Page72:あれるぜ! Vキマイラ!
宮殿の外で対峙するガミジンとVキマイラ。
数秒の沈黙が、両者の間に走る。
「クッ、なにが鎧巨人だ! ただ合体しただけの化物ではないか!」
『アンタにだけは化物なんて言われたくないんだけど。まぁ、本当に合体しただけなのかどうかは……戦って試してみれば?』
フレイアの言葉が放たれると同時に、Vキマイラが臨戦態勢に入る。
無意識に右手の剣を構えるあたり、主な操作はフレイアが行っているのが分かる。
だがガミジンにしてみれば、そんな事はどうでもいい事だ。
フレイアの挑発を受けて、顔を赤く染め上げるガミジン。
「ほざけ! いくら鎧巨人といえど、この黒炎の前には無力よ!」
両手の平に黒炎を灯すガミジン。
荒々しく、感情にまかせて、Vキマイラ目掛けて投擲した。
だがVキマイラは避ける気配を見せない。中にいるフレイア達は黒炎の危険性を認知している筈だ。
立ったまま、テイルソードを地面に突き刺す。
そして静かに手を前に出し……。
『魔力障壁、展開!』
手の平から巨大な魔力障壁が展開される。
だがそれは、スレイプニルが展開していたような物とは比にならない。
分厚く五重に展開された障壁が、黒炎を受け止める。
「馬鹿め! そんな障壁、黒炎で喰らい尽くしてくれるわ!」
余裕と見下しが入った笑い声。
それは、ゲーティアの技術で作られた黒炎の威力を信頼しているが故のものであった。
だが、そんなガミジンの余裕は一瞬にして崩れ去る事となった。
『舐、め、る、なぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
Vキマイラが展開していた障壁が、強い光を放つ。
既に三枚の障壁が破られていたが、四枚目を突破する直前に、黒炎は消滅してしまった。
『どうだ、見たか!』
「ば、馬鹿な!?」
万物を喰らい尽くす黒炎。未だかつて、それが破られたことは無かった。
ガミジンは目の前の光景を上手く信じられなかった。
必殺の攻撃が、いとも容易く防がれてしまった事に理解が追いつかなかったのだ。
『さーて、今度はアタシ達の番だね』
地面に突き刺していたテイルソードを、勢いよく引き抜く。
そのままVキマイラは、猛スピードでガミジンに突っ込んだ。
「ぐぬぅ!」
咄嗟に両腕を前に出して、防御態勢をとるガミジン。
だがVキマイラはそれを気にする素振りを見せることなく、剣を振り下ろした。
ただの剣だ。己の鱗を使えば容易に防ぐ事ができる。
それは、ごくごく自然な動作。口を開ければ呼吸ができるくらい、当たり前の事。
故にガミジンは、無意識にその動作をした。
――斬ッッッ!!!――
ガミジンの両腕は、何ら抵抗なく切断された。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
想定外のダメージに動揺し、ガミジンは悲鳴を上げる。
『どーだ! 合体したアタシ達なら、なんでも斬れる!』
「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
怒号を上げながら、すぐに腕を再生するガミジン。
相手の力量を測る事無く首を伸ばして、Vキマイラに噛み付こうとした。
『ライラ!』
『了解ッス』
合体した事で容易に意思疎通が可能になっている面々。
ライラはフレイアの意図をくみ取り、すぐにVキマイラの翼を羽ばたかせた。
ガミジンの牙が到達する寸前に、天空へと飛び立つVキマイラ。
『蛇は空飛べないでしょ』
フレイアの挑発に、ガミジンは地上で歯軋りをする。
だがそんな事はどうでもいい。
厄介な攻撃が届かない場所から、確実こちらの攻撃を当てる。
『マリー、射撃任せた!』
『かしこまりましたわ。テイルブラスター!』
Vキマイラは左手に持った、銃を構える。
ガミジンとの距離は離れているが、問題はない。
ガルーダの固有魔法【鷹之超眼】は、Vキマイラの目にも適用されている。千里眼が如き視力を持ってして、マリーは容易に銃の照準をガミジンに当てた。
『シュートですわ!』
――弾ッ! 弾ッ! 弾ッ!――
上空から放たれた三発の魔力弾。
先程と同じように防御しても無駄だと感じたガミジンは、咄嗟にそれを回避しようとする。
『回避行動くらい、予測済みですわ!』
急激に軌道を変える魔力弾。
銃撃手であるマリーの構築した術式によって、魔力弾はガミジンを追尾していった。
そして着弾。強烈な爆発音と共に、ガミジンの皮膚はズタズタに弾き飛ばされた。
言葉にならない悲鳴を上げるガミジン。
だがフレイア達は、決して同情はしない。
この悪魔がバミューダでした所業。そしてゲーティアがブライトン公国でした所業を考えれば、決して許そうとは思わなかった。
「不味い、この化物だけは危険だッ」
鱗が剥がれ、ボロボロになった皮膚を再生しながら、ガミジンは逃げようと試みる。
『フレイアちゃん!』
『逃がすかッ』
背を向けたガミジンを逃すつもりはない。
オリーブにせっつかれて、Vキマイラは急降下する。
『インクドライブ! いつでもいけます!』
『どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
Vキマイラの右足に、黒色の魔力が纏わりつく。
絶大な破壊力を含んだ蹴撃。降下時の勢いを利用して強化し、逃げるガミジンの背に叩き込んだ。
「がっ……はっ」
轟音と共に、ガミジンの身体が地面にめり込む。
骨がへし折れたガミジンの口から、呻き声が漏れ出た。
「お、おのれぇぇぇ」
逃げられない。この鎧巨人からは逃げる術がない。
それを悟ったガミジンは、がむしゃらに攻撃を仕掛けた。
左腕を伸ばして、Vキマイラの左足に巻きつかせる。
「ハハハハ、流石にこの距離では障壁を展開できまい!」
至近距離。左手に黒炎を灯すガミジン。
これならいける、必ずいける。
そう確信したガミジンは高笑いを上げた。
しかし……
『だったら、こうするまでよ!』
それはフレイアの咄嗟の判断だった。
自由に動かせる右足で、ガミジンの身体に踏み込む。
『【剛力硬化】いけます!』
『どりゃぁぁぁ!』
ゴーレムの固有魔法【剛力硬化】で両足を強化する。
そして強化された脚力を使って、Vキマイラは力任せに左足を上げた。
――ブチィィィ!――
凄まじい力とスピードで上げられた左足。
それは黒炎が放たれるよりも早く、ガミジンの左腕を引きちぎった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
肩から腕がちぎれたガミジンが悶絶する。
「何故だ、何故貴様らは我々に歯向かう!?」
『別にアンタ達に歯向かったつもりはないよ。アタシ達はただ、この国の人達を守るために戦っているだけだ』
「ぬァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
咆哮が鳴り響く。
それと同時に、ガミジンの身体からどす黒い魔力が溢れ始めた。
Vキマイラは咄嗟にガミジンから距離を取る。
のそりと立ち上がり、ガミジンはVキマイラを睨みつけた。
「ちっぽけな……ちっぽけな虫けらがァァァァァ! 我々の前で、調子に乗るなァァァァァ!!!」
狂気的な叫び。
邪悪な魔力を解き放ちながら、ガミジンが突進してくる。
もはや正常な思考はできていない。動きも直情的だ。
『僕に任せて』
ジャックがそう言うと、Vキマイラは右肩のフェンリルの口を、迫り来るガミジンに向けた。
『【鉄鎖顕現】起動。グレイプニール!』
フェンリルの口から解き放たれる無数の鎖。
意思を持った蛇のように、鎖はガミジンの身体を縛り上げた。
「これしきの鎖ィィィィィ!!!」
身体を捻り、鎖を引きちぎろうと試みるガミジン。
しかし鎖は、ひびすら入る様子を見せない。
それは明らかに、合体前とは強度が違った。
「な、なんだこの鎖!?」
ミシミシと強く縛りつけてくる鎖に困惑するガミジン。
魔獣合体によるメリットは、全員の固有魔法を使える事だけではない。
魔力と出力の強化。それも単純な足し算による強化ではない。
合体による強化は掛け算。文字通り、全てのステータスが桁違いに伸びているのだ。
そんな事になっているとはつゆ知らず。
ガミジンは想像以上にパワーアップしているVキマイラに、困惑するばかりだった。
『さーて、そろそろトドメを――』
『待てフレイア。敵は魔僕呪原液で強化された悪魔だ。普通に倒したら何が起きるかわからない』
『それもそっか』
ジャックの進言で、フレイアは策を考える。
地上で倒して、余計な被害が出るのは避けたい。
ならば答えは簡単だ。
Vキマイラは鎖を引っ張り、ガミジンを無理矢理引き寄せる。
そのまま、もがき続けているガミジンを力強くホールドした。
『地上がダメなら、空だ!』
ガミジンを抱きしめたまま、Vキマイラは上空へと飛翔する。
ぐんぐん高度が上がっていく。数秒もしないうちに、宮殿が豆粒ほどの大きさになってしまった。
そして二体は雲を突き抜け、晴天の空へと出てきた。
ここなら安全だ。
そう判断したフレイアは、ガミジンを縛り上げていた鎖を解除した。
そしてVキマイラは、解放されたガミジンをさらに上へと蹴り上げた。
「き、貴様らァァァァァ!」
怒り狂ったガミジン。
その全身から黒炎を点火する。
何がなんでも、目の前にいる鎧巨人を消し去るつもりだ。
「ティタァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!」
『ガミジン、今度こそ終わらせてやる!』
フレイア、そしてオリーブとマリー。三人の脳裏にはバミューダでの事件が想起される。
今度こそ、この悪魔を討つのだ。
『テイルソード、テイルブラスター!』
Vキマイラがテイルブラスターを投げると、空中でバラバラになる。
『合体!』
バラバラになったテイルブラスターは、テイルソードと合体。
一つの巨大な剣へと変化した。
『完成! テイルパニッシャー!』
テイルパニッシャーを構えて、Vキマイラは落下してくるガミジンを迎える。
『いくよみんな! 息を合わせて』
『『『応ッ!』』』
Vキマイラの中で五色の魔力が混ざり合い、加速する。
合成された魔力は、テイルパニッシャーの刀身へと装填されていった。
『『『インクドライブ! 必殺!』』』
テイルパニッシャーの刀身から、数十メートルはあろうかという、巨大な魔力刃が展開された。
絶大な破壊力を内包した魔力刃が、ガミジンに狙いを定める。
「私は、私は決して滅びんぞォォォ!!!」
『うぉぉぉぉぉ!!!』
落下してくるガミジンに、突進するVキマイラ。
五色の魔力が混ざり合った必殺技を、躊躇う事なく解き放った。
『勇輝聖刃! ブレイブパニッシャー!』
――斬ァァァァァァァァァァァァァン!!!――
横薙ぎに一閃。
強力な魔力を含んだ刃が、ガミジンの身体を両断した。
「滅……びん……私は……決して……」
斬り裂かれた断面から、更に魔力が爆裂する。
本来なら再生できたであろうダメージも、魔僕呪原液の効能も相まって、急速に広がっていった。
「私は……滅びんぞォォォォォォォ!!!」
それが、ガミジンの発した最期の言葉であった。
耳をつんざく轟音が、雲の上で鳴り響く。
凄まじい爆発と共に、ガミジンの身体は跡形もなく消滅してしまった。
爆風で穴の開いた雲を見下ろすVキマイラ。
『今度こそ、倒せたのでしょうか?』
『流石にまた復活は御免被るッスよ』
『アタシ達みんなで力を合わせたんだ。きっと大丈夫でしょ』
フレイアはそう呟きながら、Vキマイラを地上に降下させ始めた。
『皇太子さんやレイ達が心配だ。すぐに宮殿に戻ろう』
Vキマイラは地上に降り立つとすぐに合体を解除した。
そして全員融合を解除して、すぐさま宮殿の中へと戻るのであった。
◆
宮殿のすぐそば。
人もボーツもいない場所に、その影はあった。
黒い鎧をガチャガチャと鳴らしながら、地上に下りてくるVキマイラを見つめる、悪魔が一人。
フルカスだ。
『あーあ。あれはガミジン死んじゃったね』
「そうだな」
同胞が死んだ事など対して気にはしないグラニ。
一方のフルカスは、黒い鎧の下で微かに笑みを浮かべていた。
『笑っているのかい、フルカス』
「フフ、そうだな」
『そんなに指輪を見つけられたのが嬉しいのかい?』
「それもある。だがそれ以上に、少しは楽しめそうな相手に興奮しているのだよ」
姿を消すVキマイラを見届けながら、フルカスは静かに期待感を膨らませていく。
「久しく、骨のある相手と戦えそうだ」
『……そうだね。特に今回は僕も楽しみにしているんだ』
これから始まる戦いに期待を寄せつつ、フルカスは宮殿を後にした。




