Page61:邪悪の足音
ゲーティアの本拠地、反転宮殿レメゲドン。
相も変わらず暗黒が支配する、この不気味な宮殿の一角から、この世のものとは思えない悲鳴が響き渡っていた。
「ぎゃァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
蠢き脈打つ壁に囲まれた部屋。
その中央に設置された台の上で叫んでいたのはガミジンだ。
「一々叫ばないでください。集中できません」
「そ、そうは言っ――ぎゃァァァァァァァァァ!!!」
四肢を失い、芋虫の様に身体を仰け反らせるガミジン。
その横には巨大な翼と、鷲の頭を持った悪魔が一人。
ゲーティアの錬金術師、ザガンだ。
ザガンは手に持った魔僕呪を傷口にかけつつ、自身の魔法でガミジンの手足を作り直していた。
しかし、魔僕呪の効能で強制的に活性化されていく再生能力に、ガミジン自身は途方もない苦痛を味わう羽目になっている。
それを気にも留めず、ザガンは淡々と作業を続けていた。
じわりじわりと、手足が再生されていくガミジン。
それを表情一つ変えずに眺めていると、後ろから足音が近づいてきた。
「ガミジンの修復は順調か?」
「フルカスですか。ガミジンなら見ての通りですよ」
「そうか」
「それで。そちらは何の用ですか?」
「陛下からの命令でな。しばらくはザガンと行動を共にしろとの事だ」
「そうですか……まぁ有難くはありますね。丁度人手が欲しかったところです」
ガミジンの手足を再生し終えると、ザガンは変身を解除して元の少年の姿に戻った。
「陛下が宣戦布告を決定したのは良いのですが、色々と手間と懸念事項があるのですよ」
「懸念だと……表の世界にか」
「はい。無策に戦いを挑んでは此方もただでは済まないでしょう。貴方も分かっているのではないですか? 王の指輪を探す使命を帯びた貴方なら」
「あぁ、そうだな。先のバミューダの戦いでも指輪持ちを一人見つけたばかりだ。策も無くあの戦騎王と戦えば、無事では済むまい」
「その戦騎王の契約者に味方する厄介な存在もいますしね」
「黄金の少女か……一番懸念すべき存在だな」
「彼女には我々も散々苦汁を飲まされてきましたからね」
これまで世界各地でゲーティアが作り上げていた『義体』の数々。
現地の操獣者によって破壊された物もあれば、自然に壊れた物もある。
しかし、それら義体の半数近くはなんと、黄金の少女ただ一人によって破壊されてきたのだ。
自分達にとっての悲願の悉くを水泡に帰されてきた事で、ゲーティアにとって黄金の少女とは最も忌々しい敵であった。
「はぁ、はぁ……」
「ふむ、ガミジンの再生も終わったようですね」
「あぁお陰様でな」
ガミジンは脂汗を大量に流し、息を切らせながらザガンを睨みつける。
四肢が完全に戻ったとは言え、先程までの余計な苦痛は根に持っているようだ。
「ところでザガンよ、今更ながら一つ質問しても良いか?」
「なんですか」
「王の指輪とは、一体何なのだ」
「おや、ガミジンは知らなかったのですか」
やれやれと首を横に振り、小馬鹿にするザガン。
ガミジンは彼のこういう所が好きになれなかった。
「王の指輪とは、魂を繋げる力を持った魔道具ですよ」
「魂を繋げるだと?」
「はい。複数の魂を繋げてより強大な力を生み出す事ができる指輪です」
「強大な力とは、随分と曖昧な表現だな」
「ボクも王の指輪の全容を知っている訳ではないので。ただ実際に指輪の力を使えば、魂どころか鎧装獣の肉体も融合させる事ができるようですが」
「ほう……それはそれは、大層な」
王の指輪が持つ強大な力を想像し、欲が膨らむガミジン。
同時に、先のバミューダの戦いでレイが魂の海に入り込んだ力の正体に見当がついた。
「そうか……あの戦騎王の契約者が使ったのは、その指輪の力だったか」
「元々を言えば王の指輪は全て、八百年前に陛下が作り出された力だ。全て陛下の元に戻るのが道理というもの」
「その指輪を回収するのが、騎士殿の使命であったな」
「そうだ。この前は黄金の少女に邪魔をされたが、次こそは必ず回収してみせる」
黄金の少女に邪魔をされた事を思い出したのか、フルカスの拳に強い力が入る。
「そういえばフルカス。戦騎王の契約者とは別に、もう一つ王の指輪の所有者が分かりましたよ」
「何、本当か」
「はい。ほんの三カ月ほど前に判明した事ですけどね」
そう言うとザガンは、棚から一つの水晶を取り出し、掲げる。
すると眩い光と共に、水晶から映像が映し出された。
その映像を見てガミジンは腰を抜かし、フルカスは大きく目を見開いた。
「ひぃ、な、なんだこの化物は!」
「これは……まさかっ」
「はい。鎧巨人です」
部屋の中に映し出された映像。
そこには炎に包まれる街の様子と、その中央に君臨する雄々しき金属巨人の姿。
巨人はゴーレムの様に強靭な足を持ち、ガルーダの様に気高き翼を持ち、ローレライの銃撃とフェンリルの鎖を両腕で使いこなしている。
そしてそれらの力を中央で束ねているのは、勇猛な角が特徴的なイフリートだ。
「これは三カ月前、バロウズ王国という場所で発見された王の指輪を回収しようとした時の映像です。先に結果を言ってしまえば、映像を見ての通り失敗に終わっていますが」
「回収するどころか、逆に奪われてしまったか」
「はい。我々が手を伸ばすよりも早く、飲み込まれてしまいました。街ごと殺して回収しようと試みたのですが……適合率が良かったのでしょうね、その場で鎧巨人になられて返り討ちにあってしまいました」
フルカスは無言で映像を見続ける。
確かにザガンの言う通り、鎧巨人は巨大な怪物と戦い勝利を収めていた。
「……ザガン。王の指輪を手にした操獣者の名前は?」
「フレイア・ローリング。ギルドGODの操獣者ですよ」
「そうか……」
「フルカス、分かっているとは思いますが――」
「分かっている。今は宣戦布告の準備が最優先なのだろう。だが俺の使命の都合上、その操獣者の名前は知っておかねばならないのでな」
映像が終わってなお、フルカスは記憶の隅に焼き付けるように、その空間を睨み続ける。
いずれ戦うであろう敵の姿に、フルカスは魂の震えを感じざるを得なかった。
「それでザガンよ、俺達は何をすればいい」
「必要なのは魔僕呪です。これから戦争を始めるのですから、備蓄はあるに越したことはありません」
「また魔僕呪を作るのか?」
「いいえ。それでは時間がかかってしまうので、今回は既にある物を回収に行ってもらいます」
そう言うとザガンは、ガミジンの方に軽く手を置いた。
「ガミジン、貴方はフルカスと一緒に魔僕呪の回収に行ってください」
「な、何故私が貴様の命令なんぞを!」
「ガミジン、貴方まさか……先日の失態が許されたと本気で思っているのですか?」
「うぐっ」
「ゲーティアはそこまで甘くはありませんよ。それにボクは貴方に汚名を返上するチャンスを与えようと言ってるのです」
「チャ、チャンス?」
「はい。口先ではなく行動でゲーティアに忠誠心を見せなくては……次は本当に、命がないと思ったほうがいいですよ」
淡々とした口調で告げられる事実に、ガミジンはただ顔面を蒼白に染める。
そして小さく頷き、ザガンの指示に従う事を了承した。
「ではフルカス。貴方もガミジンと共に魔僕呪の回収に行ってください」
「御守も兼ねてか、いいだろう。それで行き先は?」
ザガンは再び水晶を掲げて、映像を映し出す。
映し出されたのは人気が少なく、荒廃しかかった小さな国の様子であった。
「ガミジン、貴方はよく知っている国の筈ですよ」
「ん? あぁ、ここか。確かに私が滅ぼした国だな」
「この国の人間に魔僕呪を流通させて、観察をしていたのですが……流石にもう取れそうなデータもありません。魔僕呪の回収ついでに、人間への見せしめとして始末してきてください」
虐殺。
それが良いストレスの発散になると思ったのか、ガミジンは途端に下卑た笑みを浮かべる。
一方のフルカスは、変わらぬ冷静な表情でザガンに問うた。
「ザガン、この国の名は?」
「ブライトン公国。愚者公に支配された、哀れな国ですよ」
ザガンとフルカス、表情を変えぬ二人から読み取れる感情は少ない。
だが少なくとも、ザガンに命を尊重する感情は無かった。
フルカスには、盲目的なゲーティアへの忠誠心しかなかった。




