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白銀のヒーローソウル【WEB版】  作者: 鴨山 兄助
第一章:輝く光の魂
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Page13:護る価値

 レイが立ち去った後、フレイア達は焚火の始末をして帰路についていた(アリスはレイが心配だと言って先に帰った)。


 星空が広がる夜のセイラムに、フレイアのため息が響き渡る。


「はぁ〜〜〜」

「姉御ー、元気出すっス」


 ライラに背中を擦られて慰められるフレイア。連日のスカウトが失敗続きに加えて、先程レイに拒絶された事で流石に心にきたのか、フレイアは深く項垂れていた。


「流石のフレイアも、今回はお手上げかな?」

「だから言ったんスよ~。レイ君は難しいって」


 「想像していた通り」といった風な反応を見せるジャックとライラ。レイがこのように他者を拒絶する場面を二人は何度も見て来た。故に現在の状況に対して何ら疑問を抱くこと無く、ストンと腑に落ちていた。

 しかしフレイアの中では何か引っかかる物が多数発生しており、項垂れながらも頭の中では疑問が出てくるばかりであった。


「……なんか、分からない事だらけだな」

「ん。強化ボーツの事かい?」

「それもだけど、レイの事」


 姿勢を正して、フレイアは自身の中に生まれた疑問を述べていく。


「今日の話を聞いて、アイツは本当にスゴイ奴なんだって改めて思ったの。だからこそ……なんでレイをバカにする奴が多いのか、それが分かんない」

「それは……」


 フレイアの疑問に言葉を詰まらせるジャック。ライラも同じく、言葉が出せなかった。

 解っているのだ、レイに向けられている悪意かんじょうが何かを。だがそれを上手く言い表す術を二人は持ち合わせていなかった。


 気持ちの良くない静寂が僅かに流れる。だがその静寂は、突如響き渡った声によって破られた。


「それの正体は、お前達人間が『逃避』や『嫉妬』と呼ぶものだ」


 突然割り入って来た声に驚くフレイア達。反射的に周囲を見回すが、真夜中なので人影一つ見つからない。


「上だよ……フレイア嬢」


 声の主に従うままにフレイア達が上を向くと、そこには魔力で作り出した足場に乗り、こちらを見下ろすスレイプニルがいた。


「スレイプニル」


 フレイアが名を呼ぶと、スレイプニルは空中の足場から跳躍し、フレイア達の前に降り立った。

 平然としているフレイアとは裏腹に、ジャックとライラは目の前の出来事にただ呆然とするばかりだった。


「戦騎王……スレイプニル!?」

「な、何で王獣がいるんスか!?」

「大した理由では無い。レイにここまで粘り強く接触してきた者は初めてでな……柄でも無く興味が湧いたのだよ」


 すれ違った知り合いと世間話をする様に、あっさり答えるスレイプニル。その王獣らしからぬ言葉を聞いてジャックとライラは更に啞然とした。

 二人がスレイプニルを前に緊張している一方で、フレイアは臆することなくスレイプニルに語り掛けた。


「ねぇスレイプニル。逃避とか嫉妬って何?」

「言葉の通りだ。この街の民は己がレイという劣等種にも劣っているという事実を受け入れようとはしないのだよ」

「劣等種って……そんなこと無い、レイはスゴいよ! 優等生だよ!」

「……知っているさ」

「だったら――」

「誰もがその事実を知っている。だからこそセイラムの民達はその事実から逃げ、御門違いな妬みを孕むのだよ」


 スレイプニルの返答に言葉を失うフレイア。

 事実を認識した上で、レイを妬み悪意を向ける。フレイアにとって、その感覚は理解し難いものだったのだ。


「古来より人間とはそういうモノだ。己が下級と認めた存在に出し抜かれる事を良しとしない。たとえそれが、己が胡坐をかいた隙に出し抜かれたものだとしてもな……」

「……」

「己の非を認める勇気を持つ者は常に僅かだ。多くの有象無象は己が非を認めず、自分は卑劣な罠に掛ったのだと叫んで、その末に内に醜い妬みを孕み、悪意と成すのだ」


 スレイプニルは達観しきった様な眼を浮かべて、淡々と語っていく。

 フレイア達はただ黙って、それを聞くのだった。


「まして。この操獣者の街に於いて魔核を持たぬ小僧に何か一つでも劣るとあっては、歪んだ思想の持ち主は死の方がマシだと恥じる者も少なくないだろう。そのような悪意と狂気を持ち合わせた輩どもが、レイ・クロウリーの敵なのだ」

「優秀だから……嫌われる……」

「そうだ。この街の民が年月をかけて育てた闇だ。その闇を前に、変われる人間などおらんのだよ……」


 諦めを含んだ声で漏らすスレイプニル。長くセイラムを見守って来たからこそ、ヒーローの契約魔獣として様々な人間を見て来たからこそ、人の闇の根深さを思い知っているのだ。

 故に「変わらない」と断言する。「逃避」も「嫉妬」も変わらず人間の内に在り続ける。その感情が己に忘れえぬ黒星をつけた事実を、スレイプニルは酷く痛感していたのだ。


「……変われるよ」

「なに?」

「確かに心の弱い人間は多いと思う……けど、人も街も変われる。ただほんの少し勇気が足りないだけ」


 澄んだ瞳でスレイプニルを見据えて、フレイアは言葉を紡ぐ。

 フレイアが自分の言葉に、一切の迷いや曇りを含んでいない事を察したスレイプニルは、己の中で彼女に対する関心が微かに高まっていくのを感じた。


「人は弱い。その勇気はお前が想定している以上に困難な物だぞ」

「そうだね、人は強くない……けど、どれだけ闇が深くてもどこかで終わりが来る。夜の向こうには絶対に朝日があるんだよ」

「……ほう。つまりお前は大多数の人間は、自ら光に向かえる強さを持っていると言うのか?」

「アハハ、流石にそれは無理だよ」


 あっけらかんとして笑うフレイア。


「だけど……光を見失っているヤツがいたら、迷わずソイツに手を差し出す。それが出来るヤツを()()()()って言うんじゃないの?」

「……」

「少なくともレイは変わろうとしている。アンタに認められて、操獣者として親父さんの意志を継ごうと必死で足掻いてる」

「知っているさ……長く見守って来たからな」


 過去に思い馳せるように答えるスレイプニル。

 フレイアは自身が抱いていた大きな疑問の一つを、スレイプニルにぶつける事にした。


「ねぇ。なんでレイと契約しないの? 疑似魔核ってのを使えばできるんだよね?」

「そうだな」

「だったら――」

「彼は少し、眼が悪すぎるのだ」


 スレイプニルの言葉の意図を理解しかねたフレイアは、頭に疑問符を浮かべる。


「……メガネ必要なの?」

「絶対違うっス」

「もっと比喩的な話だと思うよ」


 恍けた回答をするフレイアに、二人は思わず突っ込んでしまう。

 三人のやり取りを見て、スレイプニルは小さく笑みを零す。


「レイは少し、我が強すぎるのだよ。結果的にそれが周囲の助けになっていたとしても、己の身が滅びていく事に気づいていないのだよ」


 スレイプニルの言葉を聞いて、これまでのレイの戦い方を思い出すフレイア達。確かにレイは自分の身を顧みない戦いをする男だ。そのスタンスを貫くのは、責められる事と言えるだろう。


「己が身を顧みず、父親を模倣し続けた結果が今のレイ・クロウリーだ」

「ヒーローの模倣?」

「あぁ。レイの父にして我が盟友、エドガー・クロウリーもそう言う男であった……フレイア嬢には以前話ただろう?」


 スレイプニルの言う通り、フレイアは以前初めて屋上で出会った時にレイの父親……エドガー・クロウリーの話を幾ばくか聞いている。

 フレイアの脳裏に、その時の記憶が鮮明に蘇って来た。


「『目に見える範囲が、手を伸ばせる範囲で救える範囲』……ヒーローがよく言ってた言葉だって……」

「そうだ。エドガーとその息子であるレイも、強欲が過ぎるのだ。己が目に映る弱者を一切零さず救おうとする。その思想が民衆に妄信を抱かせ己の破滅に繋がると理解してなお、信念を崩そうとはしなかった」


 若干の怒気と自責を含んだ声でスレイプニルは語る。


「その結果があの様だ……エドガー・クロウリーの敗北など存在しないと過信した人間は、エドガーが放った救難信号弾を信じることは無かった」


 そこまで聞いたフレイアは、以前レイが言った言葉を思い出した。


「『妄信』、『見殺しにした』って……そういう事だったんだ」

「ふむ。既にレイから聞いていたか」

「うん……なんか色々と納得いった。レイが『この街で一番、ギルドを恨んでる奴』って呼ばれた理由とかね」


 フレイアの中でパズルのピースが繋がっていく。なるほど、父親を見殺しにされたのだ恨みの一つでも抱くのは自然な事だろう。

 だが同時に、フレイアは改めてレイという人間の優しさを再認識するのだった。


「それでもアイツはこの街を守ろうとしてる。恨みとか色々持ってるかもしれないけど……街と人を守って、夢に向かって足掻き続けるアイツの心はすごくヒーローらしいと思うよ」

「……そうだな、その通りだ……だが一手足りない」

「一手?」

「そうだ。その最後の一手を己の心に宿すのであれば、我はレイと契約するのも吝かではないのだよ……最も――」


 スレイプニルは見定めるように、ジッとフレイア達を見つめる。


「――意外と、その日は遠くないのかもしれんな」


 静かに、何かを確信したように呟くスレイプニル。

 次に会う時は、この若者達と共に剣を執っているかもしれない。そう考えるとスレイプニルは、少しばかり未来が楽しみに感じた。


 未来を想像して微笑むスレイプニルをよそに、フレイアは腕を大きく上げて質問を投げようとしていた。


「ねぇスレイプニル。ちょっと質問いいかな?」

「なんだ?」

「スレイプニルは、ずっとセイラムを見守って来たんだよね? だったら、街に出てる強化ボーツの事とか、ボーツを召喚してる犯人の事とか何か知らない?」

「ほう……そこまで辿り着いているのか」


 スレイプニルの返事を聞いて「レイは間違ってなかった」とフレイア達は確信を得た。


「…………期待している所悪いが、お前達に有益な情報は持ち合わせていない」

「ありゃ、ダメっスか」

「でも、人為的に召喚されている事は確かなんですよね?」


 ジャックの言葉に頷き、肯定するスレイプニル。

 それが分かっただけでも、彼らにとっては大きな進歩だった。


「という事は、犯人捜しの時間っスね!」

「その前に糸口を見つけなきゃ」

「そういう捜査はボクに任せるっス!」


 方針が定まったので今後の計画を考えるジャックとライラ。

 二人の会話に加わらず、フレイアはスレイプニルに語り掛けていた。


「ねぇ。スレイプニルは助けてくれないの?」

「……我がか?」

「うん。セイラムが狙われてるけど、ヒーローのパートナーは助けてくれないのかなって」


 一瞬の静けさが場を支配する。

 悪意はない、ただ純粋なフレイアの疑問だった。だがその言葉が、スレイプニルの心に小さな痛みを与えたのだ。


「……迷っているのだ」

「迷い?」

「この地は、本当に我が護るべきものなのか、な」


 空を仰ぎ、そう答えるスレイプニル。

 星々が瞬くセイラムの夜空が眼に映るが、心が晴れる訳ではない。


 視線を下ろし、スレイプニルは再びフレイアを見据える。


「フレイア嬢よ、一つ問いを出してもよいか?」

「ん? いいけど」

「ではフレイア嬢よ――」


 それは、何かを試すような問いかけであった。

 それは、何かを渇望するような問いかけであった。


「悪が無辜を殺す様に、民が自ら祭り上げた英雄を殺すのであれば……お前たち人間に護る価値などあるのか?」


 ただの問いかけ。だが溢れんばかりの王の威が、周囲に重い空気を作り出す。

 ジャックとライラは、強い緊張に言葉を失った。これは人間を見定める為の問いだと、本能的に感じ取ったのだ。

 回答を間違えれば取り返しがつかなくなる。そう思った二人は、ただただ焦るばかりだった。


 だがフレイアは臆する事なく、堂々とスレイプニルの前に立つ。

 無限にも錯覚する沈黙が夜のセイラムを包み込む。


「どうだ、フレイア・ローリングよ」


 永い一瞬が終わる。

 フレイアは口を開き、スレイプニルの問いかけに答えた。


「わかんね」


 あっけらかんと回答するフレイア。

 あまりにもあんまりな回答を聞いて顔面蒼白になるジャックとライラ。

 そしてスレイプニルは予想外な答えに、少々面食らっていた。


「ちょ、フレイア!」

「姉御ォ! もうちょっと何か無かったんスかァァァ!」

「だって実際分かんないんだもん~」


 子供の様に唇を突き出して答えるフレイアに、ジャックとライラは酷く頭を抱えた。

 そんな二人を余所に、スレイプニルはフレイアに回答の真意を訪ねた。


「……分からないとは、どういう事だ?」

「言葉の通りだよ。護る価値がどうとか、そういう難しい事はアタシにはよく分かんない――」


 スレイプニルの眼を見つめ、「だけどさ」とフレイアは続ける。


「守れる命から目を背けたら後味が悪いでしょ。だからアタシには価値とかそう言うのは分からないし、多分これからも分かろうとしない」


 噓偽りの無いまことの言葉。純粋に己の心に従った答えに、スレイプニルは心が満たされていくのを感じた。


「フフ……フハハハハハハハハハハ!」


 柄でも無く笑い声を上げるスレイプニル。

 だがそれは決して嘲笑の声では無く、満たされた者の笑い声だった。


「そうか……だから『分からない』か……良い、実に良い答えだ」


 スレイプニルはフレイア達を愛おしそうに見つめる。それはまるで、長年求めていた存在に出会えたかのような眼であった。


「お前の様な者がもう少し多ければ、過去も変わったのだろうな」


 どこか悔いの混じった言葉を零すと、スレイプニルはフレイア達に背を向けた。


「スレイプニル!」

「一つ忠告しておこう……よからぬモノが湧き出ようとしている。明日は特別気をつけるのだな」


 スレイプニルはそう言い残すと、空中に魔力の足場を連続形成してその場を去って行った。

 後に残された三人は呆然と、スレイプニルの背を見続けていた。


「行っちゃったっスね」

「なんか……嵐の様な時間だったね」


 王獣との邂逅という、希少すぎる経験が未だ現実だと実感できないジャックとライラ。

 一方のフレイアは、スレイプニルが最後に残した言葉が気になっていた。


「明日……よくないモノ……?」


 様々な思いが入り混じりながら、セイラムの夜は更けていくのだった。


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