38.空の器
両手の包帯をほどきながらムーアを見る。
「なぁ、カメレオンって知っているか?」
前と同じように突然のことで戸惑うがすぐに持ち直す。恐らくこの一瞬で私の正体を見破り黒須では無いと判断してその上で教えてくれている。
「え……カメレオン? 動物?」
依然として彼の嘘がわかる力の原理は分からないがそれでも結衣の味方であることに関してはコロシアムの時から貫いている。ルキウスにわざわざ私の事を教えるなんて言う面倒ごとはしないはずだ。嘘が分かる彼ならば結果的に全員が死ぬことになることも分かるはずなのだから。
どちらかと言えば伊藤の方が言う可能性があるが彼女の場合はそもそも私が黒須に入っている事を知らないので可能性はない。
「いや、違う。人か……団体だ」
団体……そうだ、ルキウスはカメレオンに向かって技術力の進歩で調子に乗りすぎだと言っていたがそもそも無音であることや幻覚は魔法ではなく立体映像技術なのではないか? 話し声を消す事が日常的にできるんだ。テレビのように姿を見せることができるなら姿を消す事もできるのではないか?
ルキウス自体も立体映像技術による幻覚か? いや、あの光の球体自体は闇が通らないことから確実に別魔力の干渉を受けている。同化が出来ることも確定している事からそれが魔法か立体映像だろうがさじな事でしか無いか。
「んー、申し訳ないけどそんなの知らないな」
「では人間の姿を消す方法は知ってるか? この立体映像のような技術で」
こめかみを触り表示画面をムーアに見せる。
「それも知らないなぁ……役に立たなくて悪いね」
知らない? 一般的では無いのか? それともあれもやはり魔法? いや技術。技術と言っていた。話途中なのに小さく一礼してムーアが歩いていくので続けて着いていく。
「どうして……ついてくるの?」
「まだ話は終わってない」
「えぇ……飼い主に似て君も随分と我儘な人だね」
「いいから、質問に答えろ。姿を消すことではなくてもいい、それに準ずる技術はないのか?」
「だから知らないって……っあ」
何かを思い出したかのように突然声をあげてムーアは立ち止まる。
「とか言って思い出す都合がいい展開期待してるだろうけど。残念だけど少しも引っ掛かるところはないんだ」
時間が足りないのにふざけた事を抜かすムーアの襟首を掴みあげてそのまま後ろに引き背中から床に叩きつける。ムーアの持っていた果物かごはそのまま廊下一面にメロンが割れて落ちたり、リンゴが転がっていく。
「――ッな」
ムーアは苦しそうな声をあげて胸を押さえる。
「時間がない。簡潔に言え」
その襟首を掴んだまま結衣の部屋に向かって引きずっていく。彼は手を首元に持っていき服を引っ張って気道を必死に確保しながら従順についてきた。
「ちょっ、分かった、分かっ……っあ、そういえば化粧アプリって言うのが来年サービス開始だけど」
化粧……? 立ち止まり引っ張っていたムーアを手前に投げてその顔を見る。最悪今回は間に合わなくなってもいいか。遅れて部屋に行った時の明人があの時何を見たのか知りたいし、その部屋を出る時に存在しない頭に感じた激痛の原因も知っておいた方が良い。
「……本当に思い出すなんて思ってもなかったよ」
小声で静かに言って恥ずかしそうに顔を伏せる。
「そんな事はどうでも良い。化粧アプリとは何だ?」
「『努力も手術も必要ない。私は私のままで理想の姿を現実に』をコンセプトに立体映像技術を応用して他人に見える体を好きな性別や体系のアバターにできるアプリだよ」
「私が質問したのは姿を消す方法だ」
「はぁ……いい? これまでは空間にレーザー光を何十にも重ねることで映像を実現していたんだ。簡単に言えば現実に光を足すだけ。でもあれは明らかに違う、太っている大柄な人でも小柄な女の子になれるっていう別の代物だよ」
「つまり姿を一部消すことが可能という訳か」
カメレオンはその技術を使って幻覚を見せている可能性が高いな。
「そうゆうこと。で? なんでそうゆうことを僕に聞いてきたの?」
しかしそうなると医者とカメレオンは味方であり魔術学園という不可侵領域に侵入してわざわざX線で調べた上に手術したことをルキウスに言うことになる。そうゆうことだとは考えにくい医者はルキウスの指揮下が自然か。
「後でわかる。もう一つの質問はX線だ。一体それが何なのか教えろ」
ムーアは果物が落ちたところに戻り、割れたメロンを残念そうに見ながら無事な果物だけ選んでかごに入れている。
「ああ、黒須君も気になる? 明後日の健康診断」




