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一話

「へぇええぇ! 上等な毛皮じゃねえか! でかいし傷もないし仕上げもうまい! なんだなんだ? この村の職人は達人かよ!」


 店の倉庫に変態店主を案内すると、ほんの一時その変態的言動は鳴りを潜め、やり手の商人の顔が浮かび上がった。


 ことの起こりは今日の朝。

 こいつが荷馬車を引いて村の広場にやってきたのがきっかけだ。

 村の連中と古着の売買をあらかた終えた商人は、ほくほく顔で俺のところにやってきて、


「で? 何を売りたい?」


 とズバリ聞いた。

 村の教育と倫理と礼儀を担う先生曰く、「いかがわしい商売に手を染めないと約束するなら、商人の出入りを認めるべきでしょう」とのことで、俺はその「いかがわしい商売」の部分に多大な不安を抱きつつも、変態店主の出入りを認めることに決めた。

 決めざるを得ない。

 なにせ、まともな商人が近づくような村じゃないし、俺たちの目的は魔女の存在を南部の連中に知らしめることだ。

 この変態店主――もとい商人が魔女の薬を大々的に宣伝して回れば、それにも一役買ってくれるだろう。


 ――とはいえだ。


「まず……魔女の薬を特産品にって話だが……今は村の連中に使うためのたくわえしかねぇ。それを売ったら、村の人間が怪我とか病気したときに焦ることになる」


 だよな? と俺が確認すると、ゼロは指折り薬の在庫を数え、「だな」と短く同意する。

 商人はだぶついた顎を指でだぶだぶさせながら首を傾げた。


「しかしそりゃあおめえ、そこはそれだろ。魔女様ってのは、魔法が使えるんだろ? 薬なんていらねぇじゃねえか」

「魔力ってのは使えば減るんだよ。減ったら魔法は使えなくなるし、最悪魔女は気絶してしばらく使い物にならなくなる」


 俺の説明に、ゼロはうんうんとうなづいている。

 商人は残念そうに眉を下げた。


「魔女様が気絶? そりゃマズい。俺が手取り足取り介抱してさしあげにゃあ」


 俺は拳を振り下ろした。

 それを、商人はさっと鍋で防御する。ガイン、と鈍い金属音がなってニヤリと笑った商人の顔面を、俺は追撃で殴りつけた。


「暴力はよくねぇぞ毛玉ぁ! 町でそれやったらお縄だぞ!」

「町での俺は借りてきた猫だが、ここは俺の縄張りだ。とにかく魔法薬を売り物になるだけ用意するには時間がかかる」

「我輩の目算だと、およそ七日もあればいい。今日、さっそく材料を森から集めてこよう」

「そりゃ素晴らしいことでございますね、ええ、ええ、ぜひそうしてくださいませ。しかし、その間何もしねぇってのも、俺の商人根性がだまっちゃいねぇ。おい毛玉。ほかに何かねぇのかよ、こう、いい感じの。てめぇの毛皮とか」


「だめだ」


 きっぱりと言ったのはゼロだ。

 ゼロはすっくと立ちあがると俺の背後に回り、首に腕を回して背中に乗りかかってくる。


「この毛皮は我輩のだ。我輩の寝床であり、毛布であり、椅子であり、衣服だ。いくらつまれようと譲り渡しはしない」

「――だそうだ。悪いな。この毛皮は売約済みだ」

「売約済みならしかたねぇ……魔女様の家畜に手ぇ付けるわけにはいかねぇからな」

「誰が家畜だてめぇ」

「魔女様がお前を寝床で毛布で椅子で衣服だっつったんだろうが」


 そういえばそうか。

 それもそうだ。

 しかし一度受け入れてしまった発言を、今更咎めるのも決まりが悪い。

 俺は鼻の頭にしわを寄せ、階段に座り込んだままパタパタと尻尾で床ををたたく。

 

「傭兵さんの毛皮でなくてもいいのなら……」


 ふと、銀貨をもてあそんでいた先生が口を開いた。


「倉庫に何枚か、狼の毛皮があるはずでは?」

「ありゃ冬用の防寒具だぞ」

「狼の毛皮一枚売れば、安い外套ならば五枚は買えます。――ですよね?」


 先生が確認を入れると、商人はわざとらしく難しげな表情を浮かべて空を見た。


「そりゃあまあ、現物を見てみなきゃ何とも言えねぇが……少なくとも、狼の毛皮一枚と、布の外套三枚の交換を嫌がるやつぁいねぇだろうな。何より現金化しておきゃあ、必要な時に必要なもんが買えるんだ。毛皮のままで次の冬まで寝かしとくって手はねぇ」


 それじゃあまあ、ということで、商人を倉庫まで案内しての現在だ。

 ゼロは薬の材料を集めに出かけ、先生は荷物持ちとしてついていった。

 結果、ハゲちらかしたうすぎたねぇ変態のオッサンと二人きりだ。

 気が滅入るが、ゼロや先生がこいつと倉庫で二人きりになるよりは幾億倍もましだろう。


「北のほうで工房を持ってた職人だとよ。例の“大災厄”で焼け出されて、うちの魔女が質のいいなめし液を作れるってんで徒弟ごとこの村についてきた。まあ、この村で一番金に換えやすいのは、間違いなくあいつがなめした毛皮だろうな」

「こりゃ王都でもかなりの値が付くぞ。――お? なんだ、奥の方にもまだあるじゃねえか」


 毛皮の束をほくほく顔で抱えた商人は、ふと荷物の奥に何かを見つけ、ずんぐりとした腕を突っ込んだ。

 何かをつかんで、引っ張り出す。


「…………」

「…………」

「なんだこりゃ? 剥製か?」


 白い、ネズミの獣堕ちだった。

 大きな耳と、見開かれた真っ赤な目と、緊張でピンと立っている尻尾――服は子供用のドレスで、頭の体毛が長く伸びて髪のようになっている。

 リーリという名の、教会の雑用だ。もちろん剥製などではない。

 商人はつかみ上げたリーリの体を、上下に軽くゆすってみる。

 なぜかリーリは動かない。


 ただ、目が。


 その目がじっと俺を凝視している。

 なんだ? 俺に何を求めてるんだ? っつーかなんでお前はそこにいるんだ? 倉庫の鍵はちゃんとしまってたぞ?

 ていうか……まさかとは思うが、剥製のふりをしてるのか?

 さすがに無理だろ。無理があるだろ。だってお前生きてるじゃねえか……。


「剥製にしてはやわらけぇな……人形か? できがよすぎる……服の中はどうなってんだ」


 べろりと、商人がリーリのスカートをまくりあげるのを、俺はとっさに止め損ねた。

 あ、と思わず声が出る。

 ついに、


「やぁああぁーーーー!」


 固まっていたリーリが叫んだ。

 と同時に、


「ぎゃぁああぁーーーー!」


 商人も悲鳴を上げる。

 じたばたとあばれてもがくリーリを反射的にぶん投げるもんだから、宙を舞ったリーリを俺はあわてて受け止めた。

 それでもリーリは暴れ続け、俺のひげを引っ張り、拳を振り回す。


「ちょ、おちつけ! 落ち着けチビ! 別にいいだろちょっとスカートめくられたくらい! 下にも服着てるんだからよぉ!」

「関係ないもん! お兄ちゃんのばか! ばかばか! もーやだ! わーーん!」


 らちがあかない。

 俺は暴れるリーリをかかえたまま、いまだに一人で悲鳴を上げている商人を引きずって、とりあえず倉庫から外に出た。


 でだ。


「……なんでここに、神父様が殺る気満々でいらっしゃるんですかね?」


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