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第9話 ある転生者の休日 前編

白い。

白い空間。

ただ白いだけの空間。

あるのはただ二つの人影のみ。

二つの人影は絡み合っている。

二人は複雑に体を絡ませあっている。いや、一人が無理矢理にもう一人に絡み付いていると言ったほうが正しい。


「シャッオラ! とっととくたばれってんだよ!」

『アダダダ! ちょっ! 止めっ!』

「ど~ですか!? お客さ~ん!?」

『いません! ここにいるのは私と貴方だけ、です!』


絡みついているのは長身の背広姿の男で、黒い髪を短髪にしている。その肉体は脂肪を削ぎ落され、筋肉が磨き上げられてた。

絡みつかれているのは古代ギリシャの彫刻を思わせる美しい女性で、スラリと伸びた手足と大きな乳房と臀部がゆったりとした布を巻き付けられてなお主張している。彼女の髪は七色に輝いていた。


男の名は(アズマ)歩芽羅爾庵(ポメラニアン)。いわゆるキラキラネームとかDQNネームと呼ばれる名を持つ。

彼は女性の左足の内側に自身の左足を正面から引っ掛けて、相手の左横を通り抜けて自身の体を相手の背後に回り込ませ相手の右脇に背中から差し込んだ左腕を相手の首の後ろに回し、相手の首を抱え込むように自身の両手を握りこんで女性の脇腹を中心にダメージを与え続けていた。

いわゆるコブラツイストである。


女性がたまらず体を前後に揺さぶり勢いをつけてから倒れこむが、それは悪手であった。東のコブラツイストは立ち技(スタンディング)から寝技(グラウンド)へ、グラウンドコブラへと移行する。

不意に女性を締め上げていた東の体から手応えが一瞬で消えた。手応え処ではない。女性の姿そのものが消え失せていた。


『な、なんてことをするのですか!?』

声がする方を見ると、先ほどまで東が締め上げていた女性が数メートル先に何事も無かったようにたっていた。着衣の乱れすら直っている。

「さすがはカミサマと言ったところか……」

東も脚力と背筋のみを使ってその場に飛び上がる。左半身を前にした半身の状態で、やや前傾姿勢を取る。


『信じてくれましたか?』

女性がホッとしたような表情をするが、彼女は目が見えていないのだろうか? 東は今にも飛び掛からんばかりだ。

「信じているぜぇ? 貴様がどーしよーねー邪神だってことはな!」

『じゃ、邪神!?』

「『別の世界に行ってもらうために貴方を殺しました』なんて言うカミサマは邪神呼ばわりされてもしょうがね~よな~?」

『そんな殺しただなんて、ただ少し因果律を操作しただけです……』

「同じだバカヤロー!」

『!』

東が豹のような瞬発力で飛び掛かる。

低い姿勢からガラ空きの腹部へボディーブローを叩き込み、姿勢を上げて体を後ろへのけ反らせ、しなる弓なりナックルアロー。


『……カハッ!……』

カミサマと呼ばれた女性は胸部へのクリーンヒットに呼吸が乱れ、一瞬、ホンの一瞬だけ東の姿を見失ってしまう。

次の瞬間に彼女が知覚したのは後頭部への強く鈍い衝撃。東の飛び蹴り、延髄斬りであった。正面にいたハズの東が後ろから飛び蹴りを入れてくるとは!

女性は膝から崩れ落ちるが地面へ倒れる瞬間、またも姿を消す。


『驚きました……。まさか『転移魔法』でも?』

「さあてねぇ。鍛え上げられた肉体と技は魔法と区別がつかないってか?」

今度は後ろから距離を取って現れたカミサマに東も振り返って軽口を叩く。

追い詰められれば姿を消して体勢を立て直すカミサマに決め手を欠きながらも東は諦める気はしなかった。

東の乗っていた旅客機は乗員乗客含めて200名近くは乗っていたと思う。それが目の前の彼女の都合で死んだと言う。


東の現世での最後の記憶は火を吹くエンジン、飛び散るタービン。泣き叫ぶ女性や子供たちに男の怒号も聞こえた。キャビンアテンダントたちは必死で職務を果たそうとしていたし、機長も懸命に体勢を立て直そうとしていたと思う。だが、それも翼内の燃料タンクに破片が飛び込んだのか片翼が吹き飛んだことで無意味に終わった。

気が付いた時にはこの白い空間にいて、神を自称する女性が話しかけてきたのだ。


故に東は目の前の邪神を誅滅せねばならないと思う。

なるほど確かに目の前の女性は超常の力を持っている。神、もしくはそれに類するものであることに疑いの余地はない。そして自分が自身の生に無頓着であったのも間違いない。だからと言って他の人を巻き込んでいいハズがない。

(ズレてやがる……)

元の世界では人口が増えすぎて魂が過剰であるとか、これから行く世界では文明が停滞しているために異世界からの来訪者を求めているとか語ったカミサマの言葉に嘘は無いのだろう。そもそも嘘を付く必要もないのだ。ただ東にはそんな理由でたくさんの人を殺すことは許せなかった。


『そこまで理解して、なお私を討とうと言うのですか?』

「……? 心を読んだのか?」

『はい』

「なら、一々、質問しなくても答えは分かってんだろ!」

『はい。貴方の意思は固いようですね……』

「たりめーだ。バーロー! むしろ貴様の説明で『ハイ、分かりました!』と言う馬鹿がいんのかよ!」

そう言って駆けだす東。

目の前の敵は神かもしれないが格闘技法には対応できないらしく、先ほどから全ての攻撃が通っている。何度も姿を消して逃げられているが構う物か。何度でも、どれほどの時間がかかってでも倒してやる。

前蹴りで先ほどのボディーブローのように頭を下げさせて、それから脇に首を挟んでDDTに持っていってもいい。股の間に首を挟んでからパイルドライバーにいってもいい。それから姿を消して逃げられるまでストンピングの連打を食らわせてやる。


その後の展開を考えながら突進する東の足元に急に暗闇の大穴が空き、東は深い奈落へと落ちていく。

頭の中にあのカミサマの声が響く。

『いつまでも、貴方一人に構ってはいられませんので……』

『貴方はきっと、類稀な攻撃性と独善性、それに見合った種に生まれるでしょう……』

『貴方が何になるのかは分かりませんが、いつか、また出会った時に不思議な体術が使えないように祈っておきます……』

『それでは……』

「クソがッ!!」

意識が周囲と同じ闇へと同化していく。




コンコンコン! コンコンコンコン! コンコンコンコン!

部屋のドアをノックする音に目が覚めると前進がぐっしょりと寝汗で濡れていた。

アズマがベッドから起きると、そこは「喫茶 アーセナル」の3階の自室であった。夢で見た白い空間でも、落ちた奈落の暗闇でもなく。ましてや、こちらの世界に転生して気がついた緑の深い森の中でもない。


あの日、白い空間から暗い闇の中に飲まれ、気が付いたのは。「目が覚めたら」とか「瞼を開けると」ではなく、本当に気が付いたら見知らぬ森の中にいたのだ。

しかも妙に体の塩梅がおかしいと思い、近くの池に自分の身を水面に映してみたところ、そこにいたのは子供であった。小学校高学年くらいか、もしくは発育が遅い中学生か。

なるほど、あのファッキン糞女神め! 「体術が使えないように祈っておきます」だと!? 確かにこの体では体術は有効に使うことはできないだろう。ここまで正確に思った通りにできる神の「祈り」とは「呪詛」と言ってもいいのではないだろうか?

見ず知らずの自分という子供の顔を眺めながら意識して表情を変えてみるが、水面に映る子供はその通りに表情を変える。こうして見ると可愛い顔をしているものだと思う。これが自分の兄弟の子供とかであればお小遣いでもあげたくなるくらいだ。ただ、30を過ぎたオッサンにこの体で生きろと言うのはどうかと思う。

「……どうしたモンかな? とりあえず『鑑定』してみるか……。ん? 鑑定?」

不意に自分が知らないハズのことを知っていることに驚く。試しに思った通りに自分を鑑定してみるとテレビゲームのウィンドウ画面のようなモノが視界の中に現れ長々と自身のことを表示する。


「『鑑定』……。あっ、これか!」

確かに「スキル一覧」という項目に鑑定レベル1の項目もあり、そこを人差し指でタッチしてみると「スキル『叡智』とリンク済」と表示される。レベル1の割に表示項目が至れり尽くせりなのは自分の事だからか、それとも叡智とやらとリンクしているからか。

が、しかし。問題は「神の恩恵(ギフト)スキル」という項目にあった「幼体固定」であった。

幼体固定とは犬や猫などのペットを品種改良で使われる言葉で、その名の通りいつまでも子供のままの可愛い姿であるように改良していくことを指す。

恐る恐る東が指でその項目をタップしてみると予想通り子供のままの姿でいることを義務付けられたスキルであると同時に、「レベルアップに必要な経験値が激増する」という説明もあった。とんだマイナススキルもあったものだ。

しかも年齢の表示は「0歳」、見ての通り、その時点で東は小学生か中学生くらいの見た目である。それで「0歳」という表示に不思議に思って種族の項目を確認した時、東はファッキン糞ビッチ(あの糞女神)の「類稀な攻撃性と独善性、それに見合った種」という言葉の意味を理解した。


あれから5年。

色んな事に手を出したが長続きせず、今は従業員2名を使って喫茶店をやっている。

そもそも「喫茶店」という文化の無いローヴェの王都ロヴェルで、こちらの世界には存在しないコーヒーや紅茶を出す店をやろうと思ったのは憧れの脱サラ生活として夢見ていたことだからである。だが、コーヒーや紅茶がこちらの人の味覚に合うかは分からないので店内の壁に希少な武器を飾って客寄せにしようとは我ながらコスい事を考えたものだと思う。


コンコンコン!

ドアをノックする音は強くもなければ、慌てている様子でもない。ただ繰り返しノックし続けている。

アズマにはノックの主が予想できていた。

「なんだい? カナさん?」

ベッドを降りて歩きながらドアの前にいるであろう人に声をかける。

「お休みのところ、すいません……」

カナさんが気を遣っている風の声を出す。あくまで「風」だ。そうでもなければ休日の朝6時に雇用主を起こしたりはしないだろう。

「どうしたの?」

要件は分かっていたがドアを開けて一応は聞いてみる。

「朝早くにすいません。マスターが今日の休みはニホンに仕入れに行くと言うので、その前に稽古を付けてもらおうと思いまして……」

「わかったよ……。5分したら下に降りるから待っていて……」


転生後にスキルを確認していて「転移魔法」が使える事に気付いたのはすぐだった。あの自称カミサマが延髄斬りの時のフットワークを転移魔法と誤認したせいか、そうでないのか。それは分からなかったがアズマは転移魔法が使えたのだ。だが、転移魔法で元の世界に戻れる事に気付いたのは1年近く経ってからだった。気付いた時は「まさか!?」と思ったが実際に世界間転移を行うことに成功してしまった時には乾いた笑いが出たのを覚えている。

しかし日本の東家の墓に東 歩芽羅爾庵が埋葬されていることを知った時に自分の居場所はもうここにはないことを悟ったのだ。

以来、東はアズマとして世界間を行き来しながら暮らしている。


そして、そのことはカナさんとスーさんには伝えてあった。

ただ世界間の転移での魔力の消費について「新幹線の長旅くらいしんどい」と伝えたのが上手く伝わらなかったのか、カナさんは仕入れの無い休日は午前中一杯付き合わされる稽古を仕入れがある時は早朝に要求するようになっていた。

元はと言えば、自分がカナさんに鍛えておくように言っておいたのが原因だと思い直しジャージに着替えて2階のダイニングキッチンへと降りる。


「朝、菓子パンでいいかい?」

「あっ、ハイ!」

昨日の残りのアイスコーヒーをグラスに注いでいるカナさんの席と、まだ自室で眠っているであろうスーさんの席に菓子パンと銀貨を置いていく。

菓子パンはカナさんにはイチゴのジャムパン。スーさんには餡子とマーガリンのコッペパン。スーさんの分は瓶のコーヒー牛乳も置いておく。

銀貨はそれぞれに10枚、1万ルブだ。今週分の給料というわけだ。1枚で1万ルブのベアル金貨は彼女たちの日常使いには使い勝手が悪いし、何より純金(24K)であるために日本で高額で買い取ってもらえるのだ。大体、変動もあるがベアル金貨1枚で7万円前後か。


「どうぞ……」

カナさんから差し出される氷抜きのアイスコーヒーで豆パンを流し込む。食事のあとはゆっくりとパンを味わっているカナさんより先に洗面所で顔を洗って歯を磨く。

カナさんが食後に身支度を整えている間に買い出しのリストを確認しておく。店舗の厨房やカウンター下の冷蔵庫の中ももう一度見てチェック洩れがないかどうか確認。

そうこうしている内にカナさんの準備も整い1階に降りてくる。


「わ~、朝焼けがきれいですね~」

「そうだね~。こんな時間まで朝焼けが残ってるなんて珍しいね」

「そうですね! きっと今日はいいことありますよ!」

いつまでも朝日を見ているカナさんを横目に施錠を確認する。


「それじゃ準備体操して走っていこうか?」

「いつも思うんですけど走る必要ってあります?」

「体幹とか心肺機能とか持久力とか説明要る?」

いつもカナさんとの訓練は王城裏手の練兵場を使わせてもらっている。カナさんはそこまでの約10分間のランニングがあまり好きではないようで、できれば剣技の稽古だけをやりたいようだ。ブツクサ言う彼女に発破をかけながら柔軟体操を中心とした準備体操を店先で行う。


「よし! それじゃ行こうか!」

「マスターは走らなくていいんですか?」

「僕は訓練とかいらないもの」

走りながらカナさんはフワフワと宙を飛ぶアズマに文句を言う。


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