Page64:公国の入り口
表の依頼は魔法金属10トンをセイラムシティから運搬すること。
幸いにしてこちらには力自慢のオリーブと、その契約魔獣であるゴーレムがいたので、半日もかからずに終えることが出来た。
依頼人と会う予定のサセックスの村へは、ここから半日以上。
レイ達は道中でキャンプを張り、夜を過ごす事にした。
火を焚いて、オリーブが作ったシチューを夕飯に食べる。
料理上手なオリーブの一品に舌鼓を打ちながら、レイはフレイアにある疑問を投げかけた。
「そういえばフレイア」
「ん?」
「魂を繋ぐ指輪ってのに、聞き覚えはないか?」
バミューダでの依頼を終えた後、ギルド長に言われた言葉を思い出す。
フレイアに聞くと良いとの事なので聞いてみたが……何故か「指輪」という単語を聞いた瞬間、ライラ、ジャック、マリーは露骨に嫌な顔をし始めた。
オリーブに至ってはプルプル震える始末だ。
「魂を繋ぐ指輪? …………あぁ、王の指輪のこと?」
「王の指輪?」
「うん。前にあった依頼先で見つけたんだ。魂を繋げるっていうか、魔獣を合体させる力だったけど」
「は? 合体?」
「うん。合体」
合体、それはレイの中にある指輪が伝えて来た言葉の中にもあったものだ。
フレイアの話をよく聞くと、以前依頼でバロウズ王国という場所に行ったときに手にしたらしい。
現地の王族がこの指輪を巡って血みどろの争いをしていた所、フレイアが激怒。
ついついその場の勢いで指輪を飲み込んだら、フレイアの身体に完全に定着してしまったらしい。
あんまりにもあんまりな話に、レイは完全に呆れかえっていた。
「で、バロウズ王国に暴走した巨大魔獣が出て来たから、アタシ達は戦った訳なんだけど。これがまた強くってさ~、鎧装獣でも中々ダメージ与えられないの」
「イフリートクラスの鎧装獣でもか……どうやって倒したんだ?」
「合体したの」
「……は?」
「王の指輪の力を使ってね、鎧装獣を合体させたの。めちゃくちゃ強くてカッコイイんだよ!」
あまりに荒唐無稽な発言は、レイの理解力を遥かに超えていた。
鎧装獣を合体させるなど聞いたことがない。
レイがあからさまに怪訝な顔をしていると、後ろからジャック達が声をかけてきた。
「レイ、信じられないかもしれないけどフレイアの話は本当だ」
「マジか」
「大マジっスよ。実際ボクらは姉御の言う合体に巻き込まれたんスから」
「ですが強大な力であったのは間違いありませんわ……わたくしは二度と御免被りたいですけど」
三人のげんなりした表情の中に「真実なんだ仕方ないだろ」と言った心の声が滲み出てくる。
強大な力だったというのも間違いないのだろう。
そしてこの「合体」とい力が、以前バミューダでフレイアが語っていた奥の手と思われる。
「おおおお股、お股がががががががががががががががが」
そしてオリーブはバグっていた。
余程トラウマなのだろう。
「(しかし、合体ねぇ……)」
いまだ半信半疑のレイは、未知の力に対する空想に耽っていた。
◆
翌朝。
日の出と共に一同は出立する。
最寄りまでは各自契約魔獣の背にのって素早く移動した。
そして太陽が真上に達した頃、レイ達は目的地であるサセックスの村に到着した。
「これは……想像以上に酷いな」
レイが思わずそう零してしまうのも無理はない。
目の前に広がるのは浮浪者や難民が火を焚き暖を取る姿。
目に映るのは今にも倒壊しそうな建物の数々。
活気と言う言葉とは対極的な村が、そこには広がっていた。
「治安の方は……よろしくはなさそうですわね」
「国の入り口からこうとなると、奥の方もあまり期待できなさそうだね」
マリーとジャックが口々に率直な感想を述べていく。
しかしそう思うのも無理はない。
実際目の前に広がる風景は、スラムと言っても過言では無かった。
「まぁ敗戦国の末路なんて、こんなもんだろうよ」
「敗戦国、ですか?」
「あぁ。ブライトン公国は去年まで大規模な戦争をしてたんだよ。最初の方は優勢だったらしいけど、どこからか逆転されて、最後は悲惨な負け方をしたらしい」
それは昨年セイラムシティでも話題になった事だった。
それほど大きくもない公国が、大国相手に優勢で戦っていたと。
しかしある時を境に兵士達が弱体化し、公国は戦争に大敗することとなった。
その戦争は、あまりの物珍しさに新聞の一面を飾っていたので、レイの記憶にもしっかり刻まれていた。
「みんな、あまり気ィ抜くなよ」
「分かってる。抜いたらやられそうだもん」
フレイアはさりげなく指示して、皆が離れないようにする。
村の人々はギラギラとした目つきでこちらを見ている。
極上の獲物か何かに無得ているのだろう。
刃物の気配すら感じるが、その程度でどうにか出来る程レイ達は弱くはない。
さて、ここで一つ問題が出て来た。
依頼主がいる村には来たのだが、何処にいるか探さなくてはならない。
かといってこの状況で手分けして探すのは危険だ。
「(さてどうしたものか……ッ!?)」
その気配は上方、建物の上から感じ取れた。
魔武具が軋み、魔装が衣擦れる音。
『レイ』
「分かってる。フレイア」
「大丈夫、ちゃんと気付いてるから。みんな、三つ数えたら戦闘態勢ね」
フレイアの意図が伝わり、皆静かに頷く。
そして……
「1……2の、3!」
一斉に分散する。
次の瞬間、レイ達が居た地点に大きな人影が落下してきた。
「オイオイ、マジで俺ら狙いかよ」
舞い上がった砂埃が晴れて、人影が姿を見せる。
それは、レイが予測した通り操獣者だった。
短剣を手にし、パルマカラーの魔装を身に纏っている。
「オイ、俺らら金目のもんなんて持ってねーぞ!」
「……必要ない」
そう小さく紡ぐと、パルマの操獣者は此方に駆け出してきた。
『レイ!』
「話して何とかなる相手じゃないか。Code:シルバー、解放! クロス・モーフィング!」
瞬時に変身するレイ。
コンパスブラスターを構えて、襲い掛かる短剣を受け止める。
「お前たち、GODの操獣者か?」
「そうだって言ったら?」
「それだけ聞ければ十分だ」
パルマの操獣者は短剣を押し出すと、その勢いで後方へと距離を取った。
「グレイプニール!」
変身したジャックが固有魔法を発動させる。
召喚された無数の鉄鎖が、次々にパルマの操獣者へと襲い掛かった。
しかし、パルマの操獣者はその鎖達をヒラリヒラリと軽く躱してしまう。
「クッ、早い!」
「だったらボクに任せるっス!」
早さなら誰にも負けないライラが一気に距離を詰めて、後ろを取る。
「ビリットするっスよー!」
固有魔法発現。
ライラの手に魔力で生成された雷が溜まっていく。
それをライラは一気に解放した。
至近距離の雷攻撃。魔装を身に纏っているとはいえ、普通ならしばらく動けなくなる筈である。
しかし、ライラの雷がパルマの操獣者に当たる事は無かった。
「えっ!?」
至近距離からの放電、外す事などありえない筈なのに。
解き放たれた雷は、まるで反発した磁石のようにパルマの操獣者の身体を避けて行った。
「フン!」
「きゃっ!」
驚いて気が抜けたライラに、強烈な回し蹴りが叩きこまれる。
まともに防御態勢が取れなかったライラは、近くの建物の壁に叩きつけられてしまった。
「ライラ! なんでアイツ電撃が効いてないの!?」
「多分アイツの固有魔法だ。恐らくアイツは魔力の軌道をずらすことができるんだ」
「って事は魔力攻撃はほぼ効かないって事!? そんなのアリ!?」
予想外の強敵に文句を垂れるフレイア。
恐らく先程、ジャックの鎖を躱したのもこの魔法の力によるものだろう。
一見すると攻撃が通用しない反則的な相手。
だがレイには一つの攻略法が浮かんでいた。
「魔力攻撃は効かないか……だったら何とかなりそうだな」
「いいアイデアあるの?」
「あぁ、逆に考えるんだ。魔力を使わずに攻撃すればいいんだって」
「……あっ、そうか」
ポンと手を叩き、レイの思惑を理解したフレイア。
そうだ、魔力が効かないなら原始的な方法で倒せば良いだけなのだ。
フレイアは早速ペンシルブレードを構えて、パルマの操獣者へと向かって行った。
「アイツは気が早すぎるんだよ……アリス」
「なに?」
「ちょっとサポート頼む」
ミントグリーンの魔装に身を包んだアリスに、軽く耳打ちをする。
作戦を伝え終えたレイは、すぐさまフレイアの後を追いかけた。
「どりゃぁぁぁぁ!!!」
「くっ!」
フレイアのペンシルブレードと、パルマの操獣者の短剣がぶつかり火花を散らす。
向こうも自身の弱点が露呈した事に気が付いたようだった。
しかしフレイアの猛攻が態勢を立て直す事を許さない。
激しい鍔迫り合いの音が、街路に響き渡る。
「ふんッ!」
パルマの操獣者は流れるような動きで、強烈な蹴りを叩きこんでくる。
「っ! 体術も使えるの!?」
「刃は一つだけではない」
「あっそ。でもそれはこっちもだよ!」
フレイアがそう言った直後、パルマの操獣者の背後から、レイが斬りかかってきた。
気配を察知した操獣者が振り返り、短剣でコンパスブラスターの一撃を防ぐ。
「ぐっ!」
「悪いな、敵に回したのは一人だけじゃねーんだよ!」
レイが剣撃を繰り出し、その隙を埋めるようにフレイアが追撃していく。
前後左右、逃げ道を作らせない猛攻が、パルマの操獣者を襲う。
操獣者は体術と剣技を駆使して応戦するが、二体一では分が悪い。
次第に体力が削られてきた、その時だった。
――ヒュンッ!――
突如飛来してきた一本のナイフが、パルマの操獣者の肩に突き刺さった。
操獣者は慌てて傷ついた肩を押さえようとするが、身体が思うように動かなかった。
「エンチャント・ナイトメア。これで動けない」
アリスの幻覚魔法が付与されたナイフによって、一瞬の隙が作られる。
そして、その一瞬の隙が彼にとっての命取りとなった。
「……」
「これで」
「チェックメイト、ってやつだな」
レイとフレイアは、操獣者の首筋ギリギリに剣をあてがう。
操獣者はこれで、完全に詰みに持っていかれてしまった。
「何故殺さない」
「何、殺して欲しかったの? じゃあ他を当たって」
「俺達は無意味な殺生はしない主義なんだ」
静かに歩み寄ってきたアリスがナイフを抜き取り、操獣者に掛かった魔法を解除する。
身体の拘束が解除された操獣者は、膝から崩れ落ちてしまった。
アリスは念のため、そばに落ちていた短剣を蹴り飛ばす。
「で、お前は何者だ?」
既に戦闘の意思は無くなっていた操獣者に、レイは問い質す。
操獣者は観念したかのように、グリモリーダーから獣魂栞を抜き取り、変身を解除した。
姿を現したのは、金髪で端麗な顔立ちの男性だった。
服は随分と高そうな物を着ており、いくつかの勲章が付けられている。
そしてパルマカラーの獣魂栞は光を放ち、一匹の猫型魔獣に姿を変えた。
「急に荒々しい事をしてすまない。だけどこうして実力を確かめねばならない事情があったんだ」
「事情だぁ? いくら何でも荒すぎるだろ」
文句を垂れつつ、レイは変身を解除する。
戦闘態勢に入る必要がなくなったので、他の面々も変身を解除した。
「反論の言葉はないよ。だがこれから一緒に戦う事になるのだから、少しは仲良くして貰いたいかな」
「は?」
「僕の依頼を受けてくれたのだろう? GODの操獣者諸君」
「てことは……アンタがこれの依頼主?」
そう言ってレイは裏クエストの依頼書を出す。
男はその依頼書を見ると小さく頷き、肯定の意を示した。
「遅くなったが自己紹介をさせて貰いたい。僕はブライトン公国皇太子、ジョージ・ド・ブライトン。そしてこの子は契約魔獣のケットシーだ」
しばしの沈黙。
レイ達は彼が発した言葉を理解するのに数秒要してしまった。
そして理解した瞬間、一気に爆発した
「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???」」」




