Page18:彼らは何故『助けて』と言ったのか?②
「…………エドガーはな、三年前の事件で……操獣者に殺された」
それを聞いた瞬間、フレイアは只々絶句する事しか出来なかった。すぐ近くで聞いていたジャックとライラも同じような状態だ。セイラムが誇るヒーローが殺されて死んだと言うのだ、無理もない反応だろう。
フレイアは思わず整備課に居た他の整備士達に目をやる。モーガンの声が聞こえていたのだろう、彼らの殆どは手を止めて悲痛な表情を浮かべるばかりであった。そしてフレイアは悟った、彼らはこの事実を知っていたのだろうと。
「殺されたって……それ、本当なんですか?」
「あぁ、エドガーの身体には槍の様な何かで貫かれた跡があった」
「で、でもボーツの腕にやられたって可能性もあるッス」
「…………目撃者がいるんだよ」
フレイア達の息が一瞬止まる。
モーガンのその言葉は、真意を汲むに容易いものであった。
「……レイ?」
「その通りだ。アイツはエドガーが殺される瞬間を目の前で見ちまったんだよ」
目の前で父親が殺され、助けを求めても誰かに応えられる事は無く……最早それだけで、レイが他者を拒絶する理由とするには十分な出来事だった。
「お父さん……それ、犯人はどうなったんスか?」
若干震えた声で、至極尤もな疑問をぶつけるライラ。
だが返って来た答えは、実に残酷なものであった。
「今も見つかってねー。顔もフードで隠していたらしい。当時の状況から考えて内部の犯行だとは思うんだけどな……」
「見つかってないって……何か痕跡とか無かったんですか!?」
「あったら今頃犯人をぶっ殺してるさ! エドガーが死んですぐに、俺やギルド長が現場を隈なく調べ上げた! だが凶器どころか足跡一つ碌に見つからなかった!」
当時の感情が蘇ったのか、モーガンは怒りに任せてワインボトルを壁に叩きつけた。
「はぁはぁ……結局俺はエドガーに何もしてやれなかった。アイツの敵を見つける事も、レイの心を救う事も、何一つ出来やしなかった……」
「親方……」
「…………半年間捜査を続けた。数えきれない程八区に足を運んだ。少しでも疑わしい奴は力尽くで問いただした! だが何も見つからなかった、証拠も何も……」
何度も現場を調べ上げた。思いつく限りの方法で犯人に繋がる物は無いか探し続けた。だが何一つ見つかること無く、モーガンはギルド上層部からその宣告を受けた。
「事件から半年が経った時だった、ギルド長から捜査の打ち切りを告げられた。当然俺は怒り狂ったさ、なんで諦めなきゃなんねーのかってよ。だがギルド上層部はこれ以上の捜査は無駄だと判断したんだ…………捜査期間が延びる様にギルド長も随分無茶してくれたみてーだからな、苦渋の決断だったのはすぐに解ったさ……だけどな――」
その時の事を思い出してしまったモーガンの顔が悲痛に歪む。
捜査の打ち切りもそうだが、何より苦痛だったのは――。
「この事実で一番苦しんだのは、他ならないレイだ……」
モーガンはその時の事を今でも鮮明に覚えている。
捜査の打ち切りが決定した事を伝える為に、モーガンはギルド長と二人でレイの事務所を訪れた。最初はギルド長が「憎まれ役は一人でよい」と言っていたが、モーガンはギルド長一人にその役を押し付ける事を良しとしなかった(今になって思えば自身の罪悪感からの解放の気もあったかもしれない)。
拳を握りしめ、肩を震わせながらギルド長はレイに捜査の打ち切りを伝えた。
そしてギルド長はその無念さからか、地に額を擦りつけてレイに謝罪をしたのだ(これは極めて異例の事態である)。
そして、レイは無言でその事実を聞き終えると、間髪入れずギルド長の胸倉を掴み取った。
突然の事にモーガンは思わずレイを止めようとしたが、ギルド長に止められてしまった。
『父さんがアンタ達に何かしたか!?』『父さんはアンタ達の為にずっと戦い続けて来ただろ!』
モーガンとギルド長は、レイの怒りの声をただ何も言わずに受け止める事しか出来なかった。
そしてレイが発したその言葉は、モーガンとギルド長の心に今なお深く刺さり続ける事となった。
『だったら……だったら何で、助けてって言ったんだよ!!!』
「何で『助けて』って言ったのか……その通りだな。俺達はあまりにも虫が良すぎたんだ。エドガーをヒーローだと祭り上げて、自分だけ助けて貰った挙句、エドガーが助けを求めた時にそれを無視した……なら俺達は圧倒的な悪そのものだな」
全てを話し終えたモーガンは、思わず自身を嘲笑う。
「これだけの目に会ってるのに、レイはセイラムを守ろうとしてるんだ……」
「そうだな。操獣者になれなくとも、せめて魂だけでも継ぎたいんだろうよ」
父親を見殺しにされ、街の人間からはトラッシュと蔑まされ、それでもなおヒーローと呼ばれた父親の魂を受け継ごうとするレイの精神にフレイアは純然たる敬意を抱いた。
だが一方で、レイに対してはなにかモヤモヤした気持ちが残っているフレイアでもあった。
「ん~~……まぁいっか!」
心に残った正体不明のモヤモヤは仕舞い込み、フレイアは席を立ちそのまま扉に向かって歩き出した。
「あ、姉御! どこに行くんスか!?」
「決まってんでしょ、レイの所」
「今行っても追い返されるのが落ちだと思うけどね」
「『自分の評価をもっと気にしろー!』とか言うでしょうね…………上等よ、スカウトのプロが相手してやるわ!」
覚悟を決めた様子で熱く語るフレイアを見て、ジャックとライラは『ゴリ押しのプロの間違いでは』と心の中でぼやいた。
そんなフレイアの様子を見て、モーガンは純粋に抱いた一つの疑問をぶつけた。
「なぁフレイア。俺が聞くのも変かもしんねーけどよ……なんでそこまでレイを気にしてやれるんだ?」
「ん~……レイってさ、なんか放っておけない弟って感じがするんだよね~」
少し意外な理由を聞いてモーガンは少々呆気にとられるが、そんな事は露知らずフレイアは言葉を進める。
「それにさ……自分の評価気にするよりも、独りの人間に手を差し伸ばす方がアタシには大事な事だから」
「フレイア……」
迷いの無い様子でそう言ってのけるフレイアに、モーガンはかつて友の姿から見えた光の魂を感じ取った。
「ま、フレイアらしいと言えば、らしい答えだね」
「そっスね。それにそう言う風に言ってくれるからこそ、ボク達も姉御について来たんス」
そう言ってジャックとライラもフレイアの後に続き始める。
フレイアが彼らを仲間にするのも決して平坦な道のりではなかった。だがフレイアに賛同した者達は皆、彼女が見せた他者を光に導こうとするその心に魅かれて来たのだ。
夢を託す。夢を共に叶える。そういう心で繋がった者達こそがチーム:レッドフレアなのだ。
モーガンはフレイア達を見て、彼女達ならレイを変えてくれるかもしれないと心より希望を宿した。
「とりあえず、レイの事務所に行ってみるか!」
「そっスね、お菓子の一つでも持ってけばチョットは話を聞いてくれるかもっス」
「多分、引き篭もってる間はアリスちゃんのサンドイッチしか食べてないだろうね」
「差し入れ買いに行くぞ! 早急に!」
さっきまでの明るい雰囲気から一転、フレイアは切羽詰まった声でレイに差し入れを買おうと提案した。以前食べたサンドイッチの味が舌の上に再現され、思わずフレイアは顔をしかめてしまう。
そんな彼らの何気ないやり取りを見て、モーガンは少し心が軽くなるのを感じた。
だが、そんな彼ら事など御構い無しに凶報は突然届いた。
フレイア達が何を差し入れするか考えていると、モーガンのグリモリーダーから通信機能の着信音が鳴り響いた。
もしかするとレイかもしれない。そう淡い希望を持ちながら、モーガンは十字架を操作して通信に出た。
「もしもーし、レイ…………ってアリスの方か。レイの奴はどうして…………ん? どうした落ち着け、なんかあったのか?」
少し距離が離れていたのでフレイア達にはアリスの声は聞こえなかったが、モーガンの様子から只事では無い事だけは理解できた。
「あぁ……それで? …………ッッッ!? おい、そりゃどう言う事だ!!! 特捜部が!? アリス、お前今どこに居んだ!? ……分かった、すぐにそっちに向かう」
そう言うとモーガンは、顔面蒼白になりながらグリモリーダーの通信を切った。
「クソッ! 特捜部の奴ら何考えてやがんだッ!!!」
「親方、何があったの?」
焦りと震えを含みながら声を荒げるモーガンを見て、フレイアは何か良くない事が起きたと感じ取っていた。
そしてフレイアの問いに、モーガンが答える。
その答えはこの場に居る者達にとって、あまりにも無情なものであった。
「レイが……特捜部に捕まった」