Page96:ウァレフォルの脅威
獅子の頭が歪に笑うと同時に、圧が放たれる。
レイとフレイアは、魔武具を握る手に力を込めた。
「部下共をこれだけ可愛がられたんだ。塗られた泥の礼は、しっかり返さなきゃなぁ」
「ケッ、盗賊の首領が何言ってんだか」
「そもそもゲーティアの悪魔なら、問答無用でいいでしょ!」
「それもそうだ、なッ!」
レイはコンパスブラスターを剣撃形態に変形させ、ウァレフォルに駆け寄る。
だがウァレフォルは動じない。
まるで小動物がじゃれてきたかのように、落ち着いたものであった。
「遅ぇなぁ」
ガキン!
大きな音を立てて、レイの振り下ろしたコンパスブラスターは、蠍の尻尾に防がれてしまった。
やはり固い。レイがそう感じたのも束の間。
ウァレフォルは左手を大きく振りかざそうとしていた。
『レイ!』
「ッ!」
スレイプニルの一声と同時に、レイは大きくバックステップをする。
振り下ろされた獅子のかぎ爪は一種の斬撃と化し、レイが立っていた地面を大きく抉った。
「レイ、大丈夫!?」
「あぁ、なんとかな」
「ほう。躱したのか。少しは楽しめそうだな」
獅子の頭部がにやつく。ウァレフォルは楽し気だ。
「獅子のかぎ爪に、蠍の尻尾か。マンティコアってのは面倒な特性持ってんな」
『二人とも、特に尻尾に気を付けろ。あれは強力な毒を持っているぞ』
「うげぇ、また毒持ちの敵なの~」
フレイアが思わず愚痴をこぼす。
しかし、それで事態が好転するわけではない。
「さぁ、次はどっちが遊んでくれるんだ?」
「フレイア。接近戦は厳しそうだけど、いけるか?」
「いく!」
「じゃあ俺はサポートだな」
戦い方は構築できた。
レイはコンパスブラスターを銃撃形態に変形させる。
「なんだ? 二人同時か?」
「「正解だァ!」」
フレイアはファルコンセイバーを構えて、ウァレフォルに駆け寄る。
「生半の攻撃じゃ俺様は傷つかねェよ」
「だったらパワーで押し切る!」
フレイアがウァレフォルの身体に向けて剣を振り下ろそうとする。
当たり前のようにウァレフォルは、蠍の尻尾を前に出して防御しようとするが……
――弾ッ!――
銀色の魔力弾が一発。
蠍の尻尾は大きく弾き返されてしまった。
「なにッ!?」
「後方支援忘れんな」
数秒にも満たない攻防。
ウァレフォルに再度防御態勢をとる時間はない。
「どりゃぁぁぁ!」
――斬ァァァァァァン!!!――
炎を帯びたファルコンセイバーによる一撃。
ウァレフォルは胴体を肩から斜めに斬り裂かれてしまった。
「ぐッ! テメェ!」
「どーだ! アタシ達のコンビネーション!」
「やっぱりアレでも致命傷には至らないか」
フレイアのコンビ発言をスルーしつつ、レイは冷静にウァレフォルの頑丈さを分析する。
「(やっぱりゲーティアの悪魔を倒すには、アレを使うのが良いのか。でも今は……)」
ファルコンセイバーの本領を発揮させるには、今はリスクが高すぎる。
ならばギリギリまで出し惜しんだ方がいいだろう。
レイはそう判断しながら、ウァレフォルに銃口を向け続けた。
「そうかァ、そうか。思った以上にやる奴ららしいなァ」
胴体の傷をさすりながら、ウァレフォルは呟く。
その傷は既に再生が始まっていた。
「テメェらが部下になってくれるなら、俺様はもっと名を上げられるんだろうなァ」
「なにそれ、勧誘?」
「そうだ。どうだ? 俺様の下に就かねぇか?」
「フレイア。答えは分かってるよな?」
「とーぜん」
レイとフレイアはグリモリーダーから獣魂栞を取り出し、叫んだ。
「「寝言にもなってねーよ!」」
「そうか。そりゃあ残念だな」
心底残念そうな態度をわざとらしくとるウァレフォル。
その様子がレイとフレイアの怒りにふれた。
「「インクチャージ!」」
フレイアはファルコンセイバーに、レイはコンパスブラスターに獣魂栞を挿入する。
ファルコンセイバーは巨大な炎の刃に覆われ、コンパスブラスターには白銀の魔力が溜まっていく。
「レイ!」
「任せろ!」
レイは頭の中で術式を高速構築していく。
同時並行して、もう一つの魔法も構築していった。
そのままフレイアと共に、ウァレフォルの懐に突っ込む。
「まとめて引き裂かれたいらしいなァ!」
ウァレフォルは両手の獅子のかぎ爪に魔力を溜める。
その攻撃をもって、二人を戦闘不能にするつもりだ。
しかしウァレフォルの構えを見ても、レイとフレイアは止まらない。
「その顔面剥いでやる!」
「魔力障壁展開!」
ウァレフォルが両手を振り下ろすと同時に、レイは正面に魔力障壁を展開した。
獅子のかぎ爪が障壁に突き刺さる。
当然障壁は引き裂かれていくが、一瞬の隙を作ることができれば十分だ。
障壁のおかげで僅かにレイ達に届かなかったかぎ爪。
そのままかぎ爪が勢いよく下にいく。
ここがチャンスだ。
「流星銀弾!」
レイは即座に、コンパスブラスターの銃口をウァレフォルの腹部に当てる。
そのまま引き金を引いた。
――弾ッ弾ッ弾ッ!!!――
強力な魔力弾がウァレフォルの腹部を貫く。
そのままウァレフォルの身体は後方に吹き飛ばされ、洞窟の壁に叩きつけられた。
「フレイア!」
「わかってる!」
頭を上げたウァレフォルの眼前には、巨大な炎の刃を構えたフレイアの姿があった。
「バイオレント・プロミネンス!」
――業ォォォォォウ!!!――
炎の刃がウァレフォルの身体を焼き斬る。
しかしそれでも致命傷には至っていなかった。
「ぐゥ、流石にこれは、効いたぜェ」
「ん~、一撃必殺は難しいか~」
「オイオイ、頑丈すぎだろ」
とはいえ確実にダメージは与えられている。
高出力の技を連打すれば突破口は見えるかもしれない。
レイがそう考えた矢先であった。
ウァレフォルが妙な笑い声を上げ始めたのだ。
「ハハハ……ハハハハハハハハハハハ! そうか。これがお前らの実力なんだな」
「うっさい。隠し玉だってある」
「フレイア。そういう事は言うな」
ウァレフォルの傷は既に再生が始まっている。
このままでは全回復されてしまう。レイは追撃を加えようとするが、それより早く黒炎が放たれた。
「うわっ、危なッ」
紙一重で回避するレイ。
ウァレフォルの手には、ダークドライバーが握られていた。
「だいたい理解できた。これならなんとかなるな」
そう言うとウァレフォルは全身に力を入れる。
すると傷は瞬く間に治り、元の状態へと戻ってしまった。
「ここで殺してもいいが、どうせなら絶望を与えてからの方が面白い」
「何を言ってんだ?」
「盗賊王である俺様が奪ってやるって言ってんだ。テメェらから大切なものをな。殺すのはそれからでもいい」
獅子の頭が下卑た笑みを浮かべる。
明らかに嫌な予感しかしない。レイとフレイアは警戒心を強めた。
「そうと決まれば話は早いな。運びをやっていた奴らも裏に行ってる」
そう言うとウァレフォルは、どこからか一つの魔武具を取り出した。
先ほどレイ達は見かけた、用途不明の魔武具と同じだ。
筒の中にチョークのような物が見える。
「アレって、さっき木箱に入ってた魔武具」
「……」
レイは魔武具を凄まじい集中力で観察する。
特に気になったのは、中に入っているチョークのようなものだ。
「(チョーク? まさか)」
ウァレフォルは、魔武具をお手玉のように投げながら語る。
「ザガンの土産を使うのは癪に障るが。せっかく頂いたんだ、有効活用してやらなきゃなァ」
ウァレフォルは魔武具のスイッチを押し、適当に投げた。
レイ達の足元に転がってくる魔武具。
その異質さに気づいたのは、スレイプニルであった。
『ッ!? レイ、気をつけろ! 内部で高濃度の魔力を感じる!』
「魔力!? まさか!」
「えっなに? 爆弾かなにか!?」
フレイアがそう言った次の瞬間、魔武具が眩い光を放ち始めた。
これは不味い。レイは咄嗟に魔力障壁を発動した。
「形状変形、魔力障壁!」
ドーム状に変形させた魔力障壁で魔武具を覆う。
瞬間、凄まじい轟音と共に、魔武具が大爆発した。
「ッ!」
「うわッ!?」
魔力障壁が破壊され、溢れ出た爆風でレイとフレイアは吹き飛ばされてしまう。
それを見届けたウァレフォルは、満足そうな笑みを浮かべていた。
「ほう。ザガンにしては中々の玩具じゃないか。気に入った」
ウァレフォルは近くにあった木箱から爆弾魔武具を取り出す。
「どうせ見つかったんだ。ここにはもう居られないなァ」
「おいテメェ! 逃げる気か!」
「次の仕事場に行くだけだ。サン=テグジュペリで派手に略奪をしてやる」
「悪いけど、マリーの故郷で勝手な事はさせないから」
「止めたいなら好きにしろ。生きて此処を出られたらの話だけどな」
木箱を蹴り飛ばし、爆弾魔武具をばら撒くウァレフォル。
「ちょっ!? まさか全部爆発させる気!?」
「じゃあな、GODの操縦者。お前らの仲間にゃ良い食い物になってもらうよ」
そう言い残し、ウァレフォルは爆弾魔武具のスイッチを一つ入れた。
そしてダークドライバーで空間に裂け目を作り、裏の世界に去っていった。
「逃がすか!」
「待てフレイア! 向こうの空間が安全かわからない」
「だけど!」
「それより今この状況がマズい!」
爆弾魔武具の解除方法はわからない。
そもそもこんな狭い空間で一つが爆破すれば、他の魔武具も連鎖して大爆発するに決まっている。
悩んでいる暇はない。
『レイ!』
「わかってる! フレイア!」
グリモリーダーを構えて、仮面越しにアイコンタクト。
フレイアに意図は伝わったのか、同じくグリモリーダーを構えてくれた。
その数秒後、爆弾魔武具は爆発。
連鎖して周囲の魔武具が爆発し、洞窟は火と爆風の海に飲み込まれた。
轟音を立てて崩壊する洞窟。
小規模ながら土砂崩れも発生した。
爆発が収まり、崩壊した洞窟からも音が消える。
数十分後。
崩壊した洞窟の跡から、何かが掘り進める音が聞こえてきた。
「もう一発だ。スラッシュホーン!」
洞窟の入り口があった場所。
その奥から崩れた岩山を突き破って、鎧装獣スレイプニルが姿を現した。
『ふぅ、やっと外に出られた』
「グォォォォォォ」
『おつかれイフリート。傷は大丈夫?』
スレイプニルの後ろからは、鎧装獣イフリートの姿があった。
先程の爆発の直前、レイとフレイアは身を守るために、防御力が必然的に高くなる鎧装獣となったのだ。
『スレイプニルは大丈夫か?』
「問題ない。あの程度の爆発、鎧装獣となればかすり傷にもならん」
ひとまず鎧装獣化を解除する二人。
周囲には崩れた岩と、盗賊の亡骸。
「……あのウァレフォルとかいう奴。自分の仲間を巻き込んだんだ」
「だな」
「なんで自分の仲間を殺せるんだろう」
「さぁな。悪魔だからじゃねーの」
結局推測の域は出ない。
だが一つ分かることがある。それはウァレフォルとは分かり合えないという事だ。
レイとフレイアは盗賊の亡骸に、簡単な祈りを捧げる。
「フレイア、わかってるな」
「うん。アイツの次の狙いは」
「マリーと、サン=テグジュペリだ」
仲間と、その故郷を守る。
レイとフレイアはサン=テグジュペリの街へと急行した。