幕間 子供の日と誕生日
こどもの日なので書いた。
『魔法使い黎明期』の最終巻から二年後くらい。
つまり『村づくり』本編の時間軸より後の話。
「いいよね、ライオスは。自分の誕生日がいつかわかって」
誕生日が近づいてはしゃぎまわっていたやんちゃ坊主のライオスが、妙にしょぼしょぼとした顔で歩いてたもんだから、なんとなく話かけたら思ったより根深い問題にぶち当たり、俺まで全身の毛がしおしおになる気分になった。
この村の子供たちは、ライオス以外の全員が一人残らず、親を亡くした孤児だ。
もちろん、親がいた時期がある子供もいるわけだから、全員まったく誕生日を知らないってわけでもない。
ただ、「なんとなく冬産まれ」とか、「夏だったみたい」とか、その程度の曖昧さで自分の〝誕生季節〟を把握してる。
はっきりとした年齢を理解してない子供の方が多い。
そもそも、「産まれた日」がきっちり記録されてて、毎年その誕生を祝ってもらえる子供なんてのは少数だ。
だから、言ってしまえばライオスの方が特別なんだが……。
「オレ、誕生日大好きなんだ……父ちゃんも母ちゃんもその日は怒らないし、俺が好きな料理いっぱい作ってくれるし、村のみんなもおめでとうって、でっかくなったなって、いろいろオヤツとかくれるしさ」
「そうだな」
「でも、オレわかってなくて……みんなは〝誕生日〟がないんだって思ったら、なんかオレ、すげーずるいやつで、やなやつで……」
「いや、違う。ちげーよそれは全く違う」
しまった大人の俺がしおしおになってる場合じゃねぇ。
俺は慌ててライオスの前にしゃがみ込み、その小さな体を肩に担ぎ上げた。
「〝子供の日〟ってのがあるだろう、だから。あれが村の子供たち全員の誕生日だ」
「でも、ちがうじゃねーか、それ。〝自分だけ〟じゃない」
ライオスは、唯一この村で生まれた子供だ。
ひどい難産で、村人総出で無事の出産を祈った経緯もあって、ライオスは村の連中に甘やかされてるし、「自分が村で一番愛されてる」と公言してはばからない。
そうできる幼さがあったし、周りの子供たちも年下のライオスをおおめに見ているところがあった。
だが、ライオスも七歳になる。
五歳のころに許されたことが、許されなくなる年頃だ。
そしてライオスは気づいちまった。
自分が一番愛されてるってことは、ほかの子供たちは愛されてないのか? って疑問に。
世界の中心に自分がいて、自分だけで世界が回っていたライオスの中に、突然芽生えた他人から見た世界。
その世界から見た自分――両親がいて、村の人たちから優しくされて、村の孤児たちを姉や兄のように慕って育ってきた、何も失ったことのない自分。
村の子供たちがライオスに向けたのは、悪意なんて鋭い物じゃない。
ただの純粋な、子供らしい、ほんの小さな嫉妬心だ。
その嫉妬心に対処する方法を、ライオスは知らない。
実のところ俺も知らない。
「よーへい。オレ、どうしよう……」
「どうって?」
「誕生日、もうやめたらいい?」
「やめられねぇよ。誕生日ってのは、お前がやってることじゃない。お前のことを大事に思ってるやつらがやってんだ」
「傭兵は、自分の誕生日わかる?」
「ガキのころはわかってた」
「今は?」
「忘れちまった。大人だからな」
「大人は誕生日覚えてないの?」
「覚えてるやつも大勢いるがな」
「ゼロねーちゃんは?」
「あいつは〝では傭兵に会った日を我輩の誕生日にしよう〟とか言ってたな」
なんだよ、それとライオスが顔をしかめる。
それからふと、
「……誕生日って、勝手に決めていいの?」
と探るように俺を見た。
「いいんじゃねぇか? そもそも、魔女の誕生日なんて誰も知らねぇんだし。本人が言い張ったらそれが誕生日だろ」
「そっか……じゃあ、みんなの誕生日も作ればいいんだ!」
2
天才的なひらめきをえたライオスが俺を操縦して向かわせたのは、ハルスフル女史が教鞭をふるう学校だった。
どうやら、授業の合間に例の「ライオスはいいよね」発言があり、あまりの居心地の悪さに耐えられずに飛び出してきちまったらしい。
しかし俺の肩にのって華々しく凱旋したライオスを、村の子供たちはなんだなんだと取り囲んだ。
そして「みんなの誕生日も作ればいいんだよ!」と叫んだわけだ。
これに、子供たちへの教育に心血を注ぐハルスフル女史がおおいに乗った。
「素晴らしい考えです! 決めましょう! 今ここで、みなさんだけの誕生日を。そして、それは〝ただ決める〟だけではありません。村の村民名簿に書き記し、皆さんの大切な情報として保管するのです!」
子供たちの誕生日会議は大いに盛り上がった。
「誕生日を秋にしとけば、プレゼントで美味しい物いっぱいもらえるんじゃない?」
「冬の方がいいよ! 食べ物が少なければ、服やオモチャがもらえるかも!」
なんつう打算的な誕生日の決め方だと思ったが、それを責める理由も止める理由も特にない。
問題はここからだ。
「ハルスフル先生の誕生日はいつ? 傭兵の誕生日は? 村のみんなの誕生日は?」
と誰かが聞いた。
「そうだよ! みんなと違う誕生日がいい!」
「私はハルスフル先生と同じ日がいい!」
こうなったらもうお祭り騒ぎだ。
俺はハルスフル女史の命を受けて村中を駆けまわり、誕生日を知ってるやつからはそれを聞き出し、誕生日を知らない大人には「今すぐ先生のとこに行って誕生日を決めて来い」と急き立てた。
そして夕方、いまだに誕生日会議で盛り上がる学校に差し入れを済ませ、教室の片隅でぐったりしている俺の横に、ゼロがすっと立った。
「面白いことになっているな、傭兵」
手には差し入れのサンドイッチを持っている。
こいつ飯の気配に敏感すぎねぇか?
「なんかすげー盛り上がってるな」
「我輩の誕生日も名簿に記すのか」
「もう伝えといた。俺と会った日」
そう答えると、ゼロは「ふは」と力の抜けた笑いをこぼす。
「なんだよ」
「なるほど。では我輩と君の出会った日が、公的に村の記録に残ってしまうのだな」
「それが?」
「これはもはや結婚と言っても過言ではない」
「過言でしかねぇよ」
俺も自分の分のサンドイッチを一口かじる。
ボロボロとこぼれるパンクズにネズミが群がってきたので、ポケットに忍ばせておいた木の実をバラまいてやる。
リーリが村にいるせいで、この村の連中はネズミに寛容だ。
そしてネズミも人間を噛んだり、人間の食べ物を奪ったりもしない。
「傭兵の誕生日も登録したのか?」
「いや、まだ」
「我輩と出会った日にするか?」
「しねぇよ」
顔をしかめて拒否すると、「つれないな、君は」とゼロは肩を落とす。
ハルスフル女史は鼻息も荒く、次々と名簿に村民の誕生日を書きつけていく。
俺はそんな様子を眺めながら、「大人の誕生日は個別に祝わなくてもいいよな」と、なんとか手抜きする方法を考えていた。




