第4話 家族
俺達は、今日も峠で爆走する。
「グイン、グイーーン!」
「ギョン! ギョギョギョ、ギャギャン!」
「ヴゥゥウーーズギャン! キョキョキョ!」
口で表す効果音もどんどんリアルになってきた。
俺の頭の中にある、あの音が、そのまま耳に聞こえてくるようだ。
だが鋲付きのゴツい靴で走り回るのも、脚が痛くなる。
もっと身軽な服が欲しい。
動きやすくて、軽くて……そうだ、【ライダースーツ】だ!
しかし実際には、そんなものはない。
どこかのヒャッハーから奪った、服と靴だけだ。
あと欲を言うなら、この道も舗装出来たら……いや、無理か。
俺達に、そんな資材はない。
むしろどこへ行けば、そんなものがあるんだ。
その位に、この世界には何もない。
あの映像でしか見た事がない、過去の世界……。
美しい景色、舗装された道路……。
……羨ましい。
本物の車に乗って、その美しい景色を見ながら、汚染もされていない自然の空気を肌に感じて走れたら……どんなに素晴らしい事か。
それを夢見ながら、俺達は走る。
今はない、素晴らしい景色を。
防御結界を使っていないと死んでしまう、直接、肌に感じる事などない風も。
車という、本当はどんなものだか知らない、男の浪漫を……。
ただ、夢に見ながら……頭の中に描きながら、俺達は走る。
「ふぅ……今日もいっぱい走ったぜ」
「腹へったな」
「舎弟の所へ行くか」
いつも「残り物」と言って、腹いっぱいに食わせてくれる舎弟は、なんともアニキ思いだ。
生きるために仕方がないとはいえ、人を襲っていたが、舎弟のお陰で走る事だけに専念できている。
――夢を追う事だけに専念できるなんて、俺達は幸せ者だ。
良い舎弟を持った。
ただ良い舎弟と位置付けるには、勿体ない。
そして舎弟といえど、礼はするべきだ。
親しい中にも礼儀あり、と言うだろう。
だが俺達には何もない。
毎日の食べ物も、舎弟に食わせて貰う位だし……。
替えの服も、住む家も何もなくて……明日がどうなるかも、生きているかさえも判らない。
こんな俺達に、礼など出来るのだろうか……。
いつものように、舎弟の住む建物へ行き、ご馳走になる。
こんな旨いものが食べられるのも、舎弟のお陰だ。
無償でこれだけの事をしてくれるなんて、舎弟は本当に俺達を、崇めているんだな。
「もう、ちっとこう……身軽な服が欲しいな」
「走るのに邪魔だよな。靴の鋲なんかいらないし」
「肩のトゲトゲもいらないよな。てか金属部分、重いから全部いらないよな」
「なんだお前達、その服いらないで、違う服が欲しいのか」
舎弟が会話に加わって来た。
まじまじと俺達の着ているものを見て、にやりと笑う。
「素材的に良いものだな……。大事に着ているんだな。よし、そいつを俺が貰って、代わりに好きな服をやるというのはどうだ」
思い掛けない提案をされた。
なんだコイツ……俺達をそこまで、崇めてくれているのか!
好きな服……だって!??
ご馳走を食べるのも忘れて、呆然としている俺達を見て、舎弟は嬉しそうな顔をする。
「どんなのが欲しい? ライダースーツ……? もっと詳しく教えてくれ。可能な限り似たようなのを見繕う」
何てことだ!
舎弟はここまで俺達を崇め奉り、尽くしてくれるというのか!
神への捧げものの如くに、俺達の夢のライダースーツを、献上してくれるというのか!
「よし判った。せっかくだから、お前ら大浴場へ行って身体洗って来い。新しい服を着るのに汚れていたら勿体ないだろ。気にするな、どうせこれから洗浄の予定だから、存分に使って良いぞ」
……風呂!?
このご時世に、風呂だと……!?
大浴場ってなんだ。一体どんな……。
――そこは俺達の想像を絶する場所だった。
素っ裸になって入ってみると、湯気で周りが見えない。
しっとりと肌につく、温かい空気。
そして……大量の、水……いや、温かい、湯……!
そこに俺達は、恐る恐る入ってみる。
じんわりと浸透してくる、湯のぬくもり。
体温より少し高い位の温度は、俺達の身も心も、湯の中へ溶け込ませていく。
「はぁ~~…………」
みんなで一斉に、幸せに浸る溜息をした。
忘れる位、昔にシャワーに入った思い出がある。
あれも気持ち良かったが、この『風呂』は、その比じゃない。
こんな極楽があったなんて、信じられない。
……舎弟は毎日、これに入っているのだろうか。
道理で、穏やかで出来たヤツだ。
舎弟などと言っているが、年齢は俺達よりずっと上の中年だ。
……そうだ、親父だ。
親父のような人なんだ……。
俺達を、息子のように思っているのかもしれない……。
「俺……あの舎弟のこと、オヤジって呼びたいな……」
「あっ、それ俺も思っていた事だ」
「理想のオヤジ像だよな……!」
風呂から出てしまうのが勿体ない程、俺達は湯に浸かった。
出ては入って、出ては入って。
この極楽から出たくない。
しかし峠を走る事も、やめられない。
峠を思い切り走った後に、この『風呂』へ入れたら……そんな夢を見てみる。
そしてその後、オヤジのご馳走を食べる。
ああ……想像しただけで、涙が出る程、幸せすぎる夢だよな……。
風呂から出ると、そこには――
俺達が着ていた鋲付きのトゲトゲした金属張りの服ではなく、新しい……俺達が夢見たライダースーツに似た、布の服が置いてあった。
傍でオヤジが微笑んで見ている。
俺達の勇士を、その目に誰よりも早く最初に、焼き付けたいのだろう。
俺達は袖を通す。
今までの汚れを落とし、サッパリとした身体に、新しい服はスルリと軽やかに馴染んでいく。
「軽い……!」
「動きやすい!!」
「なんだこれ、新しい服、めちゃくちゃ肌触りが気持ち良い!」
恐ろしく理想的な、ライダースーツ。
いや、本当のライダースーツなんて、俺達は誰も知らない。
全部、想像だ。
きっとこんな感じなのだろう。きっと、こういうものに違いない。
その何となくなイメージだけで、これだけ理想的な服を用意するなんて……オヤジ、やるじゃないか!
「ヒャッハァアーー! さすがオヤジだぜ! 俺達をよく判ってる!」
「……オヤジ?」
しまった! ついさっき、みんなで言ってた事を口にしてしまった。
怪訝な顔をしてみる舎弟は、新しい服があまりにも似合って、本物のライダースーツを着た過去の有名人でも見るかのような目で、俺達を見た。
そして満面の笑みで言う。
「良いぜ、好きに呼びな。みんな俺を、おやっさんと呼ぶ。オヤジも、おやっさんも、似たようなものだしな」
――俺達は……。
ヒャッハーしか、言えなかった。
夢にまで見た、親子の契りを……交わしたのだ。
理想的な親父、……帰る家。
温かい風呂、美味しい食事。
ここには、すべてがある。
俺達の欲しかった、すべてが……。
建物から出られない、憐れな者共と――
羨んで、蔑まずにはいられなかった、平和を愛する人の中に……。
やっと、俺達は、入る事が出来たんだ……。