Page21:うるせェェェ!!!
レイと別れたフレイア達がギルドの大食堂に来ると、そこでは多くの操獣者達が変身ボーツの対策について議論を交わしていた。
フレイアはそれも気になったが、今は手に持った地図の件が先だ。
先ずは此処から近い魔武具整備課に居るであろうモーガンの元に行こうとするフレイア達。だがその手間はかける必要が無かったようだ。大食堂の人混みの中に見慣れた巨体とスキンヘッドを発見した。
「見つけた! 親方ァァァ!!!」
自身を呼ぶ声に気づいたモーガンは、勢いよくフレイア達の元に駆け寄った。
「フレイア! レイはどうだった!?」
「大丈夫、もう地下牢から出た。それより親方これ見て」
フレイアはレイから託された地図を押し付ける様にモーガンに渡す。
突然渡された地図に若干困惑しつつも、モーガンは地図を広げて中身を確認する。
「…………これはセイラムの地図、と随分複雑な術式か」
「セイラムシティに展開されたボーツの変身と召喚を行う魔法陣ですよ、親方さん」
ジャックの発言に目を見開くモーガン。
それと同時に大食堂に居た操獣者達の視線が、一斉にフレイア達に集まった。
操獣者達は「なんだなんだ?」と関心を向けながら近づいてくる。
「赤いマークの箇所を破壊すればボーツは変身できなくなって、黒いマークを破壊すれば魔法陣は完全に機能を停止するらしいっス」
片耳はライラの声に傾けつつ、モーガンは地図に描かれた魔法陣の構築式を確認する。
見た目こそ筋肉達磨の彼だが仮にも魔武具整備課の長、魔法術式の整合性を確認するなど朝飯前である。
「……なるほど、確かにこの術式なら今までのボーツ発生も説明がつく」
魔武具整備課トップのお墨付きが聞こえて、大食堂の操獣者達は一気にどよめいた。
操獣者達は我先とモーガンが手に持った地図を確認するが、急にかつ一斉に近づくので、鬱陶しがったモーガンによって払われてしまった。
「ったく。俺はもう覚えたから、順番に回し見しろ!」
一先ず近くに居た操獣者に地図を渡して回覧させる。
だがここでモーガンはある疑問を浮かべた。
「そう言やぁ、あんな複雑な魔法陣どうやって街に展開したんだ?」
「永遠草っス」
「はぁッ!? 永遠草って、そんなもんでどうやって――」
「永遠草の根っ子ですよ。何年もかけてセイラムシティの地中に根っ子で魔法陣を描いていたんです」
モーガンだけではない、大食堂にいた者達は皆揃って口をあんぐりと開けた。
それだけ突飛すぎる発言だったのだ。無理もない、植物の根で魔法陣を描くなど普通思いつく物ではない。
操獣者達が中々呑み込めず困惑している中、モーガンだけは落ち着いてその言葉を受け入れていた。
「なるほど、土の中か……そりゃあ見つからねぇ筈だ」
僅かに自嘲する様にモーガンが呟く。モーガンの脳裏には今回の事件だけではなく、三年前の事件もこの魔法陣だったのではないかと言う疑念が生じていた。
だが今はそれどころでは無い。
地図にある術式を読解した時点で、モーガンはこの魔法陣が時限式である事に気づいていたのだ。
「フレイア、魔法陣の破壊だけどよ――」
「時限式。それももうすぐ発動するから時間が無い、でしょ?」
「流石にもう説明済みか」
「まぁね。とにかくアタシ達だけじゃ手が足りない、だからギルドの皆に協力して欲しいの」
実際問題、破壊すべきポイントは多すぎる。
フレイアは自分達では制限時間内に破壊しきれない事を理解していた。それ故に操獣者達が集まる大食堂に近い、魔武具整備課を訪れようとしたのである。
フレイアが協力を呼びかけると数名が賛同の声を上げた。だがまだまだ足りない。
フレイア達が持ってきた魔法陣の内容に未だ半信半疑の者が多いのだ。
それどころか、地図の中身を見ずして否定する者までいる始末。
「地中に魔法陣なんて、絵本の読み過ぎじゃないのか?」
「第一どうやって地中の根っ子を操作するのよ」
「街一つ覆う程の魔法陣を維持するなんて不可能だろ」
好き勝手に否定の言葉を並べる者達。その殆どの者は服に剣の金色刺繍をあしらった、チーム:グローリーソードの者達であった。
「そもそも、一体誰がその地図を作ったんだ?」
尤もな疑問である。
しかしジャックとライラは少々困ってしまった。ここで正直にレイが作ったと答えても良いのだが、そうすれば操獣者至上主義である彼らはもう話を聞く事はないだろう。そもそもレイ自身も名前を出される事を嫌がる筈だ。
どうしたものかとジャック達が悩んでいると、フレイアは一歩前に出て堂々と言い放った。
「レイだよ。その地図を作ったのはレイ・クロウリーだ」
躊躇うことなくレイの名を告げるフレイア。
こう言った場では意外な名前が出て来たので、一瞬だけ大食堂が静まり返る。
だが静寂の終わりに聞こえて来たのは、不快極まる嘲笑の声だった。
「キャハハハハハハハハハ、こりゃ傑作だ!」
「トラッシュが作った術式を信用しようとするなんて、そんなの罠に決まってるじゃないか!」
「お前ら、少しは状況を考えたらどうなんだッ!!!」
あまりにも嫌悪感を抱かざるを得ない嘲笑の嵐に、思わずジャックは怒りを爆発させてしまう。
だが彼らの態度が変わる事は無い。
「そもそも、本当にその魔法陣が使われているとして、その地図に書かれた破壊ポイントは正しいのかい?」
「なに?」
「薄汚いトラッシュが作ったんだろう? 我々を嵌める罠と考える方が妥当じゃないか」
「時限式の魔法陣だとか言うけど、あのトラッシュは今回の事件の容疑者でしょ? 信じる方が馬鹿だと思うんだけど」
「つーか、俺過去の記録読んだけどよぉ。ボーツ召喚の術式ってあのトラッシュが開発した術じゃないか」
「そんなゴミ屑の案に協力するなんて、死んでも御免ね」
好き放題にレイを批判する声が大食堂に響き渡る。
ジャック、ライラ、モーガン……レイに近しい者達は皆、沸々と怒りを募らせていった。
膨れ上がった怒りが爆発するのも秒読み段階。特にこれまでのレイをよく知るモーガンは一秒も持ちそうになかった。
だが、最初に怒りを爆発させたのはモーガンではなかった。
「そもそも、あのトラッシュが余計な術式を作らなければ――」
「うるせェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」
絶叫。
壁や空気をピリピリと揺らす程の叫び声が、大食堂に響き渡る。
皆が声の発生源に目をやると、そこには怒りに燃え上がったフレイアの姿があった。
「アンタ達に何が分るの。自分の父親が殺されて、街の人達からはトラッシュだのなんだのって蔑まれて誰も信じれなくなったのに! それでも独りでセイラムを守ろうとしたレイの気持ちが、砂粒程度でもアンタ達に分かるの!?」
誰も言葉を発する事が出来なかった。フレイアの全身から放たれる威圧感に圧倒されていたのだ。
「ト、トラッシュの事情なぞ、理解する必要は無い!」
一人の命知らずが身体を震わせて反論するも、フレイアは冷たい態度で応える。
「必要ない? 理解する事が怖くて逃げているだけでしょ」
「怖いだと? トラッシュ風情に、何を怖がる必要がある」
「自分がレイ以下の存在だって自覚する事」
淡々と言ってのけるフレイアに、グローリーソードの者達は怒りを覚える。
「わ、我々がトラッシュに劣るだとぉ!」
「事実でしょ。街で起きてる異変を解決する方法を考えずに、ただ否定する事しかできないバカ。実績はあるのにこれじゃあ意味無いでしょ」
「ハンッ、何とでも言え! 此処は結果が全ての街だ、我々グローリーソードこそヒーローに最も近い存在だという事を忘れるな!」
大言壮語でフレイアに食って掛かるグローリーソードの操獣者。
フレイアはそれに怒りを覚えるどころか、呆れの感情を抱いていた。
「……遠いでしょ、ヒーローから」
「なんだと!?」
「街が危ないってのに自分たちは碌に考えもせず、レイが考えた解決策は見る事なく却下して罵る。無意味に他人に縋って自分の手柄を作ろうとしてる。それじゃあヒーローどころかアンタ達が言ってるトラッシュ以下じゃない」
図星を突かれたせいか、グローリーソードの者達から威勢が消失していく。
「アタシはね、この街で一番ヒーローらしい心を持っているのはレイだとおもってる。アイツは自分が傷つく事より他人が傷つく事を嫌がって、それを防ぐために一所懸命だった。たとえその相手が自分をトラッシュだって見下していたアンタ達であってもね!」
これまでフレイア自身が見て来たレイの戦いを思い出し、改めて怒りを爆発させる。
フレイアはグローリーソードの者達を強く睨みつけて、威圧感を出す。
そのプレッシャーの強さに、グローリーソードの者達は黙って全身を震わせた。
「どれだけ傷ついても、親父さんの魂を継ごうと必死に足掻き続けてるアイツを笑う資格なんて、アンタ達には無いッ!」
息を荒げて喝を飛ばすフレイア。グローリーソードの者達は完全に怯んでいた。
上下に動くフレイアの肩に、モーガンがそっと手を乗せる。
「親方……」
「ありがとな、アイツの為に怒ってくれてよ」
そう言うとモーガンは力強い視線で周囲を見渡す。
次は自分の番だ、そう意気込んでモーガンは堂々と次の言葉を紡いだ。
「俺はレイを信じるぞ。アイツは街を泣かせる様な事をする奴じゃない……そうだろう、オメーら!!!」
「「「押忍、親方!!!」」」
モーガンの呼びかけに威勢良く賛同する魔武具整備課の者達。彼らもまた、レイと言う人間を正しく見て来た者達だ。
「ちっ! 狂人共が……」
目の前で賛同者が出た事に悪態をつくグローリーソードの者。
だがこれ以上は増えないだろう。そう高を括っていた彼らの予想は、すぐに打ち砕かれる事となった。
「オレもレイの事なら信じられるぜ」
「私も。クロウリー君はこういう嘘絶対嫌がるもん」
「レー君良い人やで! 色んな爆破魔法教えてくれるもん!」
一人、また一人と、レイを信じると賛同する者が声を上げていく。
それは水面に広がる波紋の様に、大食堂全体に広がって行った。
「ようやくアイツに魔武具の恩を返す時が来たか!」
「あの子他人は助ける癖に自分は勘定に入れようとしないものね。このチャンス逃す手はなくてよ」
「グローリーソードの奴なんかに任せられるか! この間アイツらが巡回サボったせいでエライことになったんだからな!」
「来た来たー! レイの奴に俺達のありがたみを教えるチャンスだー! 俺は喜んで協力するぜ!」
「これは……」
「レイ君には悪いけど……マジっスか!?」
倍に倍にの勢いで増える賛同者達。
そのあまりの勢いにジャックとライラは呆気に取られていた。自分達以外にもレイを慕う者達は居ると思っていたが、流石にここまでとは思っていなかったのだ。
だがフレイアは、この光景をどこか納得した様子で見届けていた。
「やっぱりね」
「姉御、やっぱりって?」
「ここ最近アタシはずっとレイの事見てた。確かにレイの事をトラッシュだって嫌う人もこの街には多い……けどさ、それと同じくらいレイの事が好きな人もセイラムには居るんだ」
嘘でも偽りでもない。目の前に広がる光景こそが、その証明に他ならない。
そしてフレイアは、以前スレイプニルが言っていた言葉を思い出した。
「目が悪い、か……確かにそうかも。こんなに慕ってくれる人が居るのに、それに気づけないんじゃあ目が悪すぎるかもね」
そして遂に、大食堂に集まった操獣者の過半数……いや、それ以上の者達がレイの作り上げた地図を信じると表明した。
そして面と向かってレイを批判していたグローリーソードの者達は、自分達以外がレイに賛同した事でバツが悪くなっていた。
「ふぉっふぉ、どうやら話は纏まったようじゃな」
突如大食堂に聞こえてくる老人の声。
その場にいる操獣者はすぐにその声の主が誰かを理解した。
「ギルド長!」
「中々凄みのある喝じゃったぞ、フレイア君」
フレイアに一言かけた後、ギルド長は近くに居た地図を持っていた操獣者から地図をもらい受けた。
「ふむふむ……こりゃあまた、眠くなりそうな壮大さじゃわい」
ギルド長は地図に書かれた術式とチェックポイントの意味を瞬時に把握する。
そしておもむろに地図の裏側を確認した。
「……まったく、レイも素直じゃないのぉ」
「ギルド長、裏に何かあったんすか?」
「これじゃよモーガン。デコイモーフィングの破壊術式じゃ」
そう言ってギルド長は地図の裏面をモーガンに見せる。
急いで書かれた術式を確認したモーガンは、それが正しい事を理解した。
「あの変身ボーツを倒すのに最も有効な術式じゃ。時間無いから急いで書いて、フレイア君達に伝え損ねたのじゃろう」
「レイ……そこまで考えてたんだ」
あの僅かな時間でここまで用意していたレイの用意周到さに、フレイアは只々関心するばかりであった。
「さぁ、時間も押しておる」
そう言うとギルド長は、手に持ったグリモリーダーを操作し魔法を発動した。
発動したのは浮遊魔法。ギルド長は大食堂に居る者たちが全て見渡せる位置まで飛び、そこで停止した。
「聞けェ、GODの操獣者諸君! 三年前の悲劇で我々は何を失い、何を学んだ? エドガー・クロウリーという英雄か? 他者を信じる心か? それともヒーローの魂か? 全てが正解じゃ……ならば、今我々がすべき事は何か! それは隣人を信じ、レイ・クロウリーという戦士を信じる事ではないのか!」
ギルド長の声が大食堂全体に、そしてGODの操獣者達の心身に響き渡る。
「我々は一度道を誤った。じゃがそれが同じ悲劇を繰り返す理由になろう筈が無い! ……そうじゃろう? フレイア君」
「うん、アイツが叫んだらアタシ達が必ず助ける。一人の目じゃダメでも、みんなの目が揃えば何だって助けられる筈だ!」
探し求めていた言葉を見つけた気がして、ギルド長は満足気に頷いた。
ならば後はこの檄を飛ばすだけだ。
「勇気有る者よ魔本を執れ! 誰かにヒーローを押し付ける時代は終わった! 此より先は我々自身が、己が意志でヒーローとなる時代じゃ!!!」
――オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!――
「行けェ、GODの操獣者達よ! その力で我らの街を守るのじゃ!」
ギルド長の号令で、操獣者達の士気がマグマの様に爆発する。
セイラムシティを守る為、レイの言葉を信じた為、彼らは魔本を執り立ち上がったのだ。
モーガンは目の前に広がるその光景を前に、ただ圧巻されていた。
「奇跡だ……」
「奇跡なんかじゃないよ、親方」
「フレイア……」
「魔法術式だよ。レイが自分の力で組んだスッゴイ魔法」
「魔法かぁ……上手い事言うじゃねーか」
「へへーん! アイツにもちゃんと教えなきゃだね!」
そうだ、魔法なのだ。
レイ・クロウリーという少年が、ヒーローという夢に向かって走り続けたその道中で組み立てられた光の魔法なのだ。
「さぁて、あんまり時間も残ってないみたいだし」
「フレイア、僕達も急ごう」
「レイ君の努力、無駄にはできないっスよー!」
「そうだね、それじゃあ…………チーム:レッドフレア、出動だ!」
「「応ッ!」」
――つんつん――
「アリスも忘れないで」
「おっと、ゴメンゴメン」
魔法陣の強制起動までに残された時間は僅か。
フレイア達は獣魂栞とグリモリーダーを手に取り、夜のセイラムシティへと急行した。
「「「クロス・モーフィング!!!」」」




