Page56:その魂だけでも①
「ブゥルオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
異形の兵器と化した幽霊船。
その船頭からバハムートの咆哮が鳴り響く。
ボロボロの状態で露出していた外骨格、そしてバハムートの遺体。それらは瞬く間に再生し、失った部位を補っていった。
「なんですの、あの再生スピードは」
「多分ガミジンの契約魔獣の能力だ」
『アナンタだな。アナンタは再生の魔法を使うとされている』
「その効能がバハムートの遺体にも及んでるって事だな」
再生を終えた幽霊船の頭部から一つの人型が生えてくる。
全身の筋肉がむき出しでグロテスクな見た目をしているが、その特徴的な蛇の頭で何者かすぐに理解できた。
「殺ス……童ドモ、殺シテクレル!」
バハムートの頭部から生えた異形の上半身、ガミジンがこちらを睨みつける。
すると幽霊船から生えていた大砲やバリスタの矛先が、上空のロキに向けられた。
『これ、不味いかも』
アリスがそう零すや否や、幽霊船から雨あられの様に砲撃が始まった。
ロキとその背中に乗るレイ達を逃がさないように、的確に弾幕を張ってくる幽霊船。
『みんな、掴まってて』
迫り来る砲弾と極太の矢を、ロキはギリギリで回避し続ける。
レイ達は超変則的な軌道に振り落とされそうになるが、しっかりと掴まり続けた。
だが幽霊船は絶やすこと無く、極めて理性的に攻撃を続ける。
『王の肉体を取り込んだ割に、随分と理性的なものだな』
「感心してる場合か! まぁでも、それに関しちゃ同意するけどな』
遺体とはいえ、強大な力を持つ王獣の身体を強引に取り込んだのだ。
普通なら無事では済まないし、仮に生き延びても魔力の拒絶反応で理性を失うのは目に見えている。
にも関わらず、ガミジンは言葉を話し、的確にこちらを狙ってきている。
「死ネ、死ネ、死ネェェェェェェェェェェェェェ!!!」
「キューイー!」
回避、回避。
迫りくるバリスタの矢を紙一重で躱し、大砲の弾は巨大な耳で弾き返す。
中々当たらない攻撃に、ガミジンも苛立ちの絶叫を上げ始める。
『不味いぞ、あれは完全に制御に成功している。一体どんな種を仕込んだのか……』
「メアリーだ」
『何?』
「アイツが自分を心臓に取り込ませた時に、メアリーの魂も巻き込んでいた」
『なる程、水鱗王の契約者も取り込む事で制御をより確実なものにしたという訳か』
「じゃあメアリーちゃんの魂を取り出せば!」
「少なくともアイツは制御できなくなるだろうな。けど問題はこの状態からどうっやって心臓部に戻るか」
「それなら、敵の注意を逸らせば良いのですわ!」
そう言うとマリーは突然、ロキの背中から飛び降りた。
二挺の銃から魔水球を発射し、降り注ぐ弾幕が当たらないように軌道を逸らす。
「大きな敵には大きな姿ですわ! 融合召喚、ローレライ!」
マリーがグリモリーダーの十字架を操作すると、空中に巨大な魔法陣が現れた。
その魔法陣にマリーが入り込むと、マリーとローレライの肉体が急速に混ぜ合わさっていく。
そして魔法陣の中から膨大な魔力が溢れ、巨大な鯱の像を紡ぎ始めた。
『ピィィィィィィィィ、ピャァァァァァァァァァ!!!」
全身が機械の如く金属化した純白の魔獣が姿を見せる。
背中には巨大な砲を備え、身体に当たった攻撃は次々に弾き返している。
マリーは鎧装獣ローレライへと姿を変えたのだ。
『その攻撃、お返ししますわ!』
海へと落下しながらも、ローレライはその巨大な尾を振るい、襲い掛かる砲弾を跳ね返した。
「グヌゥゥゥ!」
返された砲弾は幽霊船へと着弾。轟音と共に爆破。
幽霊船と一体化しているガミジンへも少なからずダメージを与えた。
そして着水。
ローレライはすかさず背中の砲で攻撃を始めた。
『これだけ的が大きければ、当てるのは楽勝ですわ!』
凄まじい砲撃音が辺りに響き渡る。
通常のガレオン船の何倍もの大きさを誇る幽霊船。
その巨体は銃撃手でなくとも格好の的であった。
着弾した攻撃魔力が轟音を鳴らす。
「小癪ナァァァ! 喰イ殺シテクレルゥ!」
ガミジンの絶叫と共に、バハムートの大口をあける幽霊船。
巨大な鯨の口の中には凶暴な牙が無数に生え揃っていた。
――ガキンッ!!!――
ローレライの身体に噛み付くと同時に金属音が鳴る。
全身が金属化した鎧装獣の身体は、そう一撃では壊せない。
『っ! レディの身体に対して少々乱暴ではありませんこと!?』
マリーがそう言うと、ローレライは背中の砲を回転させて、幽霊船の中にその砲口を向けた。
「ピャア!!!」
――弾ッ弾ッ弾ッ!――
三発の攻撃魔砲が幽霊船の内部を襲う。
その激痛にガミジンは無意識に大口を離してしまった。
一瞬の隙を突いて、ローレライは脱出する。
「よし、今だアリス!」
ローレライの攻撃で怯んだのか、幽霊船の攻撃が止んだ。
その隙を逃すまいと、ロキは幽霊船に急接近する。
しかし……
「馬鹿メ、私ガ不器用者トデモ思ッタカ!」
幽霊船のバリスタや大砲がぐるりと回転し、こちらに照準を合わせてくる。
そして間髪入れず、攻撃を開始した。
「どわぁぁぁ!?」
「きゃぁぁぁ!」
再び超変則軌道を描いて回避に徹するロキ。
レイとオリーブはその背中でまた振り回されていた。
『アリスさん! 上手く回避し続けてください!』
注意を逸らすように、再び幽霊船への砲撃を始めるローレライ。
だが今度はロキを攻撃しつつ、大口を開けてローレライを襲ってきた。
『きゃっ』
砲撃を中断してローレライは回避する。
しかもガミジンはその間隙を突くように、大砲やバリスタの一部をローレライに向けて来た。
「マリーちゃん!」
「不味いぞ、アイツ思った以上に攻撃範囲が広い」
このままでは撃墜されてしまうのも時間の問題だ。
レイは必死に打開策を考えるが、相手が強大すぎて妙手が浮かばない。
そうこう考えている内に、最悪の事態が訪れた。
幽霊船の放った砲弾が、ロキの耳に着弾したのだ。
『――っ!!!』
「ギューーー!!!」
片耳を負傷したロキはそのまま海へと真っ逆さまに落ちていく。
「マズハ三匹……残ルハ一匹」
『みなさん!?』
猛スピードで海面が迫ってくる。
海は敵のテリトリー、このまま落ちればただでは済まない。
レイはオリーブを抱き寄せて衝撃に備えて目を瞑る。
しかし何時までたっても、海面に叩きつけられる衝撃は来なかった。
それどころか、ボヨヨーンと何かに優しく跳ね返される衝撃だけが伝わってきた。
「えっ……これって」
海面に落ちたオリーブが困惑の声を漏らす。
全員身体は沈むこと無く海面に浮いている。
よくみれば、海面には魔獣達がばら撒いた魔力が膜の様に張り巡らされていた。
膜はゴムの様にしなやかで、鎧装獣化しているロキが乗っても破れない程に頑丈な足場となっていた。
「どういうことだ」
『水鱗王殿を救いたいのは民も同じ、だという事だ』
レイが辺りを見回すと、幾つもの海棲魔獣が海面から顔を覗かせていた。
どうやら彼らがこの足場を作ってくれたらしい。
「キューキュー」
「キュー」
『共に戦ってくれるようだな』
「みたいだな」
オリーブは足元の膜を数回踏んで、その強度を確認する。
「これだったら……私とゴーちゃんも海で戦えます!」
オリーブはレイ達から少し離れて、グリモリーダーの十字架を操作した。
「いきますよ! 融合召喚、ゴーレム!」
巨大な魔法陣が展開し、オリーブの身体を包み込む。
オリーブと、その契約魔獣ゴーレムの身体が急激に混ざり合わさっていく。
そして魔法陣から、巨大な人型の像が紡ぎ出されていった。
『ンゴォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
魔法陣が消え、漆黒の身体を持った巨大な人型が姿を現す。
いかにも力強そうな四肢が特徴的な金属の塊。
鎧装獣ゴーレムの登場である。
『マリーちゃん、私も一緒に戦う!』
海面の膜をトランポリンの様に使い、ゴーレムは飛び跳ねながら幽霊船に近づく。
『そーれ!』
「ンゴォ!」
ゴーレムの巨椀から放たれる一撃が、幽霊船の頭を襲う。
だがそれすらも、ガミジンは耐え抜いてしまった。
「ヌゥゥゥ、コレシキノ事ォォォ!」
幽霊船の頭部を大きく振るい、ゴーレムを突き飛ばす。
『無駄口を叩くのはナンセンスですわ』
海中に隠れていたローレライがその背中の砲だけを海上に露出させる。
――弾ッ!――
一瞬だけ開いた幽霊船の大口に向けて、ローレライは魔力弾を叩きこんだ。
「オノレェェェ!」
激昂して、注意が完全に二人に向くガミジン。
チャンスが来た。
レイはコンパスブラスターを構えて、アリスに語り掛ける。
「アリス、俺がバハムートの心臓部に行く! サポートは任せた」
『一人で行く気?』
「人間サイズの方が的も小さくて当たりにくい。アリスとロキはアイツの攻撃を弾いてくれ」
『……わかった』
レイは柄を握り締めて、一気に駆け出した。
「小僧、今度コソ殺シテヤル!」
存在に気づいたガミジンが、砲門をレイに向ける。
「喰ラエ!」
一斉掃射。
無数の砲弾と矢がレイに襲い掛かろうとする。
「キューイー!」
『させない』
ロキは間に割り込むと、両耳裏側の紋様を砲弾の雨へと向けた。
眼のような紋様が輝きを放つと、砲弾や矢はピタリと動きを止めてしまった。
無機物への幻覚の植え付け、それがロキの魔法の真骨頂でもある。
「サンキューな!」
停滞した砲弾の雨を潜り抜ける。
そしてレイは武闘王波で強化した脚力と、海面の魔力膜の弾力を使って、一気に幽霊船への距離を詰めた。
「サセルカァァァ!」
レイの意図に気づいたガミジンは幽霊船から生えている鉄の足を振り回し、レイに攻撃を仕掛ける。
しかし破壊力はあれど、自身の身に当たらぬよう配慮した攻撃は動きが単調。
レイは容易くその攻撃回避。
そして鉄の足が海面に刺さると同時に、その足に飛び乗った。
「武闘王波、魔装強化!」
鉄の足を駆け上りながら、レイは魔装の強度を上げる。
「ヌゥ! ナラバ足ノ一本クライ、クレテヤルワ!」
ガミジンは幽霊船の砲門を足を上っているレイに向けた。
そして発射。逃げ道の少ない場所なら確実に仕留められると考えたのだろう。
『想定通りの動きだな』
「あぁ。このくらいの攻撃なら」
レイは迫り来る砲弾と矢に臆することなく、コンパスブラスターを振った。
――斬ッ! 斬ッ! 斬ッ!――
レイは冷静に砲や矢を斬り払う。強化された動体視力には殆ど止まって見えた。
背後から砲弾が爆破する音と爆風が襲ってくるが、強化された魔装の前には気にもならない。
「(構造を思い出せ……心臓部があった場所は……)」
レイは幽霊船の上に辿りつく。
内部の構造を思い出して、バハムートの心臓がある場所を特定……そして。
「インクチャージ!」
コンパスブラスターに獣魂栞を挿入し、逆手持ちにする。
破壊すべき部位は見つけた。
「銀牙一閃!」
幽霊船の背中、甲板が有った場所を斬りつける。
レイは銀牙一閃の術式に少しアレンジを加え、破壊エネルギーが一点集中するようにした。
大きな爆音と共に幽霊船の背部が砕け散る。
そこに出来た大穴に、レイは迷わず飛び込んだ。
「うげぇ、悪趣味」
兵器として覚醒した幽霊船の内部は、無数のチューブとバハムートの腐肉で構成されていた。
あまりにグロテスクな光景に、レイも思わず愚痴が漏れてしまう。
『愚痴を零してる暇はないぞ』
「分かってるって」
心臓のある場所へと急行するレイ。
だがやはりそこは幽霊船の内部。
侵入者を排除するための罠はしっかりと仕掛けられていた。
無数のチューブが意志を持った触手の如くレイに襲い掛かる。
「よっ、ほっ、でりゃあ!」
コンパスブラスターですぐにそれらを斬り落とす。
地面に落ちてもなおウネウネと動くチューブを見て、「罠まで悪趣味だ」とレイは思わずにはいられなかった。
その後も同様の罠が襲い掛かってきたが、レイはそれを難なく突破。
そして遂にバハムートの心臓がある、あの部屋へと辿り着いた。
ドクンドクンと眼の前で鼓動を鳴らしている巨大な心臓。
その一部にはガミジンの肉体が取り込まれた形跡が見える。
『レイ、どうする気だ』
「心臓を斬って、ガミジンが持っていたカンテラを取り出す」
メアリーの声が聞こえたカンテラの事を思い出す。
あれを抜き取ればガミジンもバハムートを制御できなくなる。
レイはコンパスブラスターを構えて、勢いよく心臓を斬りつけた。
「あれだ」
斬り裂いた心臓の中からカンテラが姿を現す。
心臓の肉に埋もれて取り出すのには苦労しそうだった。
レイはカンテラを取り出す為に、それに手を触れた。
すると……
「――ッッッ!?」
『どうした、レイ!』
触れた手を伝うように、大量の人間の悲鳴がレイの頭の中に入り込んできた。
それは悲しみ、怒り、憎悪、苦痛……様々な表情の叫びだった。
「―――!!!」
どう考えても普通の人間には耐えられない量の情報が鉄砲水の如く入り込んでくる。
レイは声にならない叫びを上げて……意識を手放してしまった。




