Page77:人獣同和シン国ゲーティア
レイ達が姿を消して、一時間程が経過した首都。
そこに再び、空間の裂け目が現れた。
裂け目を潜って、姿を見せたのは漆黒の鎧に身を包んだ悪魔、フルカスだ。
フルカスは鎧の下で笑みを浮かべながら、ブライトン公国の夜空を見上げる。
『嬉しそうだね、フルカス』
「そうだな。久しぶりに、剣を抜ける相手に出会えた」
『でもまだまだ弱かったよ』
「俺の見立てでは、アレはそう簡単に折れる類ではない。次に会う時は、多少ましにはなっているさ」
『その前に、他の奴らにやられてなきゃ良いんだけどね』
静かな夜の下で、他愛ない会話を続けるグラニとフルカス。
先程の戦闘でレイを気に入ってのか、フルカスの心は久方ぶりの喜びに満ちていた。
だが今はそれを少し抑えよう。成すべき使命がある。
フルカスは夜空に浮かぶ月の位置を注視する。
指定されたタイミングが来るのを、じっと待ち……そして来た。
フルカスはダークドライバーを掲げ、上空に向けて黒炎を放った。
空に到達した黒炎は魔力へと分解され、一つの巨大なヴィジョンを作り出す。
天空に映し出されたヴィジョンは、ブライトン公国にいる者全てが目視できる程、鮮明なものだった。
同刻。
ヴィジョンが出現したのは、ブライトン公国だけではなかった。
世界中に散らばっていたゲーティアの悪魔が、一斉にそのヴィジョンを空に作り上げていた。
無論、セイラムシティもその例外ではない。
突如現れたヴィジョンに、世界中の人間が混乱する。
だがその混乱は、ヴィジョンにソレが映し出された瞬間、一気に加速した。
画面いっぱいに映し出されたのは、巨大な肉の繭。
全ての世界にヴィジョンが映し出された事を確認した瞬間、肉の繭は言葉を紡ぎ始めた。
『全世界の人獣よ、ごきげんよう。余の名はソロモン。ゲーティアを統治する者である』
肉の繭改め、ソロモン。
ゲーティアを統治する者と告げられると同時に、ゲーティアを知る者達の間に緊張が走った。
『お前達、人と獣が共存を謳い始めてから、永い永い年月が経った。だがその崇高な理念の元に作られた今の世界はどうだ? 人は獣を利用し、争いは絶えず、大地は醜き俗物共が支配している。これを共存と呼べるのか?』
悲しみと憂いを込めた様子で、ソロモンは語り続ける。
『八百年前、余は原初の操獣者の前に敗れた。その結果今の様な姿となったが……余は素晴らしき友の目を借りて、お前達を見続けていた』
ソロモンの声に、段々と怒気が込められていく。
『結論を述べよう。お前達人獣は八百年前から何も変わってはいない! 我欲に塗れた、卑しく醜い畜生ではないか! この世界を汚す、病原菌ではないか! 余はお前達を赦す事は決してできん!』
肉の繭の鼓動は、段々と激しくなる。
『だから余は友を募り、ゲーティアを作った。この世界を創り直す為にだ……我が友達は健気に動いてくれた。余を復活させる為に、様々な暗躍をしてくれた……しかし、その悉くが操獣者の手によって打ち砕かれていった』
そう言えば、とソロモンは続ける。
『お前達人獣は、我らゲーティアを「組織」や「外道に堕ちた者の総称」だと認識しているそうだが、それは心外だ。我らは組織ではなく「新たな国」なのだよ……』
少し溜めた後、ソロモンは声を張り上げた。
『今ここに、改めて名乗らせてもらおう。我らはゲーティア。【人獣同和シン国】ゲーティアなり!』
組織ではなく国。
人獣同和シン国、遂に告げられたその名に、世界中の操獣者は戦々恐々していた。
『覚えておくがよい、これがいずれお前達を統治する国の名だ。無論、そう簡単にお前達が下るとも考えてはいない……故にこれは、ほんのささやかなデモンストレーションだ』
ソロモンはそう言うと、短く念話を送った。そしてヴィジョンはソロモンから、ブライトン公国のフルカスへと移り変わった。
ソロモンからの命を受けたフルカスは「陛下の御心のままに」と言い、ダークドライバーを掲げる。
「……融合召喚、グラニ」
巨大な魔法陣が、フルカスを包み込む。
魔法陣の中から、巨大な魔獣の像が紡がれていく。
フルカスとグラニは更に混ざり合い、一体の巨大な鎧装獣へと変化していった。
「『ハァァァァァァァァァ!!!」』
魔法陣が弾け、鎧装獣が姿を現す。
全身が金属と化し、二振りの巨大な槍を携えた、漆黒の鎧装獣。
「フフ、こっちの姿になるのは久しぶりだね」
『グラニ、陛下の命だ。早急に終わらせるぞ』
「わかってるって」
鎧装獣化したグラニは、ケタケタと笑い声を上げる。
フルカスはそれを諫めた後、呪文を唱え始めた。
『王の指輪よ、我らに力を貸したまえ。魔獣変形!』
フルカスが呪文を唱えると、グラニの身体はバラバラに分解され、一つの人型に再構成され始めた。
両肩には巨大な槍がつき、顔には特徴的な一本角がある。
それは、漆黒の鎧巨人だった。
それは、黒き騎士の姿であった。
そしてそれは、邪悪の化身であった。
『完成、フリートカイザー!』
巨大な剣を右手に持ち、漆黒のマントをなびかせる鎧巨人。
ブライトン公国の首都に、フリートカイザーが降臨した。
意識ある首都の住民は、王宮からその鎧巨人の姿を見る。
そしてそれは、ジョージ皇太子も同じだった。
『全ては、陛下の御心のままに……』
フルカスがそう呟くと、巨大な剣の刀身に漆黒の魔力が纏わり始めた。
ヴィジョン越しにその瞬間を目撃した者の何名かは「やめろ!」と叫んだ。
しかし、その叫びが届く事はなく……
『破ァァァァァァァァァァァァァ!!!』
無情にも、虐殺は始まった。
フリートカイザーが放つ漆黒の斬撃が、ブライトン公国を破壊していく。
幾つもの爆炎が上がり、首都は瞬く間に火の海と化した。
何人たりとも逃がさないと、フリートカイザーは魔力攻撃を繰り返す。
悲鳴は、幾つか聞こえてきた。
戦火が首都から離れ始めた途端、その悲鳴は多くなった。
そしてそれら全てが、ヴィジョンを通して全世界に中継されていた。
ある者は怒り狂った。ある者は涙した。ある者は嘔吐した。
そしてある者は、恐怖に震えた。
ブライトン公国の虐殺を見せつけられ、世界中の人間が混乱の渦に巻き込まれた。
いったいどれだけ続いただろうか。
ほんの一時間と少しで、ブライトン公国の虐殺は終わりを告げた。
聞こえてくるのは、悲鳴ではなく、炎が燃え盛る音ばかり。
炎の中に立つのは、漆黒の鎧巨人のみ。
そこに救いは、なかった。
そして再び、ヴィジョンはソロモンの方へと移る。
『これはほんの予告に過ぎない。これがお前達の未来の姿になるか否かは、お前達の行動次第だ』
その瞬間、世界が恐怖に包み込まれた。
一瞬、世界から音が消えたような錯覚さえ覚えた。
その瞬間を、ソロモンは逃さなかった。
『今ここに宣言する。我々ゲーティアは、全ての人獣に対して宣戦布告をする!』
それが、世界に向けた開戦の合図だという事は、誰もが容易に理解できた。
戦争が始まる。
誰もがその事実に、恐怖を抱いた。
空に浮かんだヴィジョンが消える。
しかし、世界中の人間に広がった動揺が消える事はなかった。




