Page75:黒騎士フルカス①
ペンシルブレードを構えて、フレイアはフルカスを睨みつける。
「ゲーティアって事は、アンタもこの国に何かするつもりって認識でいいのかな?」
「答える義理は無い。俺はただ、自分の使命を全うするだけだ」
素っ気無く返すフルカスに、フレイアは苛立ちを覚える。
しかし相手は、あのガミジンと同じゲーティア。
ここで放っておけば何をするか分からない。
フレイア達が戦闘に突入するタイミングを見計らっている中、スレイプニルは小さな動揺を覚えていた。
『(なんだ……あれは……)』
滲み出る邪悪さと、強者の威厳。
戦騎王と呼ばれた獣だからこそ分かる、敵の厄介さ。
だが一番の動揺はそこではない。
漆黒の鎧に身を包んだ悪魔の姿。
鎧から出ている、紫色のマントが邪悪さを際立たせているようにも見える。
だが一番の特徴はなんと言っても、頭部から生えている一本角だろう。
スレイプニルは、その鎧に既視感があった。
『(あの鎧、あの角……まさか、そんな筈はッ!?)』
スレイプニルの中で疑惑が膨れ上がり、動揺を膨らませていく。
その心の揺れは、変身しているレイにも伝わってきた。
あのスレイプニルが動揺しているという事実に、レイも混乱するばかりだった。
そんな中フルカスは、淡々とこちらを見定めてくる。
「一番強い者からこい。俺を楽しませてみろ」
「アンタの楽しみなんかどうでもいい。この国の人達に何かしようってんなら、倒すだけよ」
「ほう、威勢の良い娘だな。ならばお前からかかってこい」
漆黒の鎧から、フルカスの殺気が溢れ出す。
「最初から本気でこい。指輪持ちの操獣者よ」
「後悔させてやるッ!」
フルカスの殺気に中てられたフレイアは、ペンシルブレードに獣魂栞を挿入した。
「インクチャージ!!!」
ペンシルブレードに炎が纏わりつき、巨大な刃を形成していく。
余波で、周囲が凄まじい熱気に包まれる。
レイが新しく作った剣のおかげで、刀身が悲鳴を上げる事もなかった。
一撃で終わらせる。
フレイアはペンシルブレードを構えて、フルカスへと駆け出した。
フルカスは棒立ちのまま。これは勝負あったか。
誰もがそう考えていた。
ただ一人、制止の声を上げた者を除いて……
『駄目だフレイア嬢ッ! その男に近づくなァァァ!』
銀色の獣魂栞から声を張り上げるスレイプニル。
突然の事に驚くレイ達であったが、時既に遅かった。
必殺技の発動に入ったフレイアは止まらない。
「必殺! バイオレント・プロミネンス!!!」
強力な炎の刃が振り下ろされる。
今までこの技を防いだ者はいなかった。
炎が迫ってきても避けるそぶりを見せないフルカス。
ならば今までと同様、この一撃で倒せるだろう。
フレイアはそう考えていた。
だが直後、それは幻想であったと思い知らされる事となった。
――ガキンッ!――
「なっ!?」
フルカスの行動は、誰しもの相続を軽く超えていた。
フレイアの必殺技、無敵の炎の刃を、フルカスは片手で掴み取っていたのだ。
あまりの出来事にチームの面々は言葉を失う。
「……なんだ、これは?」
フレイアはペンシルブレードを抜こうとするが、フルカスの握力が強すぎて抜けない。
そんなフレイアを、フルカスは静かに見下ろす。
そしてその声色には、失望の感情が多分に含まれていた。
「俺は本気でこいと言ったのだぞ? なのに、なんだこれは?」
失望は徐々に怒りへと変化する。
ペンシルブレードを掴んでいる手にも、力が入っていく。
「断じてッ! このような稚技を見せろと言ったのではない!」
フルカスは手に思いっきり力を込める。
――パリーン!――
「えっ?」
無情な音と共に、フレイアのペンシルブレードは、粉々に砕け散ってしまった。
必殺技を片手で受け止めてられて、剣を砕かれたフレイアは一瞬放心する。
その一瞬が命取りであった。
『逃げろッ! フレイア嬢!』
スレイプニルが叫ぶ。しかしフレイアの耳に届くのが少し遅かった。
拳を握りしめたフルカスが、フレイアに狙いを定める。
「散れ」
そう短く呟くと、フルカスは目にも止まらぬ速さで拳を叩き込んだ。
凄まじい衝撃波を伴ってフレイアに打ち込まれた拳。
回避する間もなかったフレイアは、そのまま近くの民家を次々に破りながら、吹き飛ばされてしまった。
「フレイアァァァ!」
レイの叫びが夜の首都に響く。
だが遠くに吹き飛ばされたフレイアから、返事は返ってこない。
「ガミジンを討ったというから期待していたのだが……拍子抜けだな」
鎧越しに、フルカスはレイ達を見据える。
「次はお前達だ。本気でこい」
再び放たれる殺気。
その殺気に中てられて動いたのは、ジャックだった。
「このッ!」
「待てジャック! 迂闊に動くな!」
レイの制止を聞き入れず、ジャックはフルカスへの攻撃を始めてしまう。
「捕縛しろ! グレイプニール!」
固有魔法で生成された無数の鎖が、フルカス目掛けて放たれる。
だがやはり、フルカスは避ける気配を見せない。
されるがまま、鎖に縛られるフルカス。
「そのまま顔を穿ってやる!」
固有魔法で一本の巨大な鎖を生成するジャック。
躊躇う事なくそれを、フルカス目掛けて射出した。
だが、猛スピードで迫り来る鎖を前に、フルカスは静かなものだった。
「脆い」
小さな一言が聞こえてくる。
次の瞬間、フルカスは自身を縛っていた鎖を易々と引きちぎった。力を込めた様子もない、ボロ布を破く様に容易そうに引きちぎった。
想定外の展開にジャックは驚愕する。
「破ァ!」
蹴撃一閃。
眼前に迫ってきていた鎖を、フルカスはたった一発の蹴りで砕いてしまった。
渾身の一撃を易々と無効化されて、呆然となるジャック。
その隙をフルカスは逃さなかった。
「弱い」
まるで最初から距離など無かったかのように、フルカスはジャックの眼前に迫っていた。
そのまま容赦なく拳を振り下ろすフルカス。
フレイアの時と同様、凄まじい衝撃波を伴って、ジャックは地面に叩きつけられてしまった。
「ジャック!」
小さなクレーターが出来上がった地面。
凄まじいダメージを受けたジャックは、変身が解除され、完全に気を失っていた。
「こんのーッ!」
仲間を倒され、激情したライラがフルカスに攻撃を仕掛ける。
固有魔法で生成した雷のクナイを、フルカスに向けようとするが……
「遅いな」
超スピードで振り下ろしたクナイは空中を突き刺す。
フルカスの姿が突然消えた。
どこに消えたのか。ライラがそう考えるよりも早く、答えは現れた。
背後に現れた殺気。
咄嗟にライラは振り向くが、既に遅かった。
「破ァ!」
フルカスの一撃が、無情にもライラに叩きつけられる。
絶大な破壊力を伴った拳によって、ライラは地面に叩きつけられてしまった。
声を出す間もなく、変身解除に追い込まれたライラ。
クレーター状に砕けた地面の上で、気を失っていた。
「弱い、弱いぞ」
苛立ちを隠そうともしないフルカス。
次の獲物は誰だと振り向いたが、マリーの姿が見えなかった。
直後、フルカスは背後に魔力の気配を感じ取った。
「後ろか!」
「正解ですわ!」
クーゲルとシュライバーに魔力を込めて、必殺技の発動準備に入っているマリー。
そしてフルカスの正面には、イレイザーパウンドを構えたオリーブがいた。
「インクチャージ! マリーちゃん!」
「二人同時の必殺技なら」
イレイザーパウンドに黒い獣魂栞を挿入するオリーブ。
二人は同時に必殺技を放ち、フルカスを倒そうとしていた。
「シュトゥルーム・ゲブリュール!」
「タイタン・スマッシャー!」
魔力で出来た螺旋水流の砲撃。
そして圧倒的な破壊力を込めた大槌による一撃。
二人はフルカスを挟み込むように、それらを放った。
だがフルカスに動揺はない。回避する素振りも見せない。
「少しは考えたようだが……無駄だ」
フルカスは左手で障壁を展開し、マリーの攻撃を受け止める。そして右手で、イレイザーパウンドごとオリーブの攻撃を受け止めた。
「う、うそ!?」
固有魔法で強化した一撃でさえ、容易く受け止められた事に、オリーブは驚く。
だがそんな彼女の事などお構い無しに、フルカスは力任せにオリーブをマリーへと投げつけた。
「きゃぁぁぁ!」
「オリーブさん――きゃっ!」
一瞬の隙ができてしまう二人。
フルカスは容赦なく、二人の元へと接近した。
「まとめて散るがいい!」
一撃を叩き込むフルカス。
たった一発の拳で、オリーブとマリーは近くの民家を突き破りながら、吹き飛ばされてしまった。
「オリーブ……マリー」
レイは目の前の光景が信じられなかった。
あれだけの実力を持った仲間達が、こうも容易く撃破されていく事が中々理解できなかった。
「残るは……貴様達だけか」
呆然とするレイに、フルカスはゆっくりと歩みを進める。
レイは思考が停止していた。
動かなくてはならないと理解していても、身体が言うことを聞いてくれなかった。
「レイ、逃げて」
「……ダメだ。アイツを放っておけない」
戦わなくては。この悪魔を止めなくては。
意思はある。だが身体が動かない。
フルカスの持つ圧倒的な力を前に、レイは無意識的に怯んでいたのだ。
そんなレイを逃そうと、アリスは魔法を発動する。
「コンフュージョン・カーテン! レイ今の内に――」
「この程度の幻覚で、俺が止められると思ったのか」
アリスの幻覚魔法が込められた霧。
それをものともせず、フルカスは迫ってきた。
そこから先の出来事は、レイにはスローモーションに見えた。
拳を握りしめたフルカスが、その拳をアリスに叩き込んだ。
声を上げることもなく、近くの壁に叩きつけらるアリス。
眩いミントグリーンの光が一瞬輝いて、アリスは強制的に変身を解除させられた。
そのままアリスとロキは、ぐったりと地面に倒れ込んでしまう。
「アリス!」
名前を叫ぶ、しかし返事はない。
アリス達は完全に気を失っていた。
「あ……ぁ……」
それは、ほんの数分にも満たない間での出来事だった。
若き操獣者達の渾身の技は一切通用せず、傷一つ与えることができなかった。
あまりにも実力差がありすぎた。
目の前の悪魔は、想像を絶する強さを持っていた。
「全、滅……した」
レイはその事実を理解した瞬間、恐怖を覚えた。
目の前の敵に勝つ自分が、完全に見えなくなっていた。
「弱い……弱すぎるぞ」
『これは流石に期待外れだったね、フルカス』
「そうだな。剣を抜くまでもなかった」
『でも指輪を回収するなら、このくらい楽な方がいいんじゃないかい?』
フルカスの中から、ケラケラと笑う声が聞こえる。
彼の契約魔獣だろうか。
だがその声を聞いた瞬間、スレイプニルの様子は大きく変わった。
『その声と気配。そしてその鎧……まさかとは思ったが、やはり貴様だったのか!』
『アハハ。やっと僕に気がついたんだね』
『戯れるな! これはどういう事か説明しろ!』
スレイプニルの怒号が辺りに響き渡る。
それは、レイが今まで見たことの無かった、スレイプニルの怒りだった。
『そこに居るのだろう! 答えろ! グラニ!!!』
スレイプニルがその名前を叫んだ瞬間。
目には見えなくとも、レイはフルカスの中で何かが笑ったように感じた。




