プロローグ
広場に商人が来ていると聞いて、いてもたってもいられず、気が付くと教会を飛び出していた。
いつも、できるだけ人目につかぬように心がけている。
自分の存在が、人を怖がらせると知っているからだ。
リーリはネズミの獣堕ちだ。
そして、ネズミは病気を媒介する。おいそれと人前に出ていい存在ではないのだ。
だが同時に、おしゃれが気になる年頃でもある。
恵まれていないわけではない。服だって何着も持っている。
それでも、気になってしまう。
リーリは自分で買い物をしたことがないのだ。
今持っている服だって、両親やその雇い主が、見繕って与えてくれた。それに不満はなかったが、自分で選ぶというのはどんな気分だろうと、どうしても思ってしまう。
だが、実際に広場になど行ってみたところで、何もできはしなかった。
買い物を楽しむ人々を遠めに眺めて、いいなぁ、と思う。
それだけだ。
こんなところを誰かに見られでもしたら、心配をかけてしまう。
戻ろう。教会へ。
そう思ったのに気が向かず、人気のないところに向かっていた。
倉庫だ。
実は倉庫の裏手に小さな穴が開いていて、村の子供たちがそこからよく忍び込み、倉庫のなかを探検するのだ。
今、リーリは穴からもぞもぞと倉庫の中に潜り込み、だれもいない、真っ暗な空間の中で膝を抱えている。
うとうとしたのは一瞬――。
目が覚めると、倉庫の戸が勢いよく開かれた。
光が差し込むと、もう逃げられない。
積み上げてある毛皮の下で膝を抱えたまま、リーリは見つからないことを祈ってじっといきをひそめた。




