Page104:出陣! ロードオーディン
白銀の鎧巨人、ロードオーディンが、サン=テグジュペリの空に君臨する。
その中でレイは、生まれて初めての不思議な感覚を得ていた。
『なんか、言葉で表現しにくい感覚だな。身体バラバラになったのに、痛みもなんにも無い』
『アリスも。首取れたのに、痛くなかった』
「確かに奇妙な感覚だな。だが同時に、絶大な力も感じる」
『あぁ、今の俺達なら負ける気がしない』
レイはロードオーディンの中から、ウァレフォルを見据える。
対峙するウァレフォルは、愉快そうに笑い声を上げた。
「ハハハ! なんだなんだ、その姿は! 鎧装獣が合体だと? 面白ェじゃねーか!」
『勝手に笑ってろ。今からこのロードオーディンで、テメェを倒すからな』
「ザガンの奴が言ってた鎧巨人ってやつかァ? 遊び相手にゃ最高じゃねーか」
ウァレフォル獅子の爪に魔力が溜まり始める。
まずはその爪で引き裂く気だ。
レイは強い警戒抱こうとしたが、ロードオーディンとして一体化しているスレイプニルが、それを静止する。
「レイ、過度に警戒する必要はない」
『……信じろってか?』
「その通りだ」
ならばスレイプニルの言葉を信じよう。
レイは警戒を解き、ウァレフォルの動きを注視する。
「身体が鉄になってようが、俺様の爪で引き裂けねェもんはねェェェ!」
咆哮を上げながら、ウァレフォルが迫り来る。
しかしロードオーディンは特別動きを見せない。
ただ待っていた。ウァレフォルが接近するのを、待つだけであった。
「障壁展開」
スレイプニルが小さく呟く。
するとロードオーディンの前に、二層の巨大な魔力障壁が展開された。
その内包魔力は合体前とは比にならない。
凄まじく強固な魔力障壁を使って、ウァレフォルの爪を容易く受け止めてしまった。
「何ッ!?」
ガキンッ、と音を立てて阻まれる獅子の爪。
障壁に傷一つ入れられなかった事に、ウァレフォルは驚愕の声を上げた。
だが驚いたのは、レイも同じ。
『すげェ……こんな強力な魔力障壁見たことねーぞ』
『これがアリス達が、合体した力?』
「ふむ、中々の性能だな。ではこれはどうだ」
ロードオーディンが右手を前に突き出すと、魔力障壁が爆散。
その衝撃波で、ウァレフォルを後方に吹き飛ばした。
「グッ! やるじゃねェか」
「敵の耐久も高い。色々試すには良さそうだな」
レイもスレイプニルの意見に同意であった。
この鎧巨人の力を試してみたい。レイの中で好奇心が溢れかえってきた。
『じゃあ次は攻撃だな。剣の扱いなら任せろ』
「うむ。任せるとしよう」
レイが主導権を握る。
そしてロードオーディンは、巨大な大剣を構えた。
『キンググラム! この剣の性能試してやる!』
背中の翼を羽ばたかせ、ロードオーディンがウァレフォルに接近する。
その推進力は凄まじく、一瞬にしてウァレフォルの眼前に迫った。
「なッ! 早い!」
『ぶった斬る!』
ウァレフォルは咄嗟に両手で防御を試みる。
だが無駄だ。
ロードオーディンが振り下ろしたキンググラム。
その一閃は容易く、獅子の腕を切断した。
「グォォォ!?」
『へぇ、結構良い剣じゃねーか』
「オ、俺様の腕がァァァ!」
『どうせすぐ再生するんだろ? 再生しきる前に微塵切りにしてやる』
再びロードオーディンが剣を振るう。
しかし寸前のところで、ウァレフォルは蝙蝠の羽を羽ばたかせ、逃れてしまった。
『レイ、逃しちゃダメ』
『わかってるっつーの!』
ロードオーディンも翼を広げて、ウァレフォルを追う。
ウァレフォルの企みを予想するのは容易だ。
逃げ回って時間を稼ぎ、切断された腕を再生する気だ。
レイ達は当然それを許す気はない。
『逃げるなッ! この野郎!』
「指図を聞き入れると思うのかァ!?」
『思ってねーよ!』
サン=テグジュペリの空を派手に飛び回る二体。
雲を突き抜け、太陽の下でもチェイスを続ける。
しかしウァレフォルのスピードは並ではない。
ロードオーディンの間合いに入らず、レイは少し焦る。
『クソッ! 早過ぎる』
『剣の間合いに入らない、ね』
『コンパスブラスターみたいに射撃形態にできればな』
「できるぞ。キンググラムは変形できるそうだ」
『それ先に言えよ!』
「キュ〜」
思わずスレイプニルに突っ込むレイ。
だがこれで打開策は見えた。
空を跋扈するウァレフォルを追いながら、ロードオーディンはキンググラムを変形させる。
『形態変化! キンググラム、アーチェリーモード!』
キンググラムが中央から展開する。
瞬く間にキンググラムは巨大な弓へと変形した。
レイが主導権を握り、巨大な弓を操る。
矢は魔力で整形した強力なものだ。
『アリス、出力操作は任せる!』
『うん』
レイが術式を構築。アリスが出力調節。
そしてスレイプニルとロキが全体の微調整だ。
空を飛び回るウァレフォルに狙いを定めて、ロードオーディンは矢を引く。
あとはタイミングを見計らって……
『レイ!』
『今だ!』
時が来る同時に、ロードオーディンは魔力矢を射った。
雷の如き速度で空を走る矢。
その一撃は見事に、ウァレフォルの蝙蝠の羽を貫いた。
「グァ!? テメェ、俺様の羽を!」
「これでは上手く飛べないだろう」
「舐めんなァ! 走れなくても空には立てるんだよ!」
叫びの通り、羽を貫かれてなおウァレフォルは滞空していた。
だがもう高速で逃げる事はできまい。
レイはキンググラムを再び大剣形態にした。
今度は確実に間合いに入れられる。
『さぁて、今度こそぶった斬ってやる』
「……それは、どうだァ?」
切断された腕を再生させながら、ウァレフォルは不敵に笑みを浮かべる。
瞬間、ウァレフォルは一気にロードオーディンへと近づいてきた。
「むっ!?」
「どんだけ頑丈な装甲だろうとなァ! 俺様の毒の前じゃあ溶けちまうんだよォォォ!」
ウァレフォルは蠍の尻尾に毒を溜め、勢いよくロードオーディンに刺してきた。
今までこの攻撃で死ななかった相手はいない。
ウァレフォルにとってこの毒針攻撃は絶対の自信であった。
だが……その自信は無に帰した。
「なッ!?」
ガキン! 音を立てて、弾かれる蠍の尻尾。
ロードオーディンの装甲を前にしては、その針は傷一つつけられなかった。
「バカな!? 毒で溶けすらしねーのか!?」
「今の我々に、その程度の攻撃は無力だ」
『さっきのテメェの言葉、そっくりそのまま返してやる!』
『効かねー』
『あっ! おいアリス! それ俺のセリフだぞ!』
ロードオーディンの中で、アリスに抗議するレイ。
だがその一瞬が、ウァレフォルにとっては好機であった。
切断された両腕の再生が終わる。
ここまで回復できればまだ勝機はあると、ウァレフォルは考えていた。
「やっぱりテメェらはガキだ。時間さえあれば、こんな傷すぐに再生できるんだよォ!」
再生しきった獅子の爪に、ウァレフォルは全身全霊の魔力を込める。
今まで出した事のない本気の一撃。ウァレフォルはその一撃でロードオーディンを葬ろうと考えたのだ。
「胸張りやがれェ! この俺様の本気で、テメェらを引き裂いてやる!」
ウァレフォルの爪に禍々しくも凄まじい魔力が集まる。
レイとスレイプニルは瞬時に、あの攻撃を受けては不味いと判断した。
「レイ!」
『わかってる! 魔力障壁――』
レイが全力の魔力障壁を展開しようとする。
正直防ぎきれるか分からない。だが無防備よりは良い。
ロードオーディンが右手を前に出して、障壁展開しようとしたその時であった。
――怒轟ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!――
凄まじい轟音と共に、ウァレフォルに一発の砲撃が飛んできたのだ。
ウァレフォルは気が散り、砲撃が飛んできた方向を見る。
そこには巨大な魔武具を操作している一人の老人姿があった。
「ガハハハ! どうだワシの傑作の威力は!」
『あれ、シド爺さんか』
ロードオーディンの中から、レイもその姿を視認する。
間違いない、マリーに操獣者を教えた老人、シドだ。
ウァレフォルを攻撃したのは、レイが工房で見た巨大魔武具だ。
「舐めんなよ盗賊野郎! ワシもまだまだ腐ってはおらんわ!」
「死に損ないのジジイがァ……まずはテメェから殺してやろうか!」
ウァレフォルは地上にいるシドに狙いを定める。
だがその一瞬が、絶好の隙でもあった。
『レイ、アリスに変わって!』
『お、おう』
アリスが主導権を握る。
するとロードオーディンは右手の平を前に突き出し、ウァレフォルに向けた。
『いくよロキ』
「キュイ!」
『リライティングアイ、展開!』
ロードオーディンの手の平から、ロキの耳にあるものと同じ紋様が展開される。
強力な幻覚魔法を発動する紋様。
先程はウァレフォルに通用しなかったが、今は違う。
スレイプニルと合体した事により、ロキの幻覚魔法は【武闘王波】の恩恵を受けているのだ。
その能力で強化された幻覚魔法。悪魔の力をも凌ぐ幻覚魔法は、ウァレフォルの動きを停止させた。
「な、なんだこりゃァ!? 動けねェ!」
身体が言うことを聞かず、一切動けない事にウァレフォルが動揺する。
必死に身体を捻ろうとするも動かない。
幻覚魔法が強力に効いているのだ。
『これで動けない』
『サンキュー、アリス! あとシド爺さん』
動けない敵は、ただの巨大な的だ。
「レイ。無策に凶獣化した悪魔を討っては、何が起きるか分からない」
『それもそうだな……それじゃあ!』
レイがロードオーディンの主導権を握る。
そのままロードオーディンはウァレフォルの身体を掴み、上空へと飛び立った。
『被害が出ないくらい上で倒せばいい!』
「大雑把だが、最善だろうな」
身動きが取れないウァレフォルを掴んだまま、ロードオーディンは雲の上へと突き抜ける。
空の青と太陽の光、そして雲の絨毯。
ここが凶獣を倒すのに最適な場所だ。
『そーらよっと!』
ロードオーディンは掴んでいたウァレフォルを投げる。
身動きが取れないとはいえ、まだウァレフォルには滞空能力は残っていた。
上空に立ちすくむウァレフォルは、怒りに顔を歪める。
「テメェ! 俺様の拘束をさっさと解きやがれ!」
『その指図、俺らが聞き入れると思うのか?』
「……思わねェな」
どこか落ち着いた様子で、ウァレフォルが答える。
「オイ、一つ聞かせろ……テメェらは何者だ?」
『自称、ヒーローだ』
「そうか……じゃあ勝てねーな」
諦めたように落ち着くウァレフォル。
だがこの悪魔に容赦をする必要はない。
ロードオーディンはキンググラムを構えた。
「行くぞ、レイ!」
『あぁ! キンググラム形態変化!』
キンググラムの刀身が大きく展開する。
展開した刀身からはロードオーディンの身の丈はあろうかという、巨大な魔力刃が出現した。
これがキンググラムの必殺形態……
『パニッシャーモード!』
絶大な魔力を内包した魔力刃を前に、ウァレフォルが笑みを浮かべる。
それは何処か、満足気な笑みでもあった。
『アリス、みんな! トドメ行くぞ!』
『うん』
「キューイー!」
「うむ!」
ロードオーディンの中で、膨大な魔力が加速していく。
「『『インクドライブ! 必殺!』』」
二色の魔力が混ざり合い、キンググラムに絶大な破壊エネルギーを与える。
術式も構築し、レイが既に流し込んだ。
あとは解き放つのみ。
ロードオーディンは翼を羽ばたかせ、ウァレフォルに突進を仕掛けた。
「ハハハ……こい!」
『うォォォォォォォォォォォォ!』
レイが咆哮する。
仲間の故郷を、そして数えきれない命を蹂躙した悪魔を討つために。
ロードオーディンはその眩き魔力刃を、躊躇いなく解き放った。
「『『戦輝剛断! ラスターパニッシャー!』』」
――斬ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!――
一刀両断。
ロードオーディンの必殺技は、ウァレフォルの身体を真っ二つに斬り裂いた。
「……ハハハ……悪くねェ……楽しかったぜェ」
両断された身体が崩れ落ちながらも、ウァレフォルが呟く。
その次の瞬間、凄まじい轟音と共にウァレフォルの身体は大爆発を起こした。
爆風が雲を打ち消し、サン=テグジュペリの街照らし出す。
空に佇むのはロードオーディン一体のみ。
地上の者達は、誰が勝者なのか瞬時に理解した。
『これで、勝ったんだよな』
「そうだな。もはやあの悪魔の気配は現世に存在しない」
『うん、アリス達の勝ち。でもまだ仕事がある』
アリス言う通りであった。
親玉であるウァレフォルは倒したが、まだ街には盗賊達が残っている。
それを全員捕まえなくてはならない。
『そうだな……さっさと降りて、後片付けするか』
『うん。それが良いと思う』
「キューイ!」
事件の後始末するために、ロードオーディンは地上の街へと降りていくのであった。
『ところでレイ。合体ってどうやって解くの?』
『あっ……考えてなかった』
街に降りると同時に大慌てするレイ。
結局その後、合体解除するまでに一時間程かかってしまったのであった。