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第5話 みんなでドーナッツ

「これ、面白いわね。私もやってみていい?」

「ええ、どうぞ」

「ここに親指を乗せればいいのね?」

「はい、そうです」

 魔王様がチェックカードに興味を示した。マグカップを持ったまま、もう片方の手の親指をカードに乗せる。


≪職業:魔王≫


 浮き上がってきた文字は予想通り「魔王」であった。

「あれ? 私には主職業とか副職業とかは無いのねぇ」

 カードから指を離して小さくなったモッチリドーナッツを口に放り込む。

 簡易職業チェックカードは指を離してもすぐには文字は消えない。大体、10分程度で文字が消え始める。また魔法陣に親指を乗せた場合は即座に書き換えが始まる。


「そりゃ、そうだろう。お前が何か他の事をやっても王様の手慰みとしか思われないさ」

「まあ、そういうものかしらねえ……」

「それに去年、初めて会った時にはメインがロイヤル・ナイトでサブがプリンセスだったぞ」

「あら、そうだったの?」

 店主と魔王様との会話。どうやら二人は去年からの知り合いらしい。店主アズマ卿が旅の流れ者だったという噂は本当なのだろう。

 一部にはアズマ卿は先王の隠し子だという噂もあり、店主の魔王様への歯に衣を着せぬ言い方にミリーは隠し子説の可能性を感じていた。だが、それはないのか。いや、長子である現魔王様にも去年まで秘密にしていた可能性もあるのか。


「その時に王女ながらにメインにロイヤル・ナイトが来るほどの努力をしてきたのだろうと油断したのが運の尽きってやつだな! まさか本性がこんな奴だったなんてな!」

「そりゃあねぇ。王様になって好き勝手やるために頑張ってきたんだもの……」

 そこで店主を向いていた顔がルイスに向く。


「でもね。魔王になって好き勝手できるようになってもね。思い通りにいかないことも多くてね。好き勝手できても、そのための計画がアホほど面倒臭かったりね。

 多分、ルイスちゃんもそうだと思うの。学校に進学しても、お医者さんになってからも自分が思ってたのと違うことが多いと思うの。そういう時は一番、最初に自分が何でお医者さんになりたかったか思い出してみてね!」

「ありがとうございます。陛下……」

「好き勝手やってるように見えるお前の思い通りにいかなかった事って何?」

 魔王様が折角、珍しく良い事を言ってるのに店主が茶々を入れる。

「え? 子供の頃にハーレムに入れようと思ってた美少年が筋肉ムッキムキのオッサンになってたりとか?」

 ほら、台無しだよ!




 2つ目のドーナッツを皿に取る。

 悩んだが茶色いというよりは色が薄くて黄色く見える物を選んだ。

 持ってみると少しずっしりとしている。が、一つのリング状のドーナッツの硬い感じや、ルイスの選んだフンワリとした感じとは違い柔らかい。

 口に入れてみると生地は薄く、中には甘く煮つけた豆のペーストと、まるで雲のような軽い食感のクリームが入っていた。

 これも美味しい。しかもコーヒーに良く合う。


「ミリーちゃんもやってみて!」

 魔王様がカードを差し出してくる。

 ルイスと魔王様の物を見ておいてなんだが、ミリーは自分の職業を見せるのを今はまだ恥ずかしいと思っていたのでできれば避けたいと思っていたが、魔王様の頼みを断ることはできない。

 親指をテーブルの上のカードに乗せる。

(お願い! 消えててちょうだい!)

 浮き出してきた文字は……。


≪主職業:冒険者≫

≪副職業:町娘≫


(やっぱり消えてなかった……)

「おお~! やっぱりメインは冒険者なのねぇ!」

「サブの町娘はお揃いね!」

「いや~、お恥ずかしい……」

 照れ隠しに後頭部を指で掻くミリー。やはり説明しないといけないのか?


「恥ずかしくないよ! メインが冒険者だなんて凄いよ」

「そうよ~。あまり自分を卑下するものじゃないわぁ」

 やはり説明しないといけないようだ。

「あ、あのですね。メインの冒険者なのがいいんですが、その後ろに何もついていないのが問題でして……。それよりもサブの町娘ってのが問題でして、町人やら町娘やらが無くなるまではダンジョンには入らないことをギルドからは強く推奨されているわけでして……」

「どういうこと?」

 魔王様とルイスが顔を見合わせて合わせたように首を傾げる。


「え~と、冒険者の後ろにソードマンとかメイジとかがつくんですけど、私の場合はまだ『世界の理』にソードマンとして認められていないというか、なんというか……」

「へぇ~、そうなんだ。町娘のほうは? なんでダンジョンに入っちゃいけないの?」

「そうよねぇ。サブだしいいんじゃないの? 貴方はなんでか知ってる?」

「いえ、私も冒険者の事については疎くて……」

 魔王様が近衛騎士に尋ねるが彼女も分からないようだ。


「ヘイ! マスター!」

「いや、だから飲食店経営者が知るわけないだろ!……ん? そういえばヴァルさんは何か知ってます?」

 店主がカウンター席の椅子に腰かけていた一人の冒険者に声を掛ける。

 その冒険者は人族(ヒューマン)らしいが、小山のように長身でしかも全身が岩のような筋肉で覆われていた。太腿も二の腕もパンパンに肥大しており、首に至っては頭よりも太い。背中には毛皮に包まれた大剣(カッツバルゲル)を背負っている。身に着けた軽装鎧の隙間から見える素肌の至る所に古傷の痕が見える。間違いなく歴戦の戦士(ウォーリア)だった。


「ん? 知ってるっちゃ、知ってるけど……」

 店主から声を掛けられた大男がミリーたちのテーブルを振り返る。その声は姿から予想できるように野太い。大男は犬歯を剥き出しにした笑顔を向けるが目が据わったままの笑顔では狂相にしか見えない。

「陛下、その前にもう一つドーナッツ頂けませんかね?」

「あら、いいわよ」

 大男の狂相に対しても魔王様は優雅な笑みを返す。ミリーはブロードソードを家に置いてきたことを後悔したほどであったのに。


「ええと、ん? もうオールドファッションは無いのか……」

「このチョコかかったのってオールドファッションじゃない?」

「あっ、それっぽいっスね。それじゃコレ頂きます」

 大男がチョコがかかったリング状のドーナッツを一つ取り、立ったまま齧り付く。となるとミリーが先ほど1個目に食べたのがオールドファッションという名前の物なのだろうか。

「んん。コレ、コレ!」

 目を閉じてチョコレート付きのオールドファッションを味わう大男。見た目には酒精の強い酒とデカい肉が似合いそうな男であったが、意外と甘党なのかもしれない。


「ええと、俺ゃあヴァルってもんだ。お嬢ちゃん、さっきのカード、俺にもやらせてみてくれよ」

「あ、はい、どうぞ。私はミリーっていいます。こっちはルイス」

「お、わざわざ丁寧にありがとよ! えと、この魔法陣の上に親指乗せればいいのか?」

「はい」

 文字が出てきたのかヴァルがテーブルの上にカードを戻す。ミリーたちがカードを覗き込むとそこに浮き上がっていたのは……。


≪職業:冒険者 治療師(ヒーラー)


「「「…………」」」

「と、これがさっきお嬢ちゃんが言ってた冒険者の後ろに出てくる細分ってやつだな! スマンが、もう一つドーナッツ貰えないかなあって聞き耳立ててたんだ」

「……いや、それはいいですけど」

 聞きたいことはソレじゃない。むしろミリーの町娘よりも聞きたいことが増えた。


「で、なんで細分があるかというと、そうだなあ。あ、お嬢ちゃんが目指しているソードマンが分かりやすいか! 『軍人としてのソードマン』と『冒険者としてのソードマン』で求められることが違うのはわかるか?」

「それは分かります!」

 冒険者としてのソードマンが求められることと、軍人としてのソードマンが求められる事。それは大雑把に言って「どの程度の規模の集団の中で戦うか」ということになる。軍勢と軍勢が争う戦場において孤立することは死を意味する。絶えず2人でも3人でも連携を維持しなければならない。だが多くても10人を超えることはほぼない冒険者のパーティーにおいては、ソードマンは単身であっても自らの剣で活路を見出さなければならないこともある。

 だが聞きたいことはソレじゃない。


「で、次に何で町娘がダンジョンに入っちゃいけないかっていうと……」

「え、ちょっと待って!」

 我慢できずに切り込んだのは魔王様だった。

「何です?」


「ヴァル、貴方がヒーラーってどういうことなの?」

「は?」

 ミリーが思っていたことも魔王様と一緒だった。横のルイスを見てもホッとした顔をしていた。ミリーは3人の気持ちが一つになったことを感じた。


「貴方が治療師(ヒーラー)だって言われて信じられるくらいなら、まだ竜狩人(ドラゴンスレイヤー)とか悪魔狩士(デビルメイクライ)とか言われたほうがまだ信じられるわよ!」

「ハハハ! 陛下のお褒めに与り光栄の至り! お嬢ちゃんもそう言われるくらいに頑張れよ!」

「そ、そうですね!」

 クソッ! 皮肉が通じない!

 そもソードマンが「竜や悪魔でも狩れるんじゃないか?」と言われるのと、ヴァルさんが今、言われていることはまるで意味合いが異なるじゃないか!


 思い切ってミリーもヴァルさんに聞いてみる

「あのヒーラーのイメージとは大きく異なるというか……。その、背中の大剣ってヒーラーに必要ですか?」

 ルイスも無言でウンウンと頷いている。

「そりゃあ、アレよ。要救助者がいるのは後方とは限らないからな! そこに怪我人がいるならドラゴンの懐にでも飛び込んでやらあ!」

 そう言って豪快に笑うヴァルさん。


「まあ冗談はさておき、俺、大剣習熟度(マスタリー)は上がってるけど、剣技スキルはほぼ無いぜ?」

 どこまでが冗談なのだろう? 恐らくは「ドラゴンの懐に」という所だろうとミリーは解釈した。

「なあ! マスター!」

 そう言ってヴァルさんは話を店主に振る。

「そうだね。他人の事だからスキルレベルまでは言わないけどさ。『薬学』スキルと『治癒魔法』スキルも持ってるし、ヴァルさんはヒーラーでいいんじゃないかな?」

「だからヒーラーだって言ってるだろう。ん? てかスキルレベルまで分かる鑑定スキルってレベル幾つだよ?」

「内緒」

 ヴァルさんの疑問をさらっと流す店主。


「まあ話は戻すけどよ」

「えとヴァルさんの職業詐称問題でしたっけ?」

「いや! だから俺はヒーラーだっての! そうじゃなくて、なんで町娘はダンジョンに入っちゃいけないのかってヤツ!」

「あ~、そうでしたっけ」

「そうなの!」


「話は単純。町娘や町人、村人、村娘にはな。マイナススキルが付いてるからなんだ。だから自分のみならず仲間も危険に晒してしまうから、それが無くなるまでは入らない方がいいってわけだ」

「そうなのね~。で、そのマイナススキルって何?」

「う~んと、、、確か……、ヘイ! マスター!」

 ヴァルさんも困った時のマスター頼み。

 だがミリーにとっても気になる事であった。何と言っても自分も親友のルイスも二人共「町娘」なのだ。それに付いているマイナススキルがあると言われたら気にならないわけがない。


「う~んと、ちょっと待って……」

 店主がカウンター越しに細めでミリーを見詰める。鑑定を掛けているのだろう。

「ああ、これだね! 町娘の職業スキル『恐怖耐性マイナス』。これがヴァルさんの言うマイナススキルって奴だね!」

「そ、そんなの付いてるんですか?」

「でもルイスちゃんのに比べて大分、レベルが低いよ? その内に消えるんじゃない?」

 確かにいざという時に恐怖で動けなくなったり、普段はできることを何度も失敗するようではヴァルさんの言う通りに自分も仲間も危険に晒してしまうだろう。


「う~ん。こりゃ確かに『町娘』が消えるまでは下積みしてたほうがいいかも……」

「ミリーも気を落とさないで。マスターが言ってたでしょ『一歩ずつ進んでいけばいい』って!」

 カラン、コロン!

 カナさんがトレーを持って店内に戻ってくる。

「あっ、カナさんもコレやってみてもらっていいですか!」

「え? 何ですコレ?」

 事情を説明してカナさんにカードを試してもらう。


≪職業:勇者≫


 やはり本物だった。

「マスター! 勇者の職業スキルって何なんです?」

「ん? 勇者の職業スキルは『立ち向かう者』っていってレベルアップのプラス補正ともう一つ、『世界の脅威』と戦う時にステータスが激増するんだって」

「凄いじゃない!」

「いえ、それほどでも……」

 満面の笑顔で褒める魔王様に対して褒められ慣れてないのか顔を真っ赤にするカナさん。


「その勇者に勝つマスターも凄いわねぇ!」

「いや、お前。自分の親父さんのことを『世界の脅威』だと思うのかよ。引くわ!」

「ん? どういう事?」

「先代とカナさんには説明してあったんだけどな。先代を襲われた時、カナさんのステータスは『立ち向かう者』の効果で増加してなかったんだよ。つまり先代は『世界の脅威』とやらじゃないって事だな。それを説明してカナさんには納得してもらって、先代にも『世界の脅威』が迫った時のために生かしておくべきですって言ってな……」

 なるほど。スキルの効果から逆算して説得したという事か。


「へぇ~。じゃあ次はマスターが試してみなさいな」

「何が『じゃあ』だ。まあ、別にやってみてもいいけどさ……」

 カナさんがカウンターの中の店主にカードを渡す。


「あ、あれ? おかしいな?」

 予想外の物が出たのか首を傾げてブツクサと店主が呟く。

「どうしたのよ~」

「え? いや、ちょっと……」

 自分のセルフ鑑定とカードの表記にズレが生じているのだろうか?

「あ、それ。ギルドの冒険者講習受ければ誰でも貰える簡易チェックカードですから、正確な鑑定結果とはズレが出ることがあるってギルド職員の人も言ってましたよ?」


「そういうことかな?」

 なおも首を傾げる店主。

「まあ、お遊びみたいなもんだとでも思いなさいよ。とりあえず見せてみなさいな」

「……そういうことなら」

 魔王様の言葉にカードをカナさんに渡す店主。

「えっ!」

 驚いたカナさんが声を上げて店主の顔を見るが、店主が手の平でこちらを指し示し「持っていけ」と指示する。

 カナさんが不承不承、持ってきたカードに浮き上がっていた文字は……。


≪主職業:世捨て人≫

≪副職業1:龍の庇護者≫

≪副職業2:義賊王≫

≪副職業3:海賊王≫


「な、なんじゃコリャ!?」

 ヴァルさんが素っ頓狂な声を上げる。

「只者じゃないとは思ってたけどねぇ……」

 魔王様がしみじみと一人ごちる。

 ミリーもルイスもあまりの結果に何も言うことはできない。


「言っとくけど、正しくは『世捨て人』だけで、副職業として出てるのは職業じゃなくて称号だからな!」

 カウンターの向こうから店主が補足説明を入れてくる。

 いや職業であろうと称号であろうと問題じゃないというか……。

「称号って何ですか?」

「『世界の理』も認めるほどの風説が人に付いた時、称号って形で出てくるんだけど」

「そうなんですか~」

「ついでに言うと、そこの魔王は『黒の魔王』って称号持ちだな!」

「あら? 恰好良いわねぇ~。でも、どういう意味かしら?」

「お前、黒とか好きだろ? だから『黒を着こなすファッションリーダー』だってよ! さすがは魔王サマは影響力が大きいですな~!」

「ふふふ、ありがとう!」

 店主が素直に褒めるわけがないというのに魔王様は動じない。


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