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第1話 魔王様とカップヤキソバ

よろしくお願いします。

「日本」という国がある「地球」という星がある世界とは別の世界。

 その世界のとある大陸の西の方に「魔導王国ローヴェ」という名の国がある。


 その国は大陸において政治、経済、軍事あらゆる面において他を圧倒しており、周囲に複数の敵を抱えながらも王都ロヴェルの活気は大陸一と謳われている。

 その国を統べるのは魔族の王、故に「魔王」と呼ばれていた。




 王都ロヴェルの王城正門前の大通り。

 高級服飾店や宝石店、あるいは貴族御用達の武具屋が集まる一画がある。

 王城内が第一の流行の発信地だとするならば、このグリドー通りは第二の流行の発信地と言えよう。


 その喫茶店があるのはグリドー通りのド真ん中、まさに一等地と言える。

 店の名は「喫茶 アーセナル」。武器庫(アーセナル)の名の通り店内の壁という壁にはずらりと刀剣類に槍や弓矢に魔導杖、果ては名も用途も分からないような武器が飾られていた。

 ただカウンターの内側、調理スペースの壁面には様々なカップや什器、物珍しい酒瓶が飾られているのみである。

 武器を題材とした、いわゆるカフェギャラリーと言えよう。もっとも、この国においては「喫茶店」という文化自体が目新しい存在であったのだが。


 店内は広いものではなかったがL字型のカウンターに席が8つ、テーブル席が2人用と4人用の物がそれぞれ2つずつと一人当たりのスペースは意外とゆったりとしたものだった。

 店内は黒く高級感のある木材と清潔感のあふれる白い壁で作られており、この点では周囲の店舗に引けを取らない。

 不思議なことに楽団どころか一人の楽器弾きも見られないのに、店内には常に心地よい音楽が流れている。外から流れ込んできているのかとドアを開けてみても、外にそのような音楽が流れているわけではない。


 店の従業員は3名。

 1人は店主の魔族(デモノイド)と思わしき少年。名をアズマという。

 まだ幼く背の低い彼は踏み台に乗ってカウンターの上のガラス製のサーバーに乗せたドリッパーに湯を注ぐ。ドリッパーの中で膨らむコーヒー豆や、ポットの中で踊る(ジャンピング)紅茶の茶葉は客の目を楽しませるのに一役買っていた。

 基本的に彼はカウンターからは出ないでコーヒーや紅茶を淹れている。

 では誰が給仕をするのかと言うと、残り2名の奴隷の女性である。


 1人は赤髪ロングヘアーの人族(ヒューマン)の少女。

 知る人ぞ知る事ではあるが、1年以上前の祭日(フェスティバル)のパレードにおいて先代魔王を暗殺しようと送り込まれ、魔王の走竜(ディノライナー)に剣を抜いて飛び掛かったはいいが、切っ先を届かせることもなく店主の少年に取り押さえられた勇者である。

 勇者とは勇敢、もしくは蛮勇な行動を指しての呼び名ではなく、世界を救う使命と運命を帯びた者の尊称である。そのため店主の取り成しにより命を救われ、それ以来、奴隷に身をやつしている。


 もう一人は金髪ツインテールのハイエルフ。赤髪の勇者よりも大分、幼く見えるが、長寿で知られるエルフよりもさらに長く生きるハイエルフのために実際の年齢は分からない。ハイエルフに年齢を数える風習は無いのだ。

 彼女は昨年に隣国の支援を受けた大規模な反乱が起きた際、その反乱にハイエルフも多数が参加していたために、先代魔王の命により詰問に訪れた店主に氏族長が差し出した氏族長の実の娘である。


「勇者による魔王暗殺未遂事件」と「大規模反乱鎮圧戦への従軍、及び戦後処理」の2つの功績を認められたアズマに先代魔王は名誉貴族として1代限りの男爵(バロン)の位を授け、グリドー通りの1等地に店舗と土地を領地として与えたのだった。

 さらに彼の生涯に渡る税の免除を認めるという異例の対応を取ったことで昨年、人々を賑わした事は記憶に新しい。


 つまり「喫茶 アーセナル」は武功の人であるロード・アズマの武具のコレクションを眺めながら、コーヒーや紅茶といった他では飲めない嗜好品を楽しむ店である。また、茶菓子として供される小皿に盛られた菓子類も評判である。

 それを給仕する2人のウェイトレスが(ロード)戦利品(ウォートロフィー)であるならなおさらだ。


 二人の奴隷は奴隷法により、体のいずれか着衣の上からでも分かる場所に赤い布を巻きつけることを義務付けられているが、勇者はリボン代わりに髪に、ハイエルフは腕にそれぞれ巻かれた「スカーフ」と店主が呼ぶ布は異国情緒溢れる華麗な模様の描かれたもので見る者全ての目を奪った。

 しかも、ただの絹製のスカーフは王国内の貴族の憧れの的である魔法絹製の物と同等以上の品質を持つと言われている。

 また二人が揃いで着ている給仕服も白と黒の2色(モノトーン)のものながら他では見られないような美しく、また高い縫製技術で作られた物でこれも評判となっていた。

 つまり「喫茶 アーセナル」はご婦人方にも楽しめる「武器庫」であると専らの噂だった。




「喫茶 アーセナル」の前に一人の少女が立つ。

 頭部以外の全身を新し目の皮の防具で覆われた姿は駆けだしの冒険者そのもので、事実、彼女は先月にギルドの登録を済ませたばかりの新米である。

 駆けだし冒険者、ミリーには目標があった。「大陸一の剣士(ソードマン)になる」という壮大な目標が。


 その事を知った先輩冒険者たちは皆、腹を抱えて笑ったが、その内の一人が教えてくれたのだ。

「だったら、そんな数打ちの幅広の剣(ブロードソード)なんか使ってないで、大業物でも手に入れないとな……。

 知ってるか? グリドー通りの武器庫(アーセナル)って店には国宝級の剣やらなんやらがアホほど並んでるって話だぜ!?」

 もちろん幼い頃、寝物語(フェアリーテイル)に父母から聞いた英雄譚には英雄の分身とでも言うべき武具がお決まりであったし、実用上の問題からもいい武器が欲しいのは当たり前のことだった。

 ただ単に経済上の理由から安物の、しかも中古品の剣を使っていたのだ。ミリーのアルバイトで貯めたお金では防具と剣と全てを新品で揃えることもできなかったのだ。苦渋の決断の結果、ミリーは防具を新品で揃え、剣を中古にしたのだった。「生き残る事こそ冒険者の最大の報酬」というカビの生えた格言に従ったとも言えるが、中古の革製防具の臭いに耐えられなかったのだ。


 転機が訪れたのは昨日、南の森林での薬草採取の途中、大きな熊型魔獣の死骸を見つけてからだった。

 春の陽気の元である。いつ死んだか分からない魔獣の死骸は腐敗しており、肉も肝も毛皮ですら利用できる状態になかったが、ただ一つ大きな魔石を見つけることができただけだった。

 その魔石がギルドで12万ルブで買い取ってもらえたのだ。

 これなら剣を新調することができる。そう思ったミリーだったが彼女は先輩冒険者が言っていた喫茶店なる飲食店のことも思い出していた。


 こんな幸運が続くわけがあるまいし、次を逃したら来れるのがいつになるか分からない。大丈夫、数打ちのロングソードなら5万ルブ程度で買えるハズだし、いくらグリドー通りと言っても飲食店の一番安いメニューなら何とかなるハズ。それでも無理そうなら恥を忍んで何も頼まず出てくればいい。


 そう思いながらギルドの帰りにグリドー通りに来てみたものの、ギルド仲介所のある下町とは街並みが一変して大変に居心地の悪い思いをした。喫茶店とやらに辿りつく前にこれである。自分でも先が思いやられると思う。


「喫茶 アーセナル」はすぐに見つかった。しかし、ミリーは店内に入るのに躊躇していた。

 何故か? それは店の入り口の脇に黒一色の複合鎧(ハイブリッドアーマー)に身を包んだ騎士が2人控えていたからである。

 黒一色の全身甲冑(フルプレート)はこの国においては魔王直属の近衛騎士にのみ着用を許された特別な物で、店内にいるのは王族、もしくは近衛騎士に警護が任されるような要人に間違いない。

 下町出身のミリーが気後れするのも無理はない。


 このまま待とうか、それとも出直して時間を潰してからこようかミリーが思案にくれていると一人の騎士が話掛けてきた。

「こちらの店に御用ですか?」

 威圧する所のない涼やかな声色だった。

「は、はい。でも、また後できます!」

「いえいえ。卿からは商売の邪魔をしないことを条件にここで待たせてもらっております故、遠慮されては我々が叱られてしまいます」

 また、もう一人の騎士も口を開く。

「なんなら、ここは王都の中にありながらも卿の領地であります故、どうぞ我々の事はお気になさらず」

 こちらは野太い声ながらも、丁寧で騎士階級の横柄なイメージとはかけ離れたものだった。

「そ、それでは失礼します……」

 近衛騎士にこうまで言われてしまっては、ミリーに断ることなどできやしなかった。


 カラン、コロン。

 ドアを開けるとドアに取り付けられたベルが鳴った。なるほど、これで繁忙期でも客の入ってきたことにすぐに気が付くようになっているのだな。

 店内はミリー行きつけの大衆食堂や食堂兼坂場とはまるで違う雰囲気で落ち着いていながらも明るく、清潔感が漂っていた。

 そして先輩冒険者の言葉通りに壁という壁に武器が飾られており、ミリーは思わず息を飲む。


「いらっしゃいませ~」

 赤毛を後ろで赤い布で束ねた少女がミリーを迎え入れる。

「お一人様ですか?」

「は、はい!」

「でしたら、こちらの席へどうぞ。こちらメニューになります」

 赤髪の少女に一番、奥のテーブル席に案内されメニューを渡されるとすぐに、エルフの幼女(?)がグラスに入った水を持ってくる。


 水の入ったグラスを見てミリーはギョッとしてしまう。水の中に大きなサイコロ状の氷が2つうかんでいたからだ。

(これ、頼んでないけど、一体、おいくらになるんだろう?)

 この時期に氷など大きな氷室で保存していた物か、魔法で作られた物かどちらかだろう。エルフがいることを考えると魔法か? いずれにせよ口に入れて平気な氷が安いわけが無い。


 が、メニューを開いて安堵する。

≪お冷(氷水)は無料でのサービスとなります。ご自由にお申し付けください≫

 との一文が最後に載っていたからだ。

 流石はグリドー通り、氷水が無料だなんて。きっと他のメニューでがっつり儲けるんだな? とミリーが思ったのもつかの間、一番高額なメニューですら2000ルブと別にそこまでというか、思ったよりも高くない。

 もっとも、それは魔石の臨時収入で財布の紐が緩んでいるからであって、普段のミリーは食堂で450ルブの定食を食べているわけで。

 いずれにせよ高いには高いが払えないことは無いし、グリドー通りという場所代を考えればこんなものかな? という気すらしてくる。


 何を注文しようか悩んでみるが、そもそもメニューに並んでいる言葉にまるで分からないのだ。とりあえず噂のコーヒーとやらを頼んでみるとしよう。

 コーヒーの欄ではブレンドの600ルブが一番安く、ブルーマウンテンが1500ルブと一番高い。よく分からないので給仕さんに聞いてみようか?

「すいません!」

「はい。何でしょう?」

 席に案内してくれた赤髪の少女が応対してくれる。

「コーヒーを頼んでみたいのですが、どんな物か分からないので何がオススメですか?」

「それでしたらブレンドをオススメします。ブレンドは複数産地の豆をブレンドしたもので飲みやすい物になっております」

「あ、それじゃソレお願いします」

「畏まりました」

 少女が注文を小さなバインダーに挟んだ紙に書き留め、一礼して去っていく。


 ミリーはホッと息をつく。何せグリドー通りに入ってから緊張しっぱなしだったのだ。

 ん? そういえば表で控えていた近衛騎士たちの護衛対象はどこに? カウンター席には見当たらない。顔を横に向けると窓側の二人用のテーブル席にいた。


 直立したまま控える1人の兜を脱いだ近衛騎士。

 壁側のソファに腰掛けて窓の外を眺める黒いドレスの女性。

 女性のドレスの胸元に輝くのは真紅の龍紅玉(ドラゴンブラッド)。この国の王権を示す唯一品の宝玉だ。

 は?

 は?

 え?

 間違いない。彼女こそ当代の魔王、ラトニル=ラ=ローヴェルその人であった。


(あ、もう会計済ませて出ちゃいたいな……)

 まさか駆けだし冒険者の自分が魔王様と同じ店内にいるとは、10分ほど前のこの店を探している時点では想像もつかないことだった。

 何か粗相をしたら自分の首が物理的にサヨナラしてしまうのではないか、ミリーは気が気でならない。

 魔王様が戴冠されたのは今年の始めのことだ。つまり当代の魔王がどのような魔王か全然、分からないのだ。もしかしたら、もしかすると血を好む暴虐無人の凶王かもしれないのだ。


 それでもミリーは魔王から目を離すことが出来ない。不敬にあたるかもしれないと自覚しながらだ。

 それほどまでに魔王ラトニルは美しく、銀髪(プラチナブロンド)のロングヘアーは窓からの光を浴びて透き通るようだ。

 物憂げな表情の瞳は、胸元の宝玉に勝るとも劣らない真紅の輝きを放っている。


(ん? 洗面器? いや違うな……)

 給仕のエルフがシルバーのトレイに乗せた白い容器を魔王の元へと運ぶ。四角いその白い容器は洗面器よりも二回りほど小さい。

 よく考えれば、ここは飲食店なのでアレは食器の類であろうと想像も付くのであろうが、店内の優雅な雰囲気にそぐわないソレは「食器」ではなく「容器」としか認識できない。


(なんだ、この匂いは? これがコーヒーなのか?)

 白い容器が運ばれてきた頃から店内に漂う異臭。それはパンとは違う麦の香り、それと油、果実とも思える酸味を感じさせる匂い、香辛料、それに目つぶしとして使われる刺激物の臭いだった。

 今までに嗅いだこともない異臭。そう表現するしかないが不思議と食欲を刺激されていることにミリーは気付いた。


 魔王様は白い容器と共に運ばれてきた教鞭よりも小さな棒を縦に折ると、器用に右手で2本の棒を使って容器の中の物を掻き混ぜ、おもむろに口元へ運ぶ。どうやら茶色く太い糸のような物らしい。

 だが次の瞬間、ミリーは言葉を失った。

 ズゾッ!

 ズバァ。

 ズゾゾゾ!

 この国一番の貴人であるハズの魔王様が大きな音を立てて、糸のような物を啜り始めたのだ。

 そして浮かべる恍惚の表情。



お付き合い頂きありがとうございます。

よろしければ次回以降もよろしくお願いします。

感想など頂けたら泣いて喜びます。


あと作者が好きなカップヤキソバは「一〇ちゃん」「ペ〇〇グ超大盛」「大盛イ〇焼きそば」「塩焼きそば系全般」です。「バ〇ーン」も好きだけどスープの食器を洗うのがめんどくさいの\(^o^)/

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