Page74:未来を夢見て
ブライトン公国からゲーティアは去った。
失った者、傷ついた物は決して少なくはない。
だが、宮殿の中にも、首都の中にも彼らの姿は無かった。
それでもレイ達は念を入れて、宮殿内や首都の中を隈なく調べ上げた。
ゲーティアの悪魔は姿を消し、あれだけ居たボーツも綺麗さっぱり姿を消していた。
ゲーティアの誰かが回収でもしたのだろうか。
ライラとガルーダの魔法も使って、首都全体を調べる。
やはりもう、敵の姿は見えない。
これはもう完全に去ったのだろうと確信したフレイア達は、一先ず胸を撫でおろすのだった。
一方、レイとジャックは些か引っかかりを感じていた。
「……ジャック」
「うん」
「本当にアイツら、逃げたと思うか?」
「どうだろう。少なくとも僕は、そう簡単に逃げるような連中じゃないと思うな」
「だよなぁ……」
調査の帰り道に、レイとジャックが交わす言葉。
一国を乗っ取るという、壮大な計画を実行に移すような者達が、こうもあっさり獲物を捨てるのは不自然に思えた。
もっと何か反撃が来てもおかしくはないのに、今は異様に静かだ。
そしてレイには、もう一つ気になっている事もあった。
「(あのザガンって奴が言ってた言葉……)」
最後に絶望するのは貴方達。
ただの負け惜しみか、それとも何かの罠か。
レイはその言葉の真意を理解しかねていた。
「二人とも、なーに難しい顔してんの!」
一仕事終えた明るさで、フレイアが絡んでくる。
「いや、色々と気になる事が――」
「レイは難しく考えすぎ」
「そうッスよ。これだけ探しても居ないんだったら、きっともう逃げてるッス」
「……そうだと良いんだけどな」
確かにライラの言う通りでもあった。
彼女は固有魔法で首都と宮殿を隅の隅まで調べ尽くしている。
どこかに隠れていれば既に見つかっている筈だ。
「(とは言っても、あの空間の裂け目に逃げられた場合はどうなるか、まったく分からないんだけど)」
レイが一番懸念している事だった。
現状、あの空間の裂け目は完全に正体不明。
対策も何も思いつかない状態だ。
「(まぁ今は……二度と出てこない事を祈るか)」
少なくとも今は、奴らが去った事を祝おう。
そう前向きに考えながら、レイは宮殿へと戻っていった。
◆
宮殿に戻ると、広間には大勢の人が集められていた。
魔僕呪中毒になった首都の住民達である。
ジョージ皇太子、そしてオリーブとマリーが集めてきたのだ。
集められた住民には、アリスが治療魔法をかけている。
広間の人々を見て、フレイアは思わず息を漏らす。
「ふぁぁ~、凄い数の人ね」
「だけど言い換えれば、この広間に収まる程度の人しかいないって事だ」
レイに指摘されると、フレイアの中で見方が変わる。
広間の人の数では、せいぜい少し大きな村程度しかない。
ここに集まれなかった人は既に事切れていたか、ボーツに喰われたかだろう。
「これしか、生き残ってなかったんスね」
ライラが切なげな声を漏らす。
その感情はレイ達も同じだった。
「違うよ。こんなにも生き残ってくれたんだ」
奥で昏睡した住民を看ていたジョージがこちらに来る。
「確かに死んでしまった民は多い。だが決して根絶やしにされた訳ではない」
「皇太子様」
「民が一人でも生きているなら、為政者である僕に役目はある。そうだろう、レイ・クロウリー君」
「……そうですね」
ジョージは広場に横たわっている住民達を見渡す。
「まだ滅んでないさ。彼らが生きている限り、まだこの国は死んではいない」
その声色には、決意が込められていた。
その瞳には、未来への生が燃え滾っていた。
「長い、長い道のりになるとは思う。だけど僕は必ず、彼らを治療して、この国を未来に繋げるよ」
国の再興を誓うジョージ。
そんな彼の背中を見て、レイは少し安心感を覚えた。
「レッドフレアの皆、本当にありがとう。僕だけだったら、きっとここまでは来れなかった」
「良いって事ですよ、皇太子さん。困っている人を助けるのが、ヒーローの仕事なんだから」
「……俺は、礼を言われるような事はできなかった」
俯き気味に、レイは言葉を紡ぐ。
「結局ザガンの奴には逃げられた。元凶を倒せた訳でもない。殆どなにもできなかったですよ」
「だけど君達がいなければ、今頃この国は本当に滅んでいた。十分胸を張って良いと思うよ。それにもう、ゲーティアの悪魔達の姿は無いのだろう? きっと大丈夫さ」
「……だと良いんですけどね」
活躍は認められたものの、レイの中ではモヤモヤしたものが残ってしまう。
理想が高過ぎると言えばそこまでだが、目指す背中はまだまだ遠いのだ。
急いてしまう自分に、レイは少し嫌悪感を抱いてしまう。
「大丈夫だ、ここから先は僕達自身の手で国を守っていくよ。たとえ最後に滅びが待っていようとも、その瞬間が来るまで足掻き続けてやるさ」
「でも、またゲーティアが襲ってきたら……」
オリーブが不安げな声を出すと、ジョージは少し笑いながらこう言った。
「そうだな。その時はまた、君達に助けて貰おうかな」
「言われなくても! 叫んでさえくれれば、アタシ達は何時でも助けにくるよ!」
「本当に、頼もしい操獣者達だ」
それから数時間後。
アリスが住民達の治療を終えた後、レイ達は宮殿を後にする事にした。
今ここに残っていても、できる事は何も無い。
一先ずの平穏が訪れたので、大人しく帰る事にしたのだ。
◆
誰も居なくなった首都の道。
空には無数の星が輝いていた。
「もうこんな時間か。今から魔獣に乗って帰るのも辛いな」
「じゃあ何処かで野宿でもしてから帰る?」
フレイアが気軽に野宿を提案してくるが、レイは苦い顔しかできなかった。
もしそうなれば、晩飯がアリス担当になりそうだからだ。
特にサンドイッチだけは避けたい。そして想像もしたくない。
舌の上に味が再現され始めたレイは、すぐにでも話題を変えたくなった。
「そういえばフレイア、少し気になったんだけどさ」
「なに?」
「あの合体魔獣、Vキマイラの合成獣は分かるんだけどさ。Vってどういう意味なんだ?」
本当に素朴な疑問だった。
「五体合体、だからV! カッコイイでしょ!」
「想像以上にしょうもない理由だったな」
「せめて勝利のVと言ってくださいまし」
マリーが呆れながら、額を抑える。
どうやら命名者はフレイアらしい。
そんな他愛のない話をしていると、レイの心も少し軽くなった感じがした。
ずっと悲観していたのだ。この国の事を。
ジョージ皇太子は前向きに進もうとしていたが、おそらくこの国の未来は……。
「レイ、あんまり背負い過ぎないでね」
「アリス……」
「アリス達にできる事から始めよう」
「……そうだな」
アリスに諭されて、少し落ち着きを取り戻したレイ。
そうだ、まだできる事はある。
とりあえずは、ギルドに戻ったら今回の事を報告しよう。
きっとギルド長が問題にして、何か動いてくれる筈だ。
その為にも、早くセイラムシティに戻ろう、
レイがフレイア達に、それを提案しようとした……その時だった。
「ん?」
夜更けの道。もうレイ達意外に誰も居ない筈の首都。
そこに現れたのは、一つの人影。
レイ達の前に忽然と現れたその影は、身長二メートルくらいの、大柄なシルエット。腰には剣らしき何かを携えている。
「旅人……それとも、生き残りか?」
もしも生き残りだったら奇跡だ。
レイ達の中に微かな希望が生まれる。
「おーい、アンター!」
フレイアは希望を持って、その人影に声をかける。
人影は静かに、こちらに近づいて来た。
月の光に照らし出されて、人影はその全容が明らかになってくる。
「……あの男の人って」
オリーブ、そしてレイは、その男に見覚えがあった。
黒い剣を携えて、紋入りのマントを羽織った、四十代くらいの男。
最初は気のせいかと思ったが、近づくにつれて確信を得た、
間違いない、バミューダシティで出会ったあの男だ。
「あれ? レイとオリーブの知り合い?」
「いや、知り合いっていうか……何というか?」
バミューダですれ違った程度の相手なので上手く表現しにくい。
レイが口をもごもごさせていると、男は急に立ち止まった。
男は静かに、レイ達を見つめる。
「ふむ、これは僥倖だな。目当ての者にまとめて会えるとは」
顎鬚を弄りながら、男が呟く。
男はこの国の者なのだろうか。
それにしては雰囲気が異様な気もする。
『レイ、気をつけろ。嫌な予感がする』
「どうしたんだ、スレイプニル」
『あの男、何か異質だ』
スレイプニルが警鐘を鳴らすので、レイは少し身構えた。
あの王獣が警戒する程の相手、尋常ではない。
「ほう、既に警戒を促すか……流石は戦騎王といったところだな」
男は口の端を吊り上げ、笑う。
その直後だった。
――ゾワリ!――
辺り一帯を、冷たさと鋭さを伴った気が支配する。
殺気だった。
強烈な殺気を当てられたレイ達は、咄嗟にグリモリーダーと獣魂栞を構える。
「アンタ、何者?」
フレイアは男を睨みつけて問う。
「俺の名はフルカス。ゲーティアに仕える騎士だ」
ゲーティア。その言葉を聞いた瞬間、全員目の前にいる男を敵と判断した。
「みんな!」
「言われなくてもッス!」
一斉にCode解放を宣言し、獣魂栞をグリモリーダーに挿入する。
「「「クロス・モーフィング!!!」」」
魔装、一斉変身。
魔装に身を包んだ七人は、武器を構えてフルカスと対峙した。
それを見たフルカスは、更に喜々とした様子を晒す。
「そうだ、そうこなくてはな」
フルカスは懐からダークドライバーを取り出し、黒炎を点火する。
「トランス・モーフィングッ!」
呪文を唱えると同時に、黒炎がフルカスの全身を包み込んだ。
邪悪な炎の中で、身体が余さず作り変えられる。
そしてその上に、漆黒の鎧が形成されていく。
「ハァッッッ!!!」
腕を振り、炎をはらう。
それは、闇を彷彿とさせる鎧だった。
その姿は、歴戦の勇士のようにも見えた。
そしてその姿は、邪悪に魂を売った悪魔でもあった。
邪悪な騎士が、夜の首都に姿を現した。
変身したフルカスは、指を動かしてレイ達を挑発する。
「さて、どれだけ俺を楽しませてくれる?」




