Page66:汚染された首都
翌朝。レイ達はジョージ皇太子の案内で、ブライトン公国の首都へと向かっていた。
その道中、レイはジョージに幾つかの疑問を投げかけていた。
「国公認で魔僕呪の流通か……皇太子様以外に止める人はいなかったんですか?」
「残念ながらね。ほとんどの大臣達は父と同じく魔僕呪の魅力に取り憑かれてしまった。一部の良識ある大臣や僕の兄弟達は反対意見を持っていたものの、魔僕呪に侵された父達を見て恐れおののいてしまったよ」
「……失礼ですけど、その大臣や御兄弟達は?」
「恥ずかしながら、終戦と同時に他国へ亡命したよ。でも僕は、決して彼らの選択が間違っているとは思わない。命あっての物種だからね……」
そう言って微かに顔を伏せるジョージ。
その様子を見たレイは、首都で起きている惨状をぼんやりと察する事しか出来なかった。
命あっての物種。そんな言葉が飛んでくる程だ、相当酷い状況なのだろう。
だが現実は、レイ達の想像をはるかに超える悲惨さだった。
太陽が真上に昇るかどうかという時間帯。
レイ達は首都の門をくぐった。
だがその先に、一国の首都と呼べる豊かさは広がっていない。
目に入るのは、下手なスラム街よりも酷い敗戦国の末路だった。
「……皇太子様、これは本当に首都なんですか?」
「あぁ、そうだよ」
「酷い……」
レイは我が目を疑い、オリーブは絶句する。
他のチームメンバー達も似たり寄ったりなリアクションだった。
視界に入ってくるのは、豊かさとは真逆な街の人々。
生気の無い目に、襤褸切れの様な服。
街の建物は崩れていない壁を見つける方が難しく、風の吹く中で人々は藁をかき集めて暖を取っていた。
「敗戦国は賠償金のせいで貧しくなるってのはアタシでも知ってるけど、ここまで酷いもんなの?」
「いいえフレイアさん、普通はここまで酷くはなりません。一体何が……」
あまりにも悲惨な状況にマリーが困惑の声を漏らす。
それを背に、首都の中を歩くレイ。
ひとまず目的地である王宮は、一番目立っているので大丈夫だ。
だが首都の様子があまりにも異様なので、注意深く周りを観察する。
するとレイは、ある事に気が付いた。
「……なぁ皆、この街、営業してる店が全然見当たらないんだけど」
「言われてみれば、そっスね」
レイの言葉に反応して周囲を見回すチームの面々。
店の看板を掲げている建物はあるが、何処も営業している雰囲気はない。
「貧しすぎて誰もお金払えないとか?」
「いや、それでもおかしいだろ」
フレイアの疑問を否定するレイ。
いくら貧しいとはいえ、ここまでで営業している店がゼロなのはおかしい。
最低でも食料品店くらいはありそうなものなのだが、それすら無い。
輸入等ができなくても、自国で生産したものくらいは流通させている筈だ。
この街の人々は何をしているのか。
レイ達はすれ違う人々に目を向ける。
「……え?」
誰が発したかは分からない。あるいは全員が発したのかもしれない。
レイ達は、各々が目にした首都の住民に釘付けとなっていた。
ガリガリに痩せた身体に、生気を感じない目。
だがそれ以上にレイ達を驚かせたのは彼らの手足だ。
ボロボロの服から伸びているのは、顔の若さに不釣り合いな老化した手足。
「まさか!?」
レイは慌てて他の住民達に視線を向ける。
外を歩いている人間だけではない、建物の壁に倒れ込んでいる人々も手足が老化していた。
典型的な魔僕呪の副作用。
それが視界に入る人々全員が発症していたのだ。
「嘘だろ……」
「まさか住民の大半が魔僕呪の服用者とはね……」
あまりの出来事にレイとジャックは面を食らう。
他の面々は言葉すら出す事ができなかった。
「皇太子様……まさかとは思うんですけど。この街は店をやっていないんじゃなくて――」
「やれる人間が、誰もいないんだ」
拳を握りしめ、苦々し気にジョージは答える。
要するに首都の住民達は、魔僕呪の副作用によって皆弱っているのだ。
商いをする事はおろか、何かを買いに行く元気すら無いのだろう。
そんな彼らを見て、フレイアはある疑問を抱いた。
「ねぇ皇太子さん。魔僕呪を配ったのは兵士だけじゃなかったの?」
「……終戦間際の事だ。一部の兵士と魔僕呪に好意的だった大臣達が、希釈した魔僕呪を裏で横流ししたんだ」
「なにそれ……自分の国の人達でしょ!?」
「彼らにとっては割の良い小遣い稼ぎだったんだろう。僕が気づいた時には……既に手遅れだった」
後悔と自責の念、言葉にせずともそれがひしひしと伝わる。
だがそれを慰められる程、現実は甘くはなかった。
王宮に向かって進むレイ達。
すれ違う人々は変わらず、老化した手足を晒している。
そしてその中には、レイが一番見たくなかったものもあった。
「……薄々、そういうのも有るんじゃないかとは思ってたけどさ」
思わず立ち止まって見てしまう。
そこにあるのは、力無く壁にもたれかかる小さな人影。
意識は無い、昏睡している。
そして、服の外には老化した手足を晒しているが、その顔は二桁も行かぬ幼子だった。
「子供にまで飲ませたのか、この国の奴らは!」
感情的に怒声をあげるレイ。
それを聞いたジョージは、悔しそうに目を伏せるだけだった。
「……皇太子さん、あんまりこういう事は言うべきじゃないんだろうけど……アタシ、この国のお偉いさんは好きになれそうに無い」
普通なら不敬も良い所なフレイアの発言。
だが目の前にいる子供を見ては、誰もそれを咎める気にはなれなかった。
「そうだな、君の言う通りだ……こういう事は本来、国を治める者が未然に防ぐべきなんだ」
「皇太子様。後悔するのはいいけど、程々にしておいて下さいね。後悔するだけじゃあ誰も前に進めないですから」
「……あぁ、そうだな。その通りだ」
「この子や、この国の人々を想うなら、今は未来を見据えて下さい。じゃないと平民は安心できないんですよ」
レイが咎めるように言うと、ジョージは自分の両頬を叩いた。
自らに気合いを入れ直したのか、ジョージの顔は先程よりも威厳を感じるものになっていた。
「そうだな、後悔は後からいくらでも出来る。今はこの国を正す事が先決だ」
「でもその前に、この国を乗っ取ってるゲーティアを追い出さないとね」
フレイアの言う通りだった。
何をするにも、まずはこの国をゲーティアから取り戻さないといけない。
その為に自分達は来たのだ。
チーム一同、気が引き締まる。
「安心してください皇太子様。正直俺、今はらわたが煮え繰り返ってるんですよ。ゲーティアの奴らは見つけ次第ぶっ飛ばす!」
手のひらに拳を叩きつけて、義憤を燃やすレイ。
その感情は、他のチームメンバーも同じだった。
「じゃあ、早いとこ王宮に行きましょ」
フレイアの声に導かれるように、皆王宮への足取りを進めた。
◆
首都の入り口を発ってから、幾らか進んだ頃だった。
宮殿までの道のりも後半分という所。
相変わらず街の様子は良くない。
彼方此方に魔僕呪の副作用に苦しむ人々が居る。
「なぁアリス」
「なに?」
「あの人達、どうにか治してやれないかな〜って思ってさ」
「昨日も言ったけど、魔僕呪の中毒は完治できない。手足の老化も、一回なったらもう治らない」
「だよなぁ……」
視界に入る人々を気にしながら、レイは首の裏を掻く。
ゲーティアを追い出して、ジョージがウィリアム公を討っても、その先に問題がある。
魔僕呪中毒者である彼らのケアだ。
一人二人なら何処の街でもどうにかなる。
しかし首都が機能不全になる人数だ、そう簡単にはいかない。
まして敗戦国で金も無い。その金を稼ぐ人手もこの有様だ。
レイの脳裏に最悪の結末が浮かぶ。
「(いや、今考えるのはやめよう)」
レイは脳裏から最悪の結末をかき消した。
それが、あまりにも後味が悪過ぎたから。
王宮への足取りを進める。
やはりすれ違う人々は、枯れた棒の様な手足だ。
言葉らしい言葉も聞こえてこない。
聞こえるのは精々、うめき声と寝息。
そして「ボッツ、ボッツ」という鳴き声。
「……え?」
嫌な意味で聞きなれた声が耳に入った瞬間、レイの意識は一気に目覚めた。
レイは慌ててグリモリーダーと獣魂栞を構える。
「フレイア、聞こえたか?」
「聞こえた。かなり近い」
レイとフレイアは周辺の気配を探り、他の面々はジョージを守る様に陣取る。
意識を耳に集中させて、あの鳴き声を探る。
聞こえた。正面、斜め右の向き。
レイとフレイアは大急ぎで走り、曲がり角を右に曲がる。
そこには昏睡して倒れ込んだ住民と、それを捕食しようと近づく灰色の人型の姿。
「ボーツ! なんでこんな所に!?」
「考えるのは後! 今はあの人達助けるよ!」
そう叫ぶとフレイアは、グリモリーダーと赤色の獣魂栞を構えた。
「Code:レッド、解放ォ! クロス・モーフィング!」
赤い魔装に身を包んだフレイアが駆け出す。
ボーツは手を鎌の形に変化させて、今にも住民を斬りつけようとしていた。
フレイアはすかさず、ペンシルブレードを引き抜く。
「どぉぉぉりゃぁぁぁ!」
「ボッッッ!?」
――斬ッ!!!――
間一髪。
フレイアの放った一太刀は、ボーツの腕を斬り落とした。
片腕を失ったボーツは狂乱気味に、フレイアに襲い掛かろうとする。
「遅い!」
「ボッツ!?」
横薙ぎに一閃。
ボーツが攻撃するよりも早く、フレイアの放った一撃が胴体を上下に分断した。
断面の焼け焦げた死体が、力なく崩れ落ちる。
「大丈夫……って言っても、聞こえてないか」
助けた住民の身体を軽く揺らしながら、そう零すフレイア。
ひとまずこの昏睡した住民達をどうするか考えるも、自体はそう簡単に収まらなかった。
「「「ボッツ、ボッツ、ボッツ、ボッツ」」」
今の戦闘に気づいたのか、街道の向こうから更に十数体のボーツがこちらにやって来た。
身動きの取れない住民達を、一人でこの数から守るのは難しい。
「これは不味いな……フレイア、二人協力して倒すぞ」
「街の人に近づくより先にぶっ倒すって事ね。上等!」
レイは改めて、グリモリーダーと銀色の獣魂栞を構える。
「Code:シルバー解放! クロス・モーフィング!」
魔装、変身。
銀色の魔装に身を包んだレイは、コンパスブラスターを手にしてボーツへと立ち向かった。
「ボォォォォォォォォォツ!」
「形態変化、銃撃形態!」
――弾ッ弾ッ!!!――
コンパスブラスターから放たれた魔力弾が、ボーツの身体を的確に貫いていく。
「援護射撃は任せろ! お前は派手に焼き斬れ!」
「オーケー!」
レイの銃撃で怯んだボーツ達を、フレイアがペンシルブレードで斬り裂いていく。
一体、また一体と倒されていくボーツ。
動けない住民に襲い掛かるよりも早く、レイとフレイアの仕留めにくる。
何が何でも守るという意志の元、二人はボーツに対して攻撃の手を緩めなかった。
そして、ものの数分で十数体いたボーツは全て物言わぬ死体と化してしまった。
レイは固有魔法で強化された感覚を研ぎ澄まして、周囲を警戒する。
少なくとも今は、近くにボーツの気配は感じなかった。
二人は変身を解除して、仲間達の元に戻る。
「もー、皇太子さんったら。ボーツが出るなら早く言ってよ」
「いや……僕もボーツは初めて見た。何故こんな場所に?」
困惑した表情を浮かべるジョージ。
それもその筈、ブライトン公国はデコイインクが採掘されるような土地ではない。
本来ならばボーツが発生する事などありえない筈なのだ。
何故首都にボーツが出たのか見当もつかないジョージとは裏腹に、レイは一つの可能性に辿り着いていた。
「多分、ゲーティアの仕業ですね」
「ゲーティア!? 奴らはボーツを呼び出す技術を持っているのか!?」
「はい。以前バミューダシティでゲーティアと交戦した時に、あいつらはボーツを召喚する小樽を持っていました。バミューダもブライトン公国と同じくボーツが発生しにくい土地。この辺りにボーツをばら蒔いていても、おかしくはない」
ジョージは顔を青ざめさせる。
ゲーティアは魔僕呪のみならず、ボーツをも使ってこの国を苦しめようとしているのだ。
その所業にジョージは吐き気を覚える。
「しっかし、ボーツが出て来た方角……思いっきり宮殿の方からだよな」
「じゃあボクがガルーダと一緒に偵察してくるっス。空からなら攻撃の心配はないし、ボク達には固有魔法もあるっスから」
異論は出なかった。
このまま不用意に宮殿へ突入するよりも、最善の策だと誰もが思ったから。
「Code:イエロー解放! クロス・モーフィング!」
黄色の魔装に身を包んだライラは、更にグリモリーダーの十字架を操作する。
「融合召喚! ガルーダ!」
上方に巨大な魔方陣が出現し、ライラはジャンプしてそれを潜り抜ける。
「クルララララララララララ!!!」
『じゃあ行ってくるっス!』
ライラと融合し、鎧装獣と化したガルーダ。
金属化した翼を羽ばたかせ、宮殿に向かって飛んで行った。
空に消えゆく姿を、ジョージは静かに見守る。
「ニャ~」
「ケットシー……僕は、臆病者だな」
足元にいたケットシーを抱きかかえて、ジョージは小さく呟いた。




