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第4話 友達とドーナッツ

「喫茶 アーセナル」へ行った翌日、実家近くにあるギルド請負所の傍の冒険者御用達の武具屋にて39,800ルブにて鋼製のロングソードを購入した。

 それまで使っていたブロードソードに比べ全長で20cm(カルメル)ほど長いロングソードはそれだけで安心感を与えてくれる物であったし、何よりも幅広の剣(ブロードソード)とは名ばかりの切っ先の付いた鉈のような物では剣士(ソードマン)を名乗ることも恥ずかしい。


 相場よりも少し安く買えたのは「春の新生活応援キャンペーン」をやっていたためで、柄に皮を巻いてもらうのと名前を打刻してもらう費用も合わせて2,000ルブに割り引かれていたのも嬉しい。

 柄に皮を巻くのは滑り止めのためで、最初から巻かれていないのは皮、布、細紐などの使用者の好みに対応するためだ。

 名前を打刻してもらうのは不幸にも冒険先で斃れ、白骨化して見た目で遺体の身元が分からない場合のためだ。そのため冒険者たちは武具に限らず、様々な持ち物に自分の名と出身地、所属していればパーティーの名を記していた。


 その作業のために2日かかるというので、翌日は手持ち無沙汰ながらも逸る気持ちを抑えられずにギルドの掲示板を覗きに行った。

 やはり駆け出しの、それもパーティーに所属していないミリーに出来るような依頼もいくらかはある。草原や森林での採集クエストがそれだ。特に薬草の一種であるロニン草は採集シーズンが近く、ちらほらと見え始めているがまだ買い取り価格は高いままだ。


 明日は朝イチでロングソードを受け取りに行き、その足でロニン草の採取に行こう。朝イチで出来上がっていなくとも王都近くの日帰りできる場所ならブロードソードでもいいだろう。近い内に買い取り価格は確実に下がるのだ。稼げる内に稼いでおかないと。今日は帰って剣でも軽く振って明日に備えよう。

 そう思いながらミリーが家に帰ったのは昼過ぎだった。


「ただいま~!」

「おかえり~」

「あら、丁度いいところに。お帰りなさい、ミリーちゃん」

 ミリーを玄関口で出迎えたのは母とお隣の奥さんだった。

「あ、こんにちは! バーバラさん。 丁度いいって何かあったんですか?」

「クエストよ!」

 バーバラさんではなく母が茶目っ気を出した声で答える。

「クエスト?」




「うわ~! やっぱりグリドー通りって街並みからしてオシャレだね~!」

「だよね~! あ、アレ見て! 綺麗なドレス!」

 ミリーは幼馴染のルイスと共にグリドー通りを見て歩く。

 ルイスはバーバラさんの娘で、ミリーと同い年の少女だった。ショートカットの明るい栗色の髪と痩せぎすの体形が特徴的な彼女こそミリーの一番の親友といっても良かった。


 ルイスは父親の稼業である町医者を継ぐために上級学校への進学を目指していた。

 だがバーバラさんの話では月末の入試を前に受験ノイローゼのような状況だという。食欲が落ちて、睡眠不足なのかベッドに入る時間もまちまちで、起きている時もボーとしている時が多くて勉強の効率も落ちているらしい。

 つまり母の言う「クエスト」とはルイスを気晴らしにどっかに連れていけという事だった。

 とは言え幼馴染のルイスとは去年まではいつも一緒にいたようなものだ。気晴らしになる所といってもありきたりな所しか思い浮かばない。新鮮味があって、ルイスが楽しめて、何よりも安全であること。

 結局、2日前に来たばかりのグリドー通りをぶらついて「喫茶 アーセナル」というプランしか思い浮かばなかったのだ。

 何より前回来た時、ミリーは魔石の買い取り価格が気になって寝不足気味であったのだが、あのコーヒーという不思議な飲み物を飲んでいる内に頭がシャッキリと冴えわたるような気がしたのだ。


「このドレス凄いよ! 今日、買ったロングソードを10本買ってもお釣りがくるよ!」

「ハハハ! ミリーはすっかり冒険者脳だね!」

 こうしている分にはルイスはいつもと変わらないように見える。気晴らしの効果か、空元気かは分からないが。

 ショーウィンドーの中の深い緑色をしたドレスは42,000ルブ。日の光を浴びて輝くその豪奢なドレスミリーにもルイスにもまるで縁が無い物だ。だが眺めるだけなら無料だし、夢見ることは誰にでも自由だった。

 こうやってショーウィンドーを眺め、街並みに感心して、時には歩いている人たちも見ながらお目当ての店へと辿り着く。


「ここだよ!」

「えっ? ここ? 大丈夫?」

 ルイスが気後れするのも無理はない。

「喫茶 アーセナル」の入り口の脇には、この間のように漆黒の甲冑に身を包んだ近衛騎士が2人立っていた。だが今日は近衛騎士たちは兜のバイザーを上げて何やら焼き菓子のような物を食べている。2人の傍らには給仕のカナさんがミスリルのトレーを持って控えている。トレーの上には黒い液体の入ったグラスが2人と空の皿が乗っていた。


「大丈夫、大丈夫。あの騎士さんは常連さんのお伴だから」

 ミリーは敢えてその常連さんとは魔王様であるとは言わない。言ったらルイスは気後れして店に入るのを拒否するだろう。自分だって前回、近衛騎士たちに背中を押されるように入ったものだ。


「どうも~、こんにちは~」

「いらっしゃいませ! 今日はお友達を連れてきてくださったんですか」

「はい。今、大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫ですよ。むしろ良いタイミングです」

 近衛騎士の2人もミリーたちに会釈して若干、後ろに下がる。この間の近衛騎士たちはバイザーを下げていたために顔は分からなかったが、今日の人たちは精悍で意思の強そうな美人さんと好々爺風の白髭の老人だった。

「あ、すいません。じゃ、入るよ!」

「え、え、ちょっと!」

 なおも躊躇うルイスの手を引きながら入店する。


 カラン、コロン。

 入り口に取り付けられたベルの音がなる。

「こんにちは~」

「いらっしゃいませ~! カウンター席でもよろしいですか?」

「はい」

 エルフの給仕のスーさんが案内してくれる。が……。

「こっち、こっち! こっち開いてるわよぉ~」

 4人用のテーブルを一人で使っている常連さんから相席のお誘いがくる。その誘いを断れる者などこの国にはごく少数しかいないわけで。その常連さんとは魔王様だった。

 無論、テーブルの傍には一人の近衛騎士が控えている。

 前回ここに来た時に気さくだったから大丈夫だろうと店内に入ってきたが、思った以上に気さく過ぎてミリーですら気後れしてしまう。


「え、、、じゃあ、すいません。相席、失礼します」

「…………」

 心配そうなルイスと共に対面の椅子に並んで座る。

 テーブルの上には魔王様のコーヒーのマグカップとお冷、それと大皿に乗った沢山のお菓子。恐らく外で近衛騎士たちが食べていた物と同じ物だろう。


「丁度いいところに来たわね。マスターが珍しいお菓子をアイテムボックスに隠し持ってたから接収して皆で頂いていたところなのよ!」

 店主が隠し持っていたも何も、まーた魔王様が無理を言ってメニューに無い物を注文したということだろう。


「いいんですか?」

 カウンターの中の店主に聞いてみる。

「いいよ。お代は魔王からもらうから。それよりドーナッツにはコーヒーかミルクが合うと思うけど、どうする?」

 ドーナッツというのがこのお菓子の名前らしい。


「ルイス、どうする? 折角だし、この店でしか飲めないコーヒーを試してみない?」

「う、うん。それは任せるけど……」

「それじゃブレンドを2つお願いします」

「かしこまりました」

 いつの間にか側に来ていたスーさんに注文する。

 注文が聞こえていたらしくスーさんが注文を伝える前に店主がコーヒーの準備を始める。


(ね、ねえミリー……)

 小声でルイスが耳打ちしてくる。連られてミリーも小声になる。

(何?)

(目の前の人って魔王様じゃない?)

「そうよ?」

「へ、陛下。小声で話している意を汲んでくれると助かるのですが……」

「あわわ! 陛下におかれましてはご機嫌麗しゅうございます!」

 ルイスがあからさまにテンパっている。気晴らしをさせるつもりが、余計な気苦労をさせてしまったかもしれない。ミリーは若干の後悔を感じていた。


「いいのよ。ここにいる間はただの客同士なんだから。それよりも貴女たちはどれにする?」

 スーさんがミリーとルイスの前に2枚の皿を差し出すと、魔王様がドーナッツの乗った大皿を押してよこす。

「色形は様々だけど、どれも美味しいわよ!」

 魔王様の言う通り、丸いパンのような形の物、真ん中に穴の開いたリング状の物、狐色の物、それよりも薄い物、黒い物、一部にチョコレートがかかった物、粉砂糖が振りかけられた物、カラフルなトッピングが付いた物など様々だった。


「う~ん。色々あって悩むわねぇ。ルイスは?」

「え~と、じゃあコレを……」

 ルイスが黒いドーナッツを一つ取って自分の皿に乗せる。

「それじゃ、私も……」

 こげ茶色のリング状の物を自分の皿に取る。焼き菓子らしく硬い表面は予想通りだったが、指がテカテカと光るのに気が付く。親指と人差し指を合わせてみるとツルツルと滑る。

「油?」

「そうね。ドーナッツって小麦粉を砂糖やなんやかんやで練って揚げたお菓子の事らしいわよ?」

「へえ~。さすが魔王様、博識でいらっしゃる」

「そうでしょ~」

 得意げに胸を張る魔王様。カウンターの中の店主が「なんやかんやって何だよ」とこぼしているが気にしない。


 店内を見回してみると学者風の老人、貴族階級らしい中年の女性とまだ若い女性、恰幅のいい商人、遊び人風の優男、中には先輩冒険者らしい小山のように大きな軽装鎧の男など様々な人たちがいた。

 だが皆、揃いも揃ってドーナッツをパクついている。

 もしかしてカウンターの上の細長い紙箱の中身もドーナッツなのかもしれない。店主の持っていたドーナッツを全部、出させたのかもしれない。


 そうこうしている内にミリーとルイスのコーヒーが運ばれてくる。

「それじゃ頂きましょうか。ルイス」

「そうね。それでは頂きます。陛下」

 まずは一口。

 おおー! これは!

 リング状のドーナッツはサックリとしていて、噛めば甘く牛乳と卵と油を感じさせる素朴ながら食べたことの無い味わいだった。

 似たような材料であるハズのパンとはまるで違う。多分、砂糖と牛乳を贅沢に使っているのと、油で揚げているせいだろう。パンとは違う。これはまごう事無きお菓子だった。

 もう一口食べた所でコーヒーを飲んでみる。うん。若干、ドーナッツは甘過ぎるかとも思ったがコーヒーと合わせるなら、このくらいがいい。がっつり甘いドーナッツとしっかり苦いコーヒーはベストマッチと言っても差し支えないだろう。


「わ~、コレ、美味しいよミリー!」

 ルイスの食べていた黒いドーナッツの噛んだ所から、白いボテッとしたクリームが溢れそうになっている。中に具が入っている物もあるのか。

「こっちのも美味しいよ! ルイスも一口食べてみる?」

「ありがとう! ミリーも私のやつ、食べてみて!」

 ルイスがミリーのドーナッツを一口分だけ千切る、いや千切るというよりサクッとした食感の物だけに折るという方が近いか。

 ミリーもルイスの黒いドーナッツをクリームが垂れないように注意しながら千切ってそのまま口に放り込む。


「あ、この香りはチョコレートね!」

「チョコレートって?」

「えっと、こっちのにかかってる黒いの。コレがチョコレートで。ルイスのヤツは生地に練り込んでいるんだと思う」

 ルイスにチョコレートの説明をしながら黒いドーナッツの余韻を楽しむ。

 黒い方の食感はふんわりとして油がジュワッと染みだしてくるようだった。それから中のクリームだ。甘くて卵とミルクの風味の強いクリームはボテッとしているが口の中でトロリと生地に絡んでくる。次第に口の中のクリームが消えるにつれ、チョコレートの香りが現れてくる素敵なお菓子だった。


 だが、そう思ってリング状のドーナッツを一口。

 うん。やはりサクッとシャクシャクとして素朴な味わいのこちらの方がミリーは好みだった。

「ミリーのもシャクっとして美味しいね」

 ルイスもリング状ドーナッツの食感が気にいったみたいだ。


「食感でいうなら私のも面白いわよぉ~」

 魔王様が笑顔で自分の皿に乗ったドーナッツを進めてくる。

「「あっ、いいです!」」

 ミリーとルイスの声が揃う。え? と思って横を見ると手の平を向ける動作まで一緒だった。

「え~! なんでよ~! あっ、私の手、オッサン連中が口を付けるけど手袋してるし、手もちゃんと洗ってるわよぉ~」

 魔王様が不満気な顔でぶー垂れるが無理な物は無理だ。

「そういう問題じゃないというかなんというか……、とりあえず近衛騎士さんの聞こえる所でそんな事をいわないでください!」

「魔王様の手が汚いというわけじゃなくて、何というか恐れ多いというか……」

「え~、私たち、友達でしょ~」


「…………ぶふっ」

 話が聞こえていたのか店主が堪え切れずに笑う。振り返って見てみれば背中をこちらに向けて声を殺して笑っているようだ。他にも何人かの客の背中が上下に動いていた。

「友達だって言ってあげたら? ぷっ、こ、この国の魔王様は友達がいないボ、ボッチだから!」

 店主が顔を真っ赤にしながら言う。所々、笑いが堪えられないでいるようだ。

「ボッチじゃないわよ~!」

 魔王様は否定するが。

「え? じゃあ、例えば誰? その子たちは無しで」

「…………」

「……」

「カナちゃんとスーちゃん?」

「ウチの従業員には店の定休日には自由にさせてるけど、1度でも一緒に遊びに行ったことは?」

「無いわぁ……」


「あ、あの私は友達でいいですよ……?」

「え、ええ私も……。一昨日も美味しい物を教えてもらいましたし……」

 たまらずルイスとミリーが助け舟を出してやる。

「ほ、ほら! マスター! 私はボッチじゃないわ~!」

 途端に胸を張って店主に人差し指を突きつける。

「へえ~? じゃ、どっちがミリーちゃんでどっちがルイスちゃん?」

「えっ?」

 そういえば前回も今日もはっきりと自己紹介しなかったな。でも今日の会話を聞いていれば分かるハズだ。頑張れ、魔王様!


「え~と、、、こっちがミリーちゃんで……」

 私に手の平を向け。

「こちらがルイスちゃん?」

 その瞬間、そばに控えていた近衛騎士さんが拍手をする。すぐに止めて、店内の客に手招きして拍手を強要する。

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチ!

 店内が拍手で包まれる。

 一体、何の茶番だ?


「フフフ。ありがとうね。二人とも」

「いえいえ……」

「遠慮せずにもっとドーナッツ食べたら?」

「悪いですよ。そうだ近衛騎士さんはどうですか?」

「いえ、お気持ちだけ受け取っておきます。どうも陛下の前で甘い物というのも都合が悪いので。それにお土産の分もあるそうなので……」

 どうやらカウンターの分の紙箱がお持ち帰り用のお土産なのだろう。


「そうだ。さっきの食感が面白いってどういうのですか?」

 ルイスが先ほどの話に戻す。実の所、ミリーも気になっていたところだった。「美味しい」ではなく「面白い」食感とはどういうことか?

「ふふ、いいから食べてみなさいよ!」

 差し出された皿に乗っていたドーナッツは小さな球体が幾つか集まってリングを形成していたのであろうが、球体が2つほど無くなっていたために「C」の形をしていた。


「……それじゃ、頂きます」

 ミリーが2つほど球体を千切ってみるのに倣ってルイスも続く。

 ほう……。

 確かに「面白い」。

 サクッとした食感でもなく、フワッとした食感でもなく、モッチリとした食感。それはミリーにとって初めての食感だった。

 上に振りかけられた黄土色の粉の風味も素晴らしい。干し豆のような風味もするが砂糖が混ぜられているのかしっかりと甘い。

「陛下のおっしゃる通りに確かに『面白い』食感ですね。それに、この味もコーヒーに合いそうです」

 ルイスがそう言ってコーヒーを煽って顔を顰める。

「……合うけど、まだ一寸、慣れないですね……。でも頭が冴える気がします」


「そうねえ~。ナントカって物質が含まれてて眠気の防止に効果があるわしいわよ? ねっ! マスター?」

「ナントカって何だよ!? そりゃ何だってナントカ含まれてるだろうよ! ナントカじゃなくてカフェインな!」

「そうそう! ソレソレ!」

「カフェインなんて聞いたこともありませんでした……」

 ルイスが口に手を当てて驚いたような顔をする。

「あ~、こっちのお茶にはカフェインとか含まれてないみたいなんだよね。お茶を飲んで夜に寝られなくなるって話なんて聞いた事ないでしょ?」

「ということではマスターの故郷では?」

「うん。コーヒーにも紅茶とか緑茶にもカフェインが含まれてるよ。逆に含まれてない物もあるから子供とか、大人でも夜の寝る前とかはそっちを飲んだりね」

「所変わればってヤツですね~。それにしてもカフェインなんて初めて聞きました」

 ウンウンと頷きながら感心するルイス。


「あっ、ルイスは医師を目指していて、上級学校の受験生なんですよ」

「あら? ああ、だから薬効作用のあるカフェインに興味があるのねぇ」

「ええ。それに、コーヒーを飲んだら勉強もはかどりそうですし」

「がんばってね!」

「ありがとうございます!」

 思いがけぬ魔王様の激励にルイスも笑顔になる。


「マスター! ルイスちゃん、お医者さん目指してるんだって! どう思う?」

「どう思うって、そんなん飲食店経営者に聞いてどうすんの? ……まあ、大丈夫じゃない?」

「大丈夫じゃない? って無責任なことを言うわよねぇ……」

 魔王様が呆れたような顔をするが、そも店主が言うように初対面の人間に聞いてどうしようというのだろう。まあ、お世辞でも励ましの言葉くらいはあってもいいと思うけど。


「あ~、お前さ。『鑑定』のスキル持ってないよな? ミリーちゃんは人の職業まで分かる『鑑定』スキル持ってる?」

「いえ、持ってないですけど。……あっ、でも!」

 ある事を思い出して鞄の中を漁る。確か冒険者ギルドの新人研修でもらった物が。あった!

「これはどうです? 簡易職業チェックカード!」

 それは新人冒険者たちに配布される手の平サイズのカードで左下の魔法陣の上に親指を乗せることで、その人の職業が分かるという物だった。しかも何度でも使えるという優れモノだった。もっとも分かるのは職業のみで職業レベルは分からない。


「ん? 大丈夫だと思うよ? それ、ルイスちゃん試してみて」

「え? あっ、ハイ!」

「ここに親指を乗せて……」

「こう?」

「うん……」

 程なくしてカードの空白の部分に文字が浮き出してくる。


≪主職業:学生≫

≪副職業1:町娘≫

≪副職業2:医師≫


「うわあ……」

「えっ? これって!」

「ね? 資格は取ってなくても『世界の(ことわり)』は既にルイスちゃんを医師だと認めているよ」

「凄いじゃない!」

 ああ、だから店主は反応が薄かったのか。そりゃ医師が医師になりたいって言ってるようなものだからね。ん? 店主は最初から見えていた? 鑑定スキル持ち、それも高レベルのという事か。


「もっとも、今は職業レベルが低いけどさ。一歩ずつ進んでいったらいいんじゃないかな?」

「ルイス、昔からお父さんの仕事の手伝いしてた甲斐があったね!」

「ありがとう! ふふ、そうね。マスターの言う通り、何事も一歩ずつね!」

 ルイスは晴れ晴れとした顔をしていた。心なしか目にはうっすらと涙が浮かんでいるように見える。


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