Page63:裏クエスト
レイは『裏クエスト』についてしつこく問い質されたが、すぐには答えようとしなかった。
一先ずギルドの大食堂に足を運んで、アリスとオリーブを呼びつける。
いち早く聞きたがっていたフレイアに関しては、昼飯を奢る事で黙らせた。
レイのその様子を見て、ジャック達は「全員集まらないと話せない内容」なのだと理解し、それ以上急く事はしなかった。
フレイアが四回目のお替りを食べ終えたあたりで、アリスとオリーブが合流。
これで役者は揃った。
「よし、じゃあ全員揃ったところで『裏クエスト』について説明するぞ」
「待ってましたー!」
スプーン片手に目を輝かせるフレイアを軽くスルーして、レイは説明を始める。
「と、その前に前提条件の確認だ。フレイア、俺達ギルドの操獣者が依頼を受ける時、どんな手順を踏む?」
「ん、そりゃあいつも通りでしょ。この大食堂の掲示板に張り出された依頼用紙を受付に持って行って、依頼を受ける」
「そんで依頼をこなして報奨金を受け取る。それが誰もが知る基本の流れだな」
「依頼の難易度によって報奨金も変わりますわね」
ギルド所属の操獣者にとっては基本中の基本。
何故それをわざわざ再確認するのか、フレイア達には意図が読めなかった。
ただ一人アリスを除くが。
「じゃあ今度はオリーブ。ギルドに来る依頼の報奨金、これは誰が出す物だ?」
「えっと、基本的には依頼主の人ですよね?」
「正解だ。ここまでが俺達がよく知る『表のクエスト』だ」
さぁ、此処からが本題である。
「依頼を出すには金が必要、どれだけ事情があろうが難易度に応じた額を提示しなければいけない。それが依頼側の基本ルールだ…………だけどさ皆、この世界に住む人って全員金持ちだったっけ?」
レイの問いかけに対して、一様に首を横に振る面々。
当然だ、世の中はそこまで平等ではない。
富める者がいれば、貧困者もいる。
「では問題です。金を持ってない人々はどうやってギルドに助けを求めればいいのでしょうか?」
「それは……」
オリーブをはじめとして、一同口を噤んでしまう。
良くも悪くも、この世界において金は正義だ。
どれだけ危機的状況であっても、これが無ければ依頼など出せない。
それを理解したからこそ、フレイア達の顔に影が落ちた。
「とまぁ、ここまで暗い話をしたけど、それをひっくり返してやろうじゃないか」
「ひっくり返す? 何するんスか?」
「あ、裏クエスト! ここで出てくるんだ!」
「フレイア正解」
「やったー!」
両手を上げて子供のようにはしゃぐフレイアをスルーして、レイは説明を続ける。
「金が無いと依頼が出せないと思われがちなんだけど、実はギルドへ依頼を出すだけならタダで良いんだ。とは言っても、難易度に対して報奨の割が会わなかったり、下手をすれば報奨金自体がない依頼に関しては、基本的に表の掲示板に張り出されないんだけどな。普通誰も受けないし」
「レイ、もしかして裏クエストって」
「察しが良いなジャック。そうだ、そういう表に張り出されない緊急の依頼達。それが裏クエストだ」
レイが言っていた「ヒーローがヒーローと呼ばれた所以」というのも、ここに繋がってくる。
ただ強いだけの操獣者なら、先代ヒーロー(レイの父親)以外にいくらでも居た。
しかしそんな強者たちを押しのけて彼が『ヒーロー』と呼ばれた理由。
それに関しては数あるが、その一つがこの裏クエストの受注である。
「裏クエストを通した、利益完全度外視の活動の数々。それが父さんがヒーローと呼ばれるようになった理由の一つなんだ」
「なるほど、そういう事か」
身分や種族を問わず、手を差し伸べて、戦ってきた戦士。
故に『ヒーロー』。
ジャックは改めて、レイの父親の偉大さを理解していた。
「じゃあさじゃあさ、その裏クエストを受けまくればヒーローに近づけるって事だよね! よっしゃあ! そうと決まれば――」
「待てフレイア、俺の話ちゃんと聞いてたのか?」
「困ってる人がいるから助けにいくんでしょ?」
「そう簡単に言うな。裏クエストがどういうクエストかもう一度言うぞ」
席を立とうとしていたフレイアを座らせ、レイは改めて裏クエストについて話す。
「報奨金がない。仮にあったとしても危険度に対して割に合わないモノしか出ない。そして何より……一度受注したら途中リタイアが難しいんだ」
「うん、だから困ってる人を助けに行くんでしょ」
「だからなぁ――」
「何も間違ってないでしょ」
キョトンとした表情で返すフレイア。
「困ってる人が見えた、だから助ける。いつもアタシ達がやってる事と何も変わらないじゃん」
さも当然のことだとばかりに言ってのけるフレイア。
そんな彼女を見て、レイは「そうだ、こいつはそういう人間だった」と改めて思い知った。
そしてそれは、他のチームメンバーも例外ではない。
「ま、姉御らしい答えではあるっスよね~」
「フレイアのそういう所に魅かれて、僕らもチームに入った訳だし」
「はい」
「そうですわね」
「と言うわけで。やろうよ、裏クエスト!」
チームリーダーであるフレイアの発言に、一切の異論は出てこない。
皆危険は承知の上でやる気があるようだ。
「レイ、みんなやる気ある」
「みたいだな……よし、やるか裏クエスト」
満場一致で決まる、裏クエストの受注。
裏クエストの危険度はピンからキリまであるので、万が一拒否されても受け入れる心づもりだったレイにとって、この結果は幸運な事この上なかった。
「それでレイ、裏クエストはどうやって受注するんだい? 表の掲示板には出て無いんだろ」
「あぁ、それについては今から説明する……フレイア」
「なに?」
「食堂の掲示板から適当な依頼を持って来てくれ。できれば簡単な荷物運びあたりが良い」
レイにそう言われるや否や、フレイアは猛スピードで掲示板へと走って行った。
そして数分もしない内に戻って来た。
「はいレイ。これでいい?」
「魔法金属の輸送、難易度はF(最低)。上出来だ」
「それで、どうするんスか?」
「まぁ見てな」
そう言うとレイはまず、依頼書の受注者欄に『チーム:レッドフレア』の名前を通常通りに書く。
そして依頼書をひっくり返し、白紙の裏面に『受注、チームレッドフレア』と一文書き込んだ。
「これを受付じゃなくて、ミス・ヴィオラのところへ持っていく」
「ミス・ヴィオラって、ギルド長の秘書だっけ?」
フレイアは微かな記憶を頼りに、その姿を思い出そうとしている。
が、あまり接点の無い彼女には、いつもギルド長を追いかけている人以外の情報が出てこなかった。
「そうだ。裏クエストは全部ギルド長とその秘書、ミス・ヴィオラが管理しているんだ。だからこの依頼書を持っていって、表のクエストと一緒に受注するんだよ」
「はいレイ君! なんで表の依頼も一緒に受注するんスか?」
「簡単に言えば、暗黙の了解や大人の事情ってやつだな」
あまり安易に裏クエストだけを受注しつづけては、ギルド全体が安く見られてしまう。
それを防ぐためにも「表の依頼を受けるついでに受注をする」という建前が欲しいのだ。
そしてなによりの理由は……
「一口に裏クエストっていっても、その範囲は広すぎるんだ。だからこうして表の依頼を一緒に受ける事で、その周辺地域から裏クエストを探してもらうんだよ」
ちなみにこのルールは先代ヒーローであるエドガーを自制させる為に設けられたルールらしい。
こうでもしなければ、彼はあらゆる裏クエストを片っ端から受注しただろうとは、ギルド長の言葉だ。
それはともかく。
レイ達は依頼書を片手に、ギルド長の執務室を訪れた。
軽くノックをして、扉を開ける。
中にはギルド長の姿はなく、来客用テーブルの前で秘書のミス・ヴィオラが頭を抱えていた。
「あのジジイ、また逃げたんだな……」
レイがそうぼやく事でようやく、ヴィオラはレイ達に気が付いた。
ヴィオラは慌てて、眼鏡の位置を直す。
「ミスタ・クロウリーですか。申し訳ありません、ギルド長は現在不在で」
「あぁ大丈夫です。今日はヴィオラさんに用事があるから」
「私にですか?」
珍しいものだと、少し訝しげにレイ達をみやるヴィオラ。
だがフレイアが差し出した依頼書を見て、彼らの要件を即座に理解した。
「裏クエストの受注、ですか」
「そういう事です。該当地域周辺で何かありませんか?」
「……少々お待ちください」
そう言うとヴィオラは、執務室の奥から一つの箱を取り出して来た。
中には表には出ていない依頼書が山のように入っている。
「すごっ」
「これ全部裏クエストですの?」
「はい、その通りです」
予想外の量に思わず驚いてしまうフレイアとマリー。
ヴィオラは軽く肯定そしながらも、手早く該当地域周辺の依頼書を探していた。
凄まじい勢いで書類が捌かれていく様子に、思わず釘付けになってしまう一同。
これが噂の、秘書ヴィオラの超高速事務処理なのだ。
「ふむ……その地区ですと、今ある依頼は一件だけですね」
「じゃあそれ受けまーす!」
「フレイア、せめて依頼内容くらい読んで決めろよ」
「大丈夫だって」
ニコニコしながら依頼書を受け取るフレイア。
だがその笑みも、依頼書に目を通していくにつれて、困惑のものへと変化した。
「…………なにこれ?」
気になったレイは、フレイアから依頼書を取って自分も目を通す。
・目的地:ブライトン公国
・依頼主:匿名希望
・依頼内容:要人の護衛。詳細はサセックスの村にて話す。
「え、これだけ?」
それは、なんとも奇妙な依頼書だった。
雑といえば早いが、あまりにも情報が少なすぎる。
「フレイア、言いだしっぺの俺が言うのもアレだけど――」
「依頼受けます!」
「人の話を聞け! いくら何でも怪しすぎるわ!」
「でも詳しい事は会って話してくれるんでしょ。変な依頼だった時は、その時よ」
レイの忠告をまるっと無視したフレイアは、さっさと依頼受注の手続きを始めてしまった。
「悪い皆、予想以上に面倒な事になったかもしれない」
「大丈夫ッス、ボクらはこういうの慣れてるから」
生気の無い目で応えるライラに、レイは心の中で同情するのだった。




