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白銀のヒーローソウル【WEB版】  作者: 鴨山 兄助
第一章:輝く光の魂
13/127

Page12:信じる!

――誰かに蔑まれるのも、自分が傷つく事ももう慣れた。――

――誰にも信じて貰えなくても……ヒーローらしい事が出来るなら、それで満足だった。――


 街中で突然起きたボーツの大発生。セイラムの住民たちの間ではチーム:グローリーソードのリーダー、キース・ド・アナスンの活躍によってその事態は収束したと伝えられていた。

 だがこれは始まりに過ぎなかった。


 第六地区でのボーツ大発生から五日が経過した。

 あの日以来、セイラムシティでは連日同規模のボーツ発生が頻発。幸いにして何者かがボーツの発生予測を作ってくれているおかげで、今のところは対処しきれているが……発生した被害も小さいとは言い切れず、ギルド操獣者達の悩みの種と化していた。


 今宵も街中で湧き出たボーツに対処する為、操獣者達が四苦八苦しているなか、レイは一人セイラムの外れにある丘でジッと待ち続けていた。

 様々な印を書き込んだ地図を片手に、レイは周囲を見渡す。


「……来たか」


 手に持った地図を仕舞い、変身の構えを取るレイ。視線の先にはゴポゴポと音を立てて湧き出る鈍色のインクが見えていた。


「「「ボッツ、ボッツ!!!」」」

「デコイ・モーフィング!」


 偽魔装に身を包み、コンパスブラスター(剣撃形態)を握りしめてボーツ達に挑むレイ。

 数は4体、街から離れた位置ならそれ程強くはないはずだ。レイは恐れる事無くコンパスブラスターを振るう。

 しかし……


「どらァ!!!」

「ボッ♪」


 人気のない丘にガキンッ、と音が鳴り響く。レイが振り下ろしたコンパスブラスターを、ボーツはその腕で容易く受け止めていた。

 レイは慌ててそのボーツから距離を取る。


「な、効いてない!?」


 レイは目の前のボーツを注視する。斬りつけた筈の腕には傷一つ付いていなかった。

 腕を軽く振り、ボーツは余裕の笑みで攻撃を開始する。


「だったら!」


 レイはコンパスブラスターに栞を挿し込み、内部に閉じ込められたデコイインクを攻撃魔力に変換して刀身纏わせた。


「これでどうだァァァ!」


 魔力を多分に含んだ斬撃をボーツの腹部に叩きつける。

 高威力の一撃を受けたボーツは後方に吹き飛ばされ、腹部は皮一枚繋がった状態で二つに切り離された。


「この威力でやっとかよ」


 空になった栞を抜き捨ててぼやくレイ。今の一撃で栞を一本消費してしまった。

 必殺技相当の威力でようやく一体倒したのは良いが、まだボーツは3体残っている。


「(……こいつら、普通のボーツじゃない)」


 構えを維持しつつ、冷静にボーツを観察するレイ。

 よく見れば目の前のボーツ達は、これまでのボーツと異なり所々鎧の様な部位がある。だが全ての個体が同じ部位に鎧を持っている訳ではない。鎧化していない箇所は通常のボーツと何ら変わらぬように見えた。


「だったら柔らかい所を狙い撃つ!」


 レイはすぐさまコンパスブラスターを銃撃形態に変形させた。

 新たな栞を挿入して引き金を引く。放たれた魔弾は的確にボーツの鎧を避けて身体を貫いていくが、その悉くが急所には至らなかった。


 僅かに怯んだボーツ達だが、それも一瞬。

 傷を再生したボーツが苛立った声を上げて、レイに襲いかかった。


「ボーツ! ボォォォォォォォォォツ!」

「クソッ! 形態変化モードチェンジ、インクチャージ!!!」


 若干賭けではあったが、レイは剣撃形態にしたコンパスブラスターに栞を挿入し、瞬時に術式を構築した。

 魔力刃生成、破壊力強化、攻撃エネルギー侵食特性付与、出力強制上昇……。


「銀……」


 最後の術式を組み込み、魔法名を宣言しようとするが、その名前が喉に引っかかって出ない。躊躇ってしまう。

 レイは歯を噛み締め、最後の工程を省いた形で術を放つ。


「偽典一閃!!!」


 巨大な魔刃がボーツ達の身体にめり込み、吹き飛ぶ。だが致命傷には至らない。

 それどころか、技の反動でレイの身体に激痛が走った。


「ッッッ!!!」


 崩れ落ちるレイ。先日の戦闘でのダメージがまだ完治していないのだ。


「こんなッ……時に……!」


 一方のボーツ達はすぐさま再生を終えて、再びレイに狙いを定める。


「ボ~ツ♪ ボ~ツ♪」


 腕を鋭利な剣に変えたボーツは喜々としてレイに襲い掛かったその時だった。

 突如現れた鎖が、ボーツ達の身体を拘束した。


「グレイプニール! これで動けない、二人とも!」

「了解っス!」

「任せろォ!」

「……お前ら……なんで」


 レイが振り向くと、そこには変身したフレイア達がいた。

 ボーツを拘束した鎖はジャックの魔法だ。フレイアとライラはすぐさまボーツに攻撃を開始する。


「ブレイズ・ファング!!!」

「ボルト・パイル!」


 フレイアの籠手が牙を向き、大量の火炎と共にボーツの頭を噛み砕く。

 時同じくして、ライラは固有魔法で生成した雷をボーツの身体に勢いよく埋め込む。強力な雷撃を受けてボーツが海老反りになったと思った直後、内側から肥大化した雷によってボーツの身体は風船の様に弾け飛んだ。


「「ボッ!?」」


 短い断末魔を上げて絶命するボーツ二体。


「やっぱ出力高めで殴らないとダメか~」

「姉御ぉ~、こいつら固すぎるっスよ~!」


 通常よりも出力高めでようやく倒せた事を愚痴る二人。

 しかしその向こうで残った一体のボーツが、ジャックの鎖を引きちぎり攻撃を仕掛けて来た。


「ッ!? フレイア、ライラ!」

「ボォォォォォォォォォッツ!!!」


 拘束から逃れたボーツは、腕を槍状に変化させてフレイア達に向け、勢いよく伸ばす。

 急いで回避行動に移ろうとする二人だったが……それを実行するよりも早く、一本のナイフがボーツの腕に突き刺さった。


「エンチャント・ナイトメア【停滞】」


 ナイフが刺さったボーツの腕は、時が止まった様に動かなくなった。

 その場に居た者達は皆、ナイフが投げられた方向に視線を向ける。

 そこに居たのはミントグリーンの魔装に身を包んだ一人の操獣者。


「アリス!」

「サポート。動けない幻覚……植え付けた」

「サンキュー、アリス!」


 アリスの幻覚魔法によって動きを止められたボーツ。

 フレイアはアリスに礼を言うと籠手に炎を纏わせ、ボーツに向かって走って行った。


「ブレイズ・ファング!!!」


 高出力の炎の牙がボーツに向けて振り下ろされる。

 牙はボーツの身体を貫き、砕き、その高熱で内部を焼き尽くしていく。

 あまりにも勢いよく振り下ろしたものだから、ボーツの身体を粉々にすると同時に、勢い余ってフレイアの拳は地面に墜落。まだまだ籠手に残っていた破壊エネルギーが放出されて、地面に大きなクレーターを創り出してしまった。


「アイツはまた、バ火力を……」


 レイがそう零そうとした瞬間、レイの視線はフレイアが作り出したクレーターに釘付けとなった。フレイアが放った炎が周りに残っており、チロチロとクレーター内部を照らし出している。

 抉れた地面から見えたのはキラキラと光る植物の根の断面。そして、その断面から漏れ出ているどす黒い液体であった。


「(あれは……)」

「レイ、大丈夫か?」


 レイがクレーターを見据えて物思いに耽っていると、背後からジャックが声をかけて来た。


「ジャック……てかお前ら何でココが分かったんだよ」


 レイが疑問に思うのも無理はない。現在レイ達が居る場所はこんな夜中に人が立ち寄るような場所ではない。

 加えて、この場所はボーツの発生予報が出ていない地区でもある。誰かに居場所を告げずに来たレイの元に、フレイア達が来るのは不自然なのだ。


「あぁ……それなら」

「アリスがバラした。またレイが無茶してると思ったの」

「余計な事を……」

「ちなみに場所は事務所にあった地図で分かった。レイ机に置きっぱなしだった」

「……」


 失策だった。

 思わず頭を抱えてしまったレイにフレイアが近づく。


「まぁまぁいいじゃん。みんな無事で済んだんだからさ」

「良くない。ってか関わるなって言っただろ」

「言われたね~」


 「だったら加勢なんてするな」とレイがフレイアに言おうとするが……

――グゥゥゥゥゥ――

 静かな丘の上で、レイの腹の虫が大きく鳴り響いた。


「……怒るより先に、ご飯にしたら?」


 変身を解除してそう言うフレイア。他の者達も続いて変身を解除させていく。

 それを見てレイも、渋々と言った様子で変身を解いた。

 偽魔装が消え、赤く腫れあがったレイの顔が露出する。


「ちょっレイ君!? どうしたんスかそれ、未知の魔法攻撃!?」

「まさか、あの強化ボーツにやられたのか!?」


 レイの顔を見て心配の声をかけるライラとフレイア。レイは遠い目をしてこう答えた。


「覚えとけ。残像が出るスピードでビンタされたら……めっちゃ痛いんだぞ」

「……アリスちゃん?」

「懲りずに怪我するレイの自業自得」


 額に汗を浮かべてアリスを見るジャック。

 先日のボーツとの戦闘後、負傷したまま街を歩いていたレイはアリスに見つかり、お説教の後もの凄い勢いで往復ビンタを喰らったのだった。

 その時の腫れが未だに引いていないレイであった。








 丘から少し離れた場所で焚火を囲む面々。

 こういう事態を想定していたのか、アリスがバスケットにサンドイッチ(鰊サンド)を入れて持って来てくれたのだ。

 朝から何も食べていなかったレイは、遅めの夕食となった。


「……ありがと」

「ご飯はちゃんと食べてね…………フレイアも食べる?」

「え、良いの?」


 子供の様に目を輝かせて、涎を垂らすフレイア。完全に食欲の化身である。

 フレイアは喜々としてバスケットからサンドイッチを一つ掴み取る。


「ライラ達も、どう?」

「ぼ、僕は遠慮しとくよ」

「ここに来る前にご飯いっぱい食べて来たっス」

「あれ、食べないの?……まぁいいや、いただきまーす!」


 額に汗を浮かべて拒むジャックとライラに疑問を持ちつつも、サンドイッチを頬張るフレイア。

 パクリ。

 サンドイッチを食べた瞬間、フレイアの顔は急速に青ざめていった。


「……!? ……!!!???」


 フレイアの口の中で苦みと酸味と臭みが、ジャリジャリという不快な食感と共に舌に襲い掛かる。

 不味いのだ。だが決して呑み込めない程では無い……が、やはり不味いのだ。


「じゃっく……らいら……」


 涙目で助けを求めるフレイアに、ライラは静かに耳打ちする。


「ちゃんと責任持って完食するっスよ」

「ふぇ!?」

「アリスちゃん……何故かサンドイッチ作らせると、昔からこうなんだよね」

「うぅ~、出された物は完食……しかし、これは……」


 フレイアが四苦八苦しながらサンドイッチを食べている間、レイは無言無表情(諦めの表情とも)でサンドイッチを完食していた。

 そんなレイの姿が、フレイア達の眼には慣れという哀しみを背負った戦士のように映った。



 それはともかく。


 食事を終えたレイに、フレイアから話を切り出した。


「レイ・()()()()()……アンタのお父さん、ヒーローだったんだな」

「正確には養父だけどな…………なんだ、ヒーローの息子って肩書にでも惚れ込んだか?」

「違う違う、アタシが惚れ込んでスカウトしてるのはヒーローじゃなくてレイ」

「どうだか」


 焚火に枝を焼べながらレイは吐き捨てる。


「最高の名声、至上の肩書……この街の住民にとってヒーローなんてそんなもんだ。当然ヒーローの息子って肩書はチームにとっても良い箔になる。今まで俺をスカウトしに来た奴らも、そんな有象無象ばかりだった」


 良くも悪くもレイの存在セイラムでは有名だ。当然その技術や肩書欲しさに、欲を出して近寄ろうとした者も少なくはない。

 まぁ大抵はトラッシュである事を知った瞬間に去って行くのだが。


 レイはフレイアの眼に視線をやって、話を続ける。


「お前はどうなんだ? 肩書に目が眩んで、俺がトラッシュである事を忘れた馬鹿なのか?」

「馬鹿って言うな! それから、肩書だとかトラッシュだとかアタシにとっては心底どうでもいい!」


 どうでもいい。それを聞いたレイは呆気にとられてしまう。

 フレイアが発した答えが、レイにとって想定外が過ぎるものだったのだ。


「アタシが欲しいのは肩書だとか名声だとかそう言うのじゃ無い。ヒーローになるって夢を一緒に叶えてくれる仲間なの!」


 胸を張って答えるフレイアだが、レイの心にはいま一つ響いては来なかった。


「レイはヒーローになりたいって、思ったことはないの?」

「……あるさ、数え切れない程な……」


 ギリッと歯を食いしばり、眉間にしわを寄せるレイ。


「父さんは一番強かった、父さんは一番優しかった、世界の危機だって救った事のある父さんを一番尊敬しているって自負しているさ!」

「だったら……」

「俺はお前らと違ってスタートラインにも立てないんだよ!!!」


 レイは感情を爆発させ、肩を震わせる。


「夢が遠すぎるんだよ。召喚魔法が使えなきゃヒーローって夢の方が俺から離れちまうんだ…………だから、多少無茶をしてでも近づこうとするしか無いんだよ。スレイプニルに認められる為にも……」


 突然スレイプニルの名前が出て来た事に首をかしげるフレイアとライラだったが、ジャックは数秒考えた後にレイの言葉の真意に気が付いた。


「そうか、疑似魔核か」

「ぎじまかく?」

「なんスかそれ?」

「僕も昔本で読んだだけだからうろ覚えだけど……確か、王獣クラスの魔獣になると人間の霊体に新たな魔核を創り出す事ができるって」

「……てことはレイ君、戦騎王と契約するつもりなんすか!?」

「……それしか道が無いってだけだ。望みは限りなく薄い……だったらせめて、少しでも父さんの背中を追えるように動くしかないんだよ……」


 俯き気味に答えるレイ。

 ジャックの言う通り、スレイプニルに疑似魔核を移植して貰えばレイも操獣者としての契約を行う事ができる。だがその為には当のスレイプニルに認めて貰わねばならない。

――先代を超えるヒーローとは何か?――

 スレイプニルが条件としてレイに出した問い。レイの中で未だ答えが出ない問いかけだ。

 だからと言って夢に向かって停滞している事を良しとしなかったレイは、せめて自分に出来ることをしようと戦い続けているのだ。


「ふ~ん、じゃあ何時もボーツと戦っているのも夢に近づくため?」


 フレイアの言葉に、レイは俯いていた顔を上げる。


「レイってさ、何時もボーツが出てくる場所にいるよね。何で分かるの?」

「ただの予測だ……的中率そこそこのな」

「予測?」

「これのこと」

「!?」


 そう言うとアリスは一枚の地図を取り出した。アリスが広げた地図をフレイア達が後ろから覗き込む。


「これ……セイラムの地図?」

「と~、魔法陣っスね」


 地図の各所にはフレイア達に馴染み深い地名が書き込まれている。

 だが普通の地図と少し異なるのは、地図上には幾つもの赤い印や膨大な魔法文字が書き込まれており、その外周を大きな円で囲っている事である。


「あ、コラ! 返せアリス!」


 慌ててアリスから地図を引っ手繰るが、既にフレイア達に大凡の中身を見られた後だった。


「この印……全部ボーツが出た場所か?」

「うん。レイは全部地図に記録してる」

「マメだね~。案外ボーツの発生予報作ってんのレイ君だったりして」

「……そうだって言ったら?」


 レイの返答に、ジャックとライラは目を丸くする。


「……マジっスか」

「マジだよ。一応ギルド長からの依頼で作ってる」


 言葉の通り、レイはギルド長からの依頼でセイラムシティ内のボーツの発生予報を一人で作っているのだ。先日ギルド長に手渡したメモもその予報内容である。


「意外だね。レイにこんな生態調査みたいな事が出来るなんて」

「そんなスキルは元から持ってない…………ただ、法則性っぽいものが有っただけだ」

「それ見つけるだけでも十分スゴいと思うっス……」


 両手をパチパチと叩いてライラはレイを褒める。その一方で柄にもなく静かにしていたフレイアが、不意にレイに問うた。


「ねぇレイ。地図に描いていた魔法陣……あれって何?」


 フレイアの問いにレイの心臓が一瞬大きく跳ね上がる。


「ボーツの分布や生態を調べるだけだったら、あんな複雑な魔法陣書く必要ないよね?」


 何故バカとは不意に確信を突いてくるのだろうか、レイは心の中でそう愚痴るのだった。


「……何でもない。言ったところで誰も信じないからな」


 濁った眼と自嘲気味の声でレイは吐き捨てる。

 『信頼に値せず』それはセイラムで生きるトラッシュにとって常に付きまとう評価だ。たとえ正しい事を述べようとも、トラッシュの発言と言うだけで価値は無くなる。レイはその事実を嫌と言う程理解していた。

 だからこそレイは、地図に描いた魔法陣の説明を長々としたくなかったのだ。言ったところで聞き入れてくれる訳が無い、そう自分に刷り込んでいたのだ。


「信じるよ」

「…………」

「この間も言ったでしょ、アタシはレイが噓をつくような奴じゃないって思ってる。だから信じる」


 レイは何故か、その眼と言葉が光を持っているように錯覚した。

 一点の曇り無い眼。純粋な信頼を宿したフレイアの眼は、不思議と説得力を感じるものだった。


「教えて。今セイラムで何が起きてるの?」


 微かに心が揺れるのを感じる。だが鵜呑みにするのも危険だ。

 レイはほんの僅かに警戒を解いて、フレイアの疑問に答えた。


「…………相当に荒唐無稽な話だぞ」


 念のために予防線を張ってから、レイは語り始める。


「お前ら、今セイラムで異常発生しているボーツが全部人為的に発生させられたヤツだって言ったら……信じるか?」


 シンと静まり返る。

 当然だ。この世界においてボーツとは自然発生するものでありそれが常識。そもそもボーツの大元となる極小の胞子は地中深くを移動し続けているので、捕まえて栽培するというような事も出来ない。

 故に人為的にボーツを発生させるなど前例も無く、レイの発言はあまりにも突拍子の無い話にしか聞こえないのだ。


「人為的って……そんな事が出来るのか?」

「理論上は可能だ。魔法植物と言ってもボーツは最低ランクの魔獣に近しい霊体を持ち合わせている。とは言え厳密には魔獣じゃないから、正しい術式構築と養分となるデコイインクさえ何とかなれば誰でも召喚する事ができる」

「ふぇ~。流石レイ君詳しいっスね」

「そりゃそうだ。術式と理論を作ったの俺だからな」


 えっ、と声を漏らしてレイに注目するフレイア達。


「3~4年くらい前の事だ、セイラムシティの防衛システムにできないかと思って作ったんだよ」


 セイラムシティは如何なる国にも属さない完全独立都市なのだが、街の周りには城壁などは何もない。

 これは如何なる者も拒まず追わずという街の意志を示したものらしいが、いくら何でも守りが薄すぎないかと感じたレイが作り考案したのが、防衛用ボーツ召喚システムである。


「と言ってもまぁ、召喚したボーツの制御やら膨大なインク供給やら倫理面やらですぐにポシャったんだけどな」

「あー、そう言えば昔そんな話も出てたね。あれレイだったのか」

「えっとつまり……その召喚システムを悪用している奴がどこかに居るって事っスか?」

「…………多分な」


 ライラの疑問に対して、煮え切らない返事をするレイ。フレイアはそこを突いた。


「多分って?」

「確証が無いんだよ。本当に召喚術式を使っているのかどうか……」

「でも実際街中でボーツが出てるじゃないか」

「確かにそうかもしれない。不定期かつ疎らに出てくるのも中途半端な術式を起動させた時のバグだとも思ってる」

「なら――」

「肝心の魔法陣が見つからないんだよ」


 それを聞いたジャックの顔がハッとなる。レイが地図に描いていた魔法陣は、セイラムシティを覆い囲む形で描かれていた。しかし、それ程大規模な魔法陣を誰にも気づかれること無く描くなど、現実的に考えて不可能でしかない。


「それに、俺が作ったシステムの最大の欠点は、大規模すぎて魔法陣が破損しやすい事だった」

「これだけ連日ドンパチしていれば、壊れていてもおかしく無いって事か」

「あぁ。けど壊れる事無く順調にボーツを召喚し続けている」

「そうなんスよね~。ボーツの発生は止まらないし、なんか強いのも出てくるし」

「そう、それだよ!なんだよあのボーツ、初めて見たぞ!」

「あれ? レイ君にも分からないんスか?」


 口をあんぐり開けるライラ。どうやらレイなら正体を知っていると踏んでいたのだろうが、当てが外れたようだ。

 実際問題、レイにもあの強化ボーツが何かは分かっていない。レイが作った術式はあくまでボーツを召喚するだけであり、あそこまで急激な強化は行えないのだ。


「となると……あれって自然発生っスか?」

「それは無い」

「じゃあやっぱり、人為的に起こされているって事か……」

「多分な……でも結局証拠は何もないんだよな~」


 分からない事が多すぎるので、レイ達は項垂れてしまう。結局の所彼らの中で謎が深まるばかりだった。

 その一方で、フレイアはレイに向けて何故か優しい笑みを浮かべていた。


「なんだかんだ言って、レイってセイラムが好きなんだね」

「……は?」

「アタシさ、レイはギルドを一番恨んでる奴だって聞いてたから、最初はどんな憎悪の化身なんだろうって思ってたの」

「姉御、憎悪って……」

「けど違った。アンタは心優しいし、自分から街を守ろうとしている……悔しいけど一番ヒーローらしい心を持ってると思うよ」


 フレイアの言葉を聞いて、レイの心がむず痒くなる。

 レイが街やギルドを恨んでいるという評価は決して間違ってはいない。ただ、ほんの僅かにヒーローという夢がレイの中で勝っていただけである。

 しかしそれでも、レイの中では誰かを信じるという事に強い抵抗感が残っている。それがレイの中で、フレイアの言葉に対する拒絶反応を示していた。


「でもねレイ。一人の力って意外と限界があるの……街一つ守るなんて、一人の力じゃどうにもならない。だから――」


 無能者へ送る否定の言葉か。そういう言葉には慣れたつもりのレイだが、心の中ではどす黒い物が滲む感覚に襲われていた。

 どうせこの後は「余計な手出しはするな」とでも言うのだろう。そう思い込んで構えたレイだが、フレイアが発した言葉はその予想を大きく外れてきた。


「一緒にやろう。守る力は一人より皆の方がいいでしょ」


 そう言って手を差し出すフレイアを、レイは呆然と見つめていた。

 フレイアはレイの言葉を信じた。それだけで無くレイに協力すると手を差し伸べて来たのだ。それは、トラッシュと蔑まれて来たレイにとって初めての感覚であった。


「アタシはレイの言葉、信じるよ!」


 ニッと笑顔を浮かべるフレイア。それを見たレイは、心が微かに綻んだように感じた。

 信じられるのか。

 レイは一瞬手を伸ばそうとするが、その脳裏を3年前の記憶が過っていく。


――本当に信じて良いのか?――

――信じたところで、またあの時の様に見捨て、裏切られるのが関の山ではないのか?――


 父親が死んだ日の記憶がこびり付いてくる。

 レイは何も言わず手を下げて、立ち上がった。


「……それは、裏切らない保証にはならないだろ」

「裏切るって、そんな……」

「そう言って仲間面した奴らが、3年前に父さんを見殺しにしたんだ」


 心の奥底に黒いものを感じながらレイは吐き捨てる。


「ボーツの出現予測ならギルド長にでも聞け、俺は一人でいい」

「レイ!」


 フレイアが呼び止めようとするが、レイは聞く耳持たず彼女達に背を向け立ち去っていく。


「俺に仲間は必要無い…………必要無いんだ……」


 誰にも聞こえない程小さな声で、レイは自分に言い聞かせる様にそう呟くのだった。

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