第10話 ある転生者の休日 中編
「ハアァァァァァァァッ!」
「遅い!」
王城裏手の練兵場。
木刀を片手で振るカナさんが迫る所を逆に踏み込んで、剣道でいう所の「鍔迫り合い」の状況に持ち込み、瞬時に脇腹につま先を蹴り入れる。
堪らず倒れ込むカナさん。
「カハッ!」
「とっとと起きろ! 勇者よ!」
土埃の立つ地面に倒れ悶絶するカナさんに構わずに木刀で追撃を入れる。これは転がって回避される。そのまま勢いをつけて膝をついた状態になる。
スキル「シャイニング・ウィザード」発動!
魔力飛行から着地して、そのまま走りだしカナさんの立膝の上に飛び乗り、逆の足でカナさんの顔面に膝を叩き込む。
ドサッ!
カナさんは気絶して後頭部から崩れ落ちる。
「ぶはっっっ!」
水魔法で顔の上から水流を落とすとカナさんは飛び起きる。
「起きた? ちょっと待ってね……」
治癒魔法でカナさんの治療をする。
「ありがとうございます……」
「カナさん。まだ『肉体強化』のレベル5以上を使う時の隙が大きすぎるよ」
「そうですよねぇ……」
カナさんは戦闘中に「肉体強化」スキルのレベル4相当を使用しているが、ここぞという時にはレベル6まで強化することが出来た。だが発動には数秒程度の隙を生じる。それは剣で打ち合う接近戦においては致命的といえた。
これはカナさんに責があることではないと思う。彼女は勇者として生まれながらも、その戦闘力を見込まれ暗殺者として仕立てられたのだ。ゆえに「攻撃能力」は高くとも総合的な「戦闘力」は低いという歪なステータスとスキルの構成をしていた。
だが、彼女はそれでも自分は勇者として生きたいと言う。彼女にはそれしかないのだ。「勇者」として生まれ親元から離され、暗殺者として仕込まれ、隣国の国王の暗殺のために送り込まれ、敗れ獄に繋がれ、「勇者」だからと生かされる。それが彼女の半生だった。
だが彼女はそれでも勇者であることを前向きに肯定的に考えているようでアズマに稽古をつけてくれるように言ってくるのもそのためだ。
「それじゃ、もう一度いくかい?」
「はい!」
アズマが「肉体強化レベルEX」と「飛行:魔法レベルEX」を使用して浮かび上がり構えを取る。木刀は拾わない。
「んじゃ、次は「魔力爪」を使うから、避けるなり木刀を強化して受けるなりして」
「はい!」
カナさんも片手で木刀を構え半身に構える。残った片手は姿勢を安定させるために使うわけではない。平手を作って魔力を集中させている。なるほどカウンター狙いか。防御を捨てた暗殺者の闘法だった。
………………
…………
……
練兵場で訓練を始めてから2時間弱、幾度も治癒魔法でカナさんの治療をしながら稽古をつける。カナさんの赤いジャージはすでに泥まみれだ。
「時間もそろそろだし、いつものやっとく?」
「はい! お願いします」
威勢良く返事をするがカナさんの全身の筋肉が強張る。
(あんの糞神様、こんな少女に勇者なんて重荷を背負わせやがって!)
アズマが脳内で自身をこの世界に送り込んだ神について恨み言を考えていると、不意に前方のカナさんの気配が消える。右でも左でもなく、ましてや後ろでもない。上だ。先ほどまでのカナさんからは考えられない動きだ。そのまま上空から衝撃波を伴う剣閃を5振り。
飛び上がって3閃は躱すが、2発は直撃コースだ。複層の魔術障壁の幾つかは抜かれる。
アズマも木刀を振って迎撃しようとするが空中で身を捻って躱される。
アズマは自身の体を運動能力で動かすのを諦めて「念動遠隔操作」を自身に掛けて動かす。「肉体強化」は使用したままだ。でなければ自身の操作に耐えられないだろう。
予想通り、カナさんは先に地面に着地して迎撃の態勢を整えていた。
カナさんの運動能力が増したのは勇者の職業スキル「立ち向かう者」の効果によるものであった。
「立ち向かう者」の効果は2つ。1つは「取得経験値の増加」。もう1つが「『世界の脅威』と戦う時にステータスが激増する」というものである。
アズマが自身をこの世界に送り込んだ女神について考えていると、カナさんは「立ち向かう者」によりステータスが激増する。
つまり、この世界の神をアズマが恨んでいると「世界の脅威」として認定されるということである。これにはアズマも判定基準に疑問符がついていたが、どのみちカナさんの訓練には都合が良かった。
最初はステータスが激増した状態に慣れさせるために始めた訓練であったが、現在ではむしろ、それまでの訓練でボコボコにされ、へし折られたカナさんの自尊心を取り戻すためにやっているようなものだ。
ステータスが激増した状態のカナさんは接近戦においてのみ、限られた状況ではあるがアズマと肉薄した実力を持つ。そうであればこそ、アズマは次に「世界の脅威」とやらと戦わねばならない時はカナさんに任せるか、せめて共に戦ってくれるようにカナさんを鍛えていたのだ。
バキッ!!
ついにカナさんの木刀が耐えきれずに中ほどで折れる。アズマほど魔力での装備品の強化が上手ではないのと、ステータス激増効果を頼りに闇雲に剣技スキルを使い過ぎた弊害だった。
「……ここまでにしとく?」
「そうですね……」
先ほどまでとは違い表情に明るさが見える。やれるだけはやった、という満足の表情だ。
アズマからしてみれば、ここで諦めずに折れた木刀ででも、あるいは徒手空拳ででもかかってきて欲しいと思う。やれるだけはやったと諦めるような勇者をアズマは戦場に連れ出す気にはなれない。最後まで足掻いて戦い抜いて生きる道を探して欲しいのだ。
「は~い! 今日はここまでねぇ!」
いつの間にか10歩ほど離れた場所に現魔王がいた。いつも通りの笑顔を浮かべ黒いジャージの上下に身を包んで壁際に立っていた。ジャージは以前に神代の森へ行った時に寝間着代わりに渡したスポーツメーカーのロゴが入ったポリエステルの物だ。
今日、闇曜日は平日で午前中は御前会議があるハズだが?
「はい! カナちゃん、お疲れちゃ~ん!」
「はあ? お疲れ様です……」
「それじゃマスター、つけ麺食べに行きましょうか?」
ニコニコと此方へ近づいている。
「え? つけ麺って、そんな約束したっけ?」
「したわよぉ~、『また連れてってね』って」
「それって今日じゃなきゃ駄目?」
アズマは以前にも魔王に頼まれて異世界「地球」に連れて行ったことがあり、それで味を占めたのだろう。アズマからしてみれば世界間の転移は一人でも消費が大きく、もう一人分の転移魔法陣を広げるとなると労力は倍以上になる。例えるなら一人での転移が「新幹線での長旅」ならば、二人での転移は「自動車を運転しての長旅」であった。
ついでに言うと魔王は向こうの言葉が分からない。生まれついての王族であるがゆえに翻訳魔法を覚えずに「話がしたいのなら、相手が翻訳魔法を使え」というスタンスだった。つまり日本に着いたら着いたでお守をしなければならない。それも「外国」どころか「異世界」の住人である魔王は幼児以上に「アレは何? コレは何?」と見る物全てに興味を示す。
アズマもまた魔王を日本に連れていくという約束は覚えていても、できれば連休の初日、次の日にゆっくりと休めるような時にしたいと思っていたのも無理は無いだろう。だが一応は相手はこの国の国家元首だ。それも好き勝手するために王になったというほどの。
「……いいけどさあ。御前会議は?」
「んなモン、お休みよぉ~」
エッヘンと胸を張る魔王に何もいう事ができない。
「んじゃ行くか……。それじゃカナさん、僕たちは行ってくるから、城の人が店に来たら夜までには返すっていといて」
「分かりました」
カナさんにスポーツドリンクの500ミリペットボトルを渡して後の事を頼む。とはいえ彼女も今日は休日なのだ。店にいるとは限らない。
「早くいきましょうよぉ!」
急かすに大きな溜め息をついてカナさんには離れてもらう。
スキル「転移魔法」!
転移元座標指定! アズマの足元に現れた魔法陣が魔王の元まで広がる。
転移先座標指定! 世界の枠を飛び越え、元の世界を探し出す。ガクンと魔力が失せていく。
隠顕魔法! 無用の混乱を避けるために姿を消す魔法を自身と魔王に掛けておく。
転移実行!
「お~~~!! 相変わらず凄いわねぇ!」
「うん。予定通り……。こっちも春だけどちょっと肌寒いかな?」
「こんなもんでしょ?」
転移先は日本のI県M市。アズマの生まれ育った町だった。5年前には無かったショッピングモールを見つけて以来、休日の買い出しにはそこを利用していた。
今日のM市は快晴、だが放射冷却のせいか気温は低い。この時期なら花粉が多くて転生前は苦労したものだが体を作り変えられてからはその心配は無かった。数少ない利点の一つだ。
建物に取り付けられた電光掲示板を見ると日付は4月8日、日曜日だった。
(家族連れや学生さんが多いかな?)
日本を含む地球の多くの地域では1週間は7日だが、ローヴェのある世界では一週間は6日。そのために店の定休日の闇曜日に買い出しにきても毎回のように日本の曜日はズレている。普段は別に気にするほどのことではないが、言葉の分からぬ異世界人のお守をするのには日曜日はハズレと言ってもいいだろう。
「それじゃ、とりあえずハンバーガー屋さんで休憩しましょうか?」
「おま、昼につけ麺行くってのに大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫!」
もっとも休憩を入れるのはアズマにとっても悪い提案ではない。2人での転移魔法で少し疲れているのも事実だった。
ショッピングモールの中のグフグフバーガーを目指す。
グフグフバーガーは日本国内の大手ハンバーガーショップチェーンの中では下位に甘んじているが、別に商品に問題があるわけではない。むしろアズマからしてみれば好きな店だった。「出汁巻き卵バーガー」やら「モダン焼きバーガー」などの他のチェーンでは考えられない色物メニューなんかを見ると心が躍る。もっとも異世界人の魔王にそんなことを言っても通じるハズもないのだが。
店頭のカウンターで魔王のエビカツバーガーセットと自分用の出汁巻き卵バーガーとメロンソーダを注文。アズマが自分の分はセットにしないのはフライドポテトまで食べてしまっては昼食に差し支えるためだ。
「う~~~ん!! 美味しいわねぇ!! このタルタルソースっていうソース、カップヤキソバ用のマヨネーズとはまたちょっと違って美味しいわねぇ!」
魔王もエビカツバーガーに大満足のようだった。グフグフのエビカツバーガーは他社の同様の商品よりもエビの剥き身の割合が多い気がしてアズマもお気に入りだった。
「今日はこれからどうするの?」
「どうするも何も買い出しだよ! 買い出し!」
「その後は?」
ポテトの入った紙箱と口元で手を高速移動させながら魔王が訪ねる。
「ん~。お金には余裕があるし、どうしようかな?」
「映画でも見ない?」
「嫌だよ。前もそう言うから見てみたけどさ。隣に言葉が通じてない人が見てると思うと哀れでしょうがないもの。映画に集中できないよ」
「そう? 私は楽しめたわよ?」
「よく言うわ!」
前回、一緒に来たときはハリウッドの有名監督のゾンビアクションだった。確かにそれならば言葉の意味も通じなくてもアクションシーンだけ楽しむという事もできたであろうが、逆に「アンデッド物で登場人物の中に神聖魔法の使い手はいない。あとアンデッドに噛まれると噛まれた者もアンデッドになる」と前もって説明しておいたせいかガタガタと震えあがった魔王を見ると可哀そうになったほどであった。ローヴェではアンデッドはフィクションの存在ではないし、ダンジョンなどの限られた場所でしか出現しないアンデッドが町中に溢れるというのはいい年こいた大人が泣くほどの恐怖なのだ。
アズマが「隣に言葉が通じてない人が見てると思うと哀れでしょうがない」というのは建前で、余りにも怖がってローヴェに戻ってからも怯えるほどの魔王に「ほ~ら、主人公の使ってた銃だよ!」と言ってキャラクターグッズのようにイタリア製の拳銃を渡さなければならなかったほどの魔王の反応に辟易していたためであった。
これが別のジャンルであったとしても、今度は恋愛映画ならば言葉が分からなければ楽しみようも無いし、SF映画ならばそれを楽しむ文化の前提条件がハイファンタジー世界の住人には無い。
「と、とりあえず、どんな映画をやっているかだけ見にいきましょうよぉ!」
(あ、これは行ったら行ったで押し流されて、結局は映画を見る羽目になる流れだな……)
アズマの意思も確認しないで魔王は残ったコーラを一気に飲み干してから立ち上がる。




