第7話 ハイエルフの里でお夜食を
「そんなわけでマスターの誤解も解けて、私たちもその日からお風呂に入れるようになってね。マスターも決まりが悪かったんでしょうねぇ。1日に1個って言ってたアイスをその日は皆、日中に食べてたのに風呂上りにもアイスを食べさせてくれたわぁ」
「へぇ。それは良かったですね」
「でも、なんでマスターは他の人をお風呂に誘わなかったんですか? 入浴の習慣が無いにしろ、汗をかいた後のお風呂は誰だって気持ちいいに決まってるじゃないですか?」
「そりゃあ習慣というのは意外と馬鹿にできないからね。風呂入る習慣の無い人たちを相手に敵地のド真ん中で『結界張ったから風呂入ろうゼ!』なんて言っても、『危ないからヤメとけ!』って言われるのが関の山だろう? 大体、僕の結界は広く張ってたからさ。虫除けの結界と違って効果が分かりづらいし……」
マスターは弁解をするがそういう物だろうか? だが学者風の老人が口を挟む。
「この国は西の海流の関係での夏は高温多湿で、冬は冷えるからのォ。湯舟に浸かって汗を流して体を温めるのが一般的じゃがの。北の夏でも暑くならない国々では風呂といっても蒸し風呂が多かったり、東方の砂漠の国々では『風呂』なんて習慣は無いからの。そっちの連中ならマスターの言うようなことになっとったかもしれんな」
「さすがねぇ教授」
魔王様が老人を「教授」と呼ぶ。どうやら学者風ではなく本職らしい。
「しかもマスターの持ってた湯舟はね古代の遺物でね。魔力で大きさを変えられる優れものだったのよ! それで入浴は男性組と女性組+マスターの2組に分けて入ったから、そんなに時間もかからなかったしね」
なるほど、仮に湯舟が小さくて一人ずつ風呂に入っていたら、1人あたりの入浴時間が30分だとして9人×30分で4時間半も掛かってしまう。まとめて入れるのならばまとめて入った方がいいのだろう。ん……?
「え? マスター、陛下やアナさんたちとお風呂に入ってたんですか!?」
「まあ私は騎士ですから、別にそういう事は気にしませんが……」
「別にマスター、見た目はチビッ子だしいいじゃない? それなのにマスターったら恥ずかしがっちゃって『風呂くらい一人で入らせろ』ってワガママ言ってたんだけどね……」
「いやいや、恥ずかしがってたわけでもないし、ワガママでもないし!」
店主がムキになって否定する。
「あら~? でもアゼレアが『夜の森は怖いから』って行ったらコロっとついてきたじゃない?」
「……マスター。アゼレアさんとやらに甘過ぎません?」
「それで一緒にお風呂に入ることになったのはいいけど、照れちゃって私の裸は見ないように目を逸らしてたわねぇ~」
「おう! そりゃアレよ。お前の胸があまりに無いものだから、実は『プリンセス』じゃなくって『プリンス』じゃないか鑑定結果を確認してたのよ!」
マスターの言葉に近衛騎士と魔王様を除いた店内全員の視線が魔王様の胸に集まる。なんというか、その。国宝の一つにも数えられる龍紅玉の輝きにばかり目を取られていたが、魔王様の胸に女性らしい2つの膨らみは見られない。
「……その話はもう止めにしましょう……」
居た堪れなくなったのか魔王様が話を切り上げる。
一行はそれからも道無き道を進み続けた。
毎日が天候に恵まれたわけではない。小雨くらいならば前進を続けたが、視界が利かないほどの豪雨に見舞われては進むこともできないし。幸いにも長雨に祟られるということは無かったが、それでも雨の後のぬかるんだ地面で速度が上がらないこともあった。
しかし、速度が上がらないことよりも一行を心配させたのは野営地に向いた場所が雨で使えなくなっていたことや馬の健康状態であった。
「……あの、ちょっといいですか?」
「なあに?」
ミリーが魔王様の言葉を遮る。
「え~と、正直、もう話の流れからして野営地とか馬とかぜ~んぶマスターがどうにかしたんじゃないですか?」
「…………」
魔王様はミリーの質問に答えない。ただ冷めてしまっているであろうコーヒーを口元に運んだだけだ。
「それを言ったら……」
「御終いでしょうが!」
その場に一緒にいたアナさんとスターリングさんが声を揃えて言う。
「ぬかるんだ場所しかなくて野営地がなくても木と木の間にハンモックを張るし……」
「水に浸かりすぎて柔らかくなった馬の脚に傷が付けば治癒魔法と解毒魔法であっという間に治してしまうし……」
「そうよねぇ……。よっぽど騎士団の訓練の方がキツかったわよねぇ……」
護衛役として一行に加わっていた3人は結局、ハイエルフの里で「騎士が来た」というデモンストレーションのお飾りにしかならなかったという。
「でもよお。過酷な環境以外になんか森で人の興味を引くようなのは無かったんですかい? そうでなくちゃマスターが全部、なんとかしちまうってオチの分かった話を聞かされ続ける羽目になっちまいますぜ」
ヴァルさんもミリーに同調してくる。
「他にねぇ……、出てくる魔物は近寄る前にマスターが消し飛ばしちゃうしねぇ……。あっ! ドラゴンテイルの木って知ってる? 御伽噺にも出てくる」
「え? もちろん知ってます!」
「色んな御伽噺に出てきますわよねぇ」
「もしかして神代の森にあったんですか?」
「あったわよぉ!」
魔王様の言葉に一同が色めき立つ。だがアナさんとスターリングさんの顔色は晴れない。
「ただねぇ……。根本が太くて徐々に先細りになってくだけに何の面白みも無い木でねぇ……」
魔王様の言葉に続いて、スターリングさんが先ほどリンゴを食べた時の楊枝を持って一同に見せる。
「丁度、この楊枝が何千倍も大きくなったようなもんじゃ!」
「ホント、ガッカリでしたね……」
アナさんまで当時の落胆を思い出すように語る。
だがミリーは引き下がらない。
「で、でも! 魔力の伝達性がいいとか! 剣聖レフティ=ジャンゴがドラゴンテイルの木刀で不死者の軍勢を薙ぎ払ったとか……!」
元々、ミリーが冒険者に、中でもソードマンに憧れるようになったのは幼い頃に聞いた御伽噺の剣豪たちに魅せられたからだった。
「あ~、それね。できるんじゃない? ドラゴンテイルの木の魔力伝達率は並みの木材と対して違いはないけどさ。硬さが彫刻を彫るのに丁度良くてね。魔術文字や魔法陣やら細かく刻み込んだ上で木刀として使うのであればね」
マスターが説明するにはドラゴンテイルの木はただの彫刻用木材だという。ミリーが先日、この店でミスリルソードを持たせてもらった時に魔力伝達率の良さから思わずイメージしたのが他ならぬドラゴンテイルの木刀であったというのに。
「僕は彫刻とかやったことないから確かな事は言えないけどさ。他に選択肢があるのなら、大概の剣士ならアンデッドの大軍を相手にするなら木刀なんか使わずに破邪の付加効果がついた聖剣でも使うんじゃないかな?」
「そんな~!」
ミリーの中で幼いころから憧れていた剣聖のイメージがガラガラと音を立てて崩れていく。
「そうじゃのう……。レフティ=ジャンゴはこの国でこそアンデッド退治の逸話から剣聖として知られとるがのぉ。余所の国じゃむしろ彫刻家として知られとるしの。あり得る話じゃの」
「そう言えば副都の美術館にジャンゴ作の猫の彫刻がありましたわねぇ!」
「そういやワシも若いころに見たの!」
教授と伯爵夫人の2人の話がマスターの話を裏付ける。
「それにお嬢ちゃん、レフティ=ジャンゴのアンデッド退治の本質は『ドラゴンテイルの木刀は凄い!』って事じゃないじゃろ? 孤立無援の村をジャンゴが一晩で作り上げた木刀で救うという機転と義侠心がウリの話じゃろ?」
「そ、そうですよね!?」
そう言えばそうだった。御伽噺の英雄たちは凄い武器を持っていたから語り継がれているわけではない。英雄的な行いをしたから語り継がれているのだ。
「もっとこう、そういうガッカリしたことじゃなくて皆が驚くような話はないんですかい?」
ドラゴンテイルの木の話が一段落したところでヴァルさんが他の話題を促す。
「そうねえ……。んじゃ、もうハイエルフの里の近くの話になるんだけど……」
「けっこう飛びますね」
「そりゃあねぇ。御伽噺でもあるじゃない? ハイエルフの里はいくら探していも見つからないって話」
「ええ数百年前にもある大富豪が支援部隊も含めて数千人規模で森に入っても見つからなかったとかありますね」
そこで魔王様の顔が悪戯を企む子供のようにニヤリとする。
「何でだと思う?」
「え? ……そりゃあ森が深くて険しくて? 強い魔物も多くて? とか……」
「それだけじゃ神代の時代から前人未到と言われる理由が分からないでしょ?」
「う~ん……」
周りを見渡しても理由をすでに知っている者以外、眉間に皺を寄せたり天井を見詰めたりと考え込んでいる様子だった。
「……ヒントください!」
「ヒントはもう今までの話の中で出てるわよぉ」
魔王様の悪戯っ子のような笑みがますますと輝く。
「あっ! もしかして……」
そこで声を上げたのはルイスだった。
「マスターが野営の時に張ってたっていう結界。同じような物があったんじゃ?」
「ルイスちゃん! 正解!」
「お~~~!」
一同から歓声が上がる。
だが魔王様は正解が出たことで喜んだものの、一瞬でトーンダウンしてしまう。
「結界があったにはあったんだけどねぇ……。それも2重の物が。でもマスターが壊しちゃったからねぇ。この話はこれで御仕舞かしら?」
「一応、丸1日、同じ場所をグルグルと回らされたりしたんですけど、それが余計にマスターをイラつかせたのか結界の要石をドカンと爆破してしまいましたしね……」
「1個目の結界で警戒したのか2個目の結界には騙されることも無かったしの!」
「じゃあ2個目の結界もドカンと?」
「いやいや僕もそこまで考え無しには動かないよ。結界は人除けでもあったけど、魔物除けでもあるんだからさ」
店主が呆れたような顔をするが、店主ならやりかねないとミリーは思う。
「それでやっとハイエルフの里に辿りついたんだけどね。森に入って28日目だったわね」
「へ~、ハイエルフって普通のエルフとどう違うんですか?」
「特に?」
「特にって、もっと、こう、あるでしょう?」
「そりゃあ私たちとは交流のない一族だから着てる服は全然、違うんだけどねぇ。見た目は普通のエルフと変わらないわよぉ?」
「き、教授!? どうなんですか?」
「そうよのお。笹の葉に例えられるような細長い耳をしとると言うがのぉ……」
「え~? ちょっとスーちゃん。横向いて皆に耳を見せてやってちょうだい!」
魔王様の指示にしたがってスーさんが耳を見せる。
「ね? 普通のエルフと区別なんてつかないでしょ?」
「ん? スーさんってハイエルフなんですか?」
「え、ええ。その神代の森のハイエルフです」
「「「えええ~~~!!!!」」」
店内に驚きの声が溢れる。まさか伝説のハイエルフに王都で会えるだなんて。しかもスーさんの腕には赤い布が巻かれており店主の奴隷なのだ。
「それじゃ、その辺の話にしましょうか……」
2個目の結界を妨害魔術で小一時間ほど無効化した後、15分ほど進むとハイエルフの戦士たちの出迎えを受けた。
10人ほどの弓士たちに包囲され誰何される。
宙に浮かんだアズマ将軍が訪問の目的を告げると一行は弓士たちに先導されて里を目指すことになった。使節団の来訪を里に告げるために先行した1名のハイエルフは木々の枝から枝へと飛び移り、あっという間に見えなくなってしまう。
それから10分ほどで伝説に伝えられるハイエルフの里へ辿り着く。
里と言っても開けた場所にあるわけではない。
むしろ人が数百人、手をつないでやっと周囲を覆えるような天を衝く巨木の周囲で家屋を建てて生活しているのだ。もっとも、そのおかげで残暑の厳しさも大分、和らいでいるようであった。
家屋はレンガは石で作られたものではなく、木材や屋根などは草で作られているようで軽いのか、樹上に家を建てているものも珍しくない。
そこに暮らしている人々は象牙色の一枚の布を頭から被ったような服を身にまとっていた。ウェストのあたりで飾り模様の付いた紐を巻き付けている。
先の反乱で見かけた戦士たちや里に案内してくれた弓士たちは緑色の皮鎧を愛用していたので、染色の技術などはあるのだろうが迷彩の必要の無い里の中では染められていない布を使った服を着ているということだろう。
里の人々は使節団の一行を遠巻きに見ているが、その目は好奇心というよりも恐れの色が強いように思える。幼子たちを隠そうとしている大人もいるほどだ。
一行は里の中心、巨木の麓に寄り添って建てられた館の前で待たされる。
彼らの長の私邸であろうその館は「城」でも「宮殿」でもなく、むしろ「集会所」に近いように思えた。
しばらくして中に通されるとその印象は更に強くなった。段差の無い板張りの床に円形の草を編んだ敷物が9つ並べられており、その敷物に向かい合うようにして一人の髪の長い老齢のハイエルフが胡坐をかいていた。
自らを氏族長だというその老齢のハイエルフは髪が長く、髪も髭も真っ白であった。胡坐をかいても背筋はピンと伸びている。
通された1室は氏族長に9人の使節団を加えてもまだまだ余裕があった。室内には香炉と壁に数点の不思議な模様のタペストリーが掛けられている以外は調度品も見当たらない。
室内には香炉からと思われる不思議な香りで清浄な雰囲気が作り出されていた。
手短に使節団の自己紹介をしたあとですぐに本題を切り出すアズマ将軍。
「もし我々の勘違いであればお屋敷を汚すことも、人除けの結界の要石を破壊したことも謝罪して誠意を持って補償しましょう……」
その言葉に氏族長は困惑の色を浮かべる「お屋敷を汚す」とはどういうことか? これから何を始めるというのか?
だが困惑はすぐに驚愕に変わる。
幼い少年にしか見えない使節の足元から暗黒が同心円上に広がっていき、室内を飲み込む寸前にまで広がっていったのだ。
そして暗黒の中から夥しい数の死体が出てくる。死体の山を積み上げた後に暗黒は何事も無かったように消えてしまった。
たちまちに室内は死体の臭いで包まれる。血、臓物、泥、腐臭。
たちまちにアゼレアが死臭に中てられて気を失ってしまった。
「え? あ? ちょ、ちょっと! アゼレアさん! アゼレアさ~ん!」
死体の山をこの場に築いた張の本人であるアズマ将軍が慌てるが、氏族長が室外で控えていた物を呼び、アゼレアの介抱のために部屋の外に運び出してくれた。
「あ~、ありがとうございます。ところでこの人たち見おぼえありません? 去年の反乱に加担したハイエルフや隣国の侵略に協力したハイエルフの死体なんですけど?」
「はてさて、確かにこの里の者たちですが、若者たちの遺体を見せつけてどういうおつもりですかな?」
氏族長はシラを切ることはせずに逆にアズマ将軍に問い詰める。ハイエルフの里の真っただ中でこんな事をして生きて帰れると思うのか? と。
「どういうつもりかはそちら次第です。降伏して恭順するというのならば陛下の御恩情により戦死者を弔うことを許されたと思ってください。あくまでも陛下に抗うというのならば次は貴方達がこうなる番だと僕からの意思表示です」
そう言って今度は虚空に暗黒を作り、その中に手を入れる将軍。手を抜いた時にその手に握られていたのは白い長弓であった。金色のエングレービングが施されたその弓は魔弓であるのか矢筒は無い。
「そ、それは……!」
「古代妖精王の弓。エルフ族にとってコレで殺されることは最大の恥辱だそうですね。古代の犯罪者の処刑法であるとか、そのためにコレで殺されると魂も祖霊たちに受け入れられることもないとか。まっ、詳しいことは知りませんけど。で、どうします?」
「…………」
「さあ! 降伏か死か選びなさい!」
「その弓を持つ者に逆らうことなど我々にはできませぬ……。ただ……」
「くどい! 降伏に条件を付けられる立場だとでも思ったか!」
「あ? いえ、その降伏の決定を森に散らばる支族に伝えるので1週間ほど待って頂きたいのですが……」
「え? あ、そういうことなら……」
こうして氏族長との会談は5分もしない内に「降伏」に決まった。
「で、降伏といってもどうしたらいいのでしょう?」
「それよりさ、死体の臭いがキツいし場所変えない?」
自分で出しておいて死体の臭いに辟易したアズマ将軍の一声で場所が移される。新たな会談場所は氏族長の別宅だという家で遠く離れた支族が訪ねてきた時などの宿泊場所としても使われている場所らしい。そこが使節団の宿泊場所としてあてがわれる宿舎になるらしい。
「とりあえずさ。降伏しますって意思表示のために氏族長の子供か誰か陛下の元に送ったら?」
降伏について何も知らない氏族長のために話し合いは続けられる。他者との関わり合いを絶ってきたハイエルフ族なのだ。当然、この数千年の間に降伏なんてしたことがあるハズもない。
「おい、スーを呼んできてくれ」
「はっ!」
「あとは……税を払うってのは違うか。王国の行政の利益を得ているわけでもないしな……。毎年、陛下へ貢物を送るってのは?」
「はあ……、でも我々には何が価値のある物なのか……」
「その点も含めて氏族長もいっぺん王都に来てよ! 送り迎えは僕がするから。それで降ってきた相手を殺すような陛下じゃないし。もし仮に氏族長が殺されるようなら僕の見込み違いだったと思って、もうエンシェントエルフチーフの弓を振り回すようなことはしないよ!」
「そ、そうですか……」
やがて連れられてきたのは一人の幼女だった。もっともハイエルフであるので見た目で年齢を判断することはできないが。
「それがスーさんだったんですか……ん? それじゃスーさんはハイエルフ・プリンセス?」
「ハイエルフにプリンセスとかは無いみたいだね。あくまで氏族長の娘さんって扱いでさ」
「逆に私も驚きましたよ。こっちじゃ魔王様の一族も王族としての地位があることに」
「てかマスター酷くないですか? 女の子に人質になれだなんて」
「ねぇ~!」
ミリーの避難に店内の女性たちも賛同の声を上げる。
「え~? 僕は別に『子供をよこせ』って言っただけでさ。こんな小さな女の子を寄越せだなんて言ってないよ! それにこれには理由があってだね……」
「なんです。理由って」
張の本人であるスーさんが聞く。
「実は先代と約束しててね。使節団の成功の折には僕がハイエルフから戦利品を一つ得ることを先代から許してもらってたんだ」
「アンタ、最低の男だな。女の子を戦利品だなんて」
遊び人風の男が声を上げた。
「まあまあ、話は最後まで聞いてよ。確かに先代と『戦利品を一つ得る』ことを許されて、氏族長には『子供を一人差し出す事』を要求したけどさ。この時点では氏族長の子供を戦利品にするとは一言も言ってないんだ。もっともいつもスーさんを傍において、そう誤解されるようにはしたけどね」
「どういうことです?」
「先代が戦に加担したことを罪として氏族長を殺そうとした時に、戦利品として氏族長の命を僕に任せるように言うためさ。もっとも杞憂だったけどさ。大体、子供を差し出せって言ってムキムキのアンちゃん出されたら僕にどうしろって言うんだい。そんときゃ、この店は今頃、スポーツジムだよ!」
「ハハハ!」
笑っては見るがミリーにはスポーツジムなる店がなんなのかは分からなかった。
逆にスーさんは感慨深げだ。
「そうだったんですか!? マスターにそんな深い考えがあったとは知りませんでした。騎士さんたちも法務官の方にも優しくして頂けたので私は平気でしたが、父ちゃん、マスターたちが来た翌日には胃に穴開けて血を吐いて大変だったんですよ?」
「あ~、次の日は大変だったよね」
「まあマスターの回復の治癒魔法で事なきを得たわけですし、その後は特産品の開発について相談にも乗ってもらってたみたいなんですけど……」
「いや~、脅しが過ぎたかな~って思ってさ」
「そうよねぇ~、誰が魔王なんだか分かったもんじゃないわぁ」
「で、1週間くらいハイエルフの里で暮らしたんですよね? どうでした? メッチャ敵視されたりとかは?」
やはり冒険者にとっての一番の興味は未知の邂逅だ。ヴァルさんも興味がありそうだ。
「ん~? 特に?」
「特にって事はないでしょう!?」
「いや、ハイエルフたちは強者には敬意を持って接する風習があるらしくてね。神代の森の突破者やハイエルフの戦士を打ち倒した者として扱われたよ?」
「まあ一気に100を超える遺体が還ってきたから里中がお葬式ムードになったのは参ったけどね……」
「あら? マスターは子供たちとボール遊びしてたじゃない?」
「あ、後、ご飯は美味しくなかったわねぇ~」
「え? 酷いです……」
スーさんが魔王様に不満の声を上げる。そりゃそうだろう。自分の故郷の料理をよりにもよって国のトップに否定されるのだから。だがスターリングさんとアナさんも魔王様に同調する。
「だってのお、酒は酸っぱいし……」
「食事は素材の味を活かし過ぎというか……」
「蒸しあげただけの形そのままの小鳥が出てきた時は驚いたわよぉ。スーちゃんが笑顔で喜んで食べてなきゃ宣戦布告と受け取ったところよ。スーちゃんの反応からするとアレって御馳走なんでしょぉ?」
「マスターはあの時に上手く逃げてましたね……」
「『お父様のように倒れられては困るから君がお食べ』じゃっけ? 小鳥が嫌ならそう言えばいい物を……」
「そうなんですか? マスター?」
「小鳥が嫌な訳じゃないよ……」
そう言って店主はアイテムボックスから茶色く焼き上げられた小鳥を2匹取り出し、1匹をスーさんに渡す。
「ただ美味しく食べるにはそれなりの調理が必要だと思うだけさ。これはニホンのカンサイ地方で食べられているスズメという小鳥のヤキトリっていう料理さ。食べてごらん?」
そう言って店主も小鳥に齧り付く。
ガリッ!
ミリーにも聞こえてくる音を立てて小鳥の頭蓋骨を噛み砕く。
「脳味噌が美味しいんだよね!」
「あっ! 分かります。それにコレ、醤油ダレですね? いい味してます! しかも皮目もパリパリ!」
店内でもっとも可愛らしい店主とスーさんが小鳥に齧り付く光景はミリーには薄ら寒さすら感じさせるまるで地獄の餓鬼のような光景だった。
「うん。確かにスズメを食べた後だと里の蒸し鳥はちょっと頂けないような気がします。油っぽくて好きだったんですけど……」
「貴方達の里が全体的に油に飢えていたんじゃない? ハイエルフって皆、痩せ型だけど町エルフなんて肥満の人もいるじゃなあい?」
あっという間にスズメは店主とスーさんの胃袋へ骨を残して納まってしまう。
「一応、私たちも使節団って体裁だから出された物は食べないといけないわけじゃない? 大変だったわぁ……」
「間食と称して出してくれる飲食物が頼りじゃったのお……」
「そう言えばマスターったら、夜中に一人で森の中で夜食をたべてたわよねぇ~!」
「おい! それに便乗してお前も食ってただろ!」
魔王様が笑顔で言い出した事にムキになって言い返す店主。
「「は?」」
これに反応していたのが粗食に甘んじていた近衛騎士の二人だった。
「お前、自分の首を絞めるようなことも分かんないのか?」
「ち、違うのよぉ~。夜中に起きたらマスターがいなくて一人でアイスでも食べてるんじゃないかと思って探したら、姿は見えなかったんだけどソースの香りが漂ってきてねぇ」
冒険者の中でも言われることだが、森の中で人為的な匂いの違和感は強く残るそうだ。。それは遠くまで、また長い時間残ると言われている。
「森の中を匂いを頼りに探したらね。ズゾォ、ズゾゾ~って音が聞こえてきてね。それでマスターが一人でカップヤキソバを食べてるところを見つけてねぇ」
「ハハっ! マスターがそんな下品な音を立てて食うわけが無いじゃろ!」
「まったくです! 陛下じゃあるまいし。大方、『お腹が空いて寝られないYO!』とでも言って魔王様から声を掛けたんでしょうよ!?」
魔王様、部下からの信用が無いな……。
店主は何も言わずにニヤニヤしている。これは実は魔王様の言ってる方が正しいのでは?
「仲間に黙って食う夜食の味は美味しかったですか?」
「控えめに言って『最高』の一言に尽きるわねぇ。さっきも言ったけどハイエルフのご飯って油っ気がないじゃない? そんなわけで辛子マヨネーズ付きのカップヤキソバなんて堪えられないわね!」
開き直って笑顔でアナさんに返答する魔王様。そう言えばミリーが初めてこの店に来た時も魔王様はカップヤキソバを食べていたな。
「ハハ! お前ら反乱を起こすときは教えてくれよ! 弁当持って見に行くから!」
「半分は……」
「マスターのせいでしょう!」
「まっ、そんなわけで1週間後には無事に帰って来れたんだけどね」
強引に魔王様が話題を変更していく。
「帰りも1カ月近くかかったんですか?」
「いえ? マスターの転移魔法で一瞬だったわぁ。それにしても不便なものよねぇ、一度行ったことのある場所にしか転移できないだなんて!」
「そもそもお前らがいなければブーンって空飛んでくんだけどな!」
転移魔法? ミリーの知る限りではそれも古代の遺失魔法だったような気がするのだが? 教授の顔を見るとやはり引きつっているということはそうなのだろう。対照的に魔王様はあっけらかんとしたいい笑顔だった。
「そういやスーさんって何でまだコッチにいるんです? しかも奴隷にもなって……」
「それは……」
「それは?」
「マスターが死ぬまで仕えて、どうせ私の寿命の方が長いし。それで形見分けでエンシェントエルフチーフの弓を貰ってこいって父ちゃんが……」
ずいぶんと気の長い計画だった。
「なに? そんなことを考えてたの?」
「駄目ですか?」
「駄目じゃないけど、僕、いつどうやって死ぬか分からないのに?」
「ええ」
「……あげるから! どうせ同じようなモン、幾つか持ってるから! んじゃ、カナさん。後はよろしく!」
店主がカウンターの奥から出てきてスーさんに近づくと耳鳴りのような音が聞こえてきて、ミリーは目を閉じてしまう。不意にその音が聞こえなくなり目を開けると二人の姿は消えてしまっていた。
「…………」
ミリーを始め初めて転移魔法を見た者も、転移魔法での移動の経験者もその光景に何も言えない。
「え~、マスターが出かけてしまったので今日はこれで閉店です!」
カナさんが閉めに入る。
ミリーとルイスの会計は魔王様が奢ってくれた。お土産用のドーナッツも含めると今日の会計は2万ルブを超えるからついでだと言う。遠慮なく魔王様に甘えることにする。
「すいません。どうも御馳走様でした!」
「ありがとうございます。陛下」
「いいのよ~。ミリーちゃんもルイスちゃんも頑張ってね!」
近衛騎士を引き連れ王城へ向かって去っていく。
「ミリーもありがとうね。私が受験勉強で煮詰まってるってママからきいたんでしょ?」
「あ、分かった?」
「うん。でも、ありがとう。お陰で今日は楽しい時間を過ごせたわ」
「それじゃ帰ろうか?」
「うん!」
あたりは夕日で真っ赤に染まっていた。店主たちが行ったハイエルフの里も夕焼けだろうか?