表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白銀のヒーローソウル【WEB版】  作者: 鴨山 兄助
第四章:実家と盗賊王と眩き巨人
107/127

Page98:手放したくない事

 レイ達が盗賊退治に赴いている頃。

 家族と喧嘩をしたマリーは、自室に閉じこもっていた。

 父と長兄の理解を得られない事が、マリーの心に深い影を落とす。


「わたくしは……夢を掴みたくて……」


 操獣者(そうじゅうしゃ)という夢を掴みたい気持ち。

 だが同時にマリーの心に芽生えているのは、戦いの中で知ってしまった恐怖。

 二つの感情が激しく衝突し合う。


『ピィ……』

「ローレライ……わたくしは、どうすれば良いのでしょうか」


 白い獣魂栞(ソウルマーク)からローレライが心配そうに声を上げる。

 しかし答えが出る訳ではない。

 マリーは目尻に浮かんだ涙を拭い、ただ己の無力さを痛感するばかりであった。

 その時であった。マリーの部屋の扉を叩く音が聞こえる。

 父か長兄だろうか。マリーはすぐに扉を開ける気にはならなかった。


「マリーちゃん。私だけど」

「今開けますわオリーブさん!」


 来訪者がオリーブと分かった瞬間、マリーは瞬時に自室の扉を開けた。

 恋心は何よりも優先される感情なのである。

 あわよくばママに癒してもらいたい。


「お、おじゃましまーす」

「そんなに畏まらなくてもよろしいですわ」

「そ、そうかな?」


 女友達の部屋に入る経験があまり無かったオリーブは、少し緊張していた。

 オリーブは何気なく部屋を見回す。


「以前来た時より、随分とさっぱりした部屋でしょう」

「えっ、あ……うん」

「諸々処分してしまったのです。決別の思いで」


 遠い目で語るマリー。それを見てオリーブは、どこか寂しさのようなものを感じた。


「決別……マリーちゃんは、家族が嫌いなの?」

「……どうなのでしょう。自分でもよく分かりませんわ」


 ベッドに腰掛けて、マリーは呟く。

 実際マリー自身、自分の気持ちを理解しかねる部分があった。

 それは家族との向き合い方が分からないとも言う。


「お母様とルーカスお兄様はわたくしを見てくれています……ですがお父様とクラウスお兄様は……」


 オリーブの前で言葉にするのは、些か躊躇いがあった。

 マリーは少し口篭ってしまう。


「以前から何も変わってませんわ。お父様もクラウスお兄様も、わたくしではなくサン=テグジュペリの娘を愛したいだけなのです」

「マリーちゃん……」

「わたくしは、わたくし個人をちゃんと見て欲しかっただけなのです。貴族の娘だけでなく、マリーという個人を」

「マリーちゃん個人って、操獣者になること?」

「はい。わたくしの夢ですわ」


 俯きながら語るマリー。そんな彼女の隣に、オリーブが腰掛ける。


「ねぇマリーちゃん。今でも夢は変わってないの?」

「……少し、分かりませんわ」


 マリーの脳裏に浮かぶのは、ブライトン公国での敗北。

 生まれて初めて体感した、死の恐怖。


「操獣者という夢を手放したくない気持ちは確かにあります……ですが」

「怖い気持ちもある」

「……はい」

「マリーちゃん、私と同じだ」


 空元気な笑みを浮かべるオリーブ。


「私もね、今すごく怖いの。戦争も始まっちゃったし、ゲーティアって敵もすごく強いし」

「オリーブさん」

「私が死んじゃったら、妹達が困っちゃうし。お父さんやお母さんも悲しんじゃうだろうし」


 それにね、とオリーブが続ける。


「やっぱり、死ぬのが怖いなぁ」

「……はい。怖いですわね」

「きっと、今操獣者をやめるって言っても、フレイアちゃん達は私達をとめないと思うんだ」

「そうですわね。フレイアさんやレイさんは、わたくし達を尊重するでしょう」

「うん。だけどねマリーちゃん……操獣者、本当にやめたい?」


 真剣な眼差しで、オリーブはマリーの顔を見つめる。

 マリーはすぐに言葉が出てこなかった。


「私はね、やめたくないんだ」

「どうしてですか? あれだけ怖い思いをしたのに」

「怖いよ。死んじゃうかもしれないから、すごく怖い……だけど、逃げたくないの」

「逃げたくない、ですか?」

「みんなを守れる操獣者になる。それが私の夢だから。逃げたくない。レイ君みたいに夢を掴みたい」

「……オリーブさんは、本当にレイさんに憧れているのですね」


 いざ改めて言われると、オリーブは赤面してしまう。

 マリーは複雑な気持ちになった。


「私ね、レイ君みたいに強い人になりたいんだ。大切な人たちを守れる、強い人に」

「オリーブさん。どうしてそこまでレイさんに憧れているのですか?」


 素朴な疑問。

 マリーが聞いた限りでは、レイは人との交流をほとんど絶っていた筈だ。

 何故オリーブはレイに憧れを抱いているのだろうか。


「……昔ね、私と妹が八区の採掘場に閉じ込められたことがあるんだ」

「えっ!?」

「喧嘩して家出しちゃった妹を探しに行ったんだけど、その時に採掘場で落盤事故が起きちゃったの」

「それ、大丈夫だったのですか?」

「うん。最初は頑張って助けを呼んだりしたんだけど、段々暗くて寒くて、怖くなっちゃって……妹の前だから泣かないように頑張ってたんだけど、涙が出てきちゃって」


 オリーブは当時の事を鮮明に思い返す。

 妹を抱きしめながら、声を押し殺して泣いていたその時であった。


「崩落した採掘場の入り口をね、壊して私達を見つけてくれた人がいるんだ」

「それが、レイさんですか?」


 小さく頷くオリーブ。

 当時レイは調整不足であったデコイ・モーフィングシステムを使い、誰よりも早くオリーブ達を見つけたのだった。

 コンパスブラスターを使い、崩落した採掘場の入り口を破壊し、脱出口を作る。

 そしてオリーブ達に近づいて、こう言ったのだ。

『一緒に叱られてやるから、帰るぞオリーブ』

 それが、オリーブという少女がレイに恋する最初の切っ掛けでもあった。


「私ね、レイ君みたいに強い人になりたいなって思って……操獣者になって、みんなを守りたいって夢を持つようになったんだ」

「それが、オリーブさんの思いですか」

「うん。子供っぽいかな?」

「まさか。とても気高いと思いますわ」


 少し自嘲気味に答えるマリー。

 オリーブが眩しくて仕方なかったのだ。

 そして、羨ましくて仕方なかった。理解ある家族も、勇気もある。そんなオリーブが羨ましくて仕方なかった。


「オリーブさんは、操獣者を続けますか?」

「うん。怖いけど、ここで夢を手放したくないから」

「……オリーブさんは、強いですわね」

「そんなことないよ。みんながいるから、私は立っていられるだけだから」


 オリーブはマリーの手を握る。


「もちろん、マリーちゃんもいるからだよ」

「オリーブさん」

「みんながいるから、怖いことも乗り越えられる気がする。だから私は、戦える」

「わたくしは……まだ答えが出ません」

「マリーちゃんのペースでいいよ。レイ君ならきっとそう言うから」

「ふふっ。本当にレイさんのことが好きなのですね」

「はえ!? もうマリーちゃん!」


 顔を真っ赤に染めて、オリーブは可愛らしく抗議する。

 それを微笑ましくマリーは受け止めていた。

 そんなマリーの心は、少しばかり軽くなっていた。


「ねぇマリーちゃん。もう一回、お父さん達とお話ししてみたらどうかな?」

「お父様とですか?」

「うん。マリーちゃんの夢をちゃんと伝えるの」

「ですが……」

「一人で不安だったら、私も一緒にいるから。だからお話し、しよ」


 しばし迷うマリー。

 父親と話をするのはいいが、そもそも話を聞いてもらえるのか。

 そしてマリー自身が操獣者を続けられるか、まだ迷いがあった。

 マリーは不安気にオリーブの手を握り返す。

 オリーブは優しい笑みを浮かべてそれを受け入れるが、マリーには若干の下心があった。


「マリーちゃん、やっぱり怖い?」

「……そうかしれませんわ。ですが……」


 マリーは決心したように、顔を上げる。


「ここで恐れていては、きっと前に進めないのでしょうね」

「うん。じゃあ一緒に行こっか」

「はい! 是非、手を繋ぎながら!」

「うゆ? いいけど。マリーちゃん甘えん坊さんだね」


 前に進むためにも、今はマリーの父親と話をしよう。

 二人がそう考えて、ベッドから立ち上がった瞬間であった。


――轟ォォォォォォォォォォォォン!!!――


 凄まじい爆発音が、屋敷にまで響いてきた。


「えっ!? なんの音!?」

「街の方からですわ!」


 マリーは慌てて部屋の窓を開ける。

 街の方からは、いくつもの爆煙が立ち上っていた。


「マリーお嬢様、ご無事ですか!?」

「グスタフ。何があったのですか」

「それが、ウァレフォルの一味が街に攻撃を仕掛けてきたそうです」

「なんですって!?」


 空で自分を襲ってきた盗賊の一味。

 それが街を爆撃し始めたと聞いて、マリーは胸が締め付けられた。


「ひとまずお嬢様方は安全な場所へ避難を」


 執事のグスタフが避難誘導しようとするが、オリーブは開いた窓に足をかけ始めた。


「オリーブさん!」

「マリーちゃんは逃げてて! 私は悪い人達を倒してくるから!」

「ですがオリーブさんも変身は」

「無茶しなければ大丈夫だよ。マリーちゃんの故郷、絶対守るから!」


 オリーブは服のポケットから黒い獣魂栞を取り出す。


「ゴーちゃん、いけそう?」

『ンゴォォォォォォ!』

「うん、ありがとうゴーちゃん。Code:ブラック解放!」


 Code解放をした獣魂栞を、オリーブはグリモリーダーに挿し込む。

 そして十字架を操作。


「クロス・モーフィング!」


 魔装、変身。

 オリーブは黒い魔装に身を包み、窓から飛び降りた。


「……わたくしは……」

『ピィ……』

 

 爆煙立ち昇る街に向かって駆け出すオリーブ。

 変身したくても、今はできない無力さ。

 マリーはその背中を見つめながら、拳を握りしめる事しかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ