三話
夜。
酒場である。
不機嫌そうな神父がふらりと現れたかと思ったら、開口一番、
「リーリは?」
と聞いた。
俺は首を前に落として聞き返す。
「チビがどうしたって?」
「来てないんですか?」
「戻ってねぇのか?」
「戻ってるのに聞くわけないでしょう、バカですか」
うわぁ機嫌わりぃな。
やだやだ男の八つ当たり。
俺は軽く肩をすくめて、注文も聞かずにパンとスープを神父の前に並べる。
神父は文句も言わずにそれに手を付けようとし、
「本当に知らないんですか?」
と往生際悪く聞いた。
知ってるわけねぇだろう、隠してどうするんだよ、という意味を込めた一瞥だけくれて、俺がほかの客のところに行くと、神父は「つかえねーな」とでも言いたげなため息をついて、もそもそとパンを食べ始める。
取り上げるぞコイツ……。
しかし、待てよ。
来ていない、と言えばだ。
「……うちの魔女もきてねぇな。いつもならそろそろ顔出す頃なのに」
たしか、昼間に先生と一緒に薬の材料を取りに行ったはずだが――。
まだ、戻ってきていないのか。
思って店の外に視線を投げると、同時に店の戸が開いた。
「傭兵! いつものだ! あと我輩が好きそうなやつ……!」
「うぅ、疲れ果てました……薬の材料がこんなにみつかりにくいなんて……」
誇張なしで、ボロボロの女二人が、転がり込むようにカウンターに縋り付き、のたのたと椅子によじ登る。
「見つからなかったのか? 材料」
「見つかりはしたが、大量とはいいがたい。群生地があったとしても、取りつくしてしまっては次の季節に実りを得られんのでな。広い範囲で少しずつ集める必要があるのだ」
「ゼロさんの薬草畑に生えている分では、せいぜいこの村と、隣村の分くらいしか……売るほどとなるとなかなか大変ですね」
俺はゼロの髪にくっついているはっぱをつまみ上げ、それがおりよく香草だったので、軽く洗って鍋の中に放り込む。
ゼロと先生に神父と同じスープとパンを出し。かまどで焼き上げた鳥の足を適当にちぎってカウンターに並べた。
ゼロはさっそく鳥の足に手を伸ばし、うまうまとかぶりつく。
「ふぉんふぁいふぁまふぁふぃーふぁ――」
「飲み込んでから喋れよ……」
ゼロはごくりと肉を飲み下す。
「今回はまだいいが、今後我輩の薬を売り続けるのであれば、それなりの備えが必要になってくるが……畑を広げるにしても、我輩一人の手に負える範囲はたかが知れている」
「村の子供たちに手伝ってもらうのはどうです? それで、薬を売ったお金を子供たちにお駄賃として与えれば、子供たちもお金の使い方を覚えるかも」
「しかし、子供たちにはすでに、それぞれ準じている仕事がある。何より、我輩の薬草畑には危険な植物もある。普段からあまり近づかぬようにと教えてある場所に、都合よく子らを招きいれるのもいささか抵抗があるな……」
女二人が額を突き合わせるようにして、あれやこれやあーだこーだと話しているのを横目に見ながら、俺は変態店主が村に持ち込んだ変化について改めて考える。
貨幣の流通――か。
俺もいつかこの店で、村の連中から金をとる日が来るんだろうか。
その前に、村の外部からきた奴から金をとるのが先か。
例えば変態店主とか。
「おい毛玉。てめぇさっきからなんかよからぬこと考えてんだろ。俺に対して失礼なこと考えてんだろ」
「なんだいたのか変態」
「最初からいたっつーんだよ! いいからとっとと町から買い付けてきてほしい食材の一覧よこせよ! 毛皮売った金で仕入れてきてやるからよ!」
「おまえ結構便利な変態だよな」
「呼び方! 仕入れしてやんねぇぞてめぇ!」
唾を飛ばして怒鳴る商人の顔面に注文一覧を押し付けたところで、無言でパンとスープを平らげた神父が立ち上がった。
「チビを探しにいくのか? みつからねぇだろ、あいつは」
「教会に戻るんですよ。別に探し回らなくても、眠くなったら戻ってくるでしょう」
「そう思うならなんでここに来たんだよ。いつもみたいに教会で食えばよかっただろ」
「私は寂しがりやなんです。一人の食事は心細い」
真顔で大ウソを吐く神父に「げぇ」と舌を出して見せ、俺はふと、小さな足音に気づいて動きを止めた。
一瞬遅れて、神父もはたと顔を上げる。
次の瞬間店に駆け込んできたのは、小さなネズミの獣堕ち――かと思いきや、かごいっぱいに積み上げられた草だった。
「……草が来店した?」
俺が思わずつぶやくと、かごいっぱいの草はいそいそとカウンターに近づいてくる。
まあ、いや、わかってた。
これはかごいっぱいの草を抱えたリーリだ。
「ネズミの……! その薬草――」
ゼロが驚いたように立ち上がる。
精一杯背伸びしてかごをカウンターの上に置き、リーリはえへんと胸をはった。
「これ、リーリ、集めたの。お姉ちゃんが集めてたやつ」
俺はゼロと先生を見る。
二人がボロボロになって集めてきた薬草の、十倍はあろうかという量だ。
「リーリ、お友達いっぱいいるから」
リーリの言う「お友達」とは、つまり森にすむネズミのことだ。
なるほど、森のネズミに薬草のありかを聞けば、探すまでもなく集められるだろう。
むしろネズミに収穫を頼むことすらできるのではないか。
「あのね……えーと、群生地? からね、ちょっとずつ集めてたから、ちょっと時間かかっちゃったの」
「す、すごいじゃないですかリーリさん! これならゼロさんも、たくさん薬が作れますね!」
「うむ、質も量も問題ない。そうか、ネズミのに頼むという手があったな」
先生とゼロは、リーリが集めた薬草を前に、二人できゃっきゃと笑い合う。
それから、ゼロは何かに思い至ったように商人を見た。
「おい商人」
「はい魔女様!」
声色が気持ちわりぃよ変態店主。
なんでゼロに返事するときだけ高い声出すんだよお前は。
「ネズミのからこの薬草を買い取ってくれ」
「へぇ?」
「そして、君が買い上げた薬草を我輩にゆずれ。そのうえで、薬草代を引いた値段で我輩から薬を買うといい」
あぁ、と俺は思わず声を上げた。
リーリは自分からは何も言わなかったが、ゼロの提案を拒絶することもなく、そわそわもじもじと、商人とゼロのやり取りを見守っている。
つまりは、そういうことだ。
リーリは自分の服をばらして売る以外に、貨幣を得る仕事を見つけたわけだ。
しかし、分からないことがある。
「お前が直接チビから薬草買えばいいじゃねえか。なんで変態を経由するんだよ」
「我輩では商品に正しい値をつけられないし、貨幣のやり取りとは基本的に面倒なものだ。我輩は薬を作り、それを商人に売る以上のことはしたくない」
「ははぁ。なるほど?」
つまりゼロは、原価がどうのこうのと考えたくないわけだ。
商人が持ってきた薬草の量に合わせて薬を作り、それを商人に渡し、金を受け取る。そうすれば薬草の在庫に気を配る必要もないし、ゼロにとっては一番労力が少ない。
リーリは誰に薬草を買ってもらっても文句はないし、商人は原材料の在庫状況を把握できるから、ゼロに急に「薬草がないから薬を作れない」と言われる心配もない。
「適材適所ってやつか」
「なかなかの采配だろう?」
「いやまったくでごぜぇます! さすが魔女様! そしたらちぃとばかし計算さしていただきますね。で、この薬草全部でどれくらいの薬ができるんで?」
「二十と言ったところか……もう少し、端数が出るかもしれないが」
商人はすぐさま頭の中で計算を始める。
「薬を銀貨十枚で売るとして……この量の薬草で二十瓶作れるとして……魔女様からの仕入れ値を考量すると……」
商人はカウンターに銀貨を積み始めた。
「銀貨三十枚ってところだな! どうだネズミのお嬢ちゃん! それで俺に薬草を売ってくれるか!」
「え!」
リーリはピンと尻尾を立てて、
どうしてか、おろおろと神父を見た。
「あの、リーリ……そ、そんなにもらっていいの……?」
「なぜ私に聞くんです? 自分が適正だと思うのならば、それで受ければいいでしょう」
「あぅ……でも、あの……リーリ、よくわかんないし……銀貨五枚とかでよくて……」
「俺ぁ銀貨五枚で売ってくれても構わねぇよ!」
「あこぎな商売しやがったら出入り禁止にするぞ変態。チビ。いいから受け取っとけ」
俺は商人が積んだ銀貨を手近な布でくるんでまとめ、ずっしりと重いそれをリーリに投げ渡した。
リーリは小さな手でわたわたとそれを受け取り、しばし放心したのち、ぎゅっとそれを抱きしめる。
ほほえましい場面じゃねえか。
リーリは極貧の家で育ったせいで、根っこまで貧困がしみこんでいる。
チビのネズミの獣堕ちに金を稼ぐ手段なんぞあるわけもなく、実のところ、自分で自由に使える金を手に入れたのはこれが初めてと言っても過言ではないだろう。
そして、神父もそれを知っている。まさかこの状況で、嫌みや皮肉や小言を口にするほどクズ野郎でもないだろう。
「それで? ネズミのお嬢ちゃん。俺の店で買い物がしてぇんだろう。どんなんが欲しいんだ?」
聞かれて、リーリは「あの」と口ごもる。
そしてやはりちらちらと神父を見て――。
「神父様ににあうやつ」
「バカなんですかあなたは!?」
リーリの囁きに対して食い気味で、神父が叫んだものだから、俺は思い切り噴き出した。
俺だけでなく、ゼロと先生も頬の内側を噛んで、笑い出すのをこらえている。
神父は今にも崩れ落ちんばかりの様子で頭を抱え、何度か口を閉じ開きし、言葉を覚えたばかりの鳥のように「バカなんですか」と繰り返す。
リーリは神父に「バカ」を連発され、むぅ、とほほを膨らませた。
「だって……神父様いつも同じ服なんだもん……」
「神父なんだから当たり前でしょう」
「でも……絶対何着てもかっこいい……」
ダメだ、笑う。
こらえられねぇ。
「ぐふっ……んぐ、っふふ……!」
食いしばった歯の隙間から、汚い笑いが思わずこぼれた、
それに引っ張られるように、ゼロと先生も似たように汚い笑い声をあげる。
商人だけが聖職者のような笑みを浮かべ、「そうかそうか、神父様に似合いそうなやつなぁ」と巻き尺を取り出し、神父の採寸に取り掛かろうとする。
神父は杖――折れたのとは別のやつだ――を振り上げてそんな商人の足を華麗に払って転倒させ、むんずとリーリの首根っこをつかんで持ち上げた。
「帰りますよ、ばかばかしい」
「やー! リーリ、神父様のかうー!」
「いらないって言ってるでしょう! 買っても着ませんよ、バカですか!」
「バカだもん! バカでいいもんー!」
じたばたと小さな手足を振り回すリーリを抱え、神父は足音も荒く去っていく。
そんな後ろ姿を見送って、
「しばらくこのネタでいじれそうだな」
と、俺はふたたび汚い笑い声をこぼした。




