Page67:宮殿にて悪意は蠢く
ブライトン公国宮殿。
そこは弱小国とは言えど、優美さと高貴さを兼ね備えた内装をしていた。
だがそれも、今となっては過去の話。
王宮内を彩っていた調度品は無残に崩れ落ち、彫刻を施されていた壁や柱は見る影も無くなっている。
中を蔓延るのは灰色の人型、ボーツ達だ。
そんな血と破壊の匂いが漂う中に、フルカスとガミジンは居た。
「全く、最初から素直に差し出せば良いものを……」
蛇の悪魔に変身しているガミジン。
その手にはダークドライバーが握られており、足元には絶命した人間が何人も転がっていた。
豪華な服に身を包んだ死体達。
それはかつて、ブライトン公国の大臣達だったものである。
「最期まで魔僕呪に縋りついていたな……愚かな。貰い物の力で、神にでもなったつもりだったのか?」
ギシギシと鎧を鳴らしながら、フルカスは圧倒的脚力をもって、死体を踏みつぶす。
その様子に感情は何も含まれていない。邪魔な雑草を踏みつぶすように、淡々としたものだった。
ここは宮殿内にある隠し倉庫。
大臣達が魔僕呪の原液を保管していた場所である。
実際二人の目の前には、魔僕呪の原液が積められた瓶や大樽がいくつも在った。
「これがザガンの言っていた魔僕呪だな」
ガミジンはそう言うと、近くにあった瓶の蓋を開けて中身を確認する。
中には、禍々しい何かを放つどす黒い粘液が詰まっていた。
間違いない、魔僕呪の原液だ。
ガミジンは持参してきた麻袋に、瓶詰の魔僕呪を入れていく。
「ザガンの奴め、私を使いっ走りにしおって!」
文句を言いながらも、魔僕呪の回収を続けるガミジン。
誰かの使い走りにされるのはこの上なく癪だが、ここで何か変な気を起こしても自分が処分されるのが落ちだ。監視のフルカスも居る。
逃げられない状況に怒りを溜めながらも、ガミジンは自らの仕事をこなしていた。
「この鬱憤必ずッ、必ず晴らしてやるぞ!」
手を動かしながらも、この先の事を考えて下卑た笑みを浮かべるガミジン。
ザガンと陛下からお墨付きを貰った虐殺。
ガミジンはそれを早く実行に移したくてうずうずしていた。
「……俗物が」
そんなガミジンの様子を見て、フルカスは小さく呟く。
ゲーティアの悪魔に、特別仲間意識などは無い。
あるのは陛下への忠誠心。もしくは底なしの欲望である。
フルカスは前者であり、後者の類を心底嫌っていた。
作業を続けるガミジンを見張りながら、フルカスは周囲の気配を探る。
その範囲は広く、宮殿の外にまで伸びていた。
フルカスの探知に入るのは、自分達が解き放ったボーツの大群。
そしてボーツに捕食されている宮殿の人間たち。
外の気配は……
「これは……」
宮殿の外から、何やら大きな魔力の気配を感じ取ったフルカス。
一度隠し倉庫から離れて、最寄りの大窓から外を見た。
視界に映ったのは、巨大な鳥型の鎧装獣。
「ふむ、斥候か」
こちらを注視する鎧装獣を見てそう判断するフルカス。
だがこちらの姿が確認される心配は無い。
何故ならあらかじめ宮殿内に撒いておいた魔僕呪原液が、魔法による探査を妨害してくれているからだ。
だがそれだけでは、宮殿内に問題が発生している事がバレるのも時間の問題だろう。
『ハハッ。いいねぇ、いい気配だよ』
「グラニ、何か探り当てたのか」
『王の気配がする。僕の血を分けた兄弟の気配が!』
「戦騎王か……面白い」
鎧の中でニヤリと笑みを浮かべるフルカス。
まだ見ぬ強者に好奇心が抑えられないのだ。
しかし、それはそれとして。
「戦騎王の契約者が来ているという事は、その仲間も一緒だろうな……ふむ」
ここは一つ、譲ってみるか。
そう考えたフルカスは、再び隠し倉庫へと足を運んだ。
隠し倉庫の中では、作業が大詰めに入っていた。
ガミジンが空間を斬り裂いて、大樽を裏世界に運び終えようとしていた。
「あぁ、騎士殿。何か問題でもあったか?」
「操獣者の群れが、こちらを探っていた。恐らくバミューダで交戦した者達だろう」
「なんだとッ!?」
勢いよく振り向いたガミジン。
その瞳には憎悪が浮かんでいた。
「あの忌々しい童共が来たのか……それは行幸よ。バミューダでの借り、耳を揃えて返してもらおうかッ!」
バミューダシティでの戦いを思い出したのか、ガミジンは憎しみの炎を燃やしながらも、喜々としていた。
そんな彼の様子を見てフルカスは「単純な男だ」と少々呆れる。
「ガミジン。あの操獣者共と交戦するか?」
「当然だ。奴らは私の手で殺さねば気がすまん!」
「ならば……これを渡しておこう」
そう言うとフルカスは、小さな樽を一つ投げて寄越した。
上手くキャッチしたガミジン。だが手にした瞬間、それが何なのかを察知して顔を青く染め上げた。
「こ、これは……」
魔僕呪の原液。
恐らくザガンがフルカスに託した物だろう。
だが問題はそこではない。
これを渡されたという事、それは一種の最後通告でもあった。
「解っているなガミジン。ソレを使ってでも奴らを仕留めろ」
「し、しかし、これは――」
「ゲーティアと陛下に忠義を見せぬつもりか?」
鎧越しにどす黒い殺気を放つフルカス。
ゲーティアに逆らう者は許さない。それが彼の騎士としての信念であった。
フルカスの殺気をまともに浴びたガミジンは、思わずひるんでしまう。
「どうなのだ、ガミジン?」
「わ、わかっている。私は陛下に忠義を尽くすつもりだッ」
「なら良い。直に奴らはこの宮殿にくるだろう。その時確実に仕留めろ」
念入りに釘を刺すフルカス。
ようやく収まった殺気に、ガミジンは安堵の息を漏らした。
だがもう後は無い。
ガミジンは手にした魔僕呪に視線を落とす。
「(あの童共を殺すか、はたまた私が死ぬか。道は二つに一つッ!)」
ガミジンは己の死を認めない。
そして己の失墜も認めない。
ならば選ぶべき道は唯一つ。
「見ていろ童共……最後に笑うのは、この私だッ!」
復讐に燃えるガミジン。
フルカスは足元に転がる死体を踏みつけながら、それを傍観していた。
「(底なしの欲望で、己の器量さえ見誤る……所詮奴もこの死体共と同類か)」
目先の力に惑わされ、その欲望を無限に膨らませた為政者達。
その死体をガミジンを重ね合わせて、フルカスは静かに嘲笑していた。




