」と一つ頷くと、早速話し始めた。
「噂の幽霊は、夜、学園の庭に出没するそうです。人影だったり人魂だったりと証言は様々ですが、皆一様に口を揃えて図書館の方へ向かって行ったと証言しています。そこでレオン王子が図書館の主であるルカ王子に聞いたところ、《夜にしか活動できない》相手と文通をしていると言う話で」
リリーはそれから、と言葉をつなげる。そんな彼女を、私は「リリー、もう十分よ」と言って止めた。頭がもう限界だったので、一度整理したかったのだ。
待て待て待て。
......間違いなく、私のことじゃないか?
いつも晩に庭を通っている私が噂の幽霊を見かけたことがないのはおかしいと思っていたけれど、私自身が幽霊だったのなら納得いく。そりゃ会わないわけだ。
私は顔を見られないように闇色のローブを被っているから、遠く——例えば学園寮から遠目で見たくらいだとカンテラの灯りだけが視認できる。そこで人魂の噂が出たのかもしれない。図書館の方に向かっているというのも私に当てはまる。
《夜にしか活動できない》?ルカ王子への手紙に確かにそう書いた覚えはある。あの時は昼間は図書館に行くと不審に思われてしまうから夜にしか活動できないのよ、的な意味だったんだけれど、よくよく考えてみると確かに幽霊だと思われても不思議ではない。
考えれば考えるほど、頭の中でパズルのピースがはまっていった。信じられない、でも目の前に突きつけられた真実は私を信じさせるには十分すぎた。信じるしか、ない。
いや、でも、まさか。
学園で噂の幽霊が、私のことだったなんて!




