其の八 ナンジャモンジャ
初めましての方は初めまして、お久しぶりの方はお久しぶり。コロナに怯えまくっている木下 太一です。持病持ちなので『持病がある人は酷くなる』と聞いてものすごいビクビクしていたのですが、かかりつけの主治医に『貴女の持病は重症化しないから大丈夫ですよ』と軽く言われて拍子抜けしました。そんな私の事情はおきになさらず、本編をごゆるりとお楽しみください。
『おい、知ってるか?』
『ザー……』
『何をだよ。』
『ギー……』
『ここら辺でさ、変なやつが出るらしいぜ?』
『ザギ、ザーギー……』
『変なやつ?』
『ガガガ、ギー……』
『何でもそいつは……。』
『ギギギ、ザザ、ザー……』
『んだよ、勿体ぶるなよ。』
『ギリギリギリ……』
『よくわからねぇらしい。』
『ザザ、ギギギ、ギー……』
『はぁ?んだよそれ。』
『ガガガガガガ……』
『そのまんまだよ。木みたいな見た目なんだが……』
『ガギガギガギ……』
『名前以外はわかんないことだらけ。』
『ギーギー、ギギギ、ザリザリザリ……』
『おいおい、怖がらせたいのか?止めてくれよ。』
『ザザザ、ガギガギ、ギー……』
『ところでよ、そのよくわかんねぇってやつだけど、木みたいなやつなんだろ?』
『ザー……』
『そうだけど?』
『ギー……』
『会ったらどうなんの……?』
『ザギ、ザーギー……』
『船を沈められるらしいぜ?』
『ガガガ、ギー……』
『さっきから俺たちが乗ってる船、変な音してねぇか?』
『ギギギ、ザザ、ザー……』
『ちょっと軋んでんだろ、大丈夫、この川ぐらい渡りきれる。』
『ギリギリギリ……』
『木みたいなやつが見えてるって言っても?』
『ザザ、ギギギ、ギー……』
『あ?何言ってんだよ、俺を怖がらせたいのか?さっきのよくわかんねぇやつの話しだってただのジョークだし……』
『ガガガガガガ……』
『お前の嘘なんてお見通しだぜ?』
『ガギガギガギ……』
『いや……後ろ、見てみろよ……。』
『ギーギー、ギギギ、ザリザリザリ……』
『あ……?』
『ザザザ、ガギガギ、ギー……』
『な、何だよあいつ!?木!?浮いて……!』
『ザー……』
『お、おい、何かこの船……低くなってきてねぇか?』
『ギー……』
『ふ、ふざけんな!?水が入ってきてやがる!何だよ!何なんだよあいつ!』
『ザギ、ザーギー……』
『わ、わかんねぇよ!とにかく!水を掻き出せ!』
『ガガガ、ギー……』
『くそ!ダメだ!この水掬えねぇ!』
『ギギギ、ザザ、ザー……』
『ヤバいヤバいヤバい!こんな冬の夜に川泳ぐなんてごめんだぞ!?』
『ギリギリギリ……』
『もうそんなこと言ってらねぇぞ!膝下まできてる!』
『ザザ、ギギギ、ギー……』
『飛び込め!早く!なるべく服は脱げ!溺れる!』
『ガガガガガガ……』
『っ!プハッ!』
『ガギガギガギ……』
『船が……』
『ギーギー、ギギギ、ザリザリザリ……』
『あいつ……まさか歌ってやがんのか……?』
『ザザザ、ガギガギガギ、ギー……。』
『……消えちまった……。』
『船も完全に沈んだな……。』
『何だったんだよ……あいつ。』
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『その化け物に会ったことのあるやつらはみんなそう言う。』
と山中に響くような不思議な声が退屈そうにそう言う。『星の山』の神様だ。続けて
『『ナンジャモンジャ』というやつでな、元々何の木かわからん時にナンジャモンジャと言うことからそう呼ばれるようになった。そんなんじゃからそいつも一体何なのか、何をしたいのか全くわからん。会話を試みてもダメ、観察しても無駄。分かっておるのは木の見た目でひとつ目を持っておるということ、そして船が沈んでおる間悲しげに歌っているということじゃ。楽しそうに歌っていたというやつもいるが正直よくわからん。そういうやつなのじゃ。』
と言うと、今日のお客様の緑の皮膚に水掻き、そして頭に皿がある言わずと知れた河童が
「そ、それでは、あいつはどうすることもできないのでしょうか?」
と尋ねる。
『うぅむ、害は無いのじゃろう?』
と山の神が言う。
「私たちに直接的に害は無いんですが……船が沈んでしまうのを私たち河童のせいにされてしまっていて……。」
と河童は困ったように言う。
「そのナンジャモンジャは一体何なんでしょうね?」
とマンドラゴラのドラが不思議そうに言う。
『それがわからんからナンジャモンジャなのじゃよ。』
と山の神は答える。
「そう、そこなんですよ……川に沈んでいる鐘が原因なのでは?と言われてるんですが、あくまで推測の域を出ず……かと言って鐘を勝手に動かすわけにはいきませんし……。」
と河童はおどおどしながらそう言う。
『何かしら沈められた船や乗船していた者たちの共通点などは無かったのか?』
と山の神が聞くが
「い、いえ、何も……船の大きさも積み荷も乗っていた人たちの性別も年齢も人種も時間も関係なし……。」
と河童が答え
『ますます訳がわからんのう……。』
山の神はめんどくさそうにそう言う。
「しかも通る船が全て沈んでいるわけではないというのが……。」
河童がはぁ……。とため息をつく。
『ふむ……どうするかのぅ……。』
流石の神様も打つ手が無いのかと河童が落ち込んでいると
『では、実際に行ってみるか。』
と神様がそんなことを言う。
「え……?ほ、本当ですか?と、というか……山から離れて大丈夫何ですか?」
と河童が複雑な表情で言うと神様は
『うむ、確かに儂は行けんのう。』
とやけに『は』を強調して言う。
「……。え?私ですか?」
ほとんど他人事で聞いていたドラがハッとしたように言う。
『まぁ、そういうことじゃ。と、言ってもドラだけに任せるのは些か不安なのでな。こやつに任せよう。』
神様がそう言うといつから居たのか祠の前に青を基調とした和服を着た神様によく似た女の子が現れる。
「うっまさかあの時の……?」
とドラが呻くが、
『安心しろ。あの赤い和服の儂とは他の儂じゃ。そうじゃよな?』
神様がもう一人の神様にそう尋ねると
「あぁ、私はあの"狂神"とは別人……いや、別神だ。」
ともう一人の神様は至って冷静に答える。
「あ、あの~……全く状況が飲み込めないんですが……そちらの青い和服の方が来てくれるんですか?」
さっきから蚊帳の外になりかけている河童が言うともう一人の神様はフム。と頷いてからこう言った。
「そういうことだ。さぁ、早く行こう。善は急げ。何事も素早く取りかかるのに越したことはないのだから。」
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「ムムム……。」
もう一人の神様……。といつまでも呼ぶのはどうかと思うのでここで名前を決めておく。青い神様。そう呼ぶことにする。その青い神様は河原で一人唸る。
「ど、どうしたんですかね?あの神様……。」
いつまでも船に乗ろうとしない青い神様を見て河童が『神器』であり、着ている者の姿を自在に変える事が出来る服を着たドラにそう問う。
「う、うーんと……おそらくですけど……泳げないのでは?だから船に乗るのが嫌なのかと……。あれは泳げないもののいつまでも言い出せない意地っ張りな女の子と同じものを感じます……。」
とマンドラゴラの仲間に同じような子がいたドラは苦笑いしながらそう答える。
「神様?早く乗りましょうよ。そして早く調査しましょうよ。善は急げなんでしょう?」
ドラがそう言うと青い神様は
「急がば回れという言葉があってだな……。」
などと必死に言い訳を始めるが
「さっきと矛盾してますね……。」
とドラに一刀両断される。
「むぅ……。私にそんなに鋭くつっこむのはお前くらいだぞ……。わかった……。行こう。そしてさっさと終わらせよう。滑り道とお経は早い方がいい。そう言うしな……。」
そう言って決意を固め、青い神様は船に乗ろうとしたが、次の河童の言葉で完全に決意が砕ける。
「あ、そう言えば船は沈むかもしれないので泳げないなら言っておいて下さいね?沈んだ時は私たちが助けますので。」
「帰ろう。触らぬ神に祟り無し。だ。」
「待って下さい!待って待って待って!」
ドラが必死に腕を掴んで青い神様を引き留める。
「何冷静に帰ろうとしてるんですか。調査しましょうよ。ちゃんとしないと神様に追い返されちゃうじゃないですか!」
「くぅ……。あいつは性格が悪いからな……。下手したらあの狂神より……。」
青い神様はぶつぶつとなんやかんや言って中々船に乗ろうとしない。
「あぁもう!大丈夫ですって!もし川に落ちても河童さんが助けてくれますから!」
ドラがそう言って青い神様を引っ張って船に無理やり乗せる。
「よ、よせ!止めるんだ!神にこんなことして許されると思ってるのかー!?」
冷静さを失いこれ見よがしに神を名乗るが、全く威厳がない。誰がどう見ても駄々をこねる小さな子供だ。
「何でそんなに船が苦手なんですか……。」
はぁ……。と動き出した船の上でため息をつきながらドラが尋ねると青い神様は
「と、トラウマなんだ……。あいつのせいでな……。」
と何か思い出したくないものを思い出してしまったのか、ブルル。と体を震えさせる。
「へぇ……一体誰なんですか?」
ドラが興味本意で聞くが青い神様は少し考えた後
「それ以上は聞くな。」
とだけ言い、ドラの腕にギュウ。としがみつき全く動かなくなる。何となく気まずい雰囲気になってしまった船上を見た河童がドラに話しかける。
「ドラさん……。でしたよね?」
「あ、はい。そうです。」
「その……好きな食べ物は?」
「あぁ、私は植物なので食べ物は食べないんですよ……。」
「そ、そうですか……。」
「は、はい……。」
再び、というか先ほどよりもさらに気まずい雰囲気が漂う。何とかせねば!と、今度はドラから話しかける。
「あの、河童さんはいつからこの川にいるんですか?」
「え?私ですか?私……というか私たちは大体1300年前ぐらいからですね。」
「そんなに昔からですか!」
「え、えぇ……そういうドラさんは何故日本に?元々ヨーロッパに住んでたんですよね?」
「あぁ、それは……。」
ドラが答えかけたその時、さっきまで全く動かなかった青い神様が
「おい、出たぞ。」
と言いながらドラの裾を引く。
「え?出たって何が……。」
とドラが首を傾げる。
「何がって……ナンジャモンジャだ。」
そう言って青い神様が指した先には、何だかよくわからない大きな木の真ん中に一つ目があるというなんとも珍妙な姿の妖怪が浮いている。
「あ、あれがナンジャモンジャですか……。」
ゴクリとドラは喉を鳴らすが、河童は あれ? と首を傾げる。
「歌わない……?」
「フム、確かに歌っていないな。何故だ?」
そう言って青い神様も不思議そうに目を細める。するとナンジャモンジャは
「ギ、ギギ……。」
と鳴きながら キメキ……。と自らの根を伸ばし始める。
「ななな何ですかあれ!?」
ドラは叫ぶが青い神様は冷静に
「心配するな。私は『山の神』だぞ?植物とは家族も同然……襲ってくるわけがなかろう?」
と言う。しかしなかろう?の辺りですでに青い神様にがっちりと根が絡み付く。
「……。」
「……。」
「……。」
しばし沈黙が広がり、
「ガガガ……。」
ナンジャモンジャが鳴き、青い神様を引き寄せて ストン。 と自分の根の間にしっかり嵌め込んだところで青い神様が悪びれもせず口を開く。
「助けてくれ。」
「「何やってるんですか貴女はーー!?」」
と叫ぶ二人の声を聞いた青い神様はのんきに
「フム、まさに阿吽の呼吸……。」
などと言う。
「ちょ、助けるって言ったってどうするんですか!?」
ドラが叫ぶと
「うーむ、この根を切ってくれるか?」
と青い神様は答える。河童はというと
「切るって……届きませんよ?」
など言う。そんな三人を尻目にナンジャモンジャは
「ザーギー……。」
と鳴き、自分の背になにやら刃物で切った切り目のようなものを作る。いや、それが空いたことによってナンジャモンジャが鳴いたのか……。それはわからないがとにもかくにもナンジャモンジャはその切り目へと見方によっては吸い込まれるように逃げ込もうとする。
「む、そろそろまずいぞ。早くしろー。」
緊張感の無い間延びした声で青い神様は言う。
「ま、まずいですよ!とにかくあの根をなんとかしないと!」
ナンジャモンジャがいなくなろうとするのを見たドラが言うが
「だ、だから私たちは飛べませんし……どうやって?」
と河童はあたふたしている。そんな二人にいきなり声がかけられる。
「任せてもらおう。」
「へ?」
誰ですか?と振り返ったドラの目に移ったのは真っ黒なスーツと漆黒のマントにシルクハットを身に纏い、手は黒い手袋、靴は黒いブーツ、顔は半分泣き顔、半分笑い顔の道化師の仮面で隠されている人影。そしてその人影は身長と同じくらいの大きさの赤黒い鎌を右手を携えている。そう、つまるところ魔女の館でドラを助けた誰かだった。誰かはバサァ!と漆黒のマントをはためかせながら去ろうとしているナンジャモンジャの元へと飛んでいくと勢いよく鎌を振り下ろす。するとバツン!という音と共にナンジャモンジャの根が切れ、青い神様は解放される。
「ギギガガギャガギャグガガ!?」
ナンジャモンジャが何とも奇怪な叫び声を挙げるが誰かは気にもせず
「おっと。」
と青い神様を抱えるとゆっくりと船に降りてくる。
「あ、貴女は……。」
ドラは目を丸くしながら誰かに話しかける。
「マンドラゴラの少女よ……久しぶりだな。元気そうで良かった。だが語り合うのはまた今度。」
誰かはそういうと青い神様を船に降ろし、シルクハットを深く被り直しながら、ナンジャモンジャと向き合う。
「ギギ……ギ……。」
ナンジャモンジャは苦しそうに鳴きながら誰かをその大きな一つ目で見つめる。すると誰かは
「お前の世界が寂しいのは知っている。が、この子を連れていくのは勘弁してもらおう。」
とナンジャモンジャに話しかける。それを聞いたナンジャモンジャはギョロ。と僅かに一つ目を揺らめかせると何も言わず、切れ目へと吸い込まれるように消えていく。最後に
「ガガギー……。」
と悲しそうになきながら……。
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『そうか、またあいつが助けに入ったか。』
と山の神は特に興味無さそうにぶっきらぼうに言う。
「そ、そんな反応なんですか?もうちょっと驚くと思ってたんですけど……。」
ドラは何だか拍子抜けしたように山の神に言う。
『ふむ、まぁそれはそうと、それ以来ナンジャモンジャは出ておらんのじゃろう?今回は成功と言ってよいのではないか?』
山の神はあくまで誰かについては無視を決め込むようなのでドラも深くは聞かず
「それは良いんですけど……結局ナンジャモンジャって何だったんですか?何かあの人も意味深な事言ってましたし。」
と話を切り替える。
『じゃから儂にも分からん。ナンジャモンジャはそういう妖怪なんじゃから。』
そう言って山の神はため息をつく。
「本当ですか?あの人が知ってて神様が知らないのは何だか不自然なんですけど……。」
とドラがじとー。っとした目で祠を見つめるが、山の神は
『何故嘘をつく必要があるんじゃ。』
と言って、呆れたようにため息をつくだけだ。
「はぁ……もう良いです。神様がそんななら私はふて寝します。」
そう言ってドラは地面に埋まるが、山の神の反応は
『好きなだけしろ。』
といったとても冷たいものだった。
「むぅー。」
というドラの膨れる声も山の神は聞き流す。空には双子座がはっきりと現れている。それを見た山の神は静かにため息をついてから
『ギリシア神話だったかの……。』
と誰にも聞こえない声で呟いた。
ここまでお読み頂きありがとうございます。さて、今回のタイトルですが、『ナンジャモンジャって何だよ!』って思って読んだと思います。そして読み終わって『結局何だったんだよ!』と思ったと思います。安心してください。私にもよくわかっておりません。そもそもナンジャモンジャについての資料がほとんど無いので……ね?まぁ、この小説における立ち位置は明確にしているので安心してください。それではまた次回。お会いしましょう。※更新は不定期です。