0.続き無き思い出 (治癒魔術が存在しない世界であることを記述:2020/12/21)
読み終わったらあり得るかもしれない。そう読者に思わせられるように頑張ります。
あと良かったら感想ください。とても励みになります。
なぜ人は思い出を作るのか……
バルリ帝国、外れにある農村。
春、生暖かい風が首元を吹いていくのを感じながら私は家で飼育していた鳥の頭が親に切り落とされていくのを眺めていた。
今日殺すと知ったときから私の心にはモヤがかかっていた。もちろん食べるためであるのだから仕方がないこと、そのために育ててきたのだからいつかはこうなるとわかってはいたのだ。
だがヒヨコのころ可愛いと思いながら追いかけ遊んでいた鳥が殺されていくのを見て何も思わない訳がない。
生臭い鉄の匂いが鼻に触れるたび、心臓がゆっくり握られていくような感覚がする。
首が一つ、また一つと切り落とされ腹を切り裂かれ血抜きのため棒に吊るされていく。
「はぁ、はぁ……ッは……」
たかがヒヨコ、そう、たかがヒヨコだけで、私の心がこんなにも締め付けられる。私の心が脆いのか。それとも皆がこれを乗り越えてなお生きているというのか。
――私には耐えられない。
両親の死や友人の死を私は耐えられる自信がない。
そんなことになってしまったら私は……。体が震え、足がおぼつかない。肌に感じる空気が先程までよりも寒く感じ、呼吸が荒くなっていく。
胸に手を当て、しゃがみ込む。目に力が入り、大きく見開く。きっと実際に起こればその精神的なダメージは今の想像よりも酷くなる
その秋、隣家のお爺さんが死んだ。
歩くことすらできない頃からよく遊んでもらったお爺さんだった。
いつも椅子に座りって村人を話を聞き、遠くにある山々の景色を見ながら笑っていた。私が果物を分けてもらって喜ぶと一緒になって嬉しそうな表情を見せ。私が転んで泣けば優しく撫でてくれた。
だが、今は椅子の前で倒れ、すこしも動かない。体を揺らし起こそうとするが手に伝わる冷たさが現実を突き付けてくる。
「あ……ぁあ゛あ゛あ゛」
いくら思い出を積み重ねようがその分失った時の反動が大きくなって私に返ってくる。
もう嫌だ。
もう誰も失いたくない。
数々の思い出が胸に突き刺さってくる。
続きのない思い出が。
……どうせみんな居なくなる。
母も、父も、兄も、友人も
今まで知り合ってきたすべての人が
どうせいなくなる。
ならこんな思い出なんか要らない。
「おい、ラルク何してるんだ?」
お爺さんがいた地面が赤く染まり一滴、また一滴と肉片から血がねっとりとこぼれ落ちる。周囲の肉塊の声など彼にはもう届かない。死という名の孤独を受け入れる器が彼には足りなかった。許容量を超えた感情を押し込んだ器は壊れ、音という名の刃となって彼の心に突き刺さる。中身の泥はこぼれ落ち、床にある全てを覆う。
——心が壊れた音が聴こえた。心が塞がる無音が聴こえた。
なぜこの世界には攻撃魔術が無数にあろうが人を救う治癒と呼べる魔術の一つもない……?
誰か、誰でもいいからこの現状を変えてくれるような人はいないのか?
治癒魔術、その性質上の理由から作り上げるには人々の犠牲が絶対になければいけない。しかし、救いたいと願う人は誰かを殺すことは絶対にしない。綺麗ごとを並べ時間を無駄にし、救えた命の数を把握しない。間接的に見殺す数多の人々より直接殺す少数を救う。なぜなら彼らの罪悪もまた決して間接的ではないからだ。
違う……違う、誰かではない。お前だ、お前が作らなければいけないんだ。お前のその他力本願な思考こそが人々から行動力を失わせこの現状を生み出し、いつか出てくる存在しない誰かを待ち続ける。結果、普遍に死を受け入れる現実を作り上げている。
私が、私こそがその誰かにならなければいけない。誰しもが追い求める理想を現実にしなければいけないんだ。例え悪と罵られることをしようとも……人々を救えることができればいい。
もういい。
——ッもういい。
顔に当てた右手に込めた力で皮膚がえぐれる。
いずれ死ぬ人々のことなどもはやどうでもいい。彼らを死なせない方法を探す、死ななければ失われない。たとえ見つからない幻想を抱いているのだとしてももはやそれしか生きる意味が私にはない。
私はすぐに帝国の魔術研究施設に入った。
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与えられた場所は山の中にある洞窟。中はうす暗く、湿っぽく鉄臭さが鼻についた。出入り口も一つしかない。その出入り口にも看守一人、ずっと控えており自由に外に出してくれそうにはないようだ。部屋にあるものと言えば手枷が付いている作業台と壁にある無数の手枷ぐらいだ。
手枷しかない……
だが、ふと出入り口の脇を見ると、魔法を扱った本が置かれていた。めくってみると、魔法陣とその意味やルール、それらを応用した同化など属性を操る方法の説明が書かれていた。
なるほど、これを見て学べばいいのか。
私はとりあえず一週間ほどそれを見ながら魔法の練習をした。
ある程度、適性が高かった闇の魔法が使えるようになった時だった。初めて看守から食べ物以外の物が送られてきた。
エルフの女の子だった。
日差しの下ならば綺麗な薄緑の髪が煌めき、すらりとした細長い体が実に美しく思えたであろう。人間とは成長スピードが全く違うから見た目からは年齢を判断できないが、かなり若い方だと思う。
彼女は手錠と目隠しをされ魔法が使えないような状態で、眠らされていた。そのままの方が私にとっても都合が良かったのでそのまま起こさないように彼女を作業台の上に横たわらせて、手錠を手枷に替え両手両足を固定する。彼女の服が手に引っかかる。
……邪魔だな。今後何をするにしても彼女の服は必要ないだろう。魔法陣を右手に固定し闇の槍を作って彼女の着ていたエルフの服を切り裂き全裸にした。
あ……服のついでに肉まで切ってしまった。
「縺ゥ縺凪ヲ窶ヲ縺薙%縺ゥ縺薙↑縺ョ�溘縺ェ繧薙〒謇玖カウ縺悟崋螳壹&繧後※繧九��溘繧�□縲∵悶>諤悶>窶ヲ窶ヲ隱ー縺九∬ェー縺句勧縺代※蜉ゥ縺代※縲∝勧縺代※��シ�」
その痛みで目を覚ましたようで、小声で何かつぶやいたのかと思ったら大声で叫び始めた。エルフ語なのか私には何を言っているのか全く分からないが、助けを求めてでもいるのだろう。
「縺�◆縺�>縺溘>縺�◆縺�>縺溘>縺�◆縺�シ�シ�」
エルフ。そうだ、そういえばその肉を食べると長寿になるという噂を村で聞いたことある。
噂は噂でしかないが、万が一ということもある。……食べる、食べる?
手枷を付けられた彼女は身をよじって暴れている。自分の手を見た。自身の意に反して、小刻みに震えていた。
食べるのか、人を……?
彼女の姿が村で棒につるし上げられた鶏と重なる――嗚呼、そうだな。
私は魔法陣をいじり槍をさらに尖らせ、そのまま彼女のお腹を引き裂いた。
「――――――――」
血が溢れ、声にならない叫び声を彼女は上げ、中の臓器が鼓動に合わせて激しく蠢く。
ああ、かわい――ダメだ余計なことを考えるな。切り捨てろ。いずれ死ぬんだ。遅かれ早かれ死ぬことは変わらない。彼女がより他人と仲良くなる前に殺してあげるのも優しさだ。
――別れがよりつらくなる前に。
切り取った彼女のお腹の肉を口の中に入れ、よく噛もうとしたが筋が多くうまく噛み切れない。それでも無理やり噛み千切り、無理やり飲み込む。
ああ、鉄臭い生臭い臭い臭い臭い臭い吐きたい吐き出したい。胃が受け付けたくないと文句でも言うかのように、胃酸をこみ上げらせる。
「――お゛え゛」
ダメだ、飲み込め。今までの鶏肉が食えて何故エルフ肉が食えないというのか? 同じ命だ。そうだ、同じ命だ。そこに大きいも小さいもない。
口までこみ上げてきた肉を手で押さえ込みもう一度よく噛んで飲み込む。
落ち着いたあと、もう一度作業台の上の彼女に目を向ける。切り開けたお腹の中に血が溜まっている。
私はそれを両手で掬い口に流し込む。何度も何度も流し込む。
「――」
彼女は既に声も出ないほど弱っているのか小さな呼吸音が聞こえるだけだった。そしてある程度飲み終わるころには、洞窟内には彼女の目隠しの布から滴り落ちる水滴の音だけがこだましていた。