第3話 峠道
「グイン、グイーーーン」
「ガオッ、ゴォオオオオ!」
「ギャオッ、ギャギャギャ!」
ハンドル(だけ)を握って、爆走をする。
時には大きく旋回、時には小さくコーナーを回るように。
遠心力に負けないように、斜めになって全力疾走する。
ここには何もない。まっさらで平らな地面しかない。
もっと急勾配な道を走ってみたい。
そう、山だ。山があれば……。
しかし見渡す限り、そんなものはない。
ないなら作れば、良いじゃないか。
俺は地面を掘った。
その辺に置いてあった板切れで、地面を掘る。
地面を掘ったら、土が出て来るだろう。
堀った所は、へこむだろう。
へこんだ所は、下り坂だ。
掘った土を盛れば、上り坂だ。
これを俺が走る分だけ、作れば良い。
夢の【峠】を作るんだ……!
「アイツ……なんて壮大な夢を……!」
「負けていられない! 真の夢を叶える為には!」
「俺もやる! 夢を叶えるんだ!」
俺達は一時、ハンドルを置いて地面を掘った。
いっぱい掘った。
掘って掘って、掘った時に出た土は、一箇所に集めて山にして。
……それを毎日毎日。
仲間だけで作った【峠】道。
……実は知らないんだ、本当の【峠】道は。
いつかの映像で見ただけで。
あの感じ、あの急勾配。
そのイメージだけを頼りに作った。
仲間と力を合わせて、何日もかけて。
俺達の身長の何倍もある山を、道を……夢の【峠】道を。
狭くて、三人も並んで走れない道。
走りのバトルなんてやったら、本当に誰か一人くらいは落ちて行きそうだ。
舗装なんてものはない。ただ綺麗に、まっ平らに、ならした道。
鋲付きの靴で走ったら、あっという間にメチャクチャになりそうだ。
そうなったら、またみんなで、まっ平らにする。それだけの話。
「お、俺、『みぞ落とし』っての、やってみたい!」
「なんだそれ」
「なんか溝に、半分、身体を埋めて走るんだよ」
「走りにくそうじゃね?」
「良いから溝を作ろうぜ!」
出来た峠道に、あちこちに穴を作った。
どこに穴があるのか判らないように、上に簡単な被せ物をして。
これ、落とし穴って、いうんじゃないのか。
……そうか、だから『溝』落としか!
「ヒャッハー! 俺が下り最速だぜぇ!」
「じゃあ俺は、登り最速だぜぇ!」
「じゃあ俺は、溝落としナンバーワンだぜぇ!」
夢を語る。なんて楽しい時間だ。
”外”に出られて良かった。
”外”に出られなかったら、こんな事は出来なかった。
宝物の【ハンドル】。
これを握って爆走する。
もう、夢じゃない。
ずっとずっと望んできた、峠道を、ついに俺達は爆走するんだ――!
「グオッグオッ! グオッ、グオオオオーーン!」
「キュキュッ、キュキュキュキュキュ!!」
「ギャオッ、ギャギャギャ!」
これだぁあああ! この緊張感! この重力!
俺の、この見事なドリフトを見てくれ!
「ぎゃぁああ……・・・」
一人が溝へ落ちて行った。
深く掘り過ぎたか……。
◆
ここの所、ずっとこの峠道を作っていた。
理想より少し、こじんまりとしているが、充分だ。
楽しい。
平たい道を爆走するのも良いが、やはり峠道だ。
この左右に揺さぶられ、上下に勾配を走り抜ける感覚がたまらない。
腹が減ったら、先日の俺達の舎弟の所へ行く。
そうすると舎弟は喜んで奉仕してくれる。
だが奉仕されてばかりも悪い気がする。
舎弟をここへ連れて来て、この楽しさを教えてやらなければ。
――俺達に帰る家はない。
この峠道が、俺達の家だ。
洞穴のように作った一角で、俺達は交互に眠り、起きている者が”防御結界”を張る。
一人一人動いていなければ、まとめて全員分の結界を張るのは簡単だ。
一箇所だけに集中して結界を張る――場所を特定して防御する結界を”防御壁”という。
洞穴の中で、”防御壁”に囲まれ、安全に俺達は眠る……交互に。
そうして、みんなで力を合わせて生きて来た。
これからも同じだ。
――俺の両親は、何故あの安全な場所を捨てたのだろう。
何の危険もなく、安全で、食べ物もあって、飲み物も。
シャワーにも入れた。あれは気持ちが良かった。
明るい部屋。温かく柔らかいベッド。
あそこに戻りたいと思わなかった日はない。
だけど、無いものは無いんだ。
諦めて前を向いて、生きていくしかないんだ。
どんなに過去が素晴らしかろうと、今はないんだ。
……この”外”の世界と、同じように。
ヒャッハーの仲間たちは、誰も過去を話さない。
どんな生まれで、どんな所にいて、どんな親がいて、どんな友達がいたか。
それは過去を話しても仕方がない事で、取り戻す事は絶対に出来ない事だから。
生きる事だけが精いっぱいの中、俺は夢を追った。
カッコイイ車。車という乗り物。それは今は、ないもの。
超能力で空を飛んだり、凄い速さで走ったりすることが出来るんだ。
そんな文明の利器なんか、いらないだろう。
でもそういう事じゃない。カッコ良さなんだ。
可愛いは正義という言葉がある。
ならば、カッコイイは浪漫だ。
男が死ぬまで持ち続ける、夢であり生き甲斐なんだ。
小さいながらも、ようやく出来上がったこの峠道。
もっともっと大きくして、夢の通りにするんだ。
そして、いつかきっと。
必ず本物の車で、爆走するんだ……!
……車の燃料って、もうないんだっけ?